三話
計測をした部屋から少し歩き、応接室のような場所へ案内された。
壁には絵画や壺などの他に、豪奢な装飾の杖が飾られており、まさに魔法局と言った雰囲気を醸し出している。
ロスヴァールに勧められてソファーへ腰を下ろし、出された紅茶(のような飲み物)を一口啜る。ソファーはフカフカだし、紅茶はとても美味しい。
「では改めて自己紹介を。私はこの魔法局を管理しておりますデーヴァン公爵家当主ロスヴァール・デーヴァンと申します」
公爵ってかなり偉い人じゃなかったかな。日本に住んでいると爵位というのはなかなか聞く事がないが。それにしては、ジェレールさんからロスヴァール様と名前で呼ばれていたけど、普通なら公爵閣下とか呼ばれるもんじゃなかったっけ。
まぁ、異世界に地球の常識を持ち込んでも仕方ない。ジェレールとロスヴァールがかなり親しいのかも知れないし。
「デーヴァン公爵閣下、自己紹介が遅れ申し訳ございません。私は八潮雄馬と申します」
「ヤシオ・ユウマさんですか。私のことはロスヴァールと呼んでください。ヤシオ様とお呼びしても?」
「どちらで呼んで頂いても構いません。私の元いた世界では八潮が苗字で雄馬が名前です」
「わかりました。ではヤシオ様と呼ばせて頂きます」
「ロスヴァール様はここ……えっと」
「魔法局です」
「すみません。この魔法局を管理されているとのことでしたが」
「そうですね、まずこの建物はティオール王国デーヴァン領にございます。正確にはここが魔法局というわけではなく、魔法局の中で私が管理しておりますデーヴァン支部ですね。魔法局自体は王都に本部があり、国が直接管理しております」
領主が管理者で、しかも局長は別にいるというのは微妙に腑に落ちなかったが、魔法局を管理しているというより自分の領地にあるから自分の管理だということか。
「では、ロスヴァール様は魔法局の人としてではなく、公爵閣下としてこちらにおられるという事でしょうか」
「その通りです。今回の勇者召喚は国王からの指示で行われておりますが、召喚場がこの支部にしかなかったので私が承りました」
「なるほど。それで、魔王を討伐するとかって話でしたが」
「はい。今回ヤシオ様を召喚させて頂いたのは魔族との戦争を止めて頂きたいからです」
「戦争ですか」
「はい。ティオール王国の東、タルブ大森林を抜けた平原の先に魔族の国がございます。過去数百年と我が王国と魔族達は争いを続けておりました」
「数百年!?」
そんなに長いこと争っていながら、今になって勇者に頼るというのは……。
「争い自体は殆ど小競り合いみたいなものだったのですが、ここ数年で事情が変わりまして」
「魔王ですか」
「はい」
今までいなかった魔王が現れて、小競り合いが戦争に変わってしまったと。
そこで勇者って事か。
「数年前に魔族の国に魔王が生まれ、今までの魔族達の軍事力が大幅に上昇したのです。徐々に我が国の被害が増え、国王様が限界が近いと判断された結果……」
「勇者召喚が行われたと」
「そういうことです」
魔王がいなくなればまた魔族達が弱くなり、昔のようなただの小競り合いに戻る。
それで魔王討伐がイコール戦争を止める事になる訳だ。
「事情はわかりました。私でよければお力をお貸ししましょう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
こういうのがやりたかったんだ! 魔王討伐なんて正にじゃないか!
異世界召喚からの魔王討伐! 心躍る展開というやつだな。
「ただ、敵の力もわかりませんし、私は元々剣を握ったこともありません。流石に一人でという訳には……」
「もちろんです! 先程計測でおりましたジェレールを含めた魔法局の精鋭と、王都から騎士達をお供にお付けします。また、ヤシオ様にはしばらくの間魔法や剣をご指導致します」
そもそも争い事に不慣れです。
「これから約一カ月ほど訓練しながら部隊との連携などを確認して頂ければよろしいかと」
「わかりました」
魔法については問題ないだろうけど、護身用に剣の振り方くらいは覚えておきたい。
死にたくはない。
「それでは、近くに宿をとってあります。まだ早いですが本日はそちらでお休みください。また明日お迎えにあがります」
「もし良ければ少しあたりを見てみたいのですが」
「ああ! こちらの世界に来たばかりですからね。これは気が利かず申し訳ない」
ロスヴァールがベルを鳴らすと職員さんのような人が部屋に入って来て、軽くやり取りをした後にすぐ出て行った。
「いま職員に幾らか持って来させています。一応、宿でもお食事を用意させておりますが、屋台などもありますので見て回られてみてはいかがでしょうか。私の領地のことなので自賛するような形になってしまいますが、良い街ですよここは」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」
「夕刻になりますと鎮めの鐘が鳴ります。その頃にこの建物へ戻って来てください。宿へお送りします」
「鎮めの鐘ですか」
「はい、この国では朝方に目覚めの鐘、夕刻に鎮めの鐘という鐘が鳴ります。昼時には第三小鐘と呼ばれる鐘が三度鳴り、一度目から順に一鐘、二鐘、三鐘と呼ばれています。第三小鐘と目覚めの鐘と鎮めの鐘は鳴らす鐘が別物なので音でわかります」
地球と同じ時間感覚だとして三時間に一回の間隔で鳴るのか。
曜日とかはどうなって——
と考えたところでふと脳裏にこの世界の暦について浮かんできた。
地球とあまり変わらないようだが、閏年などは無く、一日は二十四時間、六日で一週間、五週間が一ヶ月、つまり三十日で一ヶ月だ、一年は地球と同じで十二ヶ月。
月の日数なんかは切りが良くて地球よりわかりやすいかもしれない。
これが精神にインプットされたこの世界の常識ということか。
にしても、こういう知識はちゃんとあるんだな。言語についての常識が入ってなかったから少し不安になっていたが、本当に生活に問題がない程度の知識しか入ってないみたいだ。
チャーセは少し大雑把な感じがあったからなぁ。
「ヤシオ様、どうしました?」
「あ、いえ、第三小鐘というのは今日聞けないのかと思って」
「なるほど、それならば明日以降何度も聞きますから楽しみにしていてください」
「そうですね、そうします」
コンコン
「失礼します」
精霊について考え込んでしまったことを誤魔化していると、先程の職員さんがやってきて、手に持った布袋をロスヴァールに手渡す。
ロスヴァールはそのままその袋を机の上に置き、こちらへ押し出して来た。
「お待たせしました、高価な買い物はできませんが、街を見て回るのにはこのくらいあれば問題ないかと」
「ありがとうございます」
袋を受け取ると結構重い。
公爵としての見栄なんかもあるだろうし、そこそこの金額を用意してくれたのだろう。
「よければ誰か従者を付けますか? 案内なんかもさせますが」
「いえ、大丈夫です。今日は軽く見て回るくらいのつもりですから」
「そうですか」
ちょっとやっておきたい事もあるので今日は一人で動きたい。
「では、また後ほど」
「はい」
先程の職員さんに案内されて建物から出ると、多くの人が行き交っていた。
特に勇者を見に来ている人がいるわけでもないので、この召喚は大きく宣伝されて行われたものではないのだろう。
「それでは、また鎮めの鐘の頃にこちらへお戻りください。場所がわからなくなったら人に聞いて貰えればすぐに戻れると思います」
「ありがとうございます」
職員さんに見送られ街に出る。
行き交う人は様々で、商人らしき人が馬車で走っていたり、市民が買い物をしていたり、所々で冒険者のような格好をしている者もいた。
冒険者ギルドなんかはあるんだろうか。
それに、俺が読んだラノベでは獣人だったりエルフだったりといろんな種族が出て来ていたが、ここでは普通の人しか見当たらない。
まぁ、もしいるのならそのうち会えるだろう。と考えながら街中を散歩する。
太陽の位置的にだいたい昼の三時くらいだろう。
昼飯というには少し遅く、宿には夕飯もあるとの事だったので、ちょっとしたおやつ程度のものを買ってみようと通りの屋台を見て回る。
「お兄さん! うちのスープは絶品だよ!」
「うちは最高級の果物の盛り合わせだ! 食べてって!」
「ダンジョン産の肉を使った串焼きだよ!」
屋台からいい匂いと、元気な声が流れてくる。
俺はダンジョン産という言葉に惹かれて串焼きを購入した。
ロスヴァールから貰った布袋には金貨五枚と銀貨と銅貨がそれぞれ十枚ずつ入っていた。
インプットされた知識によると、銅貨が日本円で約100円、銀貨が約1,000円、金貨が約10,000円らしい。
金貨より価値が高いものだと、白金硬貨とミスリル硬貨があり、白金硬貨が100,000円ミスリル硬貨が1,000,000円程の価値のようだ。
銅硬貨より下は小硬貨というものがあり、これがだいたい10円の価値があるらしい。
ロスヴァールは約61,000円分をくれたわけだが、ポンッと貰った金額としては結構高額なんだろう。
ちなみに、串焼きは一本銅貨二枚だった。
暫く歩くと開けた場所に出た。
円形に広がっており、道がいくつもに分かれている。
たぶんここが街の中心で、祭りなんかがあるときにはここを使うのだろう。
ベンチもいくつか置いてあって、老人が座って広場を走り回る子供を見ていた。
俺も空いているベンチに座って、さっき買った串焼きを食べる。
「思ってたより美味しい!」
先生と話していた内容で、異世界の食べ物はだいたい不味いというものがあったので少し心配だったのだが、肉が良いのか結構美味しい。
味付けは塩のみで、日本の屋台とそう変わらない。
串焼きはシンプルでも美味しいから、そもそも串焼きを選んだのが正解だったのかもしれない。
さて、とりあえず色々と確認しておかなくてはいけない。
まず一つ気になっているのが意識の変化だ。
チャーセは精神を肉体に合わせるとか言っていたが、自分でも途中で一人称が「俺」に変わっている事に気付いていた。
自然と一人称が俺に変わっていて少し驚きはしたが、目上の人と話す時には「私」にできていたし、そこまで大きな問題にはならなそうだ。
どうせなら「俺」にしてみてもいいかな? 流石に自分から変えるのは恥ずかしいか。
自然と変わる事もあるだろう。
あとは、魔力だな。
あの装置では数値がカンストしてしまっていたが、鑑定の魔法で確認したらどうなるのかが気になる。
魔法の使い方は……なるほど、ただ使おうと考えればいいのか。詠唱とかは無いのかな。
よし、ではさっそく。
——〈鑑定〉
——————
体力:55820
魔力:999999↑
筋力:28684
防御:32572
状態:通常
スキル:[精霊の加護][神々との交信][精神強化]
称号:[異世界渡航]
——————
おぉ! 自分の事が数値化されるというのはなかなか新鮮だな。
魔力以外のステータスも表示されてるのは、装置と魔法じゃ色々違うって事か。
って、あれ? 魔力が一桁上がってもまだカンスト状態だ。
鑑定板では出てなかった矢印はたぶん、これ以上ありますっていう印なんだろう。という事は少なくとも100万以上はあるって事か。
体力や筋力なんかはこの身体を作った精霊のおかげだけど、魔力は元々持ってたものなんだよね。
地球では何の役にも立たなかったものが、こんなとんでもな状態だったとはねー。
ちょっと試しに近くを歩いている冒険者らしき人を鑑定してみた。
——————
体力:850
魔力:130
筋力:436
防御:158
状態:通常
——————
おっと……これは違いすぎない?
魔力が一般市民とあまり変わらないのはこの人が前衛職だからだろう。
見た目筋肉質だし、腰に剣を佩びている。
ただ、他の数値が俺のものと違いすぎる。
普通より強くしておいたとは言っていたが、ちょっとやりすぎじゃないですかね。
魔力に合わせちゃったんだろうか。
ちなみに、ベンチに座っているお年寄りを鑑定してみたところ魔力が50しか無かった。