三十五話
「お主も行くのか……ユウマ、大丈夫かの?」
迷宮の偵察に行くのに何故か現在の魔王の親衛隊がついて来ました! ってそんなん大丈夫なわけが、だい、じょうぶな……ん? いや、別に大丈夫だな。
「今は魔族側の人達と人間って仲が悪かったりしないんだよな? なら、ジェレーナさんがそれで良ければ問題ないんじゃ無いか?」
自己紹介でもしない魔王の親衛隊だとはバレないだろうし、魔族側ってだけなら問題ないはず……。
寧ろ、人間に対して余りいい感情を持っていなさそうなジェレーナさんの方が一緒に行くのを嫌がりそうなものだが。
「ジェレールさん、予定ってのはこの町の近くで見つかった迷宮の偵察だけど大丈夫か?」
「問題ありません」
「偵察には俺達以外に冒険者パーティーも数組参加することになってる」
「問題ありません」
「そうか……」
うーん、本人は問題ないと言っているけど、信用できるんだろうか。魔族と人間の関係性については詳しく無いからなぁ。連れて行った途端に『人間風情が!』とかやられたりしたら困るんだけど。
「あなたが何を心配しているのかはわかります。人族の中にダークエルフを差別する者が少なからず存在しているのは確かですから。
しかし、私は魔王親衛隊の副隊長です。そのような者は気にしません」
あ、人間側が駄目って場合もあるのね。そらそうか。差別ってのはどこにでもあるもんだ。
「いや、ジェレーナさんが他の冒険者と敵対したりしなければ大丈夫だけど」
「……なるほど、なぜそのような質問をするのか理解しました。
私の貴方に対する対応は、貴方に初代魔王様に対する敬意を感じられないからです。初めは警戒してのことですが、初代様のことを存じている様子にも関わらず態度を改めないようですので、こちらもこのような形になっています。
人族が魔王という存在に良い感情がないのは理解できますが、こちらからすれば貴方の国で言うところの英雄ヤシオを前にしてその本人を軽く扱われているようなものですので。
他の冒険者に対しても敵対するようなことはありません。愛想良くしろと言われたら難しいでしょうが——」
「っぷ! あっはっはははは!」
ジェレーナの言葉を遮って下品な笑い声をあげたのはエルだ。
さっきから、俺に対するジェレーナの対応が面白くて仕方ないって感じだったし、笑いを堪えられなくなったんだろう。
「はー、い、いや、すまん。面白い話をしてくれるもんじゃ。確かに本人の前でどうこう言っているのを見れば、思うところもあろうというものじゃな」
笑い涙を拭いながら零すエルの言葉を聞いたジェレーナさんは少し恥ずかしそうにしている。
彼女は『魔王様が居るところで言うことではなかった』とでも考えているんだろう。
しかし、エルが言っているのはジェレーナが考えているのとは違って俺を指したものだ。『英雄の目の前で英雄を貶されたら嫌でしょ?』と、英雄自身に説いているのだから側から見たら滑稽だろう。
それで笑うのは趣味が悪いと思ってしまうのは俺が当事者だからかも知れない。俺が浮かべるとすれば、笑みは笑みでも苦笑いだ。
「ともかく、他のパーティーと問題を起こさないのならこちらとしても問題はない。
魔王親衛隊の副隊長だというのだから戦闘面についての疑問なんて聞いたら失礼だろうしな」
「当然です」
「じゃあ、そういうことで。
迷宮に入るのは明後日だ。明日は用事があるから会えないが、ジェレーナは街にいるのか?」
「一日余裕があるのでしたら、そうします。元々、迷宮に入る予定はありませんでしたので、必要な物を買い揃えます」
「階層も多くないし、偵察だから迷宮内にいるのは長くても二日ってとこだと思う。そんなに重装備じゃなくていい」
「それと、お主はその服装をなんとかせい。それで冒険者の中に入ったら目立ちすぎるぞ」
「承知しました。一応、普段着は用意してありますが……冒険者というより行商人に近いものですので、それらしいものを揃えておきます」
ジェレーナさんは室内に入っても口元を覆った忍者風マスクを外していない。冒険者っぽい服装になったら顔を出すのだろうか。
いや、別にどんな格好でもいいんだけど。
今日はこの後どうするのかと聞いたら『貴方には関係ありません』と言われてしまったが、エルが改めて聞くとあっさり答えてくれた。
彼女は一先ず服を着替えてから適当に宿を取るらしい。
明後日の早朝にこの宿の前で集合するということを決めて解散した。
ギルドで迷宮に入るメンバーの集合時間とか聞き忘れていたことをこの時に気付いたけど、まぁ明日封印の地から帰ってから聞いておけば大丈夫だろう。
ジェレーナが部屋から出て行き、エルは魔力体を解除し、俺は布団に潜った。
翌朝、今日は予定通り俺達が封印されていた封印の地へと向かう。
ゴブリン討伐のクエストは受けたままだし、流石に明日の迷宮偵察で集まる時間は決まっていないだろうから、ギルドに寄る必要はないだろう。
俺達は宿を出てそのまま東門から街を離れ、タルブ大森林に入っていく。
しばらく歩くと森が途絶えて平原が現れる。500年前の魔王軍が戦争の準備をしていた場所だ。
「500年前は魔王討伐が目的だったからここは迂回したな」
「あの時は魔王軍の主要な者たちがほぼこの平原におったからな、ここを強行突破しようとしておったらユウマはともかく他の人族に被害が出ておったじゃろうな」
「そういえば、エルも昨日のジェレーナって人も"人族"って言ってるけど、魔族側ではそれが普通なのか?」
「ん? ああ、ユウマの前では人間と呼んでおったんじゃったな。人族とういうのはお主のいう通り妾達魔族側が使う呼称じゃ。あくまで500年前のことじゃから今はどうか知らんがの。
魔族側に属する者の中には妾達のような純粋な魔族以外に、ジェレーナのようなダークエルフや、ドワーフ、ドリアード、巨人族などと多くの種族がおってな、そう言った者達の一部に人間という表現を好まん者がおるんじゃ。
特にダークエルフや、ドワーフ、魔族側ではないがエルフあたりにはそう言った者が多かったの。姿がお主らに近いからじゃろう。
逆に人族の中には自分達を人間と呼ぶことに執着する者がおるから、昔の魔族は普段は人族、人族と話す時は人間と呼称するのが通例じゃった。お主は人間離れしとるからどうにも忘れがちじゃがな」
なるほど、魔族に属してるとか属してないとかよくわからんが、エルフなどと話す時は人族って言っておいた方が無駄な争いを避けられそうだ。逆に人と話す時は人間か……面倒だな。
マリアナは……人間がどうとかって話をした記憶がないからわからないな。一応人側のギルドで働いてるんだからそのあたりはしっかりしてそうだけど。
そうこう話しているうちに平原を超え、封印の地まで続く森の前まで到達し、そのまま森に入ろうとしたところでエルから制止の声が上がる。
どうやらゴブリンらしき反応があるらしい。
エルの探索魔法だと冒険者とゴブリンの反応を区別できないので動きがゴブリンっぽいということだが、ゴブリンならここで討伐してしまえばクエスト完了だし、冒険者とかだったらそのままスルーすればいい。
エルの案内で反応のある方へ少し歩いて行くと、木々の間にいくつかの影が見えてくる。小柄で人型、丸で子供のようだがこんな所に子供がいるわけはない。影の主はエルの予想通りゴブリンだった。
見つけたのはデーヴァンの街から封印の地まで約半分くらいの場所で、街を出てからそんなに時間は経っていないし、早くに見つけられたのは幸運だな。
最悪の場合、ゴブリン討伐は迷宮に行った時に済ませられるけど、迷宮に行く他のパーティーに迷惑をかけるかも知れないことを考えると、ここで済ませられるのならそれに越したことはない。
「数は……七体か。常時クエストの最低討伐数って何体だったっけ?」
「確か五体じゃなかったかの」
「ならこれでクエストは完了できそうだな」
俺がそう言って腰に下げている剣を抜くと、またもやエルから静止の声を掛けられる。
「ここは妾にやらせて貰えんかの?」
「それはいいけど……ゴブリンなんか暇つぶしにもならないだろ」
ゴブリンの討伐は初級の冒険者がやる様なクエストだ、大量発生でもしてるなら話は変わるが七体程度じゃ難易度も変わらないし、態々(わざわざ)単独で向かう理由なんて——
「ちょっと確認してい事があるんじゃ」
技や武器を試す時くらいだ。
「なんだ? 細剣はもう何度か使ってるだろ」
「いや、そうではない」
エルは明確に応える事なく、とにかくやらせてくれとだけ言うのでここは任せることにした。
「ではちと待っとれ」
そう言って両手をゴブリン達に向けるエル。
——〈黒炎の空刃〉
エルがそう唱えると、手の平からいつもの黒い炎が現れ横に寝転ばせた三日月型へと変わる。名前の通り炎でできた刃だ。そして、これまた名の通り炎の刃は空を裂いてゴブリンに襲いかかる。
ゴブリン達からしたら完全な不意打ちだが、当人からのクレームはない。
文句を言おうにも、声を発するための器官が頭と共に胴体から落ちてしまっているのだ。彼等は自分達が襲われたことにすら気付かなかっただろう。
「で、なんだったんだ? 今のは新しい戦法か?」
確かに数体纏めて倒す事ができるのなら効率がいい。
ゴブリン程度に時間をかけることもないってことか?
「今のはただ妾の黒煙を形状変化させただけじゃ」
「そういえば、前に槍みたいな形にしたりもしてたな」
あれは確か500年前に魔王と勇者として対峙した時だったな、あの時のエルは黒炎を槍状にして飛ばしてくると言う攻撃をしてきていた。今回のはそれを刃にしただけってことか。
「なら……」
「今のはただの力試しじゃ」
「力試し?」
「最近、探索魔法の調子が良かったもんじゃから、ちっとばかし試してみたんじゃ」
エルが言うには、最近ずっと頼りっぱなしになっている探索魔法の探索範囲が広がっているんだそうだ。
探索の魔法は範囲や精度が使用者の魔力に依存している。使用者の魔力にというか、端的に言ってしまえば魔法に込める魔力量に左右されるのだ。
特に範囲に関しては魔力量による差が顕著に現れる。
「つまり、込められる魔力が増加してるってことか?」
「そう言うことじゃな。
じゃから、今ので確認してみたのじゃ。魔法の形状変化も魔力量によって精度が変化するからの」
「で、予想通りだったと」
「うむ。形状も、操作も問題ない。魔力が戻ってきとる」
エルは『まぁ全盛期の三割ってところじゃがな』と付け足して説明を終えると、亡骸となったゴブリンの元へ向かう。俺も後に続き、転がっている頭部から証明部位である耳を切り取っていく。
「魔力が戻ってきてるってことは封印が解けてきてるってことか?」
「それはわからん……っと、こっちの回収は終わったぞ」
答えの出ない問いを投げながらも部位の回収を終え、再び封印の地へと足を向ける。
「おっと、死体を焼かないとな」
少し進んだところで、何度かやっている屍体の処理をしていないことを思い出す。
戻ってさっきのゴブリンを処理しなくては。
「いや、あの程度なら必要なかろう。焼却するのは置いていく死体が多い時だけじゃ。先日のコボルトの時や、元々体のでかいキングボアなんかは焼かんといかんが」
確かに、ゴブリンを倒すごとに燃やしてたのでは面倒で仕方がない。火力の低い魔術を使っている魔術師達ならばなおさらだ。
「厳密に何体以上からという決まりがあるかはわからんが、あの程度なら放置しても問題ないじゃろ」
それなら、と戻るのをやめて再び城へと歩を進めてゆき、その後は特に魔物に出会うこともなく昼前に俺達が封印されていた城へとたどり着いた。
「さて、ちゃんと通してもらえるだろうか。マリアナから許可書は貰ってきたけど」
普通、封印の間に入るのに正式な許可を得るには結構な時間がかかるんだそうだ。その件ではマリアナから小言を言われたりしたがそれは置いておくとして。
なるべく早めに済ませておきたい俺からすればそんな時間も無く、小言の合間に『強行突破しかないか……』とボソッと呟いたのを聞き、マリアナが用意してくれたのがこの許可書だ。一応、数日前にあった封印の不調を調査するという名目で入ることになっている。
封印の不調と言っても、つまるところは俺が一時的に封印を解いた時のことで、異常が確認されてすぐに騎士団が確認しに来ているが、今回は冒険者ギルドも調査をってことになっている。ここでもまた、騎士団に借りができるだのなんだのと小言を言われたが、これも先程の話題の上にでも置いて横に寄せておこう。
結局、あまり長時間は居られないことを了承することでお互いに妥協して許可書を貰ったのだ。俺としては用事を済ませてしまえばそれでいいので、妥協したのはほぼマリアナ側だったが。
なんにしてもただ立っているだけでは始まらないと、封印の間へ向かうために城の門を潜る。
城の中を二人して進み、エルは懐かしむように各所でその場の説明をしてくれている。
「ここは使用人の休憩室じゃな。
ああ、ここは客をもてなす為の応接間じゃ。壁際にドラゴンの鱗を使った見た目だけは立派な鎧が飾ってあったんじゃがなぁ」
と、こんな感じだ。
そんな話を聞きながら上へ上へと進んで行く。俺達が封印されていたのはエルとの決戦の間。この城の最上階付近にある大広間だ。
「おお、あそこじゃな。数日ぶりじゃの」
向かう先に他の部屋とは異なる装飾の大きな扉と、その前に立っている兵士風の男性二人が見えてくる。俺達が封印されていた所謂封印の間だ。
とりあえず、見張りであろう兵士風の二人に話をつけるべく近付いていくと、あちらも俺達がただの見物ではないと察したのか腰に帯びた剣に手をかけ、片方の男性がこちらへと声を張る。
「そこの二人組止まりなさい。そこから先への侵入は許されていない。見物に来たならそれ以上近付かずに戻りなさい。
我々はデーヴァン領警備軍の警備兵で法的に侵入者の実力排除を許可されている。これは警告だ。従わないのであれば剣を抜く」
行動の静止と共に従わない場合についても言及する。相方との意思疎通も兼ねているんだろう。
「俺達はその部屋の調査の為に来た。冒険者ギルドからの許可書も持ってきているから確認してくれ」
許可書を取り出し、両手を相手に見えるように挙げながらゆっくりと近付いていく。
俺は、お互いに手が届く位まで近付いたところで、先程こちらに警告をしてきた男性の方に許可書を手渡した。
「調査なんて聞いてないが」
「あまり時間がなくて正規の手続きを踏んでないんだ。その分調査の時間は少なくなってしまったけどな」
「確かにそう書いてある。サインもギルド長のもので間違いないようだ」
本人に書いてもらったしね。これでサインが違うとか言われたりしたら笑えない。
……いや、むしろかなり笑えるな。マリアナのサインが偽物ってことになるし。
「調査内容が数日前にあった封印の不具合についてとあるが間違いないか?」
「それで間違いない。部屋の中を一通り見させてもらう。騎士団が確認したのは外だけなんだろ?」
これはマリアナから聞いた内容だ。騎士団の人達は封印の間の外側だけ、正確に言うと外側から確認できる封印だけを見ていったらしい。
まぁ、不具合を確認したのは外側の封印だけで、俺達を封印していた物は解析もできないらしいからそんなもんだろう。
「ああ、彼等は二重封印の確認のみを行なったと聞いている」
「ってことはそちらには問題がなかったんだろうから、やっぱり俺達は中を確認をするよ。二重封印の方も一応確認させてもらうけど」
それっぽいことを言って、話を目的通り封印の間の中に入る形にしていく。
「わかった。許可書もあるし問題はないだろう。
中に入る際に封印を解かなくてはいけないため、先に二重封印の方を確認していてくれ。その間に術者を呼んでくる」
封印の間に入る時は、二重封印を解いてから再度掛け直せる魔術師が必要になる。
この魔術師は基本的に近くで待機しているらしい。
これもまたマリアナからの事前情報で、勝手に封印を解いたりしないようにと何度も念を押された。
見張りの片方が魔術師を呼びに行くのを待っている間は、一応封印を調べているように見せる為に扉の周りをうろちょろ歩いたり、扉の近くの壁をコンコンと叩いてみたりしておく。
そもそも、魔法知識のおかげでただ見ただけでちゃんと封印が残っている状態なのはわかるのだが、怪しまれたりしても面倒だから仕方がない。
そうこうしているうちに魔術師が連れて来られて、中に入る準備が整う。
「中へは私も同行する」
封印を解いている最中に先程の男性がそう言ってきた。
これは万が一の時の為というのもあるが、それ以上に警備兵としてのプライドによるものが大きいらしい。
封印の不具合があった際に見張りをしていた者が気付けなかった事で結構悔しい想いをしていた為、自分の目で中を確認したいんだとか。
そういえば、あの時は見張りを眠らせて出ていったんだったな。
結局、俺が原因で立場を悪くしたのだとしたら、ちょっと申し訳ないという引け目もあり、彼の申し出を受けて扉の見張りを一人残して片方が一緒に入るということになった。
話がついたところで封印が解けた、俺達は同行する兵士と共に封印の間への扉を潜る。




