三十話
もうもうと立ち込める土煙を払いながら辺りを見回す。
身体能力が異常に高くて助かった。突然足下に穴が開いてもバランスを崩さずに着地することができたし、落ちてくる瓦礫も剣で弾くことができた。バランス調整が下手な神様に感謝だな。
「おーい、エル、無事かー?」
「ああ、大丈夫じゃ」
俺が適当に声を掛けると土煙の先からエルの声が返ってきて、こちらへ向かってくる影も見える。
「いや、災難じゃったな」
「『災難じゃったな』じゃないだろ、事前に崩落に気を付けようって話したじゃないか」
「攻撃魔法は使っておらんぞ?」
「魔王様、結果が同じなら経緯に然程の意味はないと思わないか?」
見た感じ洞窟全体が崩れたってわけではなさそうだが。
「ま、良いではないか。妾の言うた通り二人とも無事だったわけだしの」
「はぁ……まぁ、いいか。
で、ここはどこなんだ? 探索魔法を使った方がいいのか?」
「そうじゃな、戻るのならあの穴まで跳んでしまえば良いのじゃろうが、こんな場所を見つけてしまったわけじゃし、ある程度調べてギルドへ報告した方が良いじゃろうな」
「そうすりゃマリアナの小言も少しは減るか」
頭上には俺たちが落ちてきた穴が見えている。目測だが、5〜6メートルってとこだろう。この身体の力なら跳べない高さでもないし、別に身体能力だけでやろうとしなくても魔法で飛べばいい。
ただ、今回のことは、上で探索魔法を使った時に地下の確認をしなかった俺にも多少は責任があると思っている。コボルトの群れが直ぐに見つかったもんだから少し油断していた気もしないでもない。
「お主はちと油断しすぎじゃの」
「お前に言われたくない!」
とにかく、ここの情報を集めて少しでもマリアナの機嫌を取っておこう。
——〈探索〉
今回は油断しすぎとか言われないように、この場所の全体を把握できる範囲の探索魔法を使用しておいた。
「おい、これって」
「これは迷宮じゃな」
俺の探索魔法で確認できたのは、ここが入り組んだ地下迷宮になっていることと、それが全十五階層からなっているということ、そして、その全フロアに確認できる無数の魔物達の反応だった。
「すごいなこれは」
「そうじゃな、妾も迷宮を直接見るのは初めてじゃ。迷宮の全容を探索魔法で確認できる者がいる事自体が異例じゃが」
「魔術が派遣を持っている今の世界じゃ異例なんてもんじゃないかもな」
「ほぼ異質じゃな」
「まぁ、そんなことはいいとして……」
「うむ……」
初めての迷宮に興奮するのはいいが、それよりも大きな問題が一つある。
「お主の探索魔法に気付いたようじゃな」
「だよなー、探索を使ってすぐに動きが変わったもんな」
探索魔法を使うまでは敵対していなかった反応が探索に引っかかってすぐに敵対反応に変わっている。
敵対していなかった状態が確認できたのは探索に引っかかった直後の一瞬だけだし、勘違いって可能性もあるけど……。
「この反応、500年前にエルが俺の探索魔法に気付いた時と同じなんだよなー」
「十中八九気付いておるじゃろう。今も周囲を警戒しているようじゃしな」
俺の探索魔法に気付いたらしき魔物は最奥地の大部屋にいる。そこは迷宮の終着地点のようだ。
魔物は現在、その大部屋内をゆっくりと徘徊していて、エルが言うように何かを警戒している風だ。何かっていうか、探索魔法を使った俺を警戒してるんだろうけど。
「流石にこの範囲だとどんな魔物かまではわからないな。もしかして、また魔族って可能性もあるのか?」
「それは無かろう。魔族だとしたら動きがおかしい。これは魔物で間違い無いと思うぞ」
魔族だったとしたら敵を警戒するのに部屋の中を徘徊したりはしないか。
問題はこのことを伝えた時のマリアナの反応だな。
「これ怒られないかな」
「どうじゃろうな、迷宮というのは多くの資源を得られる場所じゃ。妾の魔王軍も一時期迷宮探しに人員を割いておったくらいじゃしな」
「なら、ここを攻略して素材を持って帰るか?」
「それはどうじゃろうか……。
迷宮には迷宮核という物がある。探索魔法で見える地形から考えて件の魔物がおる部屋の後ろの小部屋にあるんじゃろうが、これがある限りこの迷宮内には魔物が湧き続けるんじゃ」
それはすごいな。無限に資源が湧き出るってことじゃないか。
「しかし、迷宮の主だけは違う。迷宮の主を討伐するとその迷宮の機能が停止するようになっとる。
これは妾達が迷宮を調べておった時に立てた仮説じゃから確実な情報ではないのじゃが、妾達は昔、迷宮の管理を核がやっておって、その核に迷宮の主が魔力を与えているのではないかと考えたんじゃ」
「核が迷宮の脳で、その主ってのが血液を送る心臓みたいなもんか」
「そうじゃ。
しかし、その例えでは当て嵌まらないことが一つあってな、迷宮核を壊した場合は迷宮の機能は停止するものの主は死なん。
事例が少なすぎて明確な確認は取れておらんかったのじゃが、核を壊すと主の力が上がったという報告もあった。この報告から主が核へと魔力を与えてるのではないかという仮説が出てきたわけじゃが」
「核が無くなってそちらへ魔力を割いていた主が全力を出すようになったと」
「そんなところじゃな。
で、じゃ、今回の件に関しての問題は魔物が湧く条件のことじゃ」
「魔物が湧く条件?」
「うむ、今言った迷宮の管理は核がしておるというのが正しかったとするとそこが問題になる。
先程、迷宮核がある限り魔物が湧くとは言ったが、魔物が湧く量には実は上限がある」
確かに、本当に無限に湧き続けるんじゃここは魔物で溢れかえっているはずだし、周辺に湧き出てかなりの被害が出てしまう。
迷宮都市なんて街があると聞いたことがあるが、魔物が街に溢れてくるようじゃ成り立たなそうだ。
「今妾達がおるこの迷宮で考えればわかりやすい。現在ここにおる魔物の量が最大だとするならばこの数以上に魔物が増えることはない。そして、当然のことじゃが主を殺したり核を壊したりで迷宮の機能を停止させると魔物は湧かなくなる」
必要以上に魔物が増えず、それは核や主をそのままにしておく限り途絶えることはない。
つまり……。
「そうじゃ、迷宮はこのままの方がそれを利用しようとする街にとっては都合が良い。核はもちろんじゃが、主が魔力を与えているとなれば主を倒してしまうのもあまり得策とは言えん。
そこで、さっきお主が言っておった『素材を持って帰ったらどうか』という疑問についてじゃが、多少は持って帰ってやれば喜ばれるかも知れん。
しかし、迷宮にはもう一つ使い道があっての、探索範囲を狭めて上層のいくつかを確認すればわかると思うが、迷宮内では下層に行くにつれて魔物が強くなる傾向がある」
エルに言われた通りに探索範囲を狭めてみると、最初の二層くらいまではゴブリンの反応ばかりで、その下あたりからコボルトが出てきている。冒険者の修練用に作られているかのようだ。
「この仕組みが冒険者の育成に最適なのじゃ」
「つまり、あまり倒されても困ると」
「魔物の復活にもある程度時間がかかるみたいじゃしな。
迷宮から魔物が出て行かないわけでもないから、この付近の安全確保をしておくのは喜ばれるかも知れんが、あまり倒しすぎん方が良いと思うぞ」
となると、地上の安全確保後に街に戻るのが一番ってことかな。
「じゃあ、近くにいる魔物を適当に倒してから封印を掛けておくか」
「それが良いじゃろ」
探索魔法によると、現在いるのは地上に繋がる道から少し迷宮の奥に進んだ所のようだ。
ちなみに、この迷宮の出口は先程まで居た暗がりの洞窟だ。最後のコボルトが逃げ込んだ場所……まぁ今俺達が居る所の真上だが。そこの突き当たりにあった壁はやはり崩落によって埋まってできたもので、元々はそこからこの迷宮まで繋がっていて、あの洞窟が迷宮の入り口だったみたいだな。
「にしても、ここの魔物は外に出られずによく生き残ってたな。暗がりの洞窟を見た限りだとあの道が塞がったのってだいぶ昔だったみたいだが」
「迷宮内は独自の空間が作られるからの、食い物に困ることはないんじゃろ。
地下に森がある迷宮も確認されとるらしいぞ」
「地下に森って……太陽光とかどうしてんだ?」
「詳しくは知らんが、それこそ迷宮の魔素でどうにでもなるんじゃないかの」
つくづく魔法って便利だな。
「とりあえず、この先に小部屋のような場所があるみたいだから、そこのゴブリン達を倒して封印を掛けよう。
それでここから出る時も洞窟の入り口付近に封印を掛けておけば、最悪でも倒したゴブリンが復活するだけだろ。他の所から魔物が来ることはない」
「安全確保というのなら入り口付近だけでも良いと思うがの、まぁ、多少は働いておくとするかの」
この先にいるゴブリンは十体程度だ。働くと言っても、本当に多少でしかない。
「よし、行くか」
俺達がその小部屋を制圧して封印を掛けるまでに五分もかからなかった。
一応、討伐証明部位である右耳を切り取ってから残りの死骸を燃やしてしまう。
「こんなもんか。後は上を封印してから、街に帰って報告だな」
「その前にやらんといかんことがあるがの」
俺達は暗がりの洞窟まで戻り、崩落で埋まっている道を再び開く。正直、この作業の方がゴブリンがいた小部屋を制圧するよりも時間がかかったと思う。また崩れて来ないように気を付けながらやる必要があり、かなり神経をすり減らす作業になったのだ。
そして、目の前には俺たちが落ちた穴が……。
「そうか、これも塞がないといけないのか」
「すまんの」
「いいさ。これはそんなに疲れる作業でもない。また穴が開かないようにするだけでいいからな」
——〈大地操作〉
この魔法は名前の通り地面を操って形を変えるというもの。
操れる範囲や精度が使用魔力に左右されるが、使い方次第でかなり強力な攻撃魔法にも、使い勝手のいい生活魔法にもなり得る便利な魔法だ。
「やはり、範囲に関してもそうじゃが、精度が桁違いじゃな。消費魔力が多過ぎて使う者が居らんかったのじゃが」
「魔力は有り余ってるからな」
通路を修復し、暗がりの洞窟へと戻った俺達は、コボルトの死骸から討伐部位の牙を取って、残りをまた燃やす。
一応、コボルト達が貯めていた装備品なんかも回収しておいた。殆どの物は地面に穴が開いた時に巻き込まれてしまっていたが。
そっちは最初に来た冒険者達にプレゼントすることにしよう。装備としては使い物にならないが、くず鉄としてなら小銭稼ぎくらいにはなる筈だ。
「よし、じゃあ入り口付近に封印をして街に戻るぞ」
片付けが終わり、俺達は洞窟の入り口へと戻って行く。
そして、道中の分かれ道を全て通り過ぎた後、通路に封印を施して洞窟を後にした。
俺達が街に戻ったのは二鐘が辺りに鳴り響いた頃だった。ちょうどお昼頃だ。
まだバロン達と約束していた時間には早いので、昼食を済ませてからギルドへ報告に行く事にした。
「今日は何食うか」
「屋台の食べ物はいまいちじゃったからの」
「シンプルな串焼きとかは悪くないんだけどな」
食べ物屋を物色しながら街をぶらぶらと歩いていると、ふと香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「いい匂いだな」
「これはパンの匂いじゃないかの」
あたりを見回すと、確かに小麦のマークを掲げたパン屋らしきお店が一軒ある。
「今日はあそこにするか」
「そうじゃな」
二人して匂いにつられるようにパン屋に向けて足を動かす。
店内に入ると恰幅のいい女性店員が元気良く声を掛けてきたので、おすすめのパンを尋ねたら『どれも美味しいよ。ただ、あえて選ぶならあたしのおすすめはこの白パンだね。ちょっと値は張るけど、フワッとしてて美味しいよ。塩漬け肉を挟んだのもあるから是非食べてみて欲しいね』とのことだったので、普通の白パンと肉が挟んである白パンを四つずつ購入した。
「うむ、これは確かに美味いの。
宿で食べるパンはそこそこの硬さで食べ応えがあるが、この白パンはフワフワしとるな」
「ああ、何も付けなくてもパンそのものの甘さがあって十分美味しいな。
肉が挟んである方も、肉の濃い目の味付けをパンが整えてくれて食べやすい」
「これは買い込んでおいた方が良さそうじゃな」
「街を出ている時用に保管しておきたいな」
俺達は、購入した白パンを完食してから店へと戻り、店頭に出ていた白パンを肉サンドも含めて全部買い占めた。
「この街の食べ物は当たり外れが大きいな」
「金をケチれば味を我慢せねばならず、金を掛ければ美味いものが食べられる。そんなもんじゃろ」
「ならお金を稼がなきゃな。どうせ食うなら美味い物を食いたい」
そんな話をしながら、俺達はギルドへと向かった。
ギルドには冒険者の姿はあまり無かった。併設されている酒場の方では何人かの冒険者が酒盛りしていたが、受付付近にいるのは一人だけだ。それも、どうやらただ受付嬢をナンパしているだけらしい。
「人が少ないな。時間的なものだと思うが。
さっさとファムルを呼んで用事を済ませちまおう」
「そのファムルじゃが、妾はあの男が話しとる受付嬢がファムルに似とるような気がするの」
ふむ、言われてみると確かにファムルと似ているが。
「ファムルってあんな顔するやつだっけ?」
ファムルらしき受付嬢の表情は完全に作られた笑顔。まるで人形か何かだ。
「ナンパされて困っとるんじゃろ」
「そんなんさっさと断わりゃいいのに」
「ファムルは新人じゃしな、問題を起こしたくないのかも知れん」
「あー、確かにな。しょうがない。
おーい、ファムルー」
ナンパに困っているかも知れないファムルらしき受付嬢を助けるべく、俺は少し大きめの声でファムルの名前を呼ぶ。本当に困っているのなら断る口実にできるだろう。
すると、ファムルらしき受付嬢はファムルへと変身し、ナンパしていた冒険者に一言二言告げてから俺達の方へと駆けて来た。
「ユウマさん、エルさん、お疲れ様です。早かったですね。依頼は完了されたんですか?」
「ああ、依頼の件は終わったんだが、ちょっとマリアナに知らせておきたい事が——」
「おい小僧、今は俺がファムルちゃんと話してたんだ。お前は他の受付に行きな」
「……俺達はファムルが担当受付でな、依頼の処理なんかはファムルに頼むことになってる」
「そんなことは俺には関係ねぇな、ガキはすっこんでろ」
俺がファムルに迷宮を見つけたことについて説明しようとしていたら、先程ファムルをナンパしていた冒険者が声を掛けてきた。
鍛えられた筋肉に厳つい顔、この場所に居ることを考えれば冒険者なのは確かだろう。顔つきやらなんやらを合わせると街のゴロツキと冒険者を足して二で割った感じだが……って、なんか前にもこんなやついたな。
ま、マリアナへの報告を踏まえても時間は結構あるし、暇つぶしでもするか。
まずは彼にファムルのことを諦めて貰わないとな。
「いや、あんたの用事はただのナンパだろ? 明らかに脈無しだ、諦めた方がいい。
街に出れば他にも可愛い子はいっぱいいるんだ。もしかしたら、あんたでもいいって言ってくれる物好きな女性がその中にいるかも知れない。脈無しのファムルに付き纏って時間を無駄にしてないで、次に進もう。な?
まぁ、頑張れ」
我ながら素晴らしいアドバイスだと思う。




