二十三話
「魔物? キングボアか?」
「多分そうじゃ近くに人もおるの。動きと人数からみて冒険者じゃな」
「そうか、冒険者がいたら助けてやってくれって言われてるし行ってみよう。既に戦闘になってそうか?」
「今のところどちらも動いとらんようじゃの、冒険者の方は魔物を見つけて様子見しとるんじゃろ」
とりあえず冒険者のところまで行ってまだ戦闘になっていないなら山を降りるように言って、もし戦闘になっていた場合は様子見してヤバそうなら手助けする程度でいいだろう。
エルの探索に引っかかった魔物と冒険者を目指して進んでいると、少し先の方から戦闘音が聞こえ始めた。
「どうやら戦闘を始めてしまったようじゃの。どうする?」
「ひとまず様子見だ。その冒険者達だけで倒せるなら俺達が出る必要もないしな」
俺達は冒険者に気付かれないよう慎重に音がする方へ近づいて行く。
(やはり猪じゃったの冒険者は前衛が二人、魔術師が一人じゃな。木の陰にもう一人おるがこやつは斥候かの)
(だろうな、普段は探索をやってて戦闘時は援護役ってとこだろ)
(戦闘は安定しておるの。これなら出んでも良さそうじゃ)
エルの言う通り冒険者とキングボアとの戦闘は安定している。前衛の一人がキングボアからの攻撃を請け負い、もう一人が横や後ろに回り込んで確実にダメージを与えている。後衛の魔術師は前衛の回復に徹していて、姿を隠している斥候らしき者はその魔術師とあまり離れないように動いている。安全マージンもしっかり取れているようだ。
(連携がしっかりしておる。Cランク冒険者とかいう者達かの。お、いいのが入ったの、もう終わりそうじゃな)
前衛の剣撃が首筋に入りキングボアの動きが鈍る。そこからは殆ど時間もかからずキングボアの討伐が完了した。
(さて、行くか)
戦闘が終わったのを確認してから俺達は冒険者達の方へと向かう。
「誰だ!」
戦闘を終えて一息ついていた前衛の一人が再び剣を抜き、切っ先を向けて誰何してきた。
俺は敵意がないことを示す為にその場で立ち止まり両手を挙げる。
「待ってくれ、俺達は冒険者だ。ギルドの依頼で来た」
「ギルドの?」
「ああ、依頼書もある。見せるからそちらへ行ってもいいか?」
「その前にプレートを見せろ」
俺は懐に手を突っ込みながらマジックボックスから冒険者プレートとマリアナに貰った依頼書を取り出し、プレートに魔力を流して彼らに見えるよう左手で前へ出す。
「これでいいか? こっちの紙が冒険者ギルドからの依頼書だ」
「読ませてくれ」
両手を見えるように前に出したままゆっくりと近づいて行く。冒険者達の近くまで来たところで依頼書を手渡した。
彼らは依頼書に書かれている内容を確認して剣を収める。
「すまない、今日の山はなんか変なんだ」
「依頼書にも書いてあったと思うけど、俺達はその件でここに来たんだ。山にいる冒険者はすぐにここから出るようにと伝えるよう言われている」
「だが、こいつをこのままってわけにも……」
俺と話していた男性冒険者が動かなくなったキングボアに視線を向ける。キングはスモールやハイよりも肉の質が良く、取引価格もそれなりに上がるのでこのまま置いて行くのは勿体ないってことだろう。
「まぁ、そうだよな。
このデカイのをそのまま持ってくわけじゃないだろ? 持てるだけの肉と素材を取ってから山を出るってのはどうだ? どうせそれだけ持てば荷が増えて山を出る以外にないだろ」
「そうさせて貰うよ。マロイド、周囲の警戒を頼む」
マロイドと呼ばれた斥候らしき男性が頷いて短刀を抜く。
「俺達も周囲の探索はできるから警戒に協力しよう」
「あんた、斥候だったのか? そうは見えないが」
「そういうのが得意なんだよ。それで今回の依頼が来たんだ」
探索魔法が使えるからとは言えないが、探索が得意だというのは嘘でもない。それで依頼が来たって部分は嘘だが。
「なんにしても助かる。すぐに済ませるから少しの間だけ頼む」
そう言って前後の二人と後衛の一人でキングボアの解体を始める。
「じゃあ、終わるまで周りを警戒しとくか」
「そうじゃな」
警戒と言ってもエルの探索魔法の範囲内に大きな魔物の反応は無いので、それっぽく見えるように歩いて回るだけだ。
しばらくそうしているとエルに肩を突かれた。
(魔物の反応が来おった。二体じゃ)
(キングか?)
(わからんが、サイズ的にはそうじゃと思う。二体ともあちらの方角じゃな)
エルが指差したのは山頂方向だ。二体ともってことは番いかなんかだろうか。
(ちょっと行って倒してくる)
(お主が行くのか?)
(お前じゃ倒したやつを持って帰れないだろ? 俺ならマジックボックスに仕舞えばいいだけだしな)
(そうか、仕方あるまい。魔法は使わん方が良いぞ、派手にやると誰かに気付かれかねん)
(わかってる。すぐ戻るから)
魔物の反応があると言っていた方向に進んでいく。先ほどの場所からはそこそこ距離があったが、身体能力が高いこの身体で走ればすぐに着けそうだ。
俺は探索魔法を範囲を狭めて使って魔物の反応を確認しながら最短距離を突き進む。
「あれか」
しばらく走ったところで巨大な猪が二頭のそのそと歩いているのが見えた。
大きさは先程のやつと同じくらいだからキングボアで間違いなさそうだ。
「……いや、番だとしたら片方は雌だろうからクイーンボアとでも呼ぶべきか?」
一応インプットされた知識を確認してみたが、キングボアは雄か雌かに関わらずキングボアと呼ぶらしい。
「種族名がキングボアってことか。ベッドのキングサイズとかクイーンサイズとかみたいな感じか? まぁ、いいや。さっさと倒して戻ろう」
俺は腰に下げていた剣を引き抜き、魔法を唱える。
「派手じゃなきゃ魔法を使っても大丈夫だろ」
——〈攻撃増加〉
これは文字通り攻撃力を上げるための魔法で、攻撃力を上げるためのオーラというか膜というかそういうのが自分の周りに発生する。その副次効果として武器の耐久度を上げることができる。今この魔法を使ったのはこっちの副次効果が目的だ。
一応、物の耐久度を上げる方法として〈物質保護〉という魔法があり、あくまで副次効果でしかない〈攻撃増加〉よりも上がる耐久度も魔力効率もいいのだが、この魔法を使っていた女の子曰く「……二つ同時に発動できる。……お得」だそうで、俺の中でも武器の耐久度上げには〈攻撃増加〉を使うイメージが定着してしまっていた。
魔法を使いながら気配を消して二体の背後へ回る。
キングボア達の背後に付き、様子を見ながら戦闘に向けて軽く呼吸を整える。
「準備完了っと。ちゃっちゃといきますか」
隠れていた木の陰から飛び出し、二頭の内で俺に近い方のキングボアの真横まで一気に詰め片手で剣を振り下ろす。
物音に気付いたもう一体のキングボアが振り向くのと、俺が切り落としたキングボアの首がドサッと音を立てたのはほぼ同時だった。
仲間が殺られたと理解したのかはわからないが、もう一体のキングボアは俺を睨みつけて鼻息を荒くし、俺が次の行動に移るよりも速くこちらに向かって突っ込んできた。
「うわっ」
助走もしていないのに初っ端からトップスピード。一瞬で間合いを詰められる。
「でも威力が足りないな」
俺は剣を持っていない方の手をかざし、向かってくるキングボアを迎え撃つ。助走無しの猛スピードに驚きこそしたが、神様仕込みの身体能力を持っている俺が並の魔物なんかの突進に負けるはずもない。
止める際に足が多少地面を抉ったものの、キングボアの突進を食い止める。時折、後脚が土煙を上げているが少し衝撃が来る程度で、押し負けるようなこともない。
「じゃ、悪いけど食料になってくれ」
キングボアを押さえつけていた手の力を抜いて横へ逸らし、すれ違いざまに首に向けて剣を振り下ろす。
「終わった終わった。剣を使うの久々だから少し心配だったけど問題なかったな」
剣を鞘に収め、倒したキングボアをマジックボックスに収納していると、ガサッと背後から物音が聞こえてくる。
「その猪を倒したのは貴様か?」
振り返るとそこには灰色の肌で青い髪をして頭に角を生やしている男が真っ赤な双眸をこちらに向けて立っていた。
「猪を倒したのは貴様なのかと聞いている」
「あ? ああ、そうだけど」
一頭は既に収納し終わっているから、最初から見ていたんじゃなけりゃ俺が倒したのは一頭だけだと思うだろうが、それにしてもキングボアを一人で倒してしたのを冒険者に知られたら後々面倒な事になりそうだ。
ただ、こいつはどこからどう見ても冒険者じゃないだろうし。
というか……。
「不躾で悪いがお前は魔族か?」
「そうだ。俺はエルキール魔族王国に使える王国魔族団の第五番隊隊長ヴァイリス・ガドルトだ。貴様の名は」
「俺はユウマ、デーヴァンで冒険者をやっている。よろしくな」
「人間なんぞとよろしくやるつもりなど無い。本来ならば名乗る必要もないのだ。なぜ人間ごときに俺の名を教えてやったかわかるか?」
ああ、この展開は前世で聞いたことがある。
「あれか、俺を殺すからってやつか」
「それだけではない。その猪を貴様が一人で倒したというのなら多少は腕の立つ人間だろうからな。正々堂々と立ち会って叩き潰してやろうと思ったのだ。名を答えたのはそのことを教えてやるためだ」
時代劇なんかでよくやっていた「我が名は何々、いざ尋常に勝負!」ってやつか。この世界でもそういうのあるんだな。
「貴様が見る最後の者の名だ、覚えておくといい。では……死ねっ!」
こいつ魔力高いかな? 鑑定魔法使ったらバレるだろうか。などと考えていたらヴァイリスを名乗る魔族が剣を抜いて斬り掛かって来た。俺は身体を横にずらして突っ込んできた魔族共々迫ってきた剣を避ける。
「やはりそこそこやるようだな。ならばこれを避けられるか! 見よ、我が必殺の剣技——」
「待った!」
ヴァイリスが剣を横に構えて、なにやら溜め攻撃みたいな動きをしたところで俺が待ったをかける。
「なんだ、命乞いか? 貴様を生かして返すつもりはない、死にたくなければ全力で掛かって来い。白けさせるな」
「違う、違うんだ。戦うのは別にいいけど状況が悪い」
「状況だと? 足場が悪いとでも言うのか、何処だろうと戦えるようにするのが戦士というものだ」
「そうじゃなくてな、俺が一人で戦ったりすると後で拗ねるやつがいるんだよ。そいつと合流してからじゃダメか?」
「援軍がいなければ戦えないというのか……情けない。貴様の力量を計り違えてたようだ。名乗ったのは間違いだったな」
なんか怒りゲージが上がっていってる感じがする。
「まぁまて、別に二人じゃなきゃ戦えないって訳じゃない。合流した後なら一対一で戦ってもいい。もう一人の方もキングボア程度ならソロで倒せるくらいの強さは持ってるから楽しみが増えると思ってくれないか」
ソロで倒せるどころか本気を出せば一瞬で消し去ることができるだろうが。
ちなみに、俺が一人で戦ったら拗ねるやつってのは勿論エルのことだ。あいつをほっといて俺だけで魔族倒しましたなんてことになったら、後で何されるか分かったもんじゃない。
「逃げる口実にしてももう少しまともな——」
「逃げない逃げない。大丈夫だってそいつと合流したら俺との一騎打ちだろうがもう一人のやつとの一騎打ちだろうが受けてやるから。呼びに行くだけですぐ済むからさ、頼むよ」
「……わかった。山頂付近に開けた場所がある。俺はそこで待っていよう」
俺の言葉を信じてくれたのか、ただ必死に頼む俺に呆れたのかは分からないがどうにか了承して貰えた。
「よし、連れを呼んだらすぐ向かうから先に行って待っててくれ」
「逃げるなよ、もし逃げたら近くの人里を潰す」
そう言ってヴァイリスは山の頂上へと去って行った。ちょっと物騒なことを言い残したが、もしこのキングボアの量産がこいつの仕業なら村を一つ潰すくらい簡単だろう。
俺は残ってたキングボアの死体を収納し、エルが待っている先程の冒険者達の所へと戻って行く。
「にしても、魔族ってあんなんもいるのか。エルは普通の人間にしか見えないんだけど」
肌の色にしても頭の角にしても、人間とは全然違う見た目をしていた。目の色はエルに似てたから魔族はみんな赤い目をしてるのかも知れない。
「そういや、その辺の話って聞いたこと無いな。500年前は魔族との交流もなかったからかインプットされた知識にも魔族についてはあまり入ってないんだよな」
目の色が統一されてるならそのくらいの知識はありそうなもんだが……となると目については偶然なのか?
「エルの親戚だったりして」
マリアナとセラスの件もあったし、あり得ないこともないだろう。エルの性格からして子孫ってことはなさそうだけど……。
いや、もしかしてあるのか?
よく考えたら結婚の適齢が15前後のこの世界なら自称20歳のエルに子供がいたとしてもおかしくない。
封印される前に子供を作ってたとすれば、あの魔族がエルの孫なんてことも……。
そんな事を考えながら、俺は先程の冒険者達の所まで戻って来た。




