四十二話
「おいおい、あれ食らって生きてんのかよ。地面にめり込んでたんだぞ」
俺は立ち上がったブラックミノタウロスに対して呆れとも感心とも言える感情が湧いてくるのを感じながらも、少しだけ面倒になって来ていた。
魔法が効かず、物理的な防御も高いなんて面倒以外の何物でもない。
「魔物のタフさを甘く見過ぎじゃの。討伐ランクとやらでBランクと評されておったミノタウロスが変異した個体じゃぞ? そこらの雑魚とは違って当然じゃろう」
「魔法は効かないってのは聞いてたけど、物理にまで強いなんて聞いてないぞ」
「そこまで強くはない。先の攻撃じゃ効かんというだけじゃ」
いや、あれで効かないなら物理にも強いと言って過言じゃないだろ。
「それと、今思い出したんじゃが、ブラックミノタウロスは普通のミノタウロスと違がう点がある」
「魔法が効かない以外にか?」
「うむ、色を名に冠する魔物に多いのじゃが、彼奴はの——」
『グルヲォォォォォォォォォォォ』
ブラックミノタウロスがエルの説明を遮るように雄叫びをあげたかと思うと、奴の周りに石飛礫が浮かび上がった。
なんか、この光景は俺が使った岩石弾に近い気が……。
「——土系の魔法が使えるんじゃ」
その言葉を皮切りに漂っていた礫が一斉にこちらへと放たれる。
岩石弾の弾を小さくして同時に何発も撃ち出した感じで、岩石弾が石を弾にした銃だとすれば、これは複数の弾を発射する散弾と言ったところだろうか。
「……ッ! 防壁!」
俺が咄嗟に防壁魔法を発動させ、石の礫は俺達に被弾するよりも前に防壁に遮られて地面へと落ちていく。
しかし、ブラックミノタウロスが雄叫びをあげるたびに弾が補充され、絶え間無くこちらを襲っている。このままでは攻撃を食らうことはなくとも身動きが取れない。
「魔物が魔法を使えるなんて初めて聞いたぞ!」
「じゃから言うたであろう。今思い出したんじゃ」
いや、絶対嘘だ。
魔物が魔法を使うなんて、そんなピンポイントで忘れるような情報じゃないだろ。
「もうどう考えても五番隊隊長さんより強いなこいつ」
「彼奴は魔法も使えんかったからの、嘆かわしいことじゃ」
いちいち引き合いに出すのは可哀想ではあるが、現状の魔族側の実力を測れる相手があの人とジェレーナくらいしかいないからな。人側は魔法が衰退してしまって問題外みたいだし。
「にしても、魔法が効かないのに魔法を使っては来るって卑怯じゃないか?」
「完全無効じゃないだけマシじゃろう。使えるのも土系だけじゃしな」
「あいつ、魔力は高いのか?」
「どうじゃろうな、鑑定魔法でも使ってみれば良いのではないか?」
「鑑定魔法は効くのか。なら、ちょっと確認してみるか」
——〈鑑定〉
——————
ブラックミノタウロス
[種族]ミノタウロス変異種
体力:2340
魔力:4620
筋力:2135
防御:1876
状態:通常
——————
ブラックミノタウロスはスキルこそ持っていないものの、ステータスだけで見ると500年前の俺のパーティーメンバーを上回るものだった。
「結構強いぞこいつ」
「まぁこんなもんじゃろ。ギルドが設定しておるランクで言えばBプラスからAマイナスといったところかの」
「Aランク冒険者はだいたいこのくらいのステータスを持ってるってことか。偽装でステータスを偽装するときの参考にしよう」
「ほれ、彼奴の強さはわかったじゃろ。魔法が使えて、多少頑丈なだけでさして強敵というわけだはるまい」
「なんか名前とかの説明が入ってるのはなんだ? 前は無かったんだが」
「名などが入るのは当然じゃ。普通はそのために使う魔法じゃからな。薬草を選別した時にも名前が出ておったじゃろ」
そう言えば、鑑定魔法で薬草と毒草を見分けたんだった。人に使った時は名前とか出なかったんだけどな。
「エルの鑑定魔法だと名前も出るのか? ジェレーナが夜に来た時も鑑定魔法で魔族かそうか確かめるとか言ってたよな」
「使い方の問題じゃな。
そんなことより、彼奴をどうにかせんでいいのか?」
こんな会話をしているうちにもブラックミノタウロスは石弾を追加し続け、次々に防壁を襲ってきている。
防壁の外は石が積み重なってちょっとした石垣のようになっている。これは土木工事とかで使えそうだな。
「馬鹿なことを考えとらんでどうにかせんか」
「そう言ってもな、エルは今回見学なんだろ? 魔法が効かない相手にどうすりゃいいんだ」
「お主は……答えは自分で言っておったではないか」
え? 答えを俺が? なんか言ったっけ?
俺が話したり考えたりしたことといえば、ブラックミノタウロスは強いねーってこととか、エルがブラックミノタウロスが魔法使えるってことを隠してたこととか、あとは魔王が世襲制ってことに驚いたことか?
「もう少し前じゃ」
もう少し前? それだと復活してくる前のブラックミノタウロスと戦ってた時で……ああ、なるほど。
「そう言うことじゃ。彼奴も、自らヒントを与えとるようなもんじゃからの」
「魔法が効かないって言っても……無効じゃない! よっと!」
エルのアドバイスをもとに、俺は近くの地面を剣で切り出しで石の塊を作り出した。
これを魔法で撃ち出してやれば——
「弾丸自作バージョン! 名付けて、岩石弾(改)ッッ!」
大きめに切り出した塊を魔法の力で発射させ、同時に防壁魔法を解除し、壁がなくなったことで押し寄せてくるミノタウロスの石弾は後ろに飛び退くことで回避。
発射した俺の岩石弾(改)はミノタウロスのそれを押しのけながらも、勢いを減衰されることなく突き進み、奴の喉元へと吸い込まれてゆく。
今度は飛斬の時と違ってしっかり奴の首を貫き、弾の勢いによってミノタウロスの頭は胴体を残して血の軌道を残しながら弧を描く様に斬り飛ばされる結果となった。
——〈風〉
俺は、暴風とは違って優しめの風を起こす魔法でミノタウロスの石弾によって巻き上げられていた砂埃を散らして視界を確保する。
残っていたのはミノタウロスと俺の合作である石垣と、創作仲間であるミノタウロスさんの無残な姿だけだった。
「誰がこんなことを!」
「お主じゃお主。馬鹿なことを言っとるでない」
「すまん、なんかこんな簡単なことで解決するとは思わなくて変なテンションになった」
「魔法は使い方次第で結果が変わる。魔法で生み出したものでない物を利用すれば魔法が効きづらい相手にも攻撃が通せるしの。魔法を完全に無効化してくる者に関しては別じゃが」
裏道的な使い方もあるってことか。
「何にしても、さすがにこれで終わりだな。さっさとマジックボックスに収納して戻るとするか」
「その前に一度したに行って普通のミノタウロスを何体か倒して来たらどうじゃ?」
「それはまたどうして。今回はほとんど見学だけだったから動きたいのか?」
エルが戦ったのは最初の少しだけだったからな。
「そうではない。ブラックミノタウロスを妾達で持ち帰るのであれば代わりが必要じゃろ」
「代わり?」
「お主な、他の冒険者達のことを忘れておるじゃろ。彼奴らに見せる幻惑の内容をどうするつもりじゃ」
あ、そういえば他の冒険者達に幻惑魔法で幻想を見せてそのまま置いて来たんだったな。
あいつらはミノタウロス数体と戦ったことにしようってことか。
「なるほどな、じゃあちゃちゃっと狩ってくるか」
俺達は、ブラックミノタウロスを回収し、その足で下層へと向かった。
戦った痕跡をなくしておいた方がいいかと思って、大地操作で地面の穴なんかを塞ごうともしたのだが、エルに魔力の無駄だからと止められてしまった。
どうやら、迷宮には自己修復機能があるらしく、地面や壁に穴が空いた程度ならばすぐに戻ってしまうんだそうだ。実際に、俺達が普通のミノタウロスを回収して来た帰りにはもう穴は埋まって、修復が済んでいた。
便利なもんだ。
「そうでもない。これのおかげで迷宮内を拠点とするのがかなり難しいのじゃ。
迷宮によっては、自然が多く、魔物が少ないというまさに暮らすには打って付けの場所もあるんじゃが、開拓というものが一切できん。テントを建てる程度ならできんこともないが、土台を定着させられん関係で家は建てられんしの」
「いや、いくら快適でも迷宮内に暮らすってのはリスクが高すぎるだろ」
ちなみに、回収して来たミノタウロスは十体。流石に多いだろうと思うのだが、エルが頑張ってしまった結果だ。
やっぱり、ブラックミノタウロスとの戦闘が少なかったからフラストレーションが溜まっていたんだろう。
冒険者達のもとへと戻り、小部屋にかけていた防壁魔法を解除して中へと入ると、冒険者達を囲って作った土の牢獄の近くに、石の山が出来上がっており、その隣にはジェレーナが立っていた。
石の山はスモールゴーレムの残骸だろう。部屋にかけた防壁魔法は壊されていなかったから、室内にゴーレムが湧いたようだ。
「待たせたの」
「いえ、問題ありません」
「防壁を張ってても中に湧いたりするんだな」
「地面が盛り上がるようにして出て来ていたので、新しく発生したのか、地面の中を移動する能力があるのかはわかりませんけどね」
どちらにしてもジェレーナを残さないで他の冒険者達を置いて行ってたら悲惨なことになってたかもしれないな。
いや、彼女を連れて来てよかった。
「で、何やら土の牢獄の中が騒がしくはないかの」
実は俺も少し気になっていたのだが、先程から土の牢獄の中で壁を叩くような音が聞こえて来ている。
「それが、どうやら中の一人が幻惑魔法を解いたようで、少し前から騒いでいるのです」
「ほう、ユウマの魔法から逃れるとはなかなか見所のある奴じゃな。Bランクの所の魔術師かの」
幻惑魔法を解く方法の一つは、その魔法を大きく上回る魔力を使用することで魔法自体を消してしまうというものだ。幻想内で使用しようとした魔法に込めた魔力が幻惑魔法に使われた魔力量を大きく上回ると、幻想を見せられている者が無意識だったとしても幻惑魔法の効果が消える。
無論、俺のおかしな魔力量をフル活用して魔法をかければ普通の人間には解くことはできないだろうが、今回はそこまで強力にしてはいない。と言っても、解けてはまずいので普通の冒険者では解けない程度には魔力を込めておいたつもりなんだけどな。
俺が考えてたよりも魔力量が高い奴がいたのか?
「いえ、Aランクのガダルとかいう戦士です」
「え!?」
ジェレーナの口から出た名前は俺の予想を完全に裏切ったものだった。
「なんじゃ、それはユウマのミスじゃの。つまらん」
「俺のミス?」
「お主が見せておった幻想の内容に無理があったのじゃろ。普通に気づかれたんじゃ」
幻惑魔法を解く方法のもう一つは、普通に幻惑魔法を掛けられていることに気付くというもの。
こちらは魔力などを必要とせず、自分が置かれた状況がおかしいと気付いて魔法が解けるようにと考えれば解ける。
「おかしなところなんかあったかな。ちゃんと魔物も一定間隔で出るようにしておいたし、他の奴らにはある程度自由にさせてたんだけどな」
「おかしな動きでもさせたんじゃないかの。前回彼奴に幻惑魔法を掛けた時にお主を無敵状態にしておったじゃろ」
「流石に今回は普通の冒険者くらい……に……」
「それじゃな」
「そうか、ガダルは俺が普通じゃないと知ってるのに、幻想内の俺が魔物に苦戦でもしたのか」
普通じゃないはずの人間が普通だったから気付いたってことか。
「ここまで来る間にも普通の冒険者を装えてただろ」
「いえ、エル様もユウマさんもここに来るまでの間の傷一つも負っていません。見るものによっては実力を隠しているのは気付かれていたかと」
「そうだったか?」
「いや、意識してはおらんかったの」
人は本能的に痛みを避けるもんだし、しょうがないんじゃないかな。
……これ俺のせいか?
「つまり、幻想の中の俺たちが傷付いたからばれたってことだろ?」
「そうなるな」
絶対俺のせいじゃないだろそれ。
普通の冒険者にしてたからばれたって言うんなら、普通じゃない冒険者にしておけば良かったってことになるけど、そうしたら他の全員にばれてただろうし。
「誰のせいでも良かろう。とにかく、彼奴には説明せんといかんな」
「エルが俺のせいとか言い出したんだろ。
ま、適当に言いくるめよう。いざとなったら、マリアナに口止めされてるとか言って丸投げだな」
とりあえず土の牢獄を解かないと話もできないし解除するか。
土の牢獄とそれにかけていた二重結界を解除すると、地面にあぐらで座り込んでいるガダルと、眠ったように横たわっている他の冒険者達が姿を表す。
「おいてめぇら! どう言うことだこれは!」
「おちつけ。ちゃんと説明するから。防壁の方も解除するから間違っても襲ってこようとか考えんなよ?」
残りの防壁魔法も解除してガダルを出してやると、襲ってはこないものの敵を見るような目で睨みつけられた。
「で、どう言うことなんだ? 返答によっちゃ容赦しねぇぞ」
「お主ごときが本気で来ても妾達に指一本でも触れられるとは思えんがの」
「んだとこのガキ!」
「エル、お前は黙っててくれ」
なんでそう相手を煽るようなことを言うんだこの魔王様は。
「いや、こちらに敵対の意思はない。マリアナも言ってただろ。俺達は保険だって」
「だからなんだってんだ! さっきまで変な壁で閉じ込めてやがったじゃねぇか! こいつらも全然起きねぇし。何しやがった!」
「前にお前さんと戦った時と同じだよ。皆んなには夢を見てもらってる。お前は異常に気付いて起きちゃったみたいだけどな」
「だから、何で俺達を眠らせて、変な壁で閉じ込めたのか聞いてんだよ!」
「落ち着けって。別に誰も傷つけてないだろ。ただ、俺らが動きやすいように寝ててもらっただけだよ。他の奴らに見られると面倒だからな。お前が起きたってだけでこんな面倒なんだから」
そもそも、さっきから言ってる変な壁ってのが無かったらスモールゴーレムに襲われてたんだぞ。
いや、ほんと、防壁魔法とかかけておいて良かった。
「何にしても、マリアナが言ってた通り俺達が何者なのかなんて話をするつもりはない。ちょっと強いだけのただの冒険者だ」
俺たちのことを説明しないで納得してもらうには……話をそらすしかないな。
「こいつが次の階層への通路の前にいたんだ」
そう言いながらガダルに見せるようにマジックボックスからブラックミノタウロスの亡骸を取り出す。
「全員を守りながらこいつと戦ったら他のメンバーに被害が出るかもしれないし、見られるだけでも面倒だったんでな」
「黒いミノタウロス……変異種か」
流石にAランク冒険者のガダルなら変異種くらいは知ってるか。
「ガダル一人じゃきついだろ?」
「てめぇらが他の奴らを守るってんだったらやれた」
「……だとしても、危険なことには変わりないからな。
ともかく、理由はこいつだ。納得したか? いや、納得してもらうからな」
もう面倒だからこのまま押し切っちゃうか。
「ブラックミノタウロスの件はこちらからギルドに報告しておく。他の連中はここで数体のミノタウロスと戦ったって思い込むようにしておくからそのつもりでいろよ」
ガダルの返事を待たずに、下の階から持って来たミノタウロスの中でも傷が多いのをそれっぽい配置で取り出していく。
みんなで戦ったってことにするわけだから傷付いてるのを使った方がいいだろう。
素材価値が低いからと言うわけではない。断じてない。
「こんなもんだな。
ガダル、お前ももう一回幻惑受けとくか? 内容を知らずに他の連中と話し合わせるのは難しいだろ?」
「だー……なんだって?」
「ダーゼル、幻惑魔法だ。それっぽい内容の夢みたいなものを見せてこの状況に納得してもらうんだよ」
「いらねぇ。変な魔術を受ける気はねぇ」
あらら、完全に警戒モードだな。
「まぁいいか。なら一応内容を説明しとくぞ」
これから全員に見せる内容は『彼らが進んだ先で最初以降出てこなかったミノタウロスがまとまって出現し、脱出することにしたが数体に追われる。そして、この小部屋まで戻ったところで待ち伏せし、狭い通路から一体ずつ出て来たところを各個撃破した』というものだ。
「これなら、ミノタウロスが階層主でここでは一体しか出ないっていう勘違いも改められるだろ」
「ミノタウロスは階層主じゃねぇのか?」
「このミノタウロスどもをどこから持って来たと思っておる。下の階層では何体も出て来ておったぞ。おそらく、この階層のミノタウロスは変異種に食われたんじゃろうな」
魔核を吸収しようにも、この階層で魔核を持ってるのはミノタウロスとスモールゴーレムだしな。
流石に、石の塊を食べようとは考えないだろう。
「じゃあ、魔法をかけなおして内容を更新するぞ。そのあと少ししたら全員起きるからな」
エルやガダル達にそう伝えて、幻惑魔法を上書きする。内容はさっき言った通り。
あとは彼らが起きるのを待つだけだ。




