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魔王は勇者の中にいる  作者: さかもときょうじゅ
三章 勇者と魔王と魔族
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二十九話

 街の南にあるバライス山を過ぎて少し歩くと、森の一部が開けて道ができており、そこに入ってからまた少し歩いた所に暗がりの洞窟があった。ファムルの言っていた通り南門からの方が西門から来るよりも近い。大雑把に言えば、街の南南西あたりだ。


「ここがコボルトの群れがいるっていう洞窟か」

「名前の通り真っ暗じゃの。先が見えん」


 入り口の周りに生えている木で日が遮られているというのもあるが、それを差し引いても洞窟の中は暗く、多少外の光が差し込んでいる入り口付近以外は殆ど見えない。


「こんな所じゃ魔物も暮らしづらいだろうに。よく大きな群れができたな」

「推測じゃが、今回のコボルトはキングボアの件で山を追いやられたやつらが、ここを縄張りにしておったコボルトと群れとるんじゃろ。山にいられなくなって仕方なくといったところじゃろうな」

「なるほど、筋は通ってる。被害が出たのも昨日の夕方あたりだっていうし、群れが大きくなったコボルト達が縄張り確認をしてたところに偶然そこを通った商人が襲われた感じか」


 コボルトという魔物は縄張り意識がとても強く、コボルト同士の縄張り争いなんかもよく見かける光景らしい。そのくせ、群れ同士で合併して大きい群れを作ったりするんだから不思議なものだ。

 そして、コボルトには群れが大きくなると縄張りを広げようとする習性がある。今回のコボルトの群れの発生がエルの予想したように山で縄張りを追い出されたコボルトと元々この辺りを縄張りにしていたコボルトが合併したことによるものだとすると、群れ増加によって縄張りを広げていたところに居合わせしまって襲われたという流れだと考えれば、かなり納得できる話だ。

 だとしたら、あの何とかっていうもう名前を忘れた五番隊の隊長とやらも、変な副産物を残していってくれたものだ。

 一応、ここを縄張りにしていたコボルトというのが元々大きな群れで、キングボアの件とは無関係って可能性もあるが、それだと今になって被害が出始めるのもおかしな話だしな。


「ま、なんにしても依頼通り討伐してしまえばいい話だ。コボルトの討伐証明部位は牙だったか?」

「上下に二本ずつ生えている牙をセットで持っていかんとダメじゃとか言っとったな」

「結構面倒だな」

「証明部位以外は買い取りも殆どしとらんようじゃし、首だけはねてそのまま持って行ったらどうじゃ?」

「どうせ持ち帰らない死骸は燃やさないといけないんだからその時に抜いた方が楽じゃないか?」


 俺達はそんな話をしながら洞窟の中に入っていく。暗いままでは先に進むのもままならないので、〈光玉(ライト)〉という生活魔法を使用している。これはただ光るだけの光の玉を出現させる魔法で、松明の代わりみたいなものだ。消費魔力も少なく、松明のように手が塞がったりもしないからすごく便利。


「結構狭いの、これじゃ武器も振るえん」

「剣士にはキツい場所だな」


 横幅は俺たち二人がギリギリ並んで通れる程度、縦幅も一番高い場所でも俺が手を伸ばせば届いてしまう。これじゃあ武器を使えたとしてもせいぜいダガーくらいだな。

 とはいえ、動きが制限されるのはコボルトも同じはずで、せっかく群れを成してるのにここじゃ二体ずつぐらいでしか戦えない。

 戦いについてだけでなく、暮らすうえでもこの狭さでは不便すぎる。


「この先にひらけた場所がありそうだな」

「そうじゃな」


 山から追い出されたコボルトが合流したのか、元から多かっただけなのかは分からないが、それだけの数のコボルトが入れるからこそここを住処にしているんだろうから、この狭い道がずっと続いているとは思えない。

 あとは、変に道が別れたりしてないといいんだが。


「そうだ、今回のコボルト討伐は攻撃魔法禁止な」

「何故じゃ、コボルト供は結構な数がおるのじゃろ? 魔法で殲滅した方が簡単ではないか」

「そんなことしたらこの洞窟が崩れたりするかも知れないだろ?」

「魔力体である妾は勿論のこと、お主も洞窟が崩れた程度のことでどうにかなるとは思えんが」

「それはそうだが、もしここが崩れるようなことになったら、マリアナに『また面倒事を起こして』とか文句を言われそうじゃないか?」


 手で目元を覆いながらため息をつくマリアナの姿が目に浮かぶ。


「ふむ、確かにそれはちと癪じゃな」

「だろ? 面倒事はなるべく起こさないようにしといて損はない」

「わかった。今回は攻撃魔法なしじゃな」

「そのかわりその他の魔法を制限する必要はないからな。

 昨日、飯の時に『魔力を隠す』ってやつを少し練習しただろ?」

「やっとったな」

「コボルトが魔力の感知に優れてるとは思えないし、どうせだから練習しておこうと思うんだけど、探索魔法を使うから確認して貰えないか?」

「よし、ついでじゃからここで練習して魔力の隠し方を覚えてしまえば良かろう」


 その後は、俺が探索魔法を使い、エルが魔力の感知に引っかかるか確認をする、というのを繰り返しながら奥へと進んで行く。

 ちなみに探索魔法で確認したところ、予想通り奥に広がった大部屋のような場所があり、そこまでは別れ道がそんなに多くないことがわかった。途中でいくつか行き止まりになっている道があるが、どの道にもコボルトの反応はない。

 コボルト達はこの先の大部屋と、その隣の一回り小さい部屋のような場所に纏まっていてあまり動きはない。大部屋の先にも道は続いているが、そちらには行っていないみたいなので広場付近に探索魔法を集中させている。


「じゃから、魔法を構築しとる魔力を透明な魔力で包むイメージじゃと……ん? 何か聞こえるの」

「その魔力をってのがイメージしづらいんだよな……確かに聞こえるな、この音はコボルト達の鳴き声か?」


 魔力を隠す練習をしながら洞窟を進んでいると、奥から犬の鳴き声のような音が響いてきた。


「動きがないからまだ寝てるのかと思ってたんだが」

「ちょうど起き出してきたのかも知れんな」


 物音が聞こえ始めた頃からコボルト達の反応が活発になり始めているので、エルの言う通りちょうど起きてきたところなのだろう。


「寝ていてくれた方が楽だったんだが……仕方ない、奇襲をかけて手っ取り早く済まそう」


 俺はエルと自分を対象に〈攻撃増加(アタックインクリーズ)〉を発動する。キングボアの時にも使った攻撃力と武器の耐久度を上げる魔法だ。

 探索魔法で確認できたコボルトの数は約三十体。雑に見て大部屋の方に二十体と、小部屋の方に十体くらいだ。


「戦闘が始まったら奥の小部屋の奴らも出てくる。乱戦になったからと言って俺達が遅れを取るとは思えないけど、この出口に出る道とか奥に続く道に行かれると面倒だから俺が先行して奥の道を抑えようと思うんだがどうだ?」

「いや、その必要は無さそうじゃな。奥の道をちと先の方まで確認してみたんじゃが、あれはしばらく進んだところで行き止まりになっとるみたいじゃ」


 そうエルに言われて、俺も道の先まで探索魔法の範囲を広げてみたら、確かに行き止まりになっていた。

 んー、洞窟なんだから無意味な通路があるのはおかしくないのだが、どうにも不自然な感じがするな。続いてた道が突然途切れたような……崩落でもあったのか? やっぱ、ここでは派手なことをしない方が良さそうだ。


「じゃあ、こっちの道に来させなきゃオッケーだな。奥に押し込む感じでいこう」

「妾も剣を使うのは久々じゃし案外楽しめそうじゃな」

「普段は武器を使わないとか言ってたしな」

「魔法で事足りとったからの」


 簡単過ぎる作戦を決めて、適当な話をしているうちに俺達は大部屋の入り口に着いた。

 中を軽く覗いた感じ、起きてるのは全体の半数ちょっとってところだ。現在も起きたコボルト達がまだ寝ている奴らを起こしたりしている。

 起きたコボルト達の手には棍棒のような武器が握られている。いや、棍棒というよりも、ただの太い木の棒だな。あれは武器として機能してるのか?


「俺は右側から行くからエルは左を頼む。間を抜けられないように気を付けて進もう」

「了解じゃ。まぁ、抜かれたとしてもコボルト供が出口に出るよりも妾達が追い付く方が早いと思うがの」

「それはその通りだと俺も思うが、不測の事態なんてこともあり得るんだ、気を付けておいて損はないだろ」


 俺達がコボルトに負ける場面なんて想像できないが、想像できないことが起こるから『不測の事態』っていうんだからな。


「本当はここで待ち伏せした方が効率いいんだろうけど」

「それじゃつまらんじゃろ」

「だよな」


 エルはそう言うと思った。


「ま、あまり油断しないようにな」

「うむ」

「じゃあ行くか」


 俺のその言葉を合図に大部屋へと突入する。


「ガルァ」

「ギャンッ」


 突入と同時に入り口近くにいたコボルト二体が俺とエルの剣によって斬り捨てられる。

 正直、コボルトはキングボアよりも強さが数段落ちる魔物のうえに、不意打ちで動きが止まっている状態の相手じゃただの的だ。剣の練習用とかで使われる人形とたいして違いはない。

 いや、魔物は生きている訳だし、切れば血も出るんだから人形と同じって言い方はどうかとも思うが。


 入り口付近のコボルトを計五体ほど斬り殺したあたりでやっとコボルトに動きがあった。


「アオォン!」


 大部屋の中央あたりにいたコボルトが遠吠えのように鳴いたのだ。多分、小部屋の方にいるコボルト達を呼び寄せているんだろう。


『増援を呼ぶ気だ、数が増えて乱戦になるのは面倒だから、奥の奴らが起きだす前にさっさと片付けるぞ!』


 そう言って俺は剣を振るうペースを上げる。

 コボルトの身長はだいたい俺の胸のあたりくらいで、適当に剣を振ると討伐証明部位である牙を砕いてしまいかねないから狙うのは胴体。それなら最悪、狙いが上に逸れても首を落とすだけで済むだろう。

 どうせ、コボルトの討伐報酬報酬なんてたいした金額にならないだろうけど……あ、そういえば。


『なあ、今回の依頼の報酬っていくらだったか聞いたか?』


「キャンッ」


『言われてみれば確認しとらんかったの』


「グルフッ」


『一応、商人ギルドからの依頼だからそれなりに貰えるとは思うけど』


「ギャッ」

「ガルッ」

「ギャオンッ」


 魔王が俺の中に封印されているからこそできる念話に近い形での会話をしながらコボルト達の数を減らしていく。

 残りが七、八体くらいになった頃に小部屋からの増援がやって来たが、元々いた方をここまで減らせていれば、多少作業時間が伸びる程度だ。

 コボルトが残り一体になるのに然程時間はかからなかった。


「よし、こいつで終わりだな」


 最後の一体は、逃げ道を探しているのかキョロキョロと辺りを見回している。


「わるいけど逃すわけにはいかない。そっちも生きる為とはいえ、人に被害が出ちゃってるからな」


 これで一体取り逃がしたなんて報告したらギルドで何を言われるかわかったもんじゃない。

 俺の言葉が理解できたかどうかは不明だが、コボルトは見回すのをやめてこちらに視線を固定する。


「観念したかの」

「それじゃ……」


「ギャオォォォン!」


「なんだ!?」


 最後の一体を倒すために地面を蹴ろうとした瞬間、目標のコボルトが威嚇するように咆哮し、一瞬だが俺とエルの動きが阻害された。

 コボルトはその隙をついて出口の方に走り去ろうとするが……。


「今のは咆哮拘束(ハウバインド)じゃな、鳴き声に魔力を込めて相手の動きを止める魔物特有の技じゃが、一瞬とはいえ妾達を足止めするとはなかなかやるではないか」


 既に拘束が切れた俺達が回り込んでいる。


「こんな隠し球を持ってるとはな」

「弱体化しておる妾ならともかく、能力差が大きいお主がかかるはずないんじゃがな。

 最後の力を振り絞って使ったんじゃろうが、それにしてもお主は油断しすぎじゃろ」

「すまんすまん」


 呆れたようなエルから小言を貰っていると、コボルトが先程とは別の方向に走り始めた。


「あの道って行き止まりになってる方だよな」

「そうじゃな、逃げるのに必死なんじゃろ」


 藁にもすがる思いってところか。

 ちょっと可哀想な気もするが、ここで逃してまた商人なんかに被害が出ても困るので、放っておく訳にもいかない。

 そんなことを考えている間にコボルトは行き止まりになっている道へと姿を消してしまった。


「追わんでいいのか?」

「いや、わるい、考え事をしてた。追いかけよう」


 俺は考えるのをやめてコボルトを追い始める。

 エルは知ろうと思えば俺の考えてる内容がわかる筈なので、可哀想だなんだと考えてたのをわかってて待ってくれていたのだろう。

 優しい魔王様なこって。


「部下の信頼を得るにはそういった気遣いというのも重要じゃからの」

「……今の部分は指摘した方が信頼を得られるのか?」

「妾を魔王として尊敬しておったようじゃからな、部下の敬意には応えねばな」

「俺はお前の部下になった覚えはないけどな」


 エルとそんな話をしているうちに、コボルトを追って道の一番奥まで来てしまった。

 奥で待ち構えていたコボルトは先程とは別の武器を手にしている。


「あいつ、剣なんか持ってるぞ。

 てか、ここ武器やら防具やらが何個も転がってんな」


 剣といっても、コボルトが持っていのは長さがだいたい4〜50センチくらいの、所謂(いわゆる)短剣ってやつだ。刃はボロボロで武器としては微妙だが、先程まで持っていた木の棒よりはマシだろう。

 床に転がっている装備品は様々で、兜、胸当て、籠手、といった防具品や、それこそ俺が持ってるような普通の剣も落ちている。


「ここを武器庫代わりに使っていたみたいじゃな」

「それなら他のやつらもここに武器を取りに来てもいいもんだがな」

「まぁ、コボルトはあまり賢い魔物じゃ無いからの」


 こいつは、敵から逃げたり武器を取りに行ったりするだけの賢さはあったみたいだけどな。


「武器を剣に持ち替えたところで、結果は変わりそうも無いがの」


 それでも剣を構えてくれるのは個人的には有難い。ついさっき、多少同情のような考えを持ってしまったのもあって、無防備な状態では戦い難いと思っていたところだ。


「なんじゃ、お主はまだそんなことを考えておったのか。

 先程のお主の考えは正しい。もし此奴を逃して他の人間に被害があったらまずいじゃろ」

「それはわかってる」


 召喚前に精霊チャーセに付けて貰った強靭な精神力ってやつのおかげか、殺すことへの忌避感みたいなものは殆ど感じない。

 今回のは「ちょっと後味悪いな」程度のものだ。


「ま、それならばこのコボルトは妾が倒してやろう」


 そう言ってエルがコボルトへ剣を向ける。


「咆哮束縛で妾の動きを止めたことに敬意を表して楽に終わらせてやるとするかの」


 エルがコボルトに向けていた剣を上段に構えなおし、地を蹴って急速にコボルトへと接近する。コボルトからしたら、エルが突然消えて目の前に現れたように見えただろう。

 そして、その勢いのまま剣を強く振り下ろした。

 振り下ろされた剣はコボルトの左肩から胴にかけて斜めに斬り裂き、勢い余って地面に突き刺さる。


「ちょっと力込め過ぎじゃ……」


ピキッ


 俺が言葉を言い終わる前に地面から嫌な音が聞こえてくる。


ピキピキッ


「おい、なんかヤバそうだぞ」


 音は突き刺さったエルの剣から、徐々に周りに広がってきている。


「まずい! 逃げるぞ!」


 明らかに危ない雰囲気にこの場からの脱出を決断、エルに声をかけてから咄嗟に出口へ駆け込もうとする。

 後から思えば、エルの身体は魔力で構成されているのだから、本当に逃げるつもりなんだったら、声を掛けたりせず、すぐにここから抜け出すべきだったんだろう。


 とは言っても、エルに声を掛けたという事実は変わらず。

 残念ながら、俺達が逃げ出すよりも地面がガラガラと音を立てて崩れていく方が早かった。

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