二十六話
俺達が街に着いた頃にはもうだいぶ日が暮れ始めていた。
「今日はギルドに依頼完了の報告だけして詳細は明日にして貰うか」
「そうじゃな、これから話をするのはちと面倒じゃしな」
さっき俺達が入ってきたのは南門だから、宿に戻るには一度冒険者ギルドに寄った方がわかりやすい。
まだ街に慣れてないせいもあって、初めて使う門から直で宿に戻る自信がないうえに、暗くなると余計に道が分かりにくくなってしまう。
ギルドへの依頼完了の報告は、分かる道に出るついでと思えばいい。
南門から冒険者ギルドまでは大きな通りを道なりに進んでいけばいいので、俺達は特に迷うこともなくギルドにたどり着くことができた。
受付でファムルを呼び出して貰い、依頼が完了したことと詳細は明日話すということをマリアナに伝えてくれるように頼んでギルドを後にする。
熊の洞穴亭に着いたのは日が完全に落ちてからだった。
女将さんに夕飯をここで食べると告げ、朝食とこの後の夕飯分の料金を支払って席につく。
この宿は『とりあえず食事抜きで予約しとく』という予約の仕方ができる。宿に入る時に食事代を払えば飯付きになるというシステムだ。夕飯を他で食べてしまっても無駄にならないのでとてもありがたい。
ただし、飯付きにする場合は朝飯無しはできなくなるので、夕飯と朝飯セットで付けるか付けないかということになる。これは材料調整のためらしい。夕飯の素材を多めに用意しておいて、余った物を朝食に回してるんだそうだ。仕組みを聞いて、今朝の「昨日の余りサンドイッチ」はそういうことだったのかと感心してしまった。客のニーズに合わせた上で極力無駄をなくすサービスだ。
ちなみに、今日夕飯は鶏肉と野菜の炒め物と、牛肉のスープ、そしてメインは牡丹鍋だ。女将さんがいいボア肉を安く仕入れられたとニコニコしながら食事を運んできてくれた。
「これあの冒険者が売った肉かね」
「かもしれんな。生肉なんぞ長持ちするものでもないしの、市場に流れるのも早いんじゃろ」
「俺達もかなりの量のキングボアの肉を持ってるわけだし、いくつかはギルドに流すとしても自分達で食べる分は残すから味には期待してるんだが」
「食べてみれば良いではないか」
「それもそうだな。じゃ、いただきます!」
俺はボア肉の牡丹鍋をスプーンですくい、口へと運ぶ。
「うまっ!」
猪の肉はしっかりと下処理がされているのか臭みが全くなく、味は豚肉に近いが普通の豚肉よりも脂がしっかりと付いていて濃厚。それでいて後味はサッパリとして脂の重さを感じさせず、非常に食べやすい。
牡丹鍋というと味噌のイメージなのだが、この世界に味噌がないのか、それともこの街では売られていないのか、この鍋は豚骨のスープを塩や魚介出汁で味付けされたもので作られている。
「これは美味いな!」
「妾が昔食べたボア料理よりも美味いの」
思い出補正すら軽く超えてくる素晴らしい料理だ。
鍋以外の野菜炒めや牛肉のスープもとても美味く、俺達はまた今日もエールの追加注文をしながら料理を楽しんだ。
夕飯を食べ終えて、二階にある昨日と同じ部屋に上がって寝支度を始める。
ちなみに、ベッドも昨日と同様にくっ付けられたままだ。
俺が装備品を外し、財布がわりに使っている革袋を机に置いて布団に潜ると、エルも装備を外して魔力体を解除した。
魔法には〈清掃〉という物があり、人の身体や物や床などに使って汚れを落とすことができる。この魔法は生活魔法と呼ばれて500年前なら魔法使いにとっては必須の魔法となっていたらしい。風呂いらずで便利だ。
ただ、たまには風呂に入りたいものだ。
残念ながら、この宿には風呂は付いていない。基本は外の井戸水で行水だ。冬は有料でお湯が貰えるらしい。
『明日はとりあえず冒険者ギルドじゃの』
「そうだな。
そういや、報告が終わったらちょっと行きたい所があるんだ」
『どこじゃ?』
「封印から出た時に世話になった冒険者達が泊まってる宿だよ。バロンとかって人がリーダーをやってるパーティーの」
『あの者達か、そう言えば礼をしとらんかったな』
「ギルドに報告に行くついでに、あの人達が泊まってるっていう夕暮れの宿って宿の場所を聞いてみようかと思ってるんだけどいいか?」
『そうじゃな、特にやることも無いし構わんじゃろ』
明日の予定も決まり、俺はそのまま眠りについた。
翌朝、俺は目覚めの鐘が鳴るよりも早く目が覚めた。
顔を洗う為に裏庭に出ると、肌に触れる風が少し冷たい。インプットされた知識によると今は秋にあたる季節らしいが、この感じからして冬が近くなってきてるんだろう。
顔を濯いでから部屋に戻り、装備品などの身支度を整える。その頃にはエルも魔力体を出して準備を済ませている。
一階に下りて朝食を食べ終えたら、今日の分の宿泊を予約して宿を出た。
「じゃあまずは昨日の報告に行くか」
「冒険者ギルドじゃな」
俺達は真っ直ぐギルドへと向かう。
ギルドに着くと、掲示板と受付の前が冒険者でごった返していた。
「凄い人だな」
「昨日は結構遅くに来たからの、このあたりが人の多い時間なんじゃろ」
「これじゃマリアナに話を通して貰うのは難しそうだな。人が減るまであそこで待つか」
俺はギルドに併設されている食事処のテーブルを指差す。
「そうじゃな、何か飲み物でも飲んで待っておれば良いじゃろ」
適当な席に座り、やって来たウェイトレスにジュースを注文して受付から人が減るのをのんびりと待つ。
「よく考えたらバロン達も依頼を受けてるかも知れないんだよな、この後宿に行っても居なそうだな」
「確かにそうじゃな。
その時はまた適当な依頼を受けて街の外を散歩すれば良いのではないかの」
「夕方以降に行けば宿に戻ってるだろうしな」
「お、ユウマさんじゃないか」
俺達が適当な話をしながら時間を潰していると、離れた所から見覚えのある人達が俺の名前を呼びながらこちらに歩いて来た。
というか、見覚えがあるどころか先程まで話をしていたバロン本人だ。後ろからパール達も付いて来ている。一人だけ見覚えの無い女性もいるが、あれがあの時言っていたもう一人のパーティーメンバーだろうか。
「バロンさん、皆さんも、おはようございます」
俺は席を立って彼らに挨拶する。
「ユウマさん、おはようございます。
こんな所で会うとは思いませんでした。ユウマさんは商人ではなかったでしたっけ?」
「パールさんでしたね、ちょっと色々とありまして、今は冒険者をやっているんですよ」
「ユウマさん冒険者になったのか。そういえば魔物との戦闘経験があるって言ってたしな」
バロンがなるほどと言った感じに頷きながらそう返してくる。
以前会った時に俺が装備していた500年前の防具の事なんかでちょっと変に思われていたので、商人がいきなり冒険者になってるというのにも疑問があるはずだが……多分、気を使ってくれているんだろう。本当にいい人だ。
「実は今日はギルドに用事があって来たのですが、これが済んだら皆さんの泊まっている宿に行ってご挨拶しようと思っていたんですよ。先日の件でお礼もさせていただきたいですし。
皆さんはこの後どちらに?」
もしかしたら居ないかもなんて考えていたところに、偶然にも本人達に会えたのだからこの後の予定を聞ければ手間も省ける。
「俺達はこれから依頼のゴブリン狩りに行くところなんだ。新しく入ったセインとの連携を固める為にな」
後ろに立っていた斥候のセインが軽く頭を下げている。
「そうですか、いつ頃戻られますか? その時間に合わせて宿に伺わせていただきます」
「鎮めの鐘が鳴る前くらいには戻る予定だ」
「わかりました。
そういえば、そちらの方は初めてお会いしますがそちらの女性もパーティーメンバーですか?」
「ああ、この間言ったうちのもう一人のメンバーでカタリカだ」
「よろしくね」
カタリカは見たところ前衛のようだ。ただ、バロンが攻撃力重視の装備をしているのに反してカタリカの装備は機動性を重視している。ヒットアンドアウェイで敵の撹乱や遊撃のような役割を担っているんだろう。
身長は俺より少し上くらい、肩のあたりまで伸びたオレンジ色の髪、目は少しつり目で好戦的な雰囲気を醸し出し、動きやすさを重視した装備のため、割れた腹筋が見えている。
「カタリカさん、よろしくおねがいします。
皆さんが泊まっているのは夕暮れの宿でしたよね?」
「そうだ」
「では、鎮めの鐘が鳴る頃にそちらへ伺います。
夕食を奢りますので行きたい店なんかはありますか?」
「それならゴブリン食堂にしましょうよ。あそこは安くて美味しいから」
ゴブリン……なんかあまり美味しそうな感じがしないんだが……。
まぁ、今のところ人のおすすめでハズレを引いたことがないからそこも美味しいんだろう。
「カタリカさん、あそこは確かに安いですが美味しくはないです。オーク酒場にしましょう」
美味しくないのか、ありがとうセイン。
カタリカは「ゴブリンの丸焼きの臭みが堪らないのに」とブツブツぼやいているが、多分ゲテモノ好きというやつなんだろう。というか、ゴブリンの丸焼きってすごい料理だな。これからゴブリンを狩りに行こうってのにそれの丸焼き食いたいのか? あー、でも豚の丸焼きとかはあるわけだし、おかしくはないか。
「では、そのお店にしましょう」
「わかった。じゃあ、またあとでな」
「はい、また。お気を付けて」
バロン達は各自、手を振るなり軽くお辞儀をするなりしてこちらへ軽く挨拶をしてゴブリン狩りへと向かった。
彼らと話しているうちに随分とギルド内の人が減り、受付にもちらほら空きができ始めていたのでファムルを探していると受付の内側でちょこちょこと走り回っている影が見える。
「おい、あれ」
「ん? なんじゃ? お、ヤウメルではないか。頑張っておるようじゃな」
受付の奥で走り回っているのは昨日エルが盗賊から助け出した女の子、ヤウメルだった。
ファムルの手伝いにするとか言っていたが、ファムルだけでなく受付全体の手伝いをする形になったらしい。書類らしき紙の束を抱えて行ったり来たりしている。
「大変そうだが、上手くやってるみたいだな」
「元気そうで何よりじゃの」
ヤウメルの働きぶりを目で追っていると、書類を届けに行った相手が俺達が探していたファムルだった。
ファムルが座っている受付に向かって行き、声をかける。
「おはようファムル。昨日の件でマリアナに話をしに来たんだけど取り次いで貰えるか?」
「あ、おはようございます。ユウマさん、エルさんも。ギルド長ですね、少々お待ちください」
ファムルはそう言って二階へと上って行った。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おはよう!」
受付の奥から声を掛けてきたのは先程まで俺達が見ていたヤウメルだ。
まだ身長が受付の台よりも低いので、こちらからは殆ど姿は見えない。今はヤウメルが受付の椅子をよじ登ってるところを眺めている。
「おはよう!」
なんとか椅子を登りきって上半身が受付台の上に出てくると、ヤウメルは再び挨拶をしてきた。
「ヤウメルおはよう」
「おはようなのじゃ」
「昨日は助けてくれてどうもありがとうございました!」
そう言ってペコリと頭を下げるヤウメル。動いた拍子に椅子から落ちないか心配になる。
「気にするでない。
見たところ元気そうじゃが、仕事は大変でないかの?」
「大丈夫。受付見習いを頑張って、お姉ちゃん達に助けて貰った恩を返すの!」
なんかマリアナに色々言われてそうだな。こんな小さい子から恩を返すなんて言葉が出てくるとは。
ヤウメルは受け付け作業の手伝いじゃなくて受付見習いになったんだな。
「そういえばまだ名前を言ってなかったな。まぁ、他から聞いてるかも知れないが、俺はユウマだ」
「妾はエルという名だ。改めてよろしくじゃな、ヤウメル」
「ユウマお兄ちゃんにエルお姉ちゃん! よろしく!」
俺達がヤウメルと軽く話をしているとファムルが二階から戻ってきた。
「あ、ヤウメルちゃんと会えたんですね。ヤウメルちゃんは今日からお仕事なんですが、頑張ってくれてますよ」
よく考えたら昨日の今日で既に仕事に出てることになるのか。普通に考えたらブラック過ぎる対応な気がするが、働かなければ食う物を得られないこの世界では当たり前のことなのかも知れない。
「ヤウメルちゃん、お仕事に戻って。ユウマさん達は用事があるからね」
「はーい。お兄ちゃん、お姉ちゃん、またね!」
ファムルに促され、椅子から飛び降りて仕事に戻るヤウメルを見送る。
「では、ギルド長が待っていますので二階に行きましょう」
「その前に、簡単にでいいからキングボアの買い取りについて教えてくれないか?」
「キングボアですか?」
「ああ、昨日の件で何頭か倒したんだが流石に全部自分達で食べるわけにもいかないし、いくつかはギルドで買い取って貰えないかと思ってな」
「キングボアをお二人で討伐されたんですか!?」
俺の話を聞いた途端にファムルが驚きの声を上げる。周りから変な目で見られるからやめて貰いたいんだが……。
これ、一人で倒したなんて言ったらどんな反応するんだろうか。面倒な事になりそうだから言わないけど。
「それで、買い取りはどうすればいいんだ? 解体とかもお願いできるのか? それとも自分でやらなきゃいけないのか?」
「そ、そうですね。一応、解体もギルドが請け負うことができますが、費用をいただきますのでご自身でできるならその方がいいと思います」
「なるほど、じゃあ一体はギルドで解体をお願いしようかな。他は自分達でできるか確認してから考えるよ」
「わかりました。いつ頃持って来られますか? ギルドとしてはいつ持って来られても大丈夫ですが」
「せっかくだから今渡してしまうか。時間の節約にもなるしな」
「今ですか? お売りになるキングボアはどちらに置かれてるんですか? 既に裏の解体場に?」
「どちらにって、普通に持って……いや、やっぱりマリアナと話した後にするよ。待たせても悪いしな」
「えっと、そうですか。ではこちらへ来てください」
これ、ファムルはマジックボックスについても教えられていなさそうだ。
今後、エルの暇つぶしなんかで強い魔物を倒した時なんかに、素材を持ってくる度に驚かれたりしたら面倒だからマリアナに言ってもう少しファムルに説明をして貰おう。前にも思ったが、これはちょっと不便過ぎる。
ちゃんと説明してからの方がキングボアの件に関しても楽に進むだろ。
そんな事を考えながらファムルに案内されたのは、昨日依頼の話を聞いた執務室だった。




