三十六話
封印の間に入ったのは俺達と見張りの兵士が一人。見張りのもう一人と封印を解除してくれた魔術師は外で待機している。
ここは以前と何も変わらない。
いやまぁ、俺たちがここを出てから数日しか経っていないのだから当然といえば当然なんだが。
ただし、エルと出会った時と変わらないのかと聞かれたなら答えは否だ。
500年前の俺達の攻防の影響で、床は焼け焦げ、壁や天井にも壊れた箇所がいくつも見受けられる。エル曰く調度品や壁飾りなんかも無くなっているらしいので、あの戦いの後に色々持ち出されたのだろう。
持ち出したのが魔族なのか人間なのかはわからないが。
そうして部屋の中を見渡していると、目的の物を発見した。
(エル、少しの間あの兵士の注意を俺から離せないか?)
(魔法を使えば容易じゃが)
(念のため魔法は無しだ。壁に掛かってた二重封印について話を聞く感じで頼む)
(ふむ、やってみよう)
この場所に掛けられている二重封印の効果は確認済みだし、そもそも今は解除されているが、万が一魔法の発動を感知されたりしたら面倒だ。念には念をってやつだな。
問題の兵士さんは『ここが封印の間か!』とデカデカと書かれているかのような顔で部屋の中を見渡していた。
「すまんが良いか?」
「お、あ、ああ、失礼した。私もここに入るのは初めてだったもんでな。
それで、何か用か?」
ここに入るためには面倒な手続きが必要らしいから、見張りとはいえただの一兵士である彼が初めて入るというのも仕方ないことなのだろう。
「室内からの二重封印について確認をしておきたくてな。説明を頼めんか?」
「私は魔術には詳しくない。封印の範囲などの警備資料に記載されているものであれば答えられるが、封印がどう作用しているかと言った魔術的なものには答えられん。
外の魔術師を呼んでくるか?」
「それには及ばん。魔術面は妾たちの専門じゃからな。むしろ、お主達が知っている内容の方が聞きたいのじゃ」
「わかった。では、まず範囲についてだな。最端はあっちだ、ついてこい——」
エルのおかげで離れていく彼に見つからないようにゆっくりと、しかし可能な限り急いで目的の物の回収に向かう。兵士などの日頃から戦闘を意識している人種ってのは早く動くものに敏感になってるからな。慎重に慎重に。
彼の目を気にしながら、自然に、辺りを調査してる風を装って。そうやって俺は目的の物がある場所、俺達が封印されていたその場所へとたどり着いた。
俺の足元には一本のナイフが地面に突き立てられている。
回収したかったのはこのナイフ。
見た目は何の変哲も無いナイフなのだが、実はこれ、500年前の代物なのだ!
……というか、このナイフもまたペンダントとセットで俺達の封印に使用されていたものだ。
以前ギルドで500年前の装備を出した時にペンダントが封印に使われたのを説明していて、ふと、封印にはこのナイフも使われていたことを思い出したのだ。後でマリアナにナイフの保管場所を確認したところ、どうやらこのナイフは回収されていないらしいということがわかりる。
しかし、そうなるとナイフはどこに行ったのか。
魔王の封印に利用されたナイフなどという重要アイテムを回収しないはずがない。しかし勇者パーティーの面々が回収していないとすると何か原因があるはずだ。
敵襲を受けて退散した可能性は低い。なんせ、あの時この城には魔王であるエル以外の敵はほとんどいなかったのだから。
手薄になっている所を奇襲したのだ、ナイフを回収する時間もないような状況になるとは思えない。
同様の理由で、魔族側に回収されてしまったという可能性も低い。
となるとどこに……。
答えは目の前にある通りここにあった。いや、正確には封印が解けた日から今まではここにあったと言うべきだろう。
このナイフは俺達と一緒に封印されていたのだ。
このナイフは俺が身につけていたペンダント同様にあの空間に封印され、封印が解けたことで俺達と共にここへ戻ってきたのだ。
封印が解けて外に出られた時は色々とあってこのナイフのことなど考えてもいなかったが、これは俺達の封印に関わる物なのだから回収しておきたい。幸いなことにナイフの存在を知る者がいないため、こっそり持って行ってしまっても誰も気付かない。
俺はその場にしゃがみ、一度だけエルと共にいる見張りの兵士の様子を伺ってから床のナイフを『収納』する。
これで目的は達成したが、一応確認しておこう。
「おーい、兵士さんちょっといいか?」
「この壁から左右に封印が……どうした?」
エルに説明を続けている兵士を呼び、軽く質問を投げかける。
「この床にある刃物でついたような穴は何かわかるか?」
「わからんな。ここは封印の間であると共に決戦の間でもあるからな、このくらいの傷ならあってもおかしくはないだろう」
「そうか」
やはりナイフのことは知られていないようだ。少なくとも見張りに兵士には情報が来ていないらしい。
「その傷がどうかしたのか?」
「いや、もし封印の不具合を利用して誰かが忍び込んだのだとしたらこの部屋に何かしらの目的があったってことだろ? 何かを持って行ったんじゃないかって思ってな。この傷は結構新しそうだ」
「そういうことか。だとすればその傷は無関係だろう」
適当な言い訳でこの場を流そうと思っていたのだが、兵士から帰ってきた言葉は意外なものだった。
現にこの傷の場所には今さっきまでナイフがあったのだ。無関係だと断言できる理由があるのだろうか。
「どういうことだ?」
「この部屋を詳しく調べるとわかることがある。私も先程気付いたのだが、ここの戦闘跡はほぼ全てが真新しいのだ。
そして、これは我々警備兵のしかもここの見張りを担当している部署で長く語られている噂話に、『封印の間には若返りの力がある』などというものがある。現に、ここの見張りをしている者には年齢よりも若い見た目をした者が多くてな、それを聞いた者が態々この部署に転勤願いを出す事例が少なくないのだ。
多分、魔王を封印しているこの封印術の影響だろう。ここに近い場所にある戦闘跡の方が入り口近くに比べて新しいからな」
彼らの部署の中ではこの現象が『封印を守る者を絶やさぬ為の勇者の加護』と言われており、身内ではそこそこ有名な話なのだそうだ。
俺達の封印の影響という予想は間違っていないと思う。神様曰くあの封印は媒体の時間の流れに影響されていたらしく、その中にいた俺達は500年という年月が数日、長くても数ヶ月程度にしか感じなかった。なんの変化もない空間だったせいかはっきりとした日数は覚えていないが。
その封印の時間の流れの変化が封印の外に流れ出て周囲の時の流れを変えていたのだろう。
「なるほどな、ではここには人が入った形跡はないってことだな」
「我々が聞いている内容と比べても無くなっている物などはないようだ」
「わかった、ありがとう。
エル、そっちはどうだ?」
目的の物は回収したし、面白い話も聞けた。自分の目で確かめたいと気合いを入れていた兵士さんには悪いが、もうここに居続ける理由はない。
「こちらもだいたい済んでおる。もう出るのか?」
「あまり長居するとまたマリアナに怒られかねんからな」
「そうか、私はもう少し見て回りたかったが、許可書にも短時間の入室許可とあったからな」
「ああ、問題がないのなら早めに出た方がいいだろう。それこそ、あなた方警備兵に拘束されるようなことになったりしたら笑えない」
「確かに、調査に来て警備兵に捕まるなんて笑い話にもならんな」
そう言ってお互いに笑いながら俺達は封印の間から出て行く。
「それじゃあ俺達は街に戻るよ」
「そうか」
二重封印を掛け直したのを確認した後、彼らに挨拶して白の外へと向かっていく。
封印の間を出てそのまま城を後にし、森を街の方向へ向かい進んでいく。時刻は日の角度から見て昼を少し過ぎた頃だろうか、ここについたのが昼少し前だったからあの城には一、二時間ほど居たことになる。封印の間に入っていた時間より、そこに着くまでの間にエルの案内での場内案内の方が時間を食っていたような気もするが、それはそれで楽しかったのでよしとしよう。
この時間ならば街の門が閉まる前までに戻ることができるはずだ。
そんなことを考えつつ、俺達は買い置きしていたサンドイッチを食べながら歩を進める。食事をしながら森の中を進むなんてのはエルの探索魔法があるからこそできることで、冒険者達によってある程度踏み固められた道があるとは言っても普通ならば魔物を警戒する必要があり、こんなにのんびり進めはしない。魔法ってのは便利なもんだ。
ただし、探索魔法では方向まではわからないため、この道がなかったら迷子になっていた可能性もある。便利とはいえ油断はできないのだ。
「サンドイッチ美味しいな」
「お主、思考と言葉が噛み合っておらんぞ」
こんな街の近くで迷うわけないしな。いざとなったら俺の探索魔法を限界まで広げて使えば街の方向もわかるだろうし。
「迷うことがない場所で気を張ってても疲れるだけだしな。
どうせなら新しい魔法でも試してみるか? 俺は飛行魔法を使ってみたいんだが」
「やめておいた方が良いな、こんな森の中で慣れない〈飛翔〉なんぞ使ったら服を枝に引っ掛けてボロボロにするのがオチじゃぞ」
「難しいのか?」
「難しい。慣れてしまえばそうでもないが、初めはな。
飛べない種族が使うと殆どの者がコントロールを失って地面に墜落するか、障害物に激突しおる。
空を掴むというのがイメージし辛いんじゃろう」
イメージ……イメージか、確かに『空を飛ぶ』なんてふんわりとは想像できてもしっかりとイメージするのは難しいな。
「今までの魔法は正確なイメージなんてしたことなかったのに、空を飛ぶのって特別なんだな」
「……なんじゃと!?」
何気なく、独り言のような感覚で呟いた言葉に、思いの外エルが食いついて来た。
なんだ? 今まで使っていた魔法が下級だっただけで別に飛行魔法が特別ってわけじゃないとかか? 確かに、下級魔法でも無双できてしまうなんて主人公っぽくていいな。
「妾が驚いているのはそこではない。いや、お主が妾の前で使っていた魔法が本来低威力のものばかりなのは間違っておらんが、そうではなく、妾が言っているのは正確なイメージをせずに魔法を使っておったという部分じゃ」
エルは両手をブンブン振って『これが驚かずに要られるか』と身体中で体現しながら魔法の構築について語り出す。
「魔法の構築をお主にわかりやすく説明するならば"科学"、もっと簡単に言ってしまえば"数式"じゃ。
魔力を望んだ事象を引き出す属性へと変換し、それらを更に足したり引いたりすることで発動できる。
妾の十八番である黒炎を例とするならば、あれは火属性の魔力に闇属性の魔力を足している。かなり大雑把じゃが、火の燃やす力に無に近づく闇の力を掛け合わせることで威力を上げた魔法というわけじゃ。
単属性ならばそこまでややこしくはないが、それでもイメージもなく発動することはできん」
そう言って、身振り手振りを加えながら魔法という物の奥深さを語り続ける。
エルは500年前の魔王軍の中でも魔法に詳しかったらしいからな。見た目からしてお世辞にも肉体派とは言えないエルが魔王軍の頂点にいたのは偏に魔法の力ゆえなのだろう。
魔法の説明をしているエルの瞳がどことなく輝いているように見える。
「属性に頼らずに精密な効果を発揮する〈偽装〉のような魔法じゃと複合魔法より更に複雑になるんじゃが……。
お主、聞いておるのか?」
「いや、そんなこと言われても魔法を使うときのイメージなんて『ここに火を出す』くらいだし、変形させるのも『槍の形にする』程度しか考えてないからな。属性とかさっぱりだ。偽装に至っては『ステータスを普通の数値に合わせる』としか考えていない」
「そんなはずはないんじゃが……理論上それでは魔法は発動せん。
以前魔術については説明したな?」
「発動したい魔法の構築を他の人に肩代わりしてもらうってやつだな」
「そうじゃ。そして、発動したい魔法の内容を呪文を用いて伝えることで魔法を構築してもらう。しかし、これは構築を代行する者がその内容で正確に魔法構築ができることが前提になっておる。発動したい魔法を知らぬ者が構築を代行することはできんからな」
それで魔術構築を頼む相手は魔法に長けた者が選ばれるわけだ。
「魔術は数式の構築を他に任せる物じゃからそこまで精密な理解は必要ない。それこそお主が先程言っておったイメージでもある程度発動できる。
しかし、魔法の場合はそのまま"己で数式を組む"という行為じゃ。そんな単純な認識では発動はできん」
「んー、でも実際にできちゃってるからなぁ」
「そもそも、お主を構築の代理として選ぶ者がいるということは、お主は魔法を構築できるほどの知識を持っておるはずなんじゃがな……矛盾しておる……」
その後もこのおかしな状況について思考を巡らせるが、街に着くまで考えても明確な結論を出すことはできなかった。
結局、『神様が調整した部分で、例によって大雑把な処理をしたんじゃないか』ということで考えることを放棄していつもの宿へと向かう。
どうしても納得がいかない様子のエルと夕飯を済ませ、布団に潜り、ふわりと近付いてくる睡魔へと体を預けるて夢の世界へと沈んでゆく。
翌日。
今日は例の迷宮に向かう日だ。
昨日の魔法問題でギルドに寄るのを忘れてしまっていたので偵察隊の集合時間がわからない。
少し早めにギルドに向かった方がいいだろうということで、現在はまだ日も登っていないギルドが開くより少し早い時間だ。ジェレーナさんは来ているだろうか。
準備を整えて宿を出ると、宿の出入り口には斥候風の格好をした女性が直立不動で待機していた。
辺りが暗いためチラと見ただけではそうとは気付きづらい褐色の肌に特徴的な耳、ダークエルフのジェレーナさんだ。先程の心配は杞憂だったらしい。
「おはようございます。本日は私の同行をお許しいただき、感謝致します」
俺達が、正確言えばエルが出てきたのを確認したジェレーナさんがその場に膝を付き頭を垂れる。
「堅っ苦しいのはなしじゃ、妾達は冒険者なんじゃからな。冒険者らしく行こうではないか。
妾は冒険者は好かんが、『郷に入っては郷に従え』魔王たるもの後に続く者達の模範とならねばならんからの」
「ごうにいっては、ですか。初代魔王様に比べ私は学が無い故、恥ずかしながらその言葉を存じませんが、仰ることは理解しました。
初代魔王様の望みとあらば、私は初代魔王様のパーティーメンバーとして振舞わせていただきます」
ジェレーナさん、学とか関係ないと思うぞ。それ俺の前世の言葉だからな。
俺は、『そんな言葉を考えた事があったか? もしかして考えていない記憶やなんかまで覗けるのか!?』などと戦々恐々としながらも、とりあえず心の中でジェレーナさんをフォローしておく。
「じゃあ行くか。早めに行ってゴブリン討伐の依頼完了の報告もしないといけないしな」
俺はそう言ってギルドへと歩を進め、その後ろにエルが、更にその後ろにジェレーナがついてきた。
普段は隣を並んで歩いているエルが後ろにいるのは、俺に対して警戒をしているジェレーナに気を使っているのだろうか。ただ、どちらかというとその行動のせいで彼女の雰囲気が悪化しているような感じがするんだけど。
後ろから突き刺さる目線を翻訳するなら『なぜ貴様が前を歩いている!』ってところか。
元々魔王軍のトップにいた経験からか、人の気持ちを察するのが得意なはずのエルが気を使ったのが逆効果ってのは珍しいが……いや違うなこれ。今、エルから楽しそうな感情が流れてきたわ。つまり、うちの魔王様はこの状況を楽しんでるってことだ。てことは、ここで俺が気にしたりしたらエルの思う壺だな。無視しとこ。
そうして、男女三人組が縦に並んで歩くという奇妙な様子はギルドに着くまで続くのだった。
俺達がギルドに着く頃には既に空が白んできており、ギルドの入り口には何組かの冒険者たちが並んでいた。彼らは依頼を受けるためにギルドが開くのを待っているのだ。
早朝からギルドの開店を待って並んでいる冒険者たちの勤勉さに軽く驚いてしまったが、よく考えればおかしなことではない。ギルドで受ける依頼は掲示板に掲載され、依頼を受けるのは早い者勝ちなのでなるべく良い依頼を受けたかったら早くからギルドに来るしかない。
良い依頼があるかどうかもわからないのに人を雇って並ばせておくわけにもいかないし、そもそも依頼を受けるには冒険者証が必要なので他人に任せられない。一部ではパーティー内で最も弱い者を並ばせて依頼を確保させるという者達もいるようだが、そういった奴等は基本的に周囲から白い目で見られることになる。
結果的に荒くれ者のイメージの強い冒険者達が、朝からギルド前に並ぶという勤勉に見える行動を取るというこの風景が完成するのだ。
まぁ、これをするのは競争率の高い中から低ランクの者達で、その中でもお金に困っているパーティーくらいなんだそうだ。
高ランクの依頼は低ランク者には受けられないし、失敗すれば違約金が発生するというのに無茶な依頼を受けるような冒険者はいない。
冒険者への依頼というのは高ランクになる程依頼者の位が上がる傾向があり、時には貴族からの依頼を受けることもある。そんな相手の依頼で時間を守れないようじゃお話にならないことから、この早朝待機は『高ランクに上がる為の練習』などと言われているんだそうだ。
現に、ここに並んでいるパーティーの一部は、前の依頼で時間を守れなかったことで失敗したのが金銭的にキツい原因だったりするので、練習という表現は馬鹿にできない。貴族の依頼は勿論だが、商人の馬車を護衛する依頼だって時間には厳しいのだから。特に、対人の依頼に慣れ始めたDランクやCランクの冒険者がやらかすらしい。
ちなみに、これを知った時の俺の感想は『会社に慣れ始めた新入社員が寝坊して上司に怒られるなんてのはよくある話だったな』という物だったのだが、会社というシステムにエルが食いついてきたのが結構面白かったのを覚えている。
そんなどうでも良いことを考えていると、辺りに鐘の音が鳴り響く。午前六時を知らせる鐘『目覚めの鐘』だ。
その鐘の音と共にギルドの扉が開かれ、冒険者達の仕事が始まった。




