四十五話
虫料理か……。
いや、前世でも食べたことが無いわけではないんだ。イナゴの佃煮や蜂の子を使ったものなんかは食べた経験がある。
そういう意味では俺にもそこそこ耐性があると言えるのだが、流石に多足類の炒め物を食した記憶は無い。
ましてや、ジェレーナが言った他の料理の虫が想像通りの物だとしたら……食べたいと考えた事すらない。
Gの頭文字を持つ一部では悪魔とまで呼ばれる虫に関しては、食用に育てられたものがあるという話を聞いたことはあるけど。
(これはちょっと予想を遥かに超える物だったんだが)
(妾は作らんで良いと言ったじゃろ。今更食べられませんというのは通らんぞ)
ちゃんと、ダークエルフの郷土料理が虫料理だと教えて欲しかった。そうしたら俺だってあんな提案はしなかったのに。
(詳しく説明する暇など無かったではないか。ダークエルフの食事に関して説明しようとした時には既にジェレーナが食事を作るという話しをしておったじゃろ)
(それは、まぁ、そうなんだが……)
(観念せい。見た目はともかく、味は悪くないぞ)
その見た目が大問題なんだが。
なんてこった……自分の軽率な言動にここまで苦しめられることになろうとは。
俺にこれが食えるのか?
「どうしました? 早く仕舞っていただかないと料理が冷めてしまいます。初代魔王様に出来立ての料理を提供できるという話だったでしょう」
「あ、ああ、すまん。ちょっと予想外な料理だったもんでな」
「予想外、ですか? 味は保証しますよ。エルキール様や他の親衛隊員にも高評価をいただいていますからね」
そういう問題じゃないんだけどな。
(お主にも話したと思うが、ダークエルフは人族の統治する場に出てくることが少なく、人族との交流が薄い種族じゃった。
現代でも似たような状況のようじゃし、虫食に抵抗があるという発想自体出てこんのじゃろ)
(それで普通にこの料理を持ってきたのか……まぁ、仕方ないな。自分で蒔いた種だ)
俺は覚悟を決め、三つに小分けされた箱をマジックボックスへと収納する。
この量ならば明日の昼食で消費しきれるだろうから、それを乗り越えればあとは普通の食事にできそうだ。予備の食料を買っておいて良かった。
「それじゃあ、明日の朝に街を出る。集合はこの宿の前でいいか?」
「問題ありません」
「なら、目覚めの鐘が鳴る頃に宿の前に集合で」
「わかりました。では、私は他に宿をとっていますので、失礼します」
そう言ってジェレーナは部屋から出て行った。
「いや、まさか虫とは」
「エルフの奴らは果実が主食じゃから、お主も抵抗がなかったじゃろうがな」
たしかにそっちなら大歓迎だったな。
だけど、前世にはいなかった虫を使った料理は異世界特有の食べ物と言えるだろうから、俺の目的は達成できそうだ。
「明日も早いしもう寝るか」
「そうじゃな」
俺は部屋の明かりを消して布団に潜り込み、エルは魔力体を解除する。
虫食については明日の俺に任せるしかない。
頑張れ。明日の俺。
その晩、俺はもう一人の自分に殴られる夢を見ることになるのだった。
翌朝、宿をチェックアウトして外に出ると、既に宿の前でジェレーナが待機していた。
「早いな。まだ鐘は鳴ってないぞ」
「初代魔王様をお待たせするわけにはいきませんので」
まだ目覚めの鐘が鳴るより少しばかり早い。時間でいうと朝の五時頃だな。
あたりはまだ薄暗く、道を歩く者の姿も少ない。まぁ、まだギルドも開いてなければ、街を出入りするための門すら開いていないのだから当然といえば当然なんだけど。
俺達はジェレーナが宿の前で待っている姿が目立つだろうと考えて早めに出てきたわけだが、まさか彼女がこんなに早く来るとは思わなかった。まさか、昨日の夜から徹夜で待機してたなんてことはないよな。
「ちと早いが、揃っておるのであれば出てしまって良いのではないか?」
「それもそうだな。じゃあ行くとするか。門は東門でいいんだよな?」
「はい、そこからが一番近いですので」
ジェレーナ徹夜待機疑惑を横に置き、俺達は東門へと向かう。
東門の前には既に数名の待機者が列を作っていた。既に依頼を受けていた冒険者や、商人の馬車のようだ。
冒険者はともかく、商人ってのは動き出すのが早いからな。少し多めの人数の冒険者を護衛としてつけている馬車もあるので、あれは遠出をする者なのだろう。
俺達も列に並んで門が開くまで待機だ。
「ここからエルキール魔族王国までどのくらいかかるんだ?」
「徒歩ですとだいたい二日程度でしょうか。人によってまちまちですが」
「妾達であればもっと早くつけそうなもんじゃがな」
「そうかもしれないけど、相手にも都合ってもんがあるだろうからな。そう急ぐこともないだろ」
「あちらでは二日かかる前提で準備を進めていると思いますし、そうしていただけるとありがたいですね」
なんて、特に意味も無い適当な話をしながら待つ事暫く、街灯が明かりを消し、太陽が薄っすらと辺りを照らし始めた頃、あたりに目覚めの鐘の音が鳴り響く。
そして、鐘の音と共に聞こえてくるものを引きずるような低音。街の門が開く音だ。
門が開ききると同時に左右の建物から兵隊姿の者達が現れる。やっと街から出られる時間になったということだな。
ちなみに、左右の建物は壁の向こう側と繋がっていて、持ち物検査などをする必要があると判断された通行者はそちらに誘導されて、荷物の中身を改められたりなんかするらしい。俺は500年前も今もあの中に入ったことはない。
「商人証か冒険者証を出してくれ」
暫くして、俺達の番になったところでいつもの身分確認を促されたので、俺とエルは冒険者証を、ジェレーナは商人証を提示する。
驚いたことにジェレーナは人間の管理地でしか使えないはずの商人証を持っていたのだ。
この街に来た時にどうやって入ってきたのか、どうやって出るのかなんて色々気になってたんだが、どうやら、所謂裏ルートってやつで入手した商人証を使ってその辺りを解決していたらしい。
魔王の親衛隊がなにやってんだって気がしなくもないが、今回はお忍びで来ているわけだし仕方ないのかもしれない。
今日は特に依頼を受けていないので、通行料を支払ってから門を潜る。
商人と冒険者という組み合わせなのに依頼を受けて無いって点で少し疑われかけたものの、『彼女とは知り合いで目的地が近場だから無償で護衛する』と伝えて一応は納得してもらえた。
普通に考えて、いくら知り合いだと言っても態々通行料まで払って無償で護衛するなんておかしな話だが、ジェレーナが商人として街に入ってたなんて知らなかったのだから勘弁してほしい。
俺だって、それを知っていたら依頼を受けているように見せるくらいはしてたって。
「ま、とにかく、問題なく出られたからいいとして、エルキール魔族王国はエルの国をもっと先に行った所にあるんだっけ?」
「はい。正確に言いますと、旧魔族王国であるリンド魔族王国を更に北東の方角に進んだ先にあります」
「第五の隊長とやらは本当に方向を教えとったようなもんじゃったんじゃな。本当に軍人なんじゃろうか」
バライス山で出会って、『魔族王国の場所は他で聞け』と言いつつ、帰って行く方向で魔族王国のある大体の場所を教えてくれた王国魔族団第五番隊隊長さんだな。
事あるごとに強さの基準にされる可哀想な魔族さんだ。名前も忘れちゃったし。
「とりあえず、道案内は頼んでいいんだよな? 行き方とか分からないんだけど」
「そのつもりです。初代魔王様をお迎えするのが私の仕事ですので」
そう言って先頭を歩き始めたジェレーナ。俺達は彼女の後についていく形でエルキール魔族王国へと向かうのだった。
歩き始めて数時間、俺達はリンド魔族王国の跡地へと辿り着いていた。
「少し早いですが昼食にしましょう。ここでしたら休める場所もありますし」
「そうじゃな」
時間は大体昼の十一時くらいか。確かに、少し早いけど昼食の時間といってもいい時間だな。
ここ、魔物出るけど。
「ではユウマさん、昼食を出してもらえますか?」
「あ、ああ、そうか。そうだったな。わかった」
そうでした。今日の昼食はアレだったんでした。
頑張れ俺。気合いを入れろ。
昨日ジェレーナから受け取った箱をマジックボックスから取り出し、適当な場所へと置くと、ジェレーナは自身が背負っていたボクサーバッグのようなカバンから、慣れた手つきで食器や水袋を取り出して食事の準備を始める。
上司である魔王の外での食事を世話することがあると言っていただけあって、テキパキと準備を進めていくジェレーナだが、俺からすると裁きを受ける罪人の気分だ。
いや、そういう言い方は失礼なのはわかってるんだけどさ。
「初代魔王様、ご用意ができました」
「お主、その初代魔王様というのはやめんか。以前も言ったが、妾達は今は冒険者として過ごしておるんじゃ。他の者に素性が知れたりしたら面倒じゃろ」
「そう、ですか……ではエルフェルタ様とお呼びして——」
「それでは結果が変わらんじゃろうが。エルで良いエルで」
「しかし、そのような呼び方は……」
「迷宮に入った時はそう呼んどったではないか」
「あれは、冒険者として振る舞うようにとおっしゃっておりましたので」
「今も変わらん。せめて外ではそう呼でもらわねばの」
「……承知しました。では、エル様、こちらへどうぞ」
「様は付けんでも……まぁ良いか」
少々不満の残った顔をしながらもジェレーナが用意したシートに座るエル。
実際、外で魔王呼びして正体がバレたりなんかしたら面倒ってレベルじゃないからな。
「とりあえず飯にするかの」
「はい。では取り分けますので。
それにしても、本当にしまった時のままなんですね。少し羨ましく思ってしまいます」
「これほど便利なものを持つ者はそうおらんからの」
マジックボックスは実力で手に入れたものではなく、体に初期搭載されていたものだから、羨ましがられたりするとちょっとむず痒く感じてしまう。
「さて、それではせっかく出来立てなのですから、冷めないうちに召し上がってください」
「そうじゃな、ではいただくとするかの」
そう言って、自分の前に盛られた食事を木製のスプーンで口へと運ぶエル。そして、エルが食べ始めたのを確認してから自分の分を食べ始めるジェレーナ。
俺も食べないといけないよな。
でも、ジェレーナが用意してくれたガジガジ以外の虫、ガジブリとガマギリは大きさこそ前世の物より大きいものの、姿形は俺が想像していた通りの見た目をしていて……。
正直、食べたくない。
昨日の俺を殴りに行きたい。
いや、夢の中で自分に殴られたけどさ。
「どうしました? ダークエルフの料理は食べたくないですか?」
スプーンを持つことにすら躊躇している俺にジェレーナが問いかけてくる。
そういや、ダークエルフが人間に差別されるとかって話をしてたし、そういう風に見えるのか。
「いや、そういうわけじゃないんだ。ジェレーナが作ったから食べたくないってわけじゃなくてな」
「では他に理由があると?」
俺の言葉がそのまんま言い訳にでも聞こえたのか、問いかけの声のトーンが下がるジェレーナ。
ジェレーナからしたら、俺は毛嫌いしてる人間であるうえに敵と呼んでもおかしくない勇者だからな、イラつきもするか。
「はぁ、仕方ないの。
ジェレーナ、人族には虫を食す習慣がないんじゃ。ユウマは異世界から来た勇者じゃからな、ダークエルフが虫を主食にしとることを知らんくての」
俺の態度を見かねたのか、エルが助け舟を出してくれる。
「そうなんだ。せっかく用意してもらったから言い出しづらくて。ごめん」
「なるほど。そうでしたか。そうとは知らず申しわけ——」
「じゃから、妾が無理矢理にでも食わせてやろう」
助け舟だと思ったら、その船の正体が泥舟だった。
エルがとてもいい笑顔で自分の皿に乗ったガマギリをスプーンですくい、俺の方へとにじり寄ってくる。
「お前、本気か!?」
「昨日言ったじゃろ、食べられないというのは通らんと。食べ物を粗末にしてはいかんぞ」
「それはそうだけど」
「それに、ジェレーナが用意したものを食わんとなると印象が良くないからの、お主もまた魔族と敵対したくはなかろう」
徐々に近づいてくるエルとガマギリ料理。
確かにエルの言う通りなんだ。それは分かっているんだが、どうしても体が拒否してしまう。
「まて、な、エル、一旦落ち着け。食べるにしたってしっかりと気合を入れてだな」
「そんなもの、いつまでたっても入りはせん。覚悟を決めんか」
エルは、そう言ってスプーンを持ってない方の手で俺の頬を挟んで口を無理矢理押し開けてくる。
こいつ、また力が強くなってないか?
魔力が戻って魔力体の力も上がってるってことか?
「わかった、まて、自分で食うから」
「問答無用じゃ!」
言うが早いか、エルは片手に持ったスプーンを俺の口にねじ込み……。
エルの両手によって俺の頭と顎が押され、口を無理矢理閉じられたのだった。




