十九話
「いらっしゃい」
心配半分で扉を潜った俺達を元気のいい女性の声が迎える。
「すみません、宿を取りたいのですが空いてますか?」
「空いてるよ。ちょっと待ってな。あんた、ちょっと宿泊のお客様が来たから外空けるよ」
恰幅のいい女性が厨房に向かって声を掛けている。
彼女がこの宿の女将さんだろうか。ファムルの親戚がやってると言っていたが、あまり似てないな……いや、痩せたらそこそこ似るかも知れない。
「わるいね、主人と二人でやってる小さい店だから。で、宿の方だったね。宿泊は一人部屋が一部屋銀貨2枚で、二人部屋なら銀貨2枚と銅貨5枚。夕食と朝食の二食付きなら一人あたり銀貨1枚追加だよ」
ファムルが言っていた通りかなり安いように思う。宿で一泊するのに前世の金額で2000円、二食つけても3000円だ。場所にもよるが、前世だったら倍以上かかるだろう。
「朝食無しだといくらだ? あと、この宿はファムルに紹介して貰って、それを伝えたらサービスしてくれるってことだったが」
「あの子の紹介かい。ギルドに入ったんだったね。それなら夕食をちょっと豪華にしてやるよ。あの子はうまくやれてたかい?」
「ああ、初仕事だってんで張り切ってたぞ」
「そうかい。それは良かった。
あ、朝食無しだったね、それなら一人につき銅貨を3枚値引きしてるよ」
「じゃあ二人部屋を食事付きで頼む」
「へぇ……。わかった、準備しておくよ」
朝食のことを聞いたのは味が微妙だったら他で食べようと思ったからで、値引きがそんなじゃなかったからそのままにしただけだ。最悪、朝を他で食べてもたいして気になる値段では無いし、もし気に入ったら朝も格安で食べられる訳だしな。
女将さんがヘラヘラ笑いながら受け付けしてくれる。受け付けと言っても台帳なんかがある訳ではなく、鍵を一つと二枚の木札を渡されただけだ。
「鍵は部屋の鍵だよ。それと、その札は朝食の時に持って来ておくれ」
個別に管理できないから、朝食は札と交換する形式にしてるんだろう。
「部屋は準備があるから先に夕食を済ませておくれ。
あんた、飯付きだよ! ロミアのとこの子の紹介だってさ!」
「そうか! あの子、仕事今日からだったろ。早速紹介してくれたのか。嬉しいじゃねぇか。ちゃんと色付けてやるからな!」
ロミアというのはファムルの親かなんかだろう。
厨房から旦那さんらしき返事があった後に女将さんが席に案内してくれた。
「じゃあ、ちょっと待ってておくれ。すぐ持ってくるからね」
そう言って厨房に入っていく女将さん。
料理に関してはかなり期待している。ファムルが褒めてたのもあるが、それよりもさっきから他の客が食べている料理からかなりいい匂いが漂って来ているのだ。
「これは本当に期待できそうだな」
「そうじゃの、波風亭も良い意味で予想を裏切ってくれたしの。ここもただの身内贔屓ではないかも知れん」
その後、エルとたわいのない話をしながら女将さんが厨房から出たり入ったり忙しそうにしているのを眺めていると、しばらくして俺達の料理が出てきた。
結果から言ってここの料理もかなり美味しかった。出てきたのは肉料理で、色を付けてくれたからか結構な量だった。
波風亭がシンプルだったり香草で工夫していたりと丁寧な料理だったのに対して、熊の洞穴亭の料理は豪快。調理法は焼くか煮るかしか無く、味付けも塩と少々の胡椒だけ。ややもすれば雑な味になりそうな物だが、絶妙に素材の味を引き出している。
ちょっと濃い目の味付けが一緒に出てきたエールとの相性抜群で、追加料金で結構な量のエールを注文してしまった。
「美味かったな」
「満足したのじゃ」
結局、二人で銀貨4枚程のエールを飲み満足気に食堂を出た。
エールのアルコール度数があまり高く無いとはいえ、二人ともいくら飲んでも全く酔っ払っていない。俺の身体は頑丈に作ってあるらしいし、エルも封印される前から酒で酔ったことがないと言っていたから、元々そういった耐性が強いんだろう。
女将さんの案内で二階に上がって部屋へと向かう。
「ここは作りが悪いわけじゃ無いけど、壁はそんなに厚くないからね」
と、女将さんから変な忠告を受けながら入ってみると、そこそこ広い部屋に机と椅子が一つ、ベッドが二つ置いてある変哲もない普通の部屋だった。
ただ一つを除いて……。
「おいこれ」
「じゃのー。気を利かせてくれたんじゃろうが」
ただ一点、二つのベッドがくっ付けてあるのだ。
「つがいとでも思われたんじゃろ」
諦めていた夢のハーレム一人目は魔王か。
いや、ないなぁ。
「まぁ、別にいいけどさ」
「妾は魔力体を解除するだけじゃしの。
……言われてみれば既に身体が交わっとるようなものじゃしの。ほれ、寝るとしようかの」
エルがベッドに寝転んで隣をポフポフと叩く。
「お前な……」
「冗談じゃ、冗談」
そう言ってケラケラと笑いながら、エルは魔力体を解いて封印されている俺の身体へと戻っていく。
『ま、広いベッドを使えると思えば悪くもないじゃろ』
「まぁな。さっさと寝ちまおう」
俺は、ため息をつきながら布団に潜って眠りにつく。
ちなみに、ベッドを二つくっ付けても間に微妙な窪みができてしまっているので、結局片方のベッドだけで寝ることになった。
翌朝、俺は目覚めの鐘の音で目を覚ます。昨日の夜に鎮めの鐘が鳴っていた時に思ったが、500年経ってもこの鐘は変わらずに時を知らせているらしい。こんな所で昔の名残を見つけてしまった。ちなみに、第三小鐘も変わっていない。
一階に下りて裏庭の井戸で桶に水を張って顔を濯ぎ、冷たい水で気が引き締まるのを感じながら、部屋に戻って多少荷を整えたりしてから魔力体を出したエルと一緒に一階の食堂へと向かう。
適当な席について女将さんに木札を渡し、昨夜の飯をパンで挟んだサンドイッチのような物を食べてから宿を出た。余り物感はあるが普通に美味しいし、朝はこの程度で丁度いい。
「さて、今日はどうするか」
「新しい宿を探す必要はなさそうじゃからの、金策でも探したらどうじゃ?」
先程、宿を出る時に今日も泊まると女将さんに伝えて料金も支払ってきていた。この宿は完全に当たりだったので他を探す必要は無いと思ったのだ。
「そうだな、でもせっかくだからちょっと歩いてみないか? 街の中もそうだけど、外も少し見回ってみたいしな」
昨日は買い食いもできなかったし、街の外で何か変わったりしていないかが気になる。そもそも、封印される前も戦闘訓練やらなんやらでしか街を出たことが無かったので、外を散歩してみたい。この世界に来てから感覚としてはまだ一ヶ月くらいしか経ってないのだ。多少薄くはなったものの、まだ異世界への期待感は無くなっていない。
「そうじゃの、まだ金銭的な余裕はあるようじゃし、それも良いかも知れんの」
今日の目的とも言えない目的が決まり、朝食を食べたばかりなのだから食べ歩きは昼でいいだろうということになって俺達は外へ出る為に門へと向かう。
「プレートを出してくれ」
俺達が来たのは昨日入ってきた東門だ。500年前と同じならばこの街には東西南北に一箇所ずつ出入り口がある。東門に来たのは近かったのもあるし、なんとなく入った所から出るのがしっくりきたってだけで、これと言った理由はない。
しばらく列に並んでいて俺達の番になり、門番の人に出稼ぎかと聞かれたので冒険者だと答えたら先程のようにプレートの提示を求められた。
「すまん、昨日登録したばかりで慣れてないんだ。これでいいか?」
俺は懐から出す振りをしてマジックボックスから昨日作ったプレートを取り出す。
「新人か、プレートを提示する時は魔力を流して本人である証明をしてから渡すんだ。できるか?」
言われた通りに魔力を流し、プレートが青く光っているのを門番に確認させてから手渡す。
「ん? なんだ、クエストを受けてないのか?」
プレートを確認していた門番が不思議そうに訪ねてくる。新人がクエストも受けずに外に出るのが珍しいんだろう。
というか、そんな事もわかるのかこのプレート。俺が管理してる情報多過ぎないか?
「ああ、ちょっと外を見てみたくて出るだけだ」
「基本的に、冒険者の場合はクエストを受けてないと出入りに通行料がかかる。どうせならクエストを受けてからの方がいいぞ」
初耳だ。まぁ、最初から通行料を払って出入りするつもりだったんだが、よく考えてみれば毎日のように出入りする冒険者が毎回通行料を払っていたら商売上がったりだろう。
「どうする? 別に払ってもいいが」
「金策の件もあるしのー、ギルドにでも行ってクエストを見てきても良いのではないか? 急ぐわけでもあるまい」
「そうだな。
すまん、クエストを見てくるよ。教えてくれてありがとうな」
「ああ、慣れてないと実入りはたいしてよくないが、薬草取りなんかの簡単なものもあるから外を見たいだけならそういうのを受けるといい」
再び感謝を述べて俺達は冒険者ギルドへと向かった。
「ユウマさん、エルさん、おはようございます」
ギルドに着き、何か適当なクエストでも無いかと掲示板を見ていたら声を掛けられ、振り返るとファムルが立っていた。
「ああ、おはようファムル。教えてくれた宿、良かったよ」
「飯も美味かったしの」
「それは良かったです! 今日はクエストをお探しですか?」
「ちょっと外を見て歩こうかと思ったら、門番にクエストを受けた方がいいと勧められてな。適当なクエストがないが探してたんだ」
「そうでしたか、では私が何か見繕いましょうか?」
「いいのか? じゃあ頼む」
ギルドの受付って暇なのか? いや、時間的なものか。割りのいい仕事は早い者勝ちだろうから朝がピークなんだろう。
「具体的にはどういったクエストをご所望ですか? ランクを上げるなら魔物の討伐系がおすすめですが」
「いや、本当にただ外に出たいだけだから簡単ならなんでもいい。門番には薬草取りを勧められたんだが」
「薬草取りですか。あれは確かに簡単ですし常時クエストですが、知識がないと指定された薬草を取ってこれずに違約金を払う羽目になりかねないですよ」
「違約金なんてあるのか」
「はい。そうでないと適当に受ける冒険者が出てきたりしますから」
どうやら、他の街に出たりする際に通行料を払いたくないからと、適当にクエストを受けてそのまま戻って来ないなんてことがあるんだそうだ。それを防止するためにクエストを達成できなかった際に違約金が発生し、違約金を払わないと記録として残って、酷い時はギルドでクエストを受けられなくなるらしい。
先ほど言っていた常時クエストというのは基本的に常時掲載されているクエストで、通常の依頼は誰かが受けると他の者は同じ依頼を受けられないが、常時クエストにはそういった人数規制がない。ゴブリンの討伐や薬草の採取のような必要性や依頼が多いクエストをギルドが依頼者になって常に出しているんだそうだ。
しかし、常時クエスト以外のクエストは依頼者がおり、依頼を失敗したら依頼者が損失を出してしまう。ギルドだって依頼者との信用で成り立っているのだから、適当に受けて放置されるわけにもいかないため、殆どの依頼には期限があり、期限内に達成されなかった場合は違約金が発生する。
依頼者がいない常時クエストにも罰則があるのは、クエストはそういうシステムだとしているからで、初心者にもシステムに慣れて貰おうということらしい。
そういった理由のため、状況によって減額されることはあるものの、基本的には通行料よりも高い違約金が取られるんだそうだ。
「常時クエストに関しては、クエストを受けていなくても証明部位や素材を持ってきて貰えれば報酬が出ます。ただ、通行料を免除するには予めクエストを受ける必要があるので、違約金についても考える必要があるんです」
「なるほどな。ちなみに、薬草が生えていそうな所って教えて貰えるか?」
「それでしたら東のタルヴ大森林に生えてますよ。見本をお持ちしますか?」
「頼む」
ちょっと待っててくださいといってファムルは受付の奥に入って行ってしまった。
「色々と面倒じゃの」
「普通に通行料を払っときゃ良かったな」
「まぁ、これも勉強じゃと思えば良いか」
「そうだな」
受付の奥に入って行ったファムルはそう時間を掛けずに両手に何かを持ちながら戻ってきた。右手に持っているのは多分薬草だろう。左手に抱えているのは本か?
「お待たせしました、これが常時クエストにある薬草です。クエストを受けた場合は最低でも5本の葉が付いた薬草を採取しないと達成と認められません。そしてこっちは薬草について書かれた植物辞典です。似ている物がいくつかあるので間違えないように気を付けてください」
ファムルが持ってきた薬草を鑑定してみたところ、薬草の正式名称はキア草で、10センチ以上の大きさの葉が回復薬の素材になるらしく、採取する際に根っこごと採らないと効果が落ちてしまうとなっていた。本の内容も軽く読んでみたが、情報はほとんど変わらない。似ている植物がいくつか記載されているくらいだ。ただ、その似ている物の中に毒草も含まれており、慣れていない者が回復薬を作る際には注意が必要と書かれている。
「わかった、これを採って来たらいいんだな。探せばすぐに見つかるか?」
「はい、結構色々な場所に生えていますので。ただ、その本に載っている似た植物も同様に良く見る物ですので注意してください」
俺は情報についてのお礼を言って、そのクエストを受けると告げ、ファムルに冒険者プレートを渡してクエストの受注を登録して貰う。
「じゃ、ありがとな」
再びファムルに礼を言ってから俺達はギルドの出入り口に向かった。




