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魔王は勇者の中にいる  作者: さかもときょうじゅ
四章 勇者と魔王と迷宮
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三十七話

 こんなの聞いてねぇぞ!


 俺がそう叫んだのは、開けた扉の先に居た奴を見た時だった。

 いや、実際に叫んだわけじゃねぇ。頭ん中で叫んだんだ。

 Bランク冒険者になってから一年半っていう凄ぇ速さでAランク冒険者に昇格して、『暴拳(ぼうけん) ガダル』なんて二つ名付で呼ばれている俺がそんな情けねぇ叫び声なんぞあげるわけにもいかねぇからな。


 だが、その二つ名も奴のせいでズタボロだ。


 数日前、ギルドの受付のファムルちゃんっつう新人の子をお茶に誘っているところをあの小僧に邪魔されて、そのまま成り行きで喧嘩になった。

 結果は惨敗。

 俺は何をされたのかすらわからなかった。

 始めは俺が押していたはずだ。

 小僧はそこそこ良い動きをしちゃいたが、俺の攻撃を防ぐのが精一杯で防戦一方。多少は反撃してはいても、あの程度の攻撃じゃ悪手でしかねぇ。

 あのヒョロい体じゃ俺の一撃が入りゃ終わりだ。多分死ぬことはねぇだろうが、治療所送りは確実。下手な反撃の隙に俺の拳が入って終わり。

 そう考えていた。


 だが、俺の予想はハズれる。


 案の定、隙を見せた奴の腹に拳をぶち込んでやったんだが、俺の拳を受けても奴は立ち上がりやがった。しかも、ヒョロッちぃ体には傷一つ付きゃしねぇ。

 驚いたぜ。それに楽しくなりそうだとも思ったな。

 始めはガキに舐められたことへの怒りで始めた喧嘩だったが、攻撃こそなっちゃいねぇが防御は(たけ)ぇらしいってことがわかって、少しずつ楽しくなってきてたんだ。

 俺の一撃を耐える奴なんざこの国じゃ迷宮都市か王都に行きでもしねぇ限りそうはいねぇ。じゃなきゃさらに西にある闘技場で栄えてる他国にでも行くっきゃねぇが、なんにしたってそうそう会うこともねぇ。それだけ俺は自分の拳に自信があった。

 このデーヴァンじゃそんな相手に会うこともねぇと思ってたから、こんな所でもまだ少しはやれる奴がいるんだと気が昂ったのを覚えてる。


 だがそんな考えも暫くやり合ってる内にことごとく砕かれた。あの小僧の防御力は俺の想像をはるかに超えていやがったんだ。

 何度殴っても、どれだけ吹き飛ばしても、土煙の中から平然と出てきやがる姿に俺の脳が軽い恐怖すら覚え始めちまった。

 優秀なスキルでも持っているのかとも思ったが、そんなレベルの話じゃねぇ。奴の体どころか、奴が身につけてる見た目だけの安物装備にすら傷一つ付けられねぇ。

 始めは多少手加減していたのが次第に本気で拳を振るようになって、それでも平気な顔で立ち上がってくる小僧は悪魔のように見えてきてた。

 しかも、奴は疲れを一切見せない。俺が全力で攻撃を繰り返して息が上がっているってのに汗一つかく様子がない。それはスタミナが俺よりも遥かに上回ってるってことだ。

 俺の攻撃で防具にすら傷を付けられず、疲れも見せない。そんな奴は見たことも会ったことも無い。

 世界に数人しかいねぇっつうSランク冒険者ならこのくらいは出来るのかもしれねぇが、俺は会ったことがねぇし、あいつらはたった一人で軍隊を相手にできるとか言われている完全な化け物だ。既に人間をやめた奴もいるって噂も聞いたことがある。

 俺が拳を叩き込んでいる小僧は、見た目だけじゃそんな化け物には見えなかった。

 だが実際に俺の攻撃は効いてねぇ。よく考えてみれば防御力で俺の攻撃を上回り、スタミナでも圧倒している状況から考えると、攻撃だけお粗末なのはおかしい。

 そう考えた俺の頭に浮かんでくるのは『手加減されている』という予想。普段なら激昂ものだが、実際にこいつを倒す方法は浮かばねぇ。


 こいつは人の皮を被った化け物だ。

 こいつには勝てない。


 どうすれば、どうしたら……。

 そんな、焦り出した俺の思考は突然途切れた。

 スタミナが切れかけて攻撃が雑になっていた隙を突かれて奴の剣が迫ってきているところだった。

 防御が間に合わねぇ、化け物の攻撃をもろに食らっちまう、と、咄嗟(とっさ)に腕を引き戻している最中にふっと剣が消え去り、俺の目の前には先程まで振り上げていた筈の剣を持たずに(・・・・)突っ立ている小僧が現れる。

 俺が立っている場所も、さっきまで訓練所の壁際にいた筈が、ここに入って来て最初に奴と対面していた訓練場の真ん中に移動してる。

 何が起こったのか理解できず、思考が混乱している俺にかけられた奴の言葉は。


「よお、夢の世界はどうだった?」


 だった。

 今でもあれが何だったのかは分からん。全く理解できてねぇ。

 夢なんて言われて『俺は本当に寝てたのか』なんて馬鹿な事を考えもしたが、そんな筈はねぇ。

 ただ一つだけわかっているのは、やはり俺は手加減されていたという事だ。意識が途切れるような攻撃を受けていたならその間に殺されてもおかしくはねぇ。

 そして、そう気付いた時に俺は絶望した。手加減されていたことに安堵しちまってたんだ。

 あの小僧が本気を出していたら死んでいたと頭が認めちまっていた。

 二つ名が広まり、それなりに名が知れた事で膨れ上がっていた俺のプライドはボロボロに崩れ去った。


 その後はただただ『最悪』の一言だ。

 訓練場には人がいなかったってのに、俺が街に来て間もねぇガキに喧嘩で負けたっつう噂はすぐに広まったし、ギルド職員に小言を言われてからギルドから出て行くところを、格下のクソ野郎共に喧嘩をふっかけられたりもした。

 もっとも、その身の程知らずのクソ共を返り討ちにして多少は気が晴れたが。

 何より俺がショックを受けたのは、ギルド職人が言うにはあの小僧はこの街に来て間もないどころか、冒険者になって間もねぇEランクだったってことだ。

 そりゃあ、冒険者登録したばかりの頃は実力がわからねぇから、高ランク相当の奴がCだのBだのってランクにいることはある。だが、Eランクってなると話は別だ。

 冒険者登録をする時には、登録以前の当人の経歴や実力のテストなんかで特別に初めから通常より高いランクで登録される制度がある。殆どの場合、その処置で登録される冒険者は大概Cランクにされる。

 貴族のガキがそれを利用して高ランク冒険者になるっつう胸くそ悪りぃ事も多いが、この制度は依頼のランク制限を考慮してるっつう話を聞いたことがある。実力があるのに高ランクの依頼を受けさせられないのは勿体無いからとかそんな話だった。

 まぁ、それはどうでも良いんだが、あの小僧が普通にEランクから始めてるってことは今まで何の実績を上げてねぇってことだ。実力テストは当人の希望があってからギルドの判断でやるもんだが、実績がありゃギルドが高ランクから登録するように手続きをする筈なんだ。

 つまり、Eランクであるあの小僧は側から見りゃ『何処の馬の骨とも知らねぇ新人』ってことになる。それをギルドも認めてるってことだ。


 ぜってぇおかしい。

 何かあるはずだ。

 そう考えて自分を慰めはしたが、『Eランクに負けた』という事実がどうやっても俺を打ちのめす。

 そして、俺は翌日丸一日宿に併設された飯屋に引き篭もった。

 冒険者ギルドから何だかの依頼があるとかって話があったが返答は一日待たせ、その日は酒を飲んで居たかった。

 正直、自分でも女々しいとは思う。こんなのは俺らしくねぇ。だが、Eランクに負けた上にそいつが手加減してたことに安堵した自分が許せない気持ちが消えねぇんだから仕方ねぇ。

 こんな時は酒を飲んで忘れちまうのが一番だ! そう思って俺は浴びるように酒を飲んだ。


 で、嫌な気分を酒で洗い流して、翌日ギルドに来たら、街の近くに迷宮(ダンジョン)が見つかったって言うじゃねぇか。しかもBランク指定のミノタウロスが出たらしい。

 憂さ晴らしにはちょうど良さそうで、他の冒険者の底上げ目的とかでBやCランクの奴らも連れてくってんだから、俺の力を改めて知らしめるにももってこいだと思って依頼を受けた。

 連れてく奴らにEランクもいるってのは気になったが、ミノタウロスが出る階層の前にCランクと一緒に帰してやれば大丈夫だろう。じゃなきゃ影に隠れさせて俺がミノタウロスをぶちのめすのを見学させてやっても良いな。

 そんな事を考えることで、当日までにはあの小僧のことを忘れることができていた。


 そんなこんなで今日。

 少し遅めに行って、待っている冒険者達に俺の威厳をたっぷり見せつけながら登場してやるか、それとも、早めに行って他の冒険者達を迎え入れてやるかと色々考え、先に行っておいた方が先輩冒険者として威厳がありそうだという結論を出し、上機嫌で迷宮偵察のメンバー紹介を兼ねた集合場所であるギルドの会議室に足を運び、これまた上機嫌で会議室の扉を開いた。


 そして、今最も見たくない奴が会議室の椅子に座ったまま腕を組んで偉そうなポーズで知らねぇ女を平伏させている場面に遭遇しちまった。

 俺はそっと扉を閉める。


 帰ろう。

 俺はまだショックから抜けてねぇんだ。

 あの小僧の変な幻覚まで見えやがった。

 よく考えたらまだ数日しか経ってねぇ。酒が足りなかったんだ。

 帰ってまた酒を飲もう。


……いや、まて、あれは本当に幻覚なんじゃねぇか? あの光景は流石におかしい。ギルドの会議室で女を床に這い蹲らせてるなんて普通じゃない。

 危ねぇ危ねぇ。まさか本当に幻覚を見ちまうとは。

 幻覚なら立ち向かわねぇと乗り越えられねぇ。精神系の攻撃をしてくる魔物に幻覚を見せられた時は気をしっかりもってねぇとやられる。

 ここで逃げたら俺はこれからもあの化け物の幻覚に悩まされることになり兼ねねぇ。

 あれは幻覚。

 扉を開けたら消えてる。


 そう心に強く念じ、俺は再び扉を開いた。


「よお、ガダルだっけ? 今日一緒に迷宮に行くことになったユウマだ。

 よろしくな!」


 今度は普通に椅子に座ってた幻覚が片手を挙げて声を掛けてきた。

 この幻覚攻撃はかなり強いものらしい。迷宮にまで付いて来るときた。

 確かにEランクが来ることは聞いてる。だが、それがあの化け物だなんて聞いてねぇ。

 嘘だ。

 幻覚だ。

 俺は聞いてねぇ。


 こんなの聞いてねぇぞ!



——————



 会議室に入って来たガダルは俺の顔を見つめたまま固まってしまった。

 そらそうだ。仕事しに来たら椅子に座って偉そうにしている男とその下で土下座している女性という場面に出くわしてしまったのだから。

 そんなの俺でも固まる。

 一度扉を閉めてやり直してくれたから気を利かせて仕切り直してくれたのかと思ったけど、どうやら状況を処理しきれなかっただけだったらしい。


 なぜこんなことになったのか。

 それはギルドに来た時まで遡る——



「とりあえずクエストの終了報告を済ませておこうか」


 ギルドが扉を開き、冒険者達が依頼ボードに群がっているのを尻目に俺達は受付へと向かった。

 既に何組か依頼を受けるために並んでいる受付の中で、ただ一人ファムルの場所だけ空いている。彼女の前には『予約席』の立て札が置いてある。


「ユウマさん、お待ちしてました。こちらへどうぞ」


 どうやら、予約というのは俺達の事だったらしい。


「ユウマさん達が今日のことを聞きに来なかったことを報告したら、ギルド長が『朝早く来るだろうからあなたの受付は空けておきなさい』っておっしゃっていたので予約席にしておいたんです。

 本当に朝一番に来られたので驚きました!」


『ギルド長すごい!』とファムルは興奮気味に語る。

 確かに、昨日は封印の地から戻ってすぐに宿に帰ったし、今日早くから来れば問題ないだろうとも考えていた。実際に早朝からギルドに来たわけだしな。

 これは前世の癖のようなもので、後回しにしたものは早めに処理するという考えが染み付いているからだ。状況によって物事を後回しにしてしまうのは仕方がない場合もある。ただし、後回しにした事は早めに処理するように心掛けていた。

 しかし、この世界の冒険者にそんな考え方をする者は少ない。時間の指定をされてなければ適当に動くという考えが普通なのだ。

 勿論、今回の依頼はギルド長直々の物であるから普通の冒険者でも早めに来るだろう。というか、普通は昨日のうちに確認するところだ。依頼主、報酬、どちらを取ってもミスをしていいものではないのだから。

 それにしたって、朝一から受付を一箇所潰すというのはなかなかできない判断だと思う。

 上記のように冒険者は指定がなければ基本的に時間にルーズな行動をとる。今回の場合でも、早い時間に来ると予想はできても朝一にくるという考えはそうできるものじゃない。

 もし、俺達が朝の混雑時を避けようと考えたり、時間になったら連絡してくるだろうなんて考えたりしたら、その一番忙しい時間に受付が一箇所使えないままになり、処理速度が著しく落ちる。それは冒険者からするとかなり迷惑な話であり、ギルドとしても良いことではない筈だ。俺の行動をある程度読めてないとできない処置である。

 ちょっと怖い。


「優秀なギルド長様なことで。

 とりあえず依頼達成の処理をして欲しい。ゴブリンなんだが、最低討伐数は五体で良かったか?」

「はい、常時依頼のゴブリン討伐でしたら最低討伐数は五体です。証明部位と登録証の提示をお願いします」


 俺は懐から出すふりをしながらマジックボックスからゴブリンの耳と冒険者の登録証であるプレートを取り出し、一緒に依頼を受けていたエルも自分のプレートをファムルに手渡した。


「ありがとうございます。確認しました。処理してしまうので少々お待ちください」


 ファムルは慣れた手つきで手続きを進めていく。

 まだ仕事を始めてから数日だってのに、ファムルは優秀な受付係らしい。


「そういえば、ユウマさんとエルさんはパーティーを組んだりはしないんですか?」


 手続きが終わり、プレートを返却される際にファムルから今更感のある質問を受ける。


「パーティーって、そんなの冒険者登録をした頃から既に二人パーティーでやってるぞ? 他にメンバーは俺達の状況からしてリスクが高いだろうから簡単には増やせないと思うんだが」


 自分達のことを話せるような相手なら一緒にパーティーを組んでもいいのかも知れないが、俺とエルが500年前の勇者と魔王だなんて話せる相手はそうそう居ないだろう。

 ジェレーナとは今回行動を共にするわけだから仮のパーティーメンバーとも言えなくはないか。


「いえ、そうではなく、パーティー登録はされないのかなと。パーティー登録はご存知ないですか?」


 言い方からしてただパーティーを組むのとは違うんだろうな。

 パーティーの登録制度なんてものがあるってことか?


「そんなものがあることも知らなかった」

「そうでしたか。パーティー登録は現在の登録証が使われるようになってから広く普及していったと聞いていますし、ユウマさんの頃には余り知られていなかったのかも知れませんね。

 とりあえず、パーティー登録についてはまた今度時間があるときに説明します。有用な点も多いですよ」


 500年前は冒険者登録すら管理体制が微妙だったみたいだしな。パーティー登録なんてやってたとしても碌な管理が出来てなかったのは想像に難くないし、そもそも登録をする利点も余り無かっただろう。敢えて挙げるとすれば、個人よりもパーティーの方が多少有名になりやすいってくらいかな。

 俺も当時は『勇者パーティー』ってパーティーのメンバーってことになる。つっても、俺の場合は英雄とかって呼ばれて個人でも名前だけは有名だからちょっと違うけど。

 なんにしても、『なんとかパーティーの誰々』って呼び名は覚えられやすい。


 今すぐ登録しないといけないわけでもないし、パーティー登録については説明を受けるまで保留だな。

 とりあえず今日は本来の目的である迷宮偵察の方を済ませてしまおう。

 ファムルが言うには、まずは顔合わせをってことでギルドの会議室に一度全員が集まるらしい。

 そこで簡単な自己紹介と迷宮での動きやらなんやらの確認をして、昼頃から迷宮へ入るんだそうだ。


 俺達はファムルの案内を受けて会議室へと向かう。

 ギルドの二階に上がってすぐの左側にある冒険者ギルドの会議室。内装は部屋の真ん中に大きなテーブルが一脚置かれていて周りを椅子が囲んでいるという、前世の会議室のイメージそのものといった感じだった。

 ファムルは、適当に座って待っていてくださいと告げ、俺達の席の前に水を出して下へと戻っていった。


「そういえば、ジェレーナはこの者の素性を知らんようじゃな」


 エルがそんなことを言い出したのは、俺が部屋の前にあるでかい看板みたいな物の用途を想像していた頃だった。


「急にどうした」

「いやなに、これ以上放置していても良いことはなかろう。一応、パーティーとして組むわけじゃからな」

「それはまぁ、朝みたいな態度のままでいられたら他の冒険者達に変な目で見られそうだしな。

 それにしてもずいぶん唐突だな」

「このままにしていても、もう面白い反応は無さそうじゃしな」


 やっぱり楽しんでたか。

 俺はジェレーナからの睨むような目線にも慣れてきてたし、彼女も、エルが何も言っていないのに自分がとやかく考えるのは不敬ではとでも考えたのか、俺のことを気にしないようにしているみたいだったから、新しい反応を楽しめくはなっていただろう。むしろ、俺の素性を知らせてその反応を楽しもうって腹かも知れない。


「とりあえず改めて自己紹介でもしておくか。

 ジェレーナさん、この前は名前しか言わなかったが、正確な俺の名前はヤシオユウマ。500年前にこの世界に召喚された勇者だ」


 そう言った途端、ジェレーナの動きが止まった。それはもう、俺が時間操作系の能力にでも目覚めたかのようにピタッと。

 俺を凝視したまま動かなくなってしまった。

 彼女からすれば俺は、自分達の英雄を封印した張本人なわけだからこの反応も然もありなんと言ったところだろう。


「貴様がっ!」


 止まった時が再び動き出したジェレーナの最初の行動は、自分の懐に手を突っ込むことだった。やっぱり懐に武器が隠してあるんだろう。一応、腰に短剣を下げてるんだが、あれは飾りだろうか。


「やめんか」


 襲いかかる寸前のジェレーナを止めたのは意外にもエルだった。

 てっきり、この状況になるのを予想して楽しむために勇者だとバラす事にしたんだと思っていたけど……。


「しかし! 勇者は我々魔族の敵ではありませんか! この場で始末しなければ!」

「そうか、ユウマを殺すか」

「かの大戦で魔族は多くの民を失っております。人族を率いた者を許すことはできません!」

「だから殺すのじゃな?」

「止めないでください!」


 エルの説得も虚しく彼女は諦める気がないらしい。

 それにしても、なんかエルから不穏な空気が……。


「つまり、妾が勝てなかった勇者にお主は勝てると、そう言うのじゃな?」

「……っ!?」


 そう言うと同時にエルからどす黒いオーラが吹き出し、ジェレーナがそれに当てられたように言葉を失い額に汗を浮かべている。


「500年も封印されておった所為かの、妾も随分と下に見られたものじゃ」

「そ、そのようなことは……申し訳ございません」


「……まぁ、よかろう。感情的になってしもうただけじゃということにして今回は見逃してやる」


 エルはそう言ってため息をこぼす。

 吐き出す息に呼応するようにオーラが霧散していき、ジェレーナさんは安堵した様子だ。気の抜けた彼女にエルは言葉を続ける。


「そもそも、ユウマは人族共に利用されてはおったが率いたりしてはおらんかったし、謝罪なら此奴にするべきじゃろ。この者と敵対してお主如きが生き残れるとは思えんしな。

 もし魔族がユウマと敵対すれば、それこそ現魔族王国の滅びに繋がるじゃろう」


 おいまて、俺がそんな物騒なことをするわけがないだろ。

 ファンタジー気分でいて他人に利用されるのは500年前に懲りてるよ。


「……ユウマ、さん、申し訳あり、ございませんでした」


 渋々やってますという顔を一切隠さずに謝罪を口にするジェレーナ。


「それが謝罪か? 魔族は最低限の礼儀というものも失ってしもうたようじゃ。ユウマよ、せっかく相手にお呼ばれしておることじゃし、行くついでに一帯を焼け野原にしてやろうかの」


 しかし、エルがそれでは許さないらしい。ゆらりと先程と同様のオーラが漏れ出している。

 もう、俺がじゃなくてエルが魔族王国と敵対する事になってるし。エルのやつ、楽しんでるだけだろこれ。


「も、申し訳ございませんでした!」


 英雄と敵対するのが嫌なのか、それとも黒オーラの効果か、しっかりと頭を下げて謝罪しなおすジェレーナ。


「誠意が感じられんな。

 そうじゃ、ユウマの元いた世界の方法で床に両膝両手をついて頭を下げるという謝罪の仕方があるじゃろ、あれをせい。

 ほれ、ユウマもぼけっと座っとらんで、ちと偉そうな感じで謝罪を受けんか」


 普通の謝罪では満足できないのか、俺の前世の土下座まで持ち出してくるエルに呆れつつ、それで満足するならと、俺は言われた通りに腕を組んで少し威張ったように椅子に座っておく。

 ジェレーナは土下座というのがよくわからないらしく、あたふたとエルの説明通りに地に伏していく。


「ユウマ様、誠に申し訳ございませんでした!」


 ガチャッ。


 ガダルが会議室の扉を開いて顔を出したのは、ちょうどジェレーナがエルの説明通りの格好で多少ぎこちない土下座を完成させた時だ。


 俺の脳内ではエルの大爆笑が響き渡っていた。

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