三十四話
「エル、まだ起きてるか?」
『うむ、起きておる。こんな夜中に訪問とは、常識というもんがなっとらんな』
「今のは何だ?」
『あれは探知系の魔力を感知した時の感覚じゃ。お主はこういったものを感じ取るのが苦手なようじゃが、妾の意識がお主の中に戻っておったから感じたんじゃろ。
使われたのは探索、魔力量から考えて魔術ではなく魔法じゃな。
一応魔力を隠そうとはしておったみたいじゃが……ちと魔力のコントロールが甘いの』
探索魔法か。確か、鑑定魔法が失われた魔法とかいわれて、今じゃ魔術でも使える人が殆どいないとか言ってたけど、探索魔法はどうだったかな。探索魔法が失われた魔法だとすれば、それを使える相手はかなりの使い手ってことになるかも……。
いや、よく考えたら魔法が使えるってだけで現代では強力な魔法使いってことになるのか。
『なんにしても、目的は妾達じゃろう。準備した方が良いのでは無いか?』
「……準備する程の事でもないと思うけど」
エルに言われて、自分が装備も何も付けていない状態なのを思い出したが、相手の実力的に装備をする必要もなさそうだし、そもそも、今持っている装備自体が飾りみたいなものだから慌てて着る必要性も感じない。
探索魔法を使った奴は、魔力を隠しきれないで見つかっている事からエルより実力が下と考えていいだろう。念の為にエルが探索魔法を使って確認したら探索を使った一人しか来ていないらしいし。
「一応、エルも出ておいたほうがいいんじゃないか? お前が目的かも知れないぞ」
俺はついこの間会った王国魔族団第五番隊隊長さんを思い出していた。あの魔族の男性が国に戻り他の魔族が派遣されるにはいい頃のような気がしたのだ。
だとすると問題は『親人間派の現魔王側』か『人間嫌いな黒幕側』かだな。後者だとこのまま宿にいる他の客達を巻き込む様な攻撃をされる可能性がある。
そんな事を考えながら、魔力体を出したエルと暫くの間相手を監視していたが、エルが捉えている者は動く様子がない。宿の近くでじっと何かを待っている感じだ。
探索魔法に関しても、エルが魔力体を出したことで俺が感知できなくなったのかと思っていたが、どうやら最初以降一度も使っていないらしい。
「考えすぎだったか?」
「うーむ……いや、これはあれじゃな。妾が目的とみて間違いなさそうじゃな」
相手の動向を見て気を抜き始めていた俺の呟きに対して返ってきたエルの言葉は意外なものだった。
「どういう事だ? 探索魔法を使ったやつが誰なのかわかったのか?」
「いや、そうではない。彼奴が使った最初の探索魔法で目的の相手らしき反応が無かったから、宿に入ってくる客を監視しとるのではないかと思ってな」
それがどうしてエルの客だってことに繋がる……ああ、そういうことか。
「そうじゃ、最初に探索魔法が使われた時は妾は魔力体を出しておらんかったからの。相手からすればお主一人の反応しか確認できん。
妾達が二人組じゃという事は知っておるんじゃろ」
「でもそれなら、まだ宿に来てない他の奴が目的かも知れないぞ」
「まぁ、妾の探索魔法では対象の詳細は確認できんからな。相手が魔物ならともかく、魔族と人族では区別はつかん。お主の言うような可能性も十分にあるが……楽観視して良い方向に向かうことなどそうないぞ?」
「それもそうだが……」
「なんなら、こちらから出向いてやれば良いのではないか?」
正直、目的が俺達じゃないならあまり関わりたくはないんだよなぁ。変に首を突っ込んで面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
でももし目的が俺達で、他の人を巻き込むような事になったら寝覚めが悪いし……。
「ま、相手の正体くらいは確認しておいて損はないか。魔族だったらほぼ確定だしな。
エルは相手を見れば魔族かどうかわかるか?」
「そうじゃなー……具体的な特徴がないと難しいかも知れん。先日の小僧のように新しい種族の者もおるようじゃし、500年前にも見た目が人族と大差ない魔族もおったからな。
しかし、近付けば鑑定魔法が使えるじゃろうから確認はできると思うぞ」
それなら、とりあえず相手の確認だけでもしておくか。と言うことになり、部屋の窓からこっそり宿を抜け出す。
エルの探索魔法に引っかかっている相手は、宿の横にある細い路地でじっと通りを監視している。路地は俺達が泊まっている部屋とは逆側にあるので、宿の裏手からぐるっと回って相手の背後から接近し、気付かれないようになるべく距離をおいてエルに鑑定魔法を使ってもらう。
なるべく距離をと言っても、鑑定魔法は対象をはっきりと視認できる距離出ないと使用できない。すでに日が落ちて辺りが暗いということもあり、対象に大体二メートル〜三メートル程までは近づく必要がある。
俺には気配を消すとか隠密的な技術はないので、ここは魔力体であるエルに任せて、少し離れた所から様子を伺うことにした。
500年前の強行作戦の際に敵に出会わないようにする訓練をしたりはしたけど、あれは探索魔法ありきで『気付かれない様に』というよりは『出会わない様に』って感じだったからなぁ。冒険者を続けていくならそう言った技術も学んだ方がいいかも知れない。
忍者を目指すかどうかはさて置き、エルの方はフワフワと空中を浮かびながら対象へと近付いていくところだった。
(お前飛べたのか)
(魔力体じゃからな。多少の融通はきく)
フワフワと宙を進むエルを見て、いいなーとか考えてたところで、飛翔と言う空を飛ぶ魔法があった事を思い出した。この世界に来た時に魔法知識が教えてくれたやつだ。
今度暇になったら試してみよう。
俺がそう決意していると、エルがこちらへ戻って来た。
(妾に仕事をさせておいて何をしとるんじゃ)
(悪かったな、俺だって飛んでみたいんだよ。500年前は戦争の為の修行でそんなこと忘れてたし)
一応、休日はあったんだけどね。この世界が色々と物珍しくて忘れていた。
(そんなことよりどうだった?)
(鑑定を使うまでもなかったわ、あれは魔族ではない)
ん? 見た目だけだと人と変わらない魔族も居るって言ってたのに、見た目で魔族じゃないってわかったのか? 魔族だとわかったって言うなら納得できるけど。
(まぁ、会ってみれば分かるじゃろ。
魔族ではないが目的は妾達みたいじゃからな)
ますます混乱してきたが、とりあえずエルの言葉に従って接触してみるか。
「……こんばんは」
「っ!?」
初めは、なるべく相手を驚かさないようにするためにどう声をかけるか考えた。
しかし、この状況じゃどう声をかけても驚かせてしまうだろうという結論に至って、俺は普通に近づいて普通に挨拶をしたのだが……まぁ、驚かせてしまったな。近づく間に気付かれるかとも思ったのだが、余程宿の入口に気を向けていたらしい。
通りを見ていた人影は俺が声をかけるのとほぼ同時に振り返り、後ろへ飛びのいて距離を取る。
宿の裏を回って近づいた俺から距離を取るために飛ぶ、つまり彼女が飛んで行ったのは宿の前の通りだ。既に日も落ちて人通りは殆ど無いが、通りには少ないながらも街灯のような道を照らす光源が設置されている。よく考えたらあれがエルの言っていた魔道具ってやつだろうか。火の灯りではなさそうだし……っとそんなことは今は置いておいて、暗い路地裏から灯りのある通りに出たことで姿を確認できるようになる。
「……エルフ? いや、ダークエルフか」
通りでこちらを警戒している者の耳はかなり特徴的な形をしていた。
ギルドで何度か見ているこの耳にマリアナと同じエルフかと思ったが、街灯の明かりが暗いことを考慮しても明らかにマリアナとは違う褐色の肌。髪は白とも銀とも言えるような色のロングストレート、身長は俺よりも頭一つ分ぐらい高いか。性別は先程『彼女』と称したように女性だ。闇に紛れる為か全身を黒い装束に包んでいるが、動きやすさを重視したスレンダーな服装に大変目立った膨らみが二つ『私は女性です』と自己主張している。残念ながら口元を隠しているので美人かどうかハッキリとはわからない。
褐色のエルフといえばダークエルフだ。と教えてくれた前世の先生はエルフよりダークエルフの方が好きだと熱く語っていた。
「何者だ? 衛兵……には見えませんが」
ダークエルフと思われる女性は懐に手を突っ込みながらこちらに誰何する。
懐に武器でも仕込んでいるのだろうか。忍者っぽい見た目をしているから毒ナイフとか針とか持ってそうだな。
「俺は冒険者だ。そちらに敵対するつもりがないのなら攻撃の意思はない」
「……冒険者が何の用ですか?」
「あんな無粋な魔法を放っておいて『何の用だ』はないじゃろ」
彼女の言葉へ言葉を返しながらエルが路地から出てくる。
暗闇から徐々に姿を表すのってなんかドラマや映画の悪役みたいな登場だが、まぁエルは魔王だしこういう演出が好きだからな。
「隠蔽した探索魔法が感知された? それほどの魔力の持ち主ということ……? それにその瞳の色は……失礼ですがお名前をお聞きしても?」
「人の名を訪ねる際にはまず自分から名乗るものだと思うが」
どんな状況でも礼を失してはいけない。ま、俺は普段そんなことを気にしないけどね。雰囲気って大事。
名前聞かれてたのは明らかにエルだけど。
「申し訳ありませんが、そちらの素性がわからない状況で名乗ることはできません」
うわ、それってすっっごく失礼なんだけど……俺は気にしないと言っても後ろにおわすお方は魔王様ですよ? 怒られますよ?
「ふん、その程度で憤慨する程の器量なしではないわ。
妾の名はエルフェルタ・リンド。既に滅んでいるらしいが、リンド魔族王国の魔王じゃ!」
エルの名乗りが少し変わってる。既に滅んでるとかって部分が少し寂しそうだった。
「えーと、私は冒険者で名前はユウマという」
勇者ってのは隠しておいたほうがよさそうだし、はじめに名乗った通りただの冒険者ってことで。話し方も冒険者らしくしておく。
まぁ、エルが名乗った時点で相手の動きが止まって俺の言葉は耳に届いてないみたいだったけど。その特徴的なお耳は飾りですか? とても可愛らしいと思います。
人は番いを探す際、自分に無いものを求める傾向があるそうだ。本能的なものなんだとか。あの特徴的な耳は明らかに人間とは違うから魅力的に見えても仕方ないことだろう。
と、変なことを考えていたせいかエルに睨まれてしまった。
どうもこの魔王様は話の腰を折る思考を嫌うみたいだからな。エルもよくそう言う感じのことすると思うんだが……いや、言うまい。真面目にしよう。
……ちなみに、エルフの聴力は人間に対してずば抜けて高いらしい。あの耳は飾りではないようだ。可愛らしい上に性能も備わって——
いったいっ!
「で、こちらが名乗ったんじゃ、さすがに自己紹介はしてくれるんじゃろうな」
脛を抱えてぴょんぴょん跳ねている俺を無視してエルが話を進める。これで『貴様らに名乗る名はない』とか言われたら笑えるな。
というか、エルの蹴りの力が最初と比べて増して来たような気がする。遠慮がなくなったというかなんというか。
「失礼致しました! 私の名はジェレーナと申します。
エルキール様直属親衛隊の部隊長を務めさせていただいております」
俺が笑うような展開などなく、その場で片膝をつき頭を垂れて名乗るダークエルフさん。名前はジェレーナというらしい。
それはいいが、先に説明した通り今は既に日が落ちて辺りは暗い。そして人通りは減っている。ここで言うところの『減っていると』いのはゼロという意味ではない。
まぁ、何が言いたいかというと……目立つのだ。夜道で誰かが跪いているという光景はかなり目立つ。しかもここは食事処が併設された宿の目の前だ。店内には少数ながら人がいる。俺達の会話までは聞こえていまいが、姿は見える。
「とりあえず中で話さないか? ジェレーナさんは我々と争うために来たわけじゃないんだよね?」
「……はい」
ジェレーナさんは俺の提案を受けて宿へと向かう。答える時に少し考えた感じだったのは、俺がエルのお付きが何かだと思ったからだろうか。
ともかく、話は宿に入ってからだな。
ジェレーナさんは宿に直接向かったが、俺達は外に出る時に窓から直接出てしまっているので、面から戻ったら変に思われてしまう。戻る時も窓から直接の方がいいだろう。
それに、ジェレーナさんの見た目は普通に目立つ。跪いたりしてなくても目立つ。なんたって全身が黒に包まれているのだ。闇夜には紛れられても、宿に入れば紛れることは出来まい。
ということで、ジェレーナさんに声を掛けてから三人揃って窓から部屋に直接帰宅。
いや、ここは宿だし、ジェレーナさんは宿泊客でもないわけだから帰宅ってのは変かもしれないけど……とにかく、俺達が借りている部屋へと戻ってから話の続きだ。
「それで、ジェレーナさんは何の用でここに? 俺達に用があるってことでいいのか?」
「私は初代魔王様とお話をさせていただく為に来たのです。貴方に用はありません」
俺とエルとでコロコロ態度が変わるのが面白いな。やっぱり俺は従者かなんかだと思われてるんだろうな。五番隊隊長さんはちゃんと説明しなかったのか? まぁ、説明とか面倒だからこのままでいいけど。
エルは俺の状況を見てちょっと楽しそうだ。
「それで、妾に用とはなんじゃ?」
「はっ! 我が主の魔王エルキール様から、初代魔王様にエルキール魔族王国へ是非お越しいただきたいとの言伝を承って参りました。
本来であれば主が直接伺うところですが、エルキール様は現在国を出るのが難しい身でありますので、親衛隊より私が参った次第でございます。
どうか、我が国へご足労願えませんでしょうか」
ま、五番隊隊長とかって人が言ってたことから、エルキールって魔王があまり良くない立場にいるかも知れないってのはなんとなく感じてたし、そんな状態でなんか魔族の中でもかなり高評価な初代魔王様の封印が解かれてるって知ったらこんなこともあるだろうな。
自分の立場が危ぶまれるとかって襲われる可能性もあっただろうけど、エルが本当に強い魔王だと伝わってるなら利用する方が得策っぽいしね。
あとはエルの返答次第だが……。
「断る!」
まぁそうだろうな。
「そ、それは……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか。
恐れながら、現在のエルフェルタ様は人族から碌なもてなしも受けておられないご様子。我々エルキール魔族王国ならば初代魔王様を最大限にお迎えする用意がございます!」
エルが即答で拒否した事に納得がいかないのか、食い下がる様子を見せるジェレーナ。
だが、そうじゃないんだ。エルが断るのはおもてなしとかそんな理由じゃない。
「妾達はしばらく予定があるのでな。そなた等の誘いを受けるわけにいかん」
予定なんて言い回しをしているが、これは迷宮偵察のことだ。つまり、これからそんなイベントが待っているのに、魔族同士の政争などというさして面白くなさそうな事に自ら巻き込まれにいく気はないって事だな。
「ご予定ですか……」
「うむ」
「では、そのご予定が済んだ後ならば国へ来ていただけるのでしょうか」
どうしてもエルをれて行きたいらしい。
エルキール魔族王国とやらはそんなにもまずい状況なのだろうか。長いこと封印されていたうえ、本当にその本人かどうかもわからない初代魔王とやらに頼らなければならない程に……。
あるいはただ、ジェレーナが『魔王エルキールからの命令を確実に遂行しなくてはいけない』と気張っているだけなのかも知れないが。
「ふむ……」
(ユウマよ、どうする?)
(んー、まぁ、迷宮の件が片付いた後は予定もないしエルが行きたいならいいんじゃないか?)
(妾もさして行きたいと思っとるわけでもないんじゃが……しかし、現在の魔族王国がどうなっておるのかは気になるところじゃな)
図書館では魔族側の情報を余り得られなかったし、実際に今の魔族の状況を確認したいとは思っているようだ。
(俺はそれでもいいぞ)
人間と魔族が敵対していたのはもう500年も前の話だ。その500年前だって、俺は魔王討伐というくらいしか考えておらず、魔族に対しての嫌悪感のようなものは無い。
(うむ、ではそうしよう)
「ジェレーナといったな、予定が済んだ後で良いのならお主の国へ出向いてやろう」
「ありがとうございます!」
ジェレーナさん、嬉しそう。
なんていうか、エルは大魔王様とか呼ばれたりして魔族の間では人気者だな。軽率な言葉一つで国際的な要注意人物になっていた俺とは大違いだ。
いや、俺だって大魔法使いだとか英雄だとか言われて慕われてはいるみたいだけど、俺の名前でみんなが思い浮かべてるのってあの筋骨隆々のイケメンなんだよなぁ。
俺の脳裏に浮かんでいるのはこの町の広場に建っていた古い銅像の姿。国民からすれば大魔法使いの英雄といったらあの人なんだろう。しかも故人だ。
「では、妾達の用事は明後日からじゃ、それが済んでからとなると……ちとわからんな」
俺が脳内で銅像と自分の姿を比べている間にエルが日にちの調整をしていく。
迷宮の探索にどのくらいかかるかなんて、俺達で決められるものでは無い。俺達だけなら一日あれば済ませられるだろうが、今回は他に数パーティーが参加するのだ。
「じゃから、こちらの用が済んだら改めて——」
「それでは私もご一緒します」
……はい?




