二十七話
ファムルが扉をノックして俺達の来訪を伝えて扉を開ける。そのまま促されて扉を潜るとファムルは中に入らず扉を閉じて下に戻って行った。
「あなた達また何かしてたでしょ。普通ギルド長を待たせて用事を済ませてから来るような新人はいないわよ」
「いや、用事は済ませられなかった。
マリアナ、ファムルに説明をしなさ過ぎじゃないか? キングボアを倒したって言っただけでかなり驚かれたぞ。目立たないようにみたいなことを言ってたのに、受付に毎回驚かれたりしてたら逆に目立ってしまう」
「そう……確かにそうかもしれないわね。ごめんなさい、後で説明しましょう。
その前に、依頼の件についての報告をして貰ってもいいかしら」
「わかった。とりあえず依頼書は返しておく」
俺はマジックボックスから依頼書を取り出してマリアナに渡しながら昨日あったことについて説明した。
バライス山に入ってから探索魔法を使って確認しながら歩き回ったこと、山で会った魔族のこと、確実ではないが魔素溜りは無いらしいということなど、一通りの説明をし終わって、マリアナが用意しておいてくれた水で喉を潤す。
「なるほど、やはり魔族が絡んでいたのね。
今回の件はあなた達に任せて正解だったわ。今デーヴァンにはAランク冒険者もあまりいないし、魔族となるとBランクじゃちょっと厳しかったかもしれないもの」
「あの程度ならばBランクの者でも負けたりせんと思うがの」
「その魔族が五番隊と名乗っていて、それが本当だったとすれば確かに負けはしないでしょうけど、少なくとも被害は出ると思うわ」
「人も魔族も情けないもんじゃのー」
「あなた達が規格外すぎるだけよ」
五番隊というのがあまり強く無い隊だというのはこちら側でも知られていることらしい。
「なあ、王国魔族団ってのはなんなんだ?」
「人間側でいうところの王国騎士団みたいなものよ。魔族の国に仕えている魔族の団体で、一番隊から六番隊まであるらしいわ。
実は隠された隊があって全部で十隊あるとか、影で動いている暗殺部隊があるとか色々噂はあるけど、詳しくはわかってないわね。詳しい仕組みは魔王の方がわかるんじゃないかしら」
「妾の知識は500年前のものじゃからな。今のことはあまりわからん」
「それもそうね」
六番隊まであるって事はあいつの隊が一番弱いってわけではないのか。隊の番号が強い順で割り振られていればだが。
五番隊は新人育成の為のものだとか言ってたから、戦うこと以外の役割を持った隊なんかもあるかも知れない。
「とにかく、魔族を追い払ってくれたのは感謝するわ。できればそのまま捕らえて欲しかったけれど、話を聞いた限りだと警告のために逃がしたようだし、デーヴァンへの影響を考えたら私は文句を言える立場では無いわね」
「魔素溜りに関しては完全に信じ無い方がいいと思うぞ。個人的にはあいつが嘘をついているようには見えなかったが、もし魔素溜りが発生してたらマズイんだろ?」
「それについてはBランクの冒険者パーティーを何組か送って確認するつもり」
「ま、それは俺達の仕事じゃ無いからな。頑張ってくれ」
もし魔素溜りがあっても、今のところキングボアしか出てきてないわけだし、Bランク冒険者が行けば簡単に対処できるだろう。
「それで、今回の報酬についてだけど」
「報酬が出るのか? 一応、ヤウメルの件の借りを返しただけだから貰わなくてもいいんだが」
「そうもいかないのよ。今回のことで何組かの冒険者にギルドがあなた達に依頼を出したことは知られているわけだから、これで何も報酬を出さなかったとわかったらギルドの信用が落ちるわ」
ギルドからの直接依頼がボランティアってのは流石にマズイのか。
「そこで相談なのだけど、あなた達のランクを上げるというのはどうかしら。正確にはランクアップの試験を受けるための資格を得たことにするってものなんだけど」
「ランクアップか……それ目立たないか?」
「そうなのよね。冒険者になって数日でランクアップというのが無いわけではないのだけど、ちょっと目立ちはするわ」
無いわけでもないってことは、元々実力があるけど低ランクから始めた冒険者が、すぐに実力を示してランクアップするってパターンか?
あれだ、お決まり展開ってやつだ。多分。
「ちなみに、そうやってすぐにランクアップするようなやつは他にどのくらいいるんだ?」
「基本的には貴族の関係者ね。
継承権のない貴族の子供は基本的に王国騎士団に入ったりするのだけど、騎士団でやっていけずに冒険者になって親のコネでランクを上げて貰うということは少なくないの。困ったことにね。
あとは、貴族に専属の警護役として雇われた冒険者が貴族の見栄のために口利きでランクアップしたりというのもあるわ。
実力で上がる冒険者もいるけど、そういう人は冒険者になる前からある程度の実績があったり、登録前に高ランクで登録するための試験を受けたりして冒険者になった時点で相応のランクから始めるのよ」
思ってたのと全然違った。
つまり、俺が考えてたような実力で上がる冒険者の場合は、実績がなく、試験も受けられず、どうしても低ランクから始めなきゃいけない人くらいってことだ。
「それは流石に目立ちすぎるだろ」
ちょっとってレベルじゃない。
「そうねー。でも、あまり高額の報酬を出してしまうと貸し借りの清算ができなくなってしまうわ。私はそれでも構わないのだけど」
だからと言って、適当な報酬じゃギルドの信用を落とさないためという目的が果たせないと。
(エルの両親の件もあるし、ちゃんと報酬が出る依頼なら受けるつもりだから借りが残ったとしても余り変わりはない気もするが……どうする?)
(そうじゃなー、借りというのは往々(おうおう)にして報酬よりも高くなるものじゃ。嫌な依頼でも受けねばならん状況になることもありうる。清算できる時に清算しておいた方が良いと思うがの)
(確かになー)
相手の弱みにつけ込んで断れない状況に持ち込むなんてのは、前世でもよく聞いた話だ。足もとを見やがってなんて台詞はテレビなんかでも良く使われていたしな。
「なんかこう、バレないようにランクを上げたりとかできないのか?」
「それは難しいし、それだと報酬を出したということを隠すことになって本末転倒だわ」
それもそうか。どうしたもんかな。
「別に受けても良いのではないか? すぐにランクアップするのではなく、ランクアップの為の試験を受ける資格を得るだけじゃろ? 目立たない程度に時間を開けてから受ければ良い」
「そうか、なんとなく資格を得たらすぐに試験を受けるような気になってた。そうするか」
「なら手続きをするわね。ついでだからファムルにあなた達の事について話してしまいましょ」
マリアナがそう言って呪文を唱え始めた。
——〈風の精霊よ我が声を運びたまえ〉
——〈風の囁き〉
『ファムル、執務室まで来てちょうだい』
状況と呪文の内容からして離れた人に声を届ける魔法なんだろうが、魔法知識で確認しても〈風の囁き〉という魔法は無く、似たような魔法しか出てこない。
「今のは精霊魔法じゃな。エルフ達が得意としている魔法での、精霊魔法はただの魔法や魔術とは別種のものなんじゃ。
魔法や魔術が己の魔力のみで力を発揮するのに対して、精霊魔法は己の魔力を糧にすることで契約した精霊が力を発揮しておる。
見ただけじゃと魔術と似ておるが、基本的には精霊の力を借りとるわけじゃから魔術より魔力効率が良いし、精霊と契約をして使っておるから、赤の他人に説明せねばならん魔術よりも呪文が短くなるのが特徴じゃな。呪文の長さについては魔術よりも顕著に実力差が出るがの」
「初代魔王は魔法に精通していたという話はあったけれど、本当だったのね精霊魔法まで詳しいなんて」
「妾の魔族軍にもエルフがおったからの。受け売りじゃな」
精霊って言うと、チャーセみたいなやつか。そいつらと契約して使うのが精霊魔法なんだな。
「自分の魔力と精霊の力を合わせて使うからかなり高威力が出せる。ただし、精霊と契約するのが難しいのと、呪文が必須ということもあって、『魔法とどちらが強いか』なんて言い争う者がおったもんじゃが……」
「今の主流の魔術と比べたら精霊との契約を除けば圧勝だな」
「その精霊との契約が一番難しいのだけどね。ユウマは精霊に好かれているみたいだし、機会があれば契約できると思うわよ」
そういえばステータスに精霊の加護があったな。チャーセと契約したら無くした物をすぐに見つけられて便利そうだ。
俺が二人から精霊魔法についての講義を受けていると、扉をノックする音が室内に響く。
「ギルド長、ファムルです」
「入って」
「失礼します」
執務室の扉を開けてファムルが部屋に入ってくる。
「遅くなってすみません、対応中だったもので」
「こちらこそ急に呼び出してごめんなさいね。ユウマとエルのランクアップ試験の受験資格の書類を作って貰いたいのだけど」
「ランクアップですか!? ユウマさん達が冒険者登録されたのって二日前ですよね!?」
エルが驚きの声をあげる。
俺がマリアナへと視線を向けると、『確かにこれは目立つわね』といった感じの視線が返ってきた。
「そうね、書類を用意して貰う他に、その件に関してあなたに話しておきたい事があったからわざわざ来て貰ったのよ。とりあえずこちらに来て座って貰えるかしら」
執務室にあるソファーは二人掛けが二つ。片方には俺とエルが座っているので、必然的にマリアナの隣に座ることになる。
ファムルは、ギルド長の隣に座るということに緊張した様子でソファーに腰を下ろす。
「始めに言っておくけど、これから話す内容は国家クラスの機密事項よ。もし他人に話したりしたらあなただけではなくあなたの家族も含めて処罰を受ける可能性があるわ。その事を頭に入れておいてちょうだい」
「か、家族も……わかりました」
そんな大袈裟なことじゃないと思うんだが。
(あながち嘘とも言い切れんかも知れんぞ。国からしたらお主の存在自体が爆発物みたいなもんじゃからな、封印が解けていることを隠しているのがバレたら、隠していた者が捕まる可能性もないとは言えん。
まぁ、今のには脅しの意味が多分に含まれとるようじゃが)
(なんか嫌な立場だな)
(置き土産が効きすぎとるの)
エルが堪えるようにククッと笑う。
置き土産ってのは封印される前に言った「お礼に行く」ってやつのことだろう。
本当に一発殴ってやる程度の気持ちだったんだが、ここまでビビられてるとは……。
「端的に言うわね。
ユウマの本名はヤシオ・ユウマ。500年前の勇者、大魔法使いかつ英雄の勇者ヤシオ本人よ。それで、隣にいるエルの本名がエルフェルタ・リンド。500年前の魔族国の魔王。つまり、大戦の際に英雄ヤシオと戦った初代魔王ね」
「……え?」
本当に簡単な説明だな。ファムルの目が点になっている。
「まぁ、驚くのは無理もないわ、私も初めは信じられなかったもの。でも嘘じゃない。確実な証拠があるわけではないのだけど、実力が証明してしまっているわ」
それだと俺と同じ強さのやつがいたらそいつが英雄って事になりかねないんだが。
「それに、エルの存在が証明みたいなものね。エル、できたらでいいのだけど魔力体を一度ユウマに戻してもう一度出てきて貰えない?」
「ふむ、まぁ良かろう」
エルは一度魔力体を解除して再び現れる。もちろん、光の演出付きだ。
「エルさんが魔王……」
「といっても、俺の中に封印されたままだし、ステータスもだいぶ落ちてるけどな」
「でも、ヤシオ様は魔王との戦いで亡くなられてるんじゃ」
「それは私も思ったわ」
「そんなこと言われても現に俺は生きてるしな。500年間封印されてただけだ」
「こやつが封印前にいらんことを当時の仲間に口走っての、封印に利用された勇者が人間に報復しに来ると勘違いしたようじゃ。もしそうなった時に勇者に対して剣を向けるのは民が許さんだろうと、勇者は死んだ事にしたのではないかと妾達は考えておる」
「勇者は死んでいるからこいつは偽物、倒していいんだってことね」
本当のところはわからないけど。
もしかしたらその辺りのことは国の上層部が知ってるかもな。
「とにかく、ファムル、あなたを担当として彼らに付けたのはそういう特殊な事情があって専用の窓口を作っておきたかったからなの。この事を話したらあなたが混乱すると思って黙っておいたのだけど、知っておかないと特殊な状況になった時に対処できないものね。考えが足りてなかったわ、ごめんなさい」
「あ、いえ、その、確かにこのような話を予め聞いていたら私どうしたらいいかわからなくなっていたと思います。というか、私これからどうしたら……」
「今まで通りでいい。俺達は特別な目的があるわけじゃないんだ。普通に暮らしていくだけのつもりだからな。ちょっとだけ強い普通の冒険者として接してくれ」
エルの両親の仇については言わなくていいだろう。それこそ、混乱させてしまうだけだ。
「ちょっとだけというのはどうかと思うけど、まぁそうね。ユウマの言う通りよ」
「そうですか、わかりました。今まで通り冒険者のユウマさんとエルさんとして対応させていただきます」
「ああ、よろしく」
「それで、ランクアップのことについてなんだけど、これは昨日ユウマ達に出した依頼の報酬みたいなものよ。ただ、さっきユウマが言ったように普通に生活していくつもりならこの早さでランクアップするのは目立ち過ぎる。だから受験資格を出すってわけ」
「なるほど、すぐにランクを上げるわけではないんですね」
「そうよ、あなたにはランクアップするタイミングについても見てあげて欲しいの。ユウマ達の担当受付として依頼の処理をして、ランクアップしても良さそうな状況になったら伝えてあげて」
「わかりました」
俺達はファムルが大丈夫って言ったら試験を受けに行けばいいのか。
「ごめんなさいね、まだ仕事を始めて数日しか経ってないのに。本当はここまでして貰うつもりは無かったんだけどね。この分の給料はちゃんと上げておくわ」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「すまんな、巻き込んだみたいになっちゃって」
「大丈夫です。ちょっと驚きましたが、普通でいいのでしたら仕事自体は変わりませんので」
ファムルが笑って答えてくれる。
いい子だな。
「仕事が変わらないなら給料は上げなくていいかしら」
「エルフっ子はがめついのー」
「昨日も思ったのだけど、そのエルフっ子っていうのやめて貰えない? 一応、歳上よね私」
「妾は500年以上生きとるようなもんらしいからの。それともお主は500歳を越えとるのか? 案外おばあさんじゃの」
「そんなわけないでしょ! エルフの寿命でも500歳はヨボヨボの老人よ!」
「じゃあ、エルフっ子じゃな」
エルのやつ、俺に500歳越えたおばあさんだとか言われると怒るくせに、こういう時にはその設定使うんだな。
「もうそれでいいわ。
ファムル、そういうわけだから書類を持って来て貰える?」
「わかりました。すぐに用意してきます」
ファムルはソファーから腰を上げ、扉の前で軽くお辞儀をして一階へと下りて行った。




