四十一話
「ミノタウロス……にしては色が違うな」
「あれはブラックミノタウロスと言ってな、ミノタウロスの変異種じゃ」
俺たちが覗き込んでいる大部屋と言っていいくらいの広さを持った場所の奥で仁王立ちしている黒いミノタウロス。名前はそのまんまブラックミノタウロスと言うらしい。
にしても、ミノタウロスの変異種か。
「なんか思った程驚く魔物じゃなかったんだが」
「そうじゃろうな、魔物としてはそう珍しいものではない。場所によってはよく見かける程度の魔物じゃ」
「それならなんであんなに興奮してたんだ?」
正体を隠していたのは、ミノタウロスの変異種は俺がまだ見たことがない魔物だったからってことでいいとしても、あんなに急かすようにしていた理由がわからない。
「言ったじゃろ、『これは珍しいことじゃ』と。此奴の存在というよりも此奴が発生した状況が珍しいんじゃ」
ブラックミノタウロスという魔物よりもブラックミノタウロスがいるということが珍しいのか?
「此奴はな、恐らくこの迷宮内で進化した魔物じゃ。元は普通のミノタウロスじゃったはずなんじゃ」
「魔物の進化? こないだのキングボアみたいなやつか?」
この迷宮を見つけるに至ったコボルトの討伐依頼、そのコボルトが大量発生した原因かも知れないのがバライス山でのキングボア発生だった。結局、あれは魔族がキングボアを作ってたっていうものだったけど……。
「つまり、こいつも魔族が作ったってことか? それとも魔素溜りがあるのか?」
キングボアの件で魔物の進化方法についての話を聞いた。あの時は魔族が特殊な魔術を使って魔物を強制的に進化させたというものだったけど、確か他にも、魔素溜りという魔素が多く溜まっている場所で魔素を取り込んだ魔物が進化するというものもあったはずだ。
今回のは珍しいってことだし、こないだ見たばかりの強制的に進化させられたものではなくて、魔素溜りで自然に進化したってことだろうか。
「今回のはそのどちらでもない」
……違うらしい。
魔物の進化方法は他にもあったのか。
「このブラックミノタウロスはな、他の魔物を食らって進化したんじゃ」
「魔物を食った!? 魔物が魔物を食うのか!?」
「それは当然あるじゃろ。妾達もボア肉を食っとるわけじゃし、焼かずに放置したゴブリンを何が処理すると思っとるんじゃ」
「それはまぁ……いや、確かにそうだな。自然界として普通のことか」
魔物は全て草食ですって方が不自然だ。肉食の魔物が何を食うのかって言われたら、それが他の魔物だったとしてもなんらおかしくない。
前世でも動物が動物を食べるということに疑問を抱いたこともなかった。そういうものなんだと。
やはり、頭のどこかに『この世界がファンタジーで前世とは違う』みたいな考えがあったのだろう。
「で、魔物が魔物を食べて進化するっていうのが珍しい現象なのか」
「正確に言うとちと違う。他の魔物を食らって進化したというのは言葉の綾でな。
魔物の進化については前に話したな。魔物は多くの魔素を体内に取り込むことで進化するというものじゃ。妾たちが研究しておった頃の仮説もマリアナの話で裏付けされたの。
しかしじゃ、迷宮では魔素溜り以外に魔素を取り込む方法がある」
「それは魔物を食ったってのと関係あるってことだよな。で、迷宮ならではってことは……魔核か」
「そういうことじゃ。
魔核の吸収による魔物の進化は500年前にも研究をしておったのじゃが、何如せん研究対象が少なすぎて碌な結果も出ておらんかった。
まさかこんな所でお目にかかれるとはの」
迷宮の魔物の体内にだけ発生する魔核。
魔素の塊とも言えるそれを体内に取り込むことで、魔素溜りで多くの魔素を取り込んだり、魔族の魔術で無理やり魔素を取り込んだりしたのと同じような効果を得て、上位の魔物に進化するってわけだな。
「しかし、それってあまり珍しい現象とも思えないんだが。魔物が魔物を食べるなんて珍しくも無いんだろ?」
「迷宮以外では珍しくは無い。
が、迷宮では別じゃ。迷宮内の魔物は滅多に他の魔物を食わん」
「それじゃさっきの話と矛盾するだろ」
「それは……わからん!」
俺は、なぜか堂々と発せられる回答の放棄にずっこけそうになった。
「いや、わからんって……それは胸を張っていうことか?」
「仕方あるまい。妾達の時代において迷宮のことに関しては研究があまり進んでおらんかったのじゃからな。
以前言ったように迷宮内に森や川などの自然が発生する場合があることは確認されておる。果実を餌にする魔物に関してはそれで説明がつくのじゃが、元々魔物を餌とする者に関してはわかっておらんかったのじゃ。
迷宮内に発生する自然と同様に迷宮主から供給されている魔素で生き延びているというのが通説じゃったな」
謎空間の謎原理だなこりゃ。魔素で腹がふくれるなら、魔力の高い俺なんか大量の魔素を溜め込めるから何も食べなくていいことになるぞ。
でも、このことに関しては神様に貰った世界の常識でも大した情報もないしな。
「まぁ、わからないことを考えても仕方ないか。
で、あのブラックミノタウロスがこの迷宮で進化した個体だとしたら何か特別なことがあるのか?」
「実はな、ここまで話しておいてなんじゃが……そもそもの話、あの魔物が本当に進化した個体なのかわからんのじゃ」
俺の質問に対するエルから唐突に述べられた、今までの話をなかったことにします宣言でまたもやずっこけそうになる。
「おかしなどんでん返しがあったもんだな。今までの説明が完全に無意味じゃないか」
「いや、そうでも無い。もし彼奴が進化していないでここにおるのじゃとしたら、この迷宮を利用しようとしとる街の連中にとってかなり厄介なことになるかも知れんのじゃ」
「どういうことだ?」
「迷宮の魔物は倒しても暫くすれば復活する。それは良いな?」
「ああ」
現に、この迷宮を発見した時に見つけた小部屋にいたゴブリンは、ギルドに報告する前に俺達が倒しておいたのだが、再度ここに来た時には復活していた。
つまり、この迷宮の魔物は倒しても数日で復活するということになる。
「つまり、ブラックミノタウロスも何度倒しても復活してくることになる。
そうなると、ここより下の魔物の素材や魔核を集めたければブラックミノタウロスを倒せる人材が必要となるじゃろ」
「それはそうだな。あいつ完全に下に行く通路を守るような位置にいるからな」
「そうなると、相応のランクを持った冒険者が必要じゃが、この街には高ランク冒険者が少ないと言っておったじゃろ。恐らくじゃが、高ランクになった冒険者は他の地へ……それこそ迷宮都市にでも行ってしまうんじゃろうな」
「ブラックミノタウロスを目当てに高ランク冒険者が集まってその問題も解決できて一石二鳥じゃ無いか?」
「確かに、高ランク冒険者を呼び戻す材料にはなるかも知れんが、ここより下で出てくるのは魔核が取りづらくてあまり美味く無いゴーレムじゃからな、高ランクの者達からすれば良い迷宮とは言えんじゃろ。一時的な集客はできてもすぐに離れられてしまうのが関の山じゃ」
「なるほどな。集客に期待できない上に資材の回収からしても邪魔者ってわけだ」
高ランク者を呼ぶような旨味はなく、素材を集めるには邪魔者、確かにこの迷宮を利用しようとしている街の者からしたら厄介な存在になりそうだ。
「しかし、あのブラックミノタウロスが進化した魔物じゃったとすれば話が変わってくる」
「どういうことだ?」
「これもまた詳しくは分かっておらんのじゃが、進化によって発生した魔物は倒された後に復活せんのじゃ。
迷宮主が作り出した物では無いからとか、魔核の吸収によって作られるという特殊な発生方法を再現できないからとか、まぁ色々と原因は考えられておったが、正確な答えは出ておらんかった」
「復活しない理由はどうあれ、あいつを倒してしまえばこの迷宮の運用が楽になるってことか」
「うむ。理由こそはっきりしておらんが、進化した魔物が復活せんというのは確実じゃ。魔物の進化に関する研究材料として利用しようとしたんじゃが、一度倒してしまったら二度と出てこんかった。復活しないということを知った時の研究者供の顔は傑作じゃったな」
いや、それは魔王軍からしても良く無い結果だろ。魔王軍で運用できるかも知れない研究に利用できなかったってことなんだから。
「先に説明した通り、迷宮内での魔物の進化というのは珍しい現象じゃ。ただ、魔核を取り込むだけでは駄目らしくてな。再現しようとして魔物に魔核を与えてみたこともあったんじゃが、成功せんかった。
じゃから、進化した個体であれば倒してしまえば終いじゃし、初めから上級個体として発生しておったのであれば面倒なことになる。
ほれ、無意味でもなかろう?」
「まぁ、確かにな。進化の説明で進化した魔物が再発生しにくいってことの信憑性は増してる気はする」
「進化した魔物か否かは倒してみればわかる。魔核が全く違う形をしておるからな」
何にしてもとりあえず倒してみないとってことだな。
この情報を持って帰ればそれなりに報酬も貰えそうだし。
「よし、じゃあいくか」
いまのところ、ブラックミノタウロスに動く気配はない。
「せっかく先制できるんだから手始めに一撃入れてみよう」
珍しい現象かも知れないわけだから、あまり素材を傷つけない方がいいよな。
となると炎系は駄目だ。一撃で頭を落とすのがベストか? それなら——
「飛斬!」
飛斬は風の刃を生み出す魔法だ。下へ向かう通路の前で仁王立ちしている黒いミノタウロスを切断せんと風の刃が駆ける。
相手は上位個体ということで、ある程度多めに込めた飛斬は狙い通りミノタウロスの首元へと吸い込めれてゆき、ミノタウロスの頭は胴体を残して血の軌道を残しながら弧を描く様に斬り飛ばされ……なかった。
「え!?」
飛斬は首を斬り飛ばすどころか、被弾箇所にうっすらと赤い線を付けた程度で霧散してしまう。
「言い忘れておったがな、ブラックミノタウロスは魔法耐性が高い魔物じゃ。物理的な攻撃が有効じゃな」
「……そういうのは言い忘れないでほしいんだが」
「何を言う、その程度はお主も知っておるはずじゃぞ」
実はエルの言う通りだ。魔法が効かなかったことに疑問を抱いた際に、俺はブラックミノタウロスの魔法耐性のことを思い出していた。
神様に貰った知識の弊害だな。貰った知識は自分で思い出そうとしないと出てこない。状況に応じて教えてくれるわけじゃないんだ。
「知っているはずのことで失敗するってのは、あまりいい気分じゃないな」
「ま、神の恩恵なんぞそんなものじゃ。己で学ぶことこそが重要と言うことじゃな」
「言語やら何やらでは役立ってるしいいんだけどな」
「そんなことより、向かって来るようじゃぞ」
飛斬でこちらの存在に気付いたブラックミノタウロスがこちらを睨みつけ——
『グルゥオォォォォォォォォォ』
雄叫びをあげたと思ったらこちらへと突進して来た。
魔物の手には巨大な斧が握られており、こちらへ向かいながら大きく振りかぶっている。おそらくあれで叩き斬ろうというのだろう。普通のミノタウロスと同じくらいの体格であるブラックミノタウロスだが、手に持っている斧もその身長に届くかというほどの大きさがあるので、普通の人間がまともに食らったら、叩き斬ると言うよりも叩き潰すという結果になりそうだが。
「あんな斧がどこにあったんだ」
「それも迷宮の謎の一つじゃな。今度説明してやろう」
「今はあいつをどうにかしないとなっと。攻撃増加!」
ブラックミノタウロスの攻撃を受けるのには装備が心もとないので、攻撃力を上げる魔法を俺とエルを対象にして発動して、副次効果によって耐久度を上昇させておく。
「ちょっと魔法に頼りすぎてた気もするしな、天狗にならないように体を使って戦うのも悪くないか」
「良い運動になるじゃろ」
正直俺は、魔王すらも凌駕する魔力を持ってる事で気が緩んでいたところがあったし、魔法が効かない相手ってのはちょうどいいかも知れない。
そうこうしているうちに目の前まで迫って来ていたブラックミノタウロスが、その手にある巨大な斧を振り下ろしてくる。俺は斧を受け止めるためと剣を頭上に構え、衝撃に耐えるために足に力を入れる。
ミノタウロスの斧と俺の剣が触れた瞬間、轟音とともに俺を中心に地面に亀裂が入り、同時に風景が横にぶれた。
「ぐっ……!」
次に感じたのは背中への衝撃。どうやら俺は蹴り飛ばされたらしい。
突進の勢いをそのまま蹴りに転じて、俺の剣と奴の斧が重なった部分を起点に回転をかけて奴のいた大部屋へと蹴り込まれたようだ。
「なんか、五番隊隊長さんより強くないか?」
(魔法が効かんから余計にそう思うんじゃろ。あやつは弱すぎたしの)
部屋の入り口ではエルがブラックミノタウロスと激闘を繰り広げていた。
ミノタウロスが斧を振るえばそれを細剣で受け流し、蹴りが来れば同等の力で蹴り返す。隙を見て細剣で攻撃を仕掛けているようだが、ミノタウロスの方もしっかり対応し、斧で防いだり、受けられない攻撃も切っ先を反らせて急所を外している。
お互いに決定打は与えられていないが、エルには声が聞こえない距離にいる俺の独り言に答える余裕もあるみたいだし、本当に運動をしている気分なんだろう。
(エルだけでやるか?)
(最近、お主は気を抜きすぎじゃからな。お主がやれ。それ、ゆくぞ!)
エルがやるなら気を入れなおすのは今度でいいか、と思っていたのがバレたのかどうかは分からないが今回は俺のお仕事らしい。エルがミノタウロスの隙を見て俺の方へと蹴り飛ばしてくる。
(乱暴だな)
(邪魔者が入らんようにはしておいてやる。存分に体を動かすといい)
『グロォォォォォォォォ』
俺の隣に吹き飛ばされて壁にめり込んでいたミノタウロスが雄叫びをあげ、瓦礫を押しのけて立ち上がる。
「仕方ない、頑張るか」
ミノタウロスの目が再び俺を捉えたのを確認し、俺は剣を中段に構えなおす。
俺のやる気を察したのか、斧を振り上げるミノタウロス。先程と自分が蹴りとばした相手だから勝てると思ったのか、動きとしては先程と同じものだ。多分また蹴り飛ばす気なのだろう。
俺は、振り下ろされた斧を、今度は剣で押し返す。
そもそも、先の振り下ろしには突進の勢いも加算されていたのだから、その場で立ち止まった状態からの振り下ろしが相手なら、さっきと同じ位の力でも俺の方が力で勝るのだ。
『ガァッ!?』
「魔物だからな、そのあたりには考えが及ばないんだろ」
斧を押し返され、困惑したようなミノタウロスを、今度は俺が蹴り飛ばす。
飛ばす方向は上だ。
上空へと吹き飛ぶミノタウロスに追撃の〈暴風〉をお見舞いしてやる。
これは読んで字のごとく暴風を操る魔法だ。
「魔法が効かないって言っても無効化できるわけじゃないんだろ?」
この魔法でダメージがないとしても、風によって空中へ飛ばすことはできる。ミノタウロスは、俺の起こした竜巻のような風に呑まれてもみくちゃにされている。もう、上も下もわからなくなっているだろう。
「で、この勢いってのはそのまま攻撃に利用できるからなっと」
風を操り、空中を舞う勢いをそのままにミノタウロスを地面へと突き落とす。
ミノタウロスは、ズンッという衝撃とともに頭から地面に追突して、頭が地面にめり込むというなんか冗談みたいな格好になった。
「終わりか?」
「お主な、結局魔法を使っておるではないか」
俺の独り言に、いつの間にか側に移動して来ていたエルに呆れたような声が返ってくる。
「確かにそうだな。どうにも魔法に頼るのが普通になってしまっているんだよな」
「魔物の中には完全に魔法を無効化するという者もおる。そんな事では足元をすくわれかねんぞ」
完全無効か……俺にとっては天敵だな。
「やっぱ、装備とかもちゃんと揃えたほうが良さそうだな」
「それはそうじゃろうな、妾の昔の装備も無くなっておったしの」
「エルも装備とか使うのか?」
500年前の時も今の格好のままだったし、普段から装備とか無しで魔法で戦ってるのかと思ってた。
「当然じゃろ。魔王には代々伝わる装備があるのじゃ。なかなか格好良いぞ」
魔王って受け継ぐものだったのか。
世襲制ってやつか? でも、エルの親って確か冒険者に殺されたって言ってなかったか?
「そのあたりはお主の知識にはなかろう。そのうち説明してやる」
やけに気になる言い方だが、両親のことが関わるから話しづらいんだろう。
「ま、それはいいか。
それよりも、あいつはどうする? マジックボックスに入れていくか? 魔核を取り出してみないと進化個体かわからないから、どちらにしても持ち帰らないといけないわけだし」
「ふむ、それはそうじゃが……」
俺の質問に帰って来たのは、何処か答えをぼやかしたようなエルの返答と、面白げな感情だった。
「どういうこと——」
「お主のマジックボックスは生きた相手を収納できるのかの?」
『グルルオォォォォォォォッ!』
エルの言葉と同時に、地面に亀裂を走らせながら頭を引き抜いたブラックミノタウロスの雄叫びが響き渡った。




