一話
何もない。
ただただまっ白な空間。
そこに私はポツンと立っていた。
「ここはどこだ? 天国? そんなに悪いことした覚えはないし、地獄ってことはないと思いたいけども」
辺りを見渡しても何も見えず、天国にしては殺風景だし、地獄にしては鬼や血の池があるわけでもない。
「死後の話はよく耳にしたけど、死んだ後は何も無いというのが正解だったって事か。テレビでは暗闇って言ってたけどここはどっちかというと光が溢れてるっていうイメージだなぁ」
『そうでもないよ。場所によっては真っ暗闇って所もある』
「これは、死ぬ前に聞いた声だ! 先生?」
『残念ながら違うよ……』
「よっと!」
目の前に青白い光が現れる。
「こんにちは。僕の名前はチャーセ」
「これはどうも、八潮雄馬と言います」
「ユウマ!ユウマさんよろしく!」
「よろしくお願いします」
長年の癖で、自己紹介や挨拶をされると反射的に答えてしまう。
若い声だ。先生と同じくらいだろうか。
死に際に聞き間違えてしまったらしい。
という事は、先生にありがとうと伝える事はできなかったのか。最後の最後に伝えられたと思っていたのだけれど。残念だ。
まぁ、先生は若いのだから、すぐに乗り越えて立派なお医者さまになるだろう。あの優しさを失わずにいて欲しい。
それより!
これは先生が話していた異世界転生というやつではないだろうか!
目の前にいるこの光は神様で、特別か力を与えてくれて異世界に転生させて貰えるという。
私が読んだ小説の主人公は転生ではなく召喚で、特別な力ではなく身体能力が大幅に上がっていた。
「すみません、貴方は神様でしょうか」
「あー……ごめんねー、僕は神様じゃないんだ」
違うのか……。
残念だ。
「そうでしたか。それでは、ここはどこでしょうか。天国への通り道的な場所ですか? 地獄への道という事は無いですよね? そこまで悪い事をしてはいないと思うのですが……」
「違うよ。ここはね、概念だけで構成されている空間で、まぁ敢えて言うなら精神世界って感じかな。肉体はなく、精神だけで存在してる感じ」
「なる……ほ……ど?」
「あ、いや、わからなくてもいいよ。この場所についてはそこまで重要じゃ無いんだ。さっきユウマが言った通り道と言うのがほぼ正解。ただし、行き先が違うんだ」
え? これ、やっぱり異世界転生!?
「行き先って異世界ですか!?」
「そう! 異世界! ユウマのいた世界で言うところのね」
「でも、神様じゃないと……」
「そうそう、僕は神様ではないんだ。僕は精霊! 探し物の精霊だよ!」
「随分と限定的な……あ、いや、申し訳ない」
「いーよいーよ、気にしないで! 厳密に言うとね、僕は風の精霊なんだ。その中でも噂話や探し物が好きな精霊なんだ」
精霊は物や概念に宿るといった感じだろうか。
少し違うが、日本の付喪神のような捉え方で良さそうだ。
「僕はね、召喚対象を探していたんだ」
「召喚!?」
「そう! 僕たちの世界に召喚する人を探すのが今回のお仕事!」
異世界召喚だ!
死ぬ直前まで考えていたことが現実に起ころうとは。
つまり、あの小説のように異世界に呼び出されて、強い敵を倒し、世界を救う大冒険が……
あれ? 召喚?
「あ、あの……転生ではなく召喚なのですか?」
「そうそう、召喚。魔法陣でね、ゲートを開いて、異世界から人をね……」
「すみません、その、私死んでしまってるんですが……」
生前最後の記憶はこの精霊との会話だ。
「あー、そうなんだよ。実は条件に合った人を見つけたらもう死にかけでさ。ちょっと困っちゃったから一旦ここに連れてきたんだ」
普通はここに来ずに直接召喚されるのか。
「なので、今回はちょっと特別大作戦です! 題して、異世界転生アンド召喚!」
「つまり、一度転生してから召喚されようということですか?」
「そう! いや、転生というのとはちょっと違うかもしれないけど。新しく身体をこちらで用意して、その身体にユウマの精神を入れる。その後に召喚先へ送り届ければ今回のお仕事は完了!」
流石に死にかけで召喚されても何もできない。せっかくの異世界召喚なのだから万全な身体で行きたいものだ。
あちら側の都合もあるとはいえ、この処置はとてもありがたい。
「なんか、ごちゃごちゃしちゃってるけど、せっかく新しく身体を作るんだから、普通より強くしておいたし、頑丈で長持ちしそうな身体にしておいたから許してください!」
「いえ、問題ありません。ありがとうございます」
まさに至れり尽くせり。
たぶん、こういう事もあってわざわざ死に際に意思確認をしたのだろう。
私はあの時「はい」と答えたのだ。ここまでして貰って文句などある筈も無い。
「よかった! 一応、希望があれば聞くけどどうする? なんかある? 身体のこと以外でも出来る限りはするよ」
希望か、これが先生が話していたチートというやつだろうか。
「それは、強力な能力を付けてください。というものでもよいのでしょうか」
「うーん、僕はそこまでの事は出来ないからねー。能力を付けるとなると神様にお願いする感じになるかなー。だから、そんなにいっぱいは付けられないし、あまりに強力なものは多分難しいと思う。神様は世界の均衡を保つのがお仕事だからねー」
神はいるのか。
しかし、お願いか……。
そうなると無難なものを頼んだ方がいいのだろうか。いや、神様に直接言うわけでもないのだから聞くだけでも聞いておいて損はないだろう。
ただ、その前に色々確認しておかなければいけない。
「チャーセ様……」
「様は付けなくていいよ!」
「それでは、チャーセさん。いくつかお聞きしておきたいのですが、よろしいでしょうか」
「いいよー」
「まず、その新しい身体というのは何歳くらいなのでしょうか」
流石に赤子や老人という事はないだろう。わざわざ新しく作るのだし、転生ではなく召喚なのだから。
「だいたい18〜20歳くらいかな。人によってはもう少し若く見えるかも」
「なるほど、そちらの世界での成人年齢はいくつなのですか?」
「15歳」
つまり、立場的には日本で言うところの23〜25歳くらいということか。
それなら特に問題はなさそうだ。
若過ぎてはちょっと困る。
せっかくの健康体だ、お酒は飲みたい。
「魔法陣を使って召喚なんかするわけですから、魔法がある世界なんですよね?」
「あるよ! というか、ユウマが選ばれたのは魔力容量が大きいからなんだ! それが召喚の第一条件だったから」
魔力容量……。地球では全く意味の無い才能だ。
にしても、第一条件?
「第一という事は他にも条件があったのですか?」
「条件はもう一つ並外れた体力というのがあったんだけど、これは新しい身体を作っちゃうからね。クリアできる」
なるほど。
それほど特別な条件ではなさそうだけど……
「その二つの条件でとなると、召喚の目的は魔王を倒せとかそういうものですかね?」
「詳しくはわからないけどね、いまこっちの世界では強い魔王が人間達と戦ってるからねー。多分そんなとこじゃないかな」
そういう事なんだろう。
やはりあの小説は王道なのだ。
「魔法についてですが、マジックボックス的なものはありますか?」
これは先生と「異世界転生で欲しい能力」という話をしていた時に出たものだ。こういった話の定番で、あるかないかで大きく差が出てくると熱弁していた。
「あるよ。というか、それはもう新しい身体に付けちゃった」
大盤振る舞いである。
「知識的なものはどうなりますか? 言葉や常識などは無いと困ってしまうのですが」
「それも問題ないよ。ユウマの精神にインプットしておいたから。今こうして話せているのはそれがあるからだね。こちらの世界にしかない魔法とか魔物の知識も入ってるから、生活する上での不便はないと思う。召喚されたら試してみるといいよ! ここではあまり実感ないと思うけど、魔法なんかは使いたい魔法がどうやって使うのかが浮かんできて簡単に使えるんじゃないかな」
インプットなんて言葉が出てくるあたり自動変換機能みたいなものだろうか。
しかし、こうなると生活面で欲しい能力は特になさそうだ。
というか、身体強化もされていて、魔法についても問題なく使えるようになっているとなると……。
生活面どころか戦闘面でも欲しい能力が無いような気がしてきた。
どうしたらいいんだろうか。
せっかく特別な力を貰えるのだから何か貰っておきたい。異世界では何が起こるかわからないのだから。
まぁ、何が起こるかわからないからこそ何を貰えばいいのか思いつかないんだが。
「なにかして欲しいことはありそう?」
「では、強靭な精神力をください」
「そんなんでいいの!? オッケー! それなら僕でもできるよ。やっとくやっとく! 能力は付けなくていい?」
「そうですねー。正直、すでに色々やって頂いているみたいなので思いつかないんですよ」
「わかった、じゃあ神様に連絡できるようにしておくよ! 向こうに行ってから思い付くこともあるだろうしね!」
「それは……ありがとうございます」
凄いサービスが付いてきた。
探し物の精霊なんて言っていたが、そもそも他の世界にも干渉できるくらいだし、チャーセはかなり上位の精霊なのだろうか。
「じゃあ行こう!」
「よろしくお願いします」
「ようこそ! 異世界へ!」
チャーセの掛け声と共に視界が徐々に暗転していく。
『そういえば、身体が若くなったから、精神を身体の年齢にあわせておくけど、多分害はないから気にしないでー』
えー……。