十二話
広場を離れ、少し歩いていると出店がちらほらと見え始めた。
「スープに果物に串焼き……こういう所は変わらないな。お、サンドイッチみたいなのが売ってるぞ。あれは前は無かった」
「見たところどれも銅貨数枚ってところじゃの」
「物価もさほど変わっていないみたいだな。にしても、硬貨は完全に別物だな」
500年前の硬貨とは刻まれているマークが別物だ。どの硬貨も変化しているので、昔の硬貨は使えそうにない。
「飯を食う所はちぃと考えた方が良さそうじゃの」
「なんで?」
「ほれ、お主は金貨しか持っとらんじゃろ。嫌がられるんじゃないかの?」
「あー、確かにそれはありそうだな」
日本でも数百円の買い物に万札を出すのには気を使ったものだ。
しかし、そうなると出店での買い食いは出来ないな。
「じゃあ、どこかの店に入ってみるか。買い食いはまた今度だな」
しばらく歩いていると見覚えのある建物が現れた。
「おー、魔法局だ。色々と変わってる所はあるけど懐かしいなー」
「妾達からすれば数日しか経ってないんじゃがの。にしても、これが諸悪の根源か」
エルはケラケラと笑いながら魔法局を眺めている。
諸悪の根源というのはどうかと思うが、俺たちの封印に魔法局が関わってたのは確かだからな。むしろ、諸悪の根源って言ったら国なんじゃないか?
とにかく、所々修復されていたり建て替えられていたりはするものの、全体の形が変わらず同じ場所に建っている。大きく変わっているのは学校みたいな建物が併設されている所だろうか。それと、昔よりも活気があるというか、先程から引っ切り無しに人が出入りしている。
体感的には数日振り、建物の外観的には500年振りの魔法局を懐かしみながら見回していると、入口の看板に違和感を感じる。
「あの看板、魔術局って書いてないか?」
「そうじゃの」
「パールも魔術師って名乗ってたし、魔法使いとは違うのか? 呼び方が変わったんかな」
「魔法と魔術を分けるのは妾達魔族の考え方じゃ。ほれ、パールが戦闘の時にブツブツ言いながら魔法を使っとったじゃろ。あれは魔族の間では魔法じゃなく魔術と分類されるやつでの、魔力値は高いのに魔法適性が無い者が魔法を使う為のものじゃの」
魔法適性がない者が使う魔法?
「魔法って魔力値があれば使えるもんじゃないのか?」
「元々魔法が使えるお主にはちと分かりづらいかも知れんの。そうじゃのー、お主に分かりやすく説明するなら——」
エルの説明を簡潔にすると、あのブツブツ呟いてたのは魔法を発動させるための魔法言語による呪文で、俺の身体が造られた時に神様が付けてくれた「魔法知識」を代用する為のものということだった。
魔法言語というのは言葉に魔力を込めたもので、魔術ではそれを用いて発動する魔法の内容解説をしているらしい。
魔法も初心者の場合は呪文を使うが、魔法を使う際の呪文は魔法言語ではないし、そもそも呪文を使うのは殆ど初心者だけで、魔法を使う為に必ずしも呪文が必要なわけではない。
封印前、魔法の勉強の時に「呪文が必須」みたいな話をされたから俺もそれに合わせていたら「中級者になった辺りからは無詠唱で魔法を使う」と聞いて、俺も呪文の有無を気にせずに使えるようになった。
しかし、魔術の場合はそうもいかない。
魔術の呪文を簡単に説明すると「この魔法は“こんな効果”で“こういう経緯”で“この者の力”で発動する」となるんだそうだ。
魔法との大きな違いは魔法言語を用いるところと、呪文に「この者の力で」という内容が追加されているところにある。
自分の力で魔法を使えない者が他から力を借りることで“正しい経緯”で“正しい効果”を発揮する魔法を使用できるという仕組みらしい。
つまり、自分以外から魔法知識を借りて魔法を構築して貰っているのだ。そのため初心者、上級者に関わらず呪文が必須になってしまうんだそうだ。
「じゃから、力を借りる対象がどれだけの知識を持っているかで発動する魔法の精度が変わるんじゃ。まぁ、他に力を借りているから威力が大幅に減ってしまうし、効果と経緯の説明が必要じゃから多様性も殆ど無い。いくら魔力を込めても呪文以上の効果が出ないんじゃ」
「魔法だって魔力を込めても威力が変わる程度だろ」
「いや、妾の黒炎も玉になったり槍になったりするじゃろ。もしあれを魔術で再現しようとすると、玉なら玉、槍なら槍のそれぞれ別の呪文が必要になる。魔法の場合はそれらを全部自らで処理しておるが、魔術の場合はそれらを魔力構築して貰う相手に説明せねばならんから自分で変えるのとは訳が違ってくる。もし力を借りる相手に伝わらなかったり、そもそもその魔法が相手の知識に無かったりした場合は魔法が発動せん」
なるほど。
俺が使っていた魔法の範囲変更もそれに当たるのか?
「そこは魔法言語がどれだけ上手く使えてるかによって変わる。魔法言語に上手く意味を込められんと『妾の周囲何メートル』と詳細に説明しなければ正確な範囲での発動はせんが、魔法言語にしっかり意味を込めれば『妾の周囲に』とするだけで良い」
力を借りる相手に言葉に込めた意味をどれだけ伝えられるかで呪文の内容が変わると。
「総合すると魔法の劣化版って事か?」
「そうとも言えん。魔法の構築を他に任せているわけじゃから、使う魔力は魔法を発動するためのものと、魔法言語にこめるものだけで済む。じゃから、魔力の無駄遣いが減って魔力消費を抑えられるという利点がある。まぁ、無駄遣いしても問題ないお主のような者や、魔力調整がしっかりできている者にとっては劣化版という事になってしまうがの」
劣化版というより簡易版ってところか。
それにしても……。
「魔法局が魔術局に変わってるってことは今は魔術が基本ってことか」
「おそらくそうなんじゃろうな。魔法は適性があったとしても基本知識やら魔力構築やらを学ばんとろくに使えんからの、ただ魔法言語だけを学べばいい魔術を使っておるんじゃろ。敵だったとはいえ嘆かわしいものじゃの」
威力や発動までの時間で劣ってでも、使える者が多くなる方を選んだのか。
それだけ平和になったのかもしれないが。
「魔族の方も魔法は廃れてるかも知れんのー」
エルがそんなことを言ってため息をつき、まーまーと俺が宥めながらその場を離れようと魔術局を背にした時、不意に呼び止める声が聞こえた。
「先程から面白そうな話をしてますね」
「なんじゃお主」
「いえ、すみません。私は魔術局の局長をしているロールランドという者です。お二人が魔術に関してお話をしているのがチラッと聞こえて興味をそそられまして」
振り返ると、灰色に近い銀色の長髪で歳は30前後、身長180センチ程のスラっとした男性が立っていた。
魔術局の局長って事は、ジェレールの後継者……って500年も経ってるんだからその表現は変か。まぁ、何代目かの後釜ってとこかな。
ジェレールも魔法局の局長をしながら研究したり、多くはないが実際に戦いに出たりする事があるって言ってたから、このロールランドとかいう魔術局の局長も魔術の研究なんかをしてるんだろう。眼鏡をかけて白衣に似た服で体を包んでいる姿はまさに研究者って感じだ。服が所々汚れているのも、実験してます感が出ている。
ジェレールに封印されたというのもあってこの手の人間に良い印象がない。どこからどこまで聞いてたのか分からないけど、俺らが勇者と魔王だってバレても面倒な事にしかならなそうだし。
「これはどうも。俺はユウマで、こっちはエルだ。申し訳ないけど、俺らはこれから飯でも食べに行こうと思ってるんでね。魔術のお話なら他の人とやって貰えないか?」
「それはちょうど良かった! 私もこれからお昼に行く所なんですよ。ぜひ一緒に行きませんか? 良いお店も知ってますし!」
かなりグイグイ来るな。断ってるのに昼飯に誘うって……言葉が通じてないんじゃないか?
(この手の輩はしつこいぞ。ここは適当に話をしてさっさと別れた方が良かろう。隙を見て飯代を奢らせてやってはどうかの)
(店に置いて逃げ出すのか? ちょっとみみっちいくないか?)
(あっちが話を聞きたいって言うんじゃ。その程度なら当然の対価じゃろ)
仮にも魔王が言う言葉かねそれは。
だがまぁ、確かにそのくらいの対価は欲しいところだ。
「ロールランドさんだったか。昼飯代を奢ってくれるなら行こう。もちろん、そのお店の料理が美味しいのは大前提だけど」
どうせなら正当に奢らせてしまえばいい。断られたとしてもこちらは問題ないわけだし。
「いいですよ! 波風亭というお店なんですが、安くて美味しいんで私の行きつけなんですよ」
俺の提案を了承し、ロールランドは行きましょうとばかりに歩き出す。
思ってたよりすんなり受け入れられた事に多少驚きながら俺達も後に続く。
「相手に奢らせるなんてのは、了承なんぞ得ずにやるからいいんじゃろうが。情緒の無い男じゃの」
「後々面倒な事になるのは嫌だからな」
ブツブツと文句を言うエルと並びロールランドに付いて行くと、魚の形の看板を掲げた店が見えて来た。看板に波風亭と書かれているから、ここが目的地で間違いない。
デーヴァン領は内陸の街なのに、名前といい看板といいどうにも魚介系のお店っぽいんだが、内陸で魚介系って本当に美味しいのか? 日本にいた頃ならそう疑いも持たなかったけど、この世界だと物流があまり発展していないから鮮度が重要な魚なんて仕入れもままならないだろうに。
「ここは見ての通り魚をメインに出しているお店でして、この街ではかなり珍しいんですよ」
「内陸で魚って本当に大丈夫なのか?」
「味は保証します! ささ、行きましょう」
店内はカウンター席が5席、4人席のテーブルが4組でどちらも合わせると計21席。壁に並んで描かれた魚のマーク、テーブルに掛けられている海の色のようなブルーのクロス、所々に飾られている植木鉢などが小洒落た喫茶店のような雰囲気を作り出している。
の、だが……客は一人も座っていない。
既に昼時を多少過ぎているとはいえ、まだ客がいてもおかしくない筈だが……。
「これは……大丈夫かの?」
「この時間で閑古鳥が鳴いてるんじゃ味には期待できんかもな。帰るか」
せっかく封印から出てきて初の食事をしようってのに、人に連れて来られた店で不味い飯を食べる気にはならない。まだ自分達で選んでハズレを引く方が気持ち的にマシだ。
「ま、待ってください! 今日は特別なんですよ。普段なら少し並んで待たされるくらいですから。騙されたと思って是非食べてみてください!」
帰ろうとしていた俺達をロールランドが引き止める。必死な感じが余計に怪しいんだが本当に大丈夫だろうか。
「いらっしゃいませ」
服を掴まれてどうしてもと懇願する様な顔で頼まれてしまい、渋々ここで食事をする事にして俺達が店内に視線を戻すと同時に店の奥から女性の店員が出てくる。
「サラさん! テーブル席を使ってもいいですか?」
「ロールランドさん、いつもありがとうございます。お好きな席へどうぞ」
店員が出てきた途端に、掛けているメガネが桃色に変わったと幻視する程にロールランドの雰囲気が変わる。
これは……店員が目当てか。
「ダメじゃな」
「ああ、これはダメだ」
店員に入れ込んでるんじゃ味も色眼鏡を通して評価してる可能性が高い。俺達の心配が諦めに変わった。
ロールランドが座った席の向かいに腰を下ろし、俺達は二人ともオススメのメニューを注文し、今日の夕飯はどうしようかなどと考えながら料理が来るのを待っていると、ロールランドが苦笑しながら口を開く。
「そんな顔をしないでください。料理も本当に美味しいですから」
料理もってことはやはり店員さん目当てというのも半分くらいあるんだろう。
「それはともかく、お二人は魔術に関してお詳しいようでしたが、魔術学校を出られたのですか?」
魔術学校? 初めて聞く単語だ。魔術を学ぶための教育機関があるのか。
「いや、魔術に詳しいのはエルの方だ。さっきは魔術と魔法の違いを教えて貰っていた」
「なるほど、最近では魔法を使える者が減ってしまいましたからね」
「魔術学校っていうのは魔術を学べる教育機関って事でいいのか?」
「はい。魔術を学び、研究する場所です。魔術局に併設されいる建物が魔術学校ですが、見るのは初めてでしたか?」
「俺達はしばらく俗世から離れて暮らしていたし、デーヴァンに来るのも久々なんだ。だからどうにもそういった事に疎くて」
「そうですか。確か、第一魔術学校が今年で創立100年目だったでしょうか。500年前、魔王の討伐をもって戦争が終結し、魔族と和平交渉をして国交を開いたのはご存知かと思いますが」
ご存知ではありませんでした。俺達が封印されてから割とすぐに戦争は終わってたのか。
「国交により魔族の技術が取り入れられ人間が魔術を学ぶようになり、学問ができ、学校が建てられました」
だいぶ端折られてるけど、敵対していた魔族から技術を得るのには色々あったんだろうな。人間側にも魔族側にも。
現にエルがちょっと微妙な顔をしている。
「そもそも、魔術を学ぶ事が魔族と人間の友好を表していると考えている者もおりますし、再び戦争が起こらないようにと考えて研究している者も——」
ロールランドの歴史講座はその後もしばらく続き、注文していた食事が来ても終わる事は無かった。




