十一話
「あの馬車、宝石商っぽくないか?」
『確かに、あんなんじゃたいして物も積めん。宝石やらアクセサリーやらの余りかさばらん物を扱ってそうじゃな』
「よし、いってみるか」
宝石商っぽい馬車に近づき、御者をしている青年に声をかけてみる。
「あのー」
「なんでしょう」
「あなたはこの馬車の商人の方ですか?」
「そうですよ」
否定されるだろうと思いながら聞いたのだが、意外にも御者の青年が本当に商人だった。
もしかしたら宝石商というのがハズレで、まだ小さい馬車しか使えないくらいの新米商人なのかも知れない。
『いや、此奴は嘘をついておるぞ』
(どういうことだ?)
『お主がこの馬車の商人かと聞いた時に一瞬じゃが荷台の方を見よった。おそらく荷台に本物の商人が乗っとるんじゃろ』
(防犯のためか?)
『多分そうじゃろうな』
エルの言うことがちょっと気になって、馬車の中だけがわかる程度で探索魔法を使ってみると、確かに荷台に一人乗っている人がいる。
正直、相手が誰でも指輪を買って貰えればこちらとしては問題ない。
「失礼ですが、貴方は何を取り扱っておられるのですか?」
「……なぜそのような事が気になるんですか?」
「実は、ここに来る途中で金銭を盗まれまして。もしアクセサリーの類を扱っている方でしたら指輪を買い取って貰えないかと」
「いえ、そのような買取は——」
御者の青年が断ろうとすると御者台の戸がコンコンと叩かれ、青年が戸越しに二言三言話した後に背面の扉が開き、中から少しぽちゃっとした身なりの良い男性が出て来た。
「失礼しました。彼には防犯のために商人のふりをして貰っておりまして、買取や販売は出来ないものですから。私がこの馬車の持ち主で、商人をやっておりますアドルフと申します。お話は私がお伺いします」
「私はユウマと申します。お手間をお掛けして申し訳ありません」
「いえ、それで、売りたい指輪というのは?」
「これです」
アドルフに指輪を手渡し、確認して貰う。
「これは、魔法石ですか? となると、何かの付加能力が付いている物でしょうか……ユウマさん、この指輪に付加されている能力はわかりますか?」
「筋力増加と聞いております」
「なるほど」
封印の時に使われたペンダントの事もあるし、もしかしたら貰った時の説明が嘘だったのかもしれないと思い鑑定してみたところ、指輪は「強化の指輪……筋力増加(大)」となっていたので間違いないはずだ。
ちなみに、ペンダント以外は全て説明された通りの物だった。偽物を入れてペンダントの事までバレるという可能性を恐れたのだろう。
「すみませんが、少しお時間を頂けますか? 魔道具系の物は専門に見せないと効果が確認出来ませんので」
「構いません」
「では、私は一度店に戻って人を呼んできます」
指輪を一度返して貰い、アドルフは馬車で街へと入っていった。
商人達の列から離れて待っていると、先程とは別の馬車でアドルフが男性を乗せて出てきた。
「お待たせしました。彼は鑑定士のエグモッドです」
「どうも、エグモッドです。魔道具の指輪を持ってるとか」
ボサッとした髪に無精髭、目には隈ができていて、ヨレヨレの服を羽織っているどうにも頼りないエグモッドという男性。
本当に大丈夫か?
「こう見えてもエグモッドは〈物品鑑定〉のスキルを持った優秀な魔術師なんですよ」
「私は魔術師ではなく錬金術師です」
「物品鑑定ですか?」
「はい。魔道具に秘められている能力などを鑑定できるスキルです。そのスキルで魔道具の解析や開発の研究をされています。そういった事をする錬金術師というのは魔術師に分類されるんですがね、彼には魔術の適正が無いので、魔術師と呼ばれるのがあまり好きでは無いようです」
そもそも魔術師ってなんだ? そういえばパールさんも魔術師って名乗ってたな。
後で調べてみよう。
「では、指輪の鑑定をお願いします」
「わかりました」
エグモッドが指輪を見ている間に、エグモッドのステータスをこっそり鑑定してみると、確かにスキルに物品鑑定というのがある。
指輪をじっくり観察している姿は鑑定士というより研究者と呼ぶ方がしっくり来る。鑑定士の仕事はついでで、錬金術がメインの職業なのだろう。
「どうですか?」
「鑑定では確かに筋力増加となっていました。しかも、使われているのがとても純度の高い魔法石のようで、強化値が非常に高いですね。かなり価値のある物かと。冒険者だけでなく研究者にも需要はありそうです」
「そうですか。効果に問題がないようでしたら金貨5枚で買い取らせていただきます」
一度指輪を返して貰い、買い取りの話に入る。
個人で物を売る時には相手の言い値で売ってはいけない。これは80年の前世で学んだ事だ。特に商魂たくましい相手には注意しなくてはいけない。
何度か騙された事があるからな……。
(エル、街の中に魔力体作って相場を確認したりとかできないか?)
『そんな事せんでも此奴の反応である程度わかるじゃろ』
(じゃあ、見極め頼んでもいいか?)
『仕方ないの』
「すみません、その値段ではちょっと……」
「そうですか……では金貨6枚でいかがですか?」
『倍はいけそうじゃの』
「難しいですね」
「金貨7枚では?」
「安すぎませんか?」
「そうですねー、では金貨8枚。鑑定料を考えるとこれ以上は……」
「そうですか、では今回はご縁がなかったという事で」
「待ってください、それでは鑑定料を頂かないと」
「鑑定は私が頼んだものではありませんし、指輪の付加能力もこちらから伝えていて嘘もついていませんからねー」
こちらの言い分に少し考え込み、まるで「満足しました」と書いてあるかのような納得顔を一瞬見せてから、少し悪戯っ子のような顔に変わる。
「わかりました。それでは金貨10枚ではどうですか?」
「金貨14枚」
「流石にそれは……11枚」
「13枚」
「12枚。これ以上は無理です」
アドルフが満足気な顔をしてエルが感じていた限度の金額を提示する。
(ここが限度だったよな?)
『もうちょい押せそうじゃの』
(おい、大丈夫か? これ売れないと街に入れないんだぞ?)
『良いから言うてみぃ』
「金貨12枚と銀貨1枚でどうですか?」
「銀貨1枚ですか……」
取引が終わると思っていたのか、アドルフの顔に小さな驚きが浮かぶ。
「実はそこの門番さんに払う通行料すら無いんですよ」
「それでこんなところで買い取りを……それではこれが売れなくて困るのは貴方じゃないですか」
「まぁ、そうなりますね」
「……面白い方ですね。わかりました、金貨12枚と通行料で買いましょう」
握手を交わし、金を受け取る。中を確認すると金貨が12枚入っていた。
「通行料は銀貨1枚だと聞いたのですが」
「もしよろしければうちの馬車で中までお送りしようかと思いまして。それでしたら通行料もその時こちらで負担できますし」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます。指輪はお渡ししておきます」
「……確かに。ありがとうございます」
アドルフは指輪を確認し、懐に仕舞ってからエグモッドと共に馬車へ乗り込み、俺も後に続く。
この馬車は最初にアドルフが乗っていたものとは形状が違い、物を運ぶタイプではなく人を運ぶ為の形状をしているので、三人でも問題なく乗る事ができた。
簡単な移動に使っている物のためか、今回は御者がおらずアドルフが御者台に座っていた。
「では行きましょう」
タイミングが良かったのか商人の待機列は殆ど無くなっていて、すぐに俺達の順番になった。
「アドルフ商会です。同乗者申請もしてあります」
「身分証と通行証をお願いします」
「はい」
ただの商人じゃなかったのか。まさか自分の名前が付いた商会を持っているとは。
アドルフが紙とプレートのような物を渡す。
門番がなにやらブツブツと呟きながら手をかざすとプレートが淡く光り、何かのマークが浮かび上がる。
何かの魔法かと自分にインプットされている知識を探ってみたが、鑑定魔法に近い魔法としかわからなかった。
浮かんだマークが消え、紙に書かれている内容にも問題ないと確認できたのか、それらがアドルフに返されて門を潜る。
「ん? 通行料払ってなくなかったか?」
「実は商会に発行されている通行証は、同乗者を何人か乗せて出入りする事が出来るんですよ」
「……という事は、最初から通行料はかからなかったって事ですか。流石に交渉事では敵いませんね」
同乗者を申請済みだと門番に伝えていたし、初めから俺を乗せて入るつもりだったのだろう。
「いえいえ、同乗者申請は同乗者が街中で問題を起こした時に商会が責任を問われますので、そう簡単に使えるものじゃないんですよ。申請した人数以下なら問題なく入れますので」
俺が信用出来なければ乗せるつもりはなかったってことか。
ギリギリまで値上げしたのが商人魂に触れたのだろうか。
「目的地があればお送りしますが」
「お気遣いはとてもありがたいのですが、まだ宿も決まっていませんし、ちょっと街を歩いてみたいので適当な所で降ろしていただければ」
「そうですか。では中央広場で止めましょう」
馬車は門から真っ直ぐ進み暫くすると開けた場所へ出る。
「ここは……」
この世界に来て初めて食べ物を食べた広場だ。
確か、あの時はダンジョン産の肉を使った串焼きを食べたんだったな。
「どうかしましたか?」
「いえ、デーヴァンに来るのは久々なもので、ちょっと懐かしく思いまして」
「そうでしたか。では、私は店に戻りますので。何かご入用の際はアドルフ商会にお越しください。ご婦人向けアクセサリーならアドルフ商会の右に出るものは居ません。贈り物には最適ですよ」
「覚えておきます。ありがとうございました」
俺が降りて軽く挨拶すると、馬車は城の方向へ走り去っていく。最後まで店の宣伝をしていくあたりに商人魂を感じる。
「まさに商人って感じの人だったな」
『そうじゃの』
アドルフについてエルと談笑しながら広場を見回してみると、ここを離れたのは感覚的に数日前だというのにどこか懐かしさを感じる。
所々風景が変わっているのがそう感じさせるのだろう。
「家なんかはそう変わってないような気がするが」
『他人の家なんぞたいしてよく見てもおらんじゃろうしな』
「ただ、あの銅像は初めて見た。前はなかったと思うぞ」
『随分と古い物に見えるがの。像の下に何か書いてあるぞ』
「あー、この像の由来みたいだな。名前は……英雄ヤシオ?」
『これお主か!?』
筋骨隆々なイケメン銅像に俺の名前が付けられている……。
名前の下に書かれた説明はこうだ。
『〈勇者ヤシオへ捧ぐ〉
自らの命と引き換えに魔王を封印し、世界を救った英雄。
勇者ヤシオへの感謝を込めて。
ティオール国 国王セドリック・リベレタ』
この銅像は国が作ったらしい。
確かに国王とは会った事なかったしな。俺の見た目を知らなくても仕方ないか。
「それにしても違いすぎるよな。ロスヴァールとかは何も言わなかったのか?」
『まぁ、勇者だと分からんほうが過ごしやすいじゃろ』
「それもそうか。ていうか、魔王の事もあまり広まってないみたいだぞ。魔力体出してもいいんじゃないか?」
今更だが、独り言をぶつぶつ呟いてる姿はあまりよろしくない。
『そうかの。なら、その辺の路地にでも入ってくれんか? いきなり出てもあれじゃろ』
用心のために探索魔法を使いつつ路地へ入ると、エルが魔力体を出現させる。
「おぉ、なんか封印されておった頃より魔力体の能力が上がっている感じがするの」
「封印されてた時はエルも俺も魔力が減り続けてたからな。封印が解けて魔力が戻って来てるんじゃないか?」
エルは手を握ったり開いたりして身体の調子を確認している。
「そういや、封印されてる時は魔力で補ってたのか知らんが腹が減らなかったけど、せっかくだからなんか食べたいな。エルはその状態で飯は食えるのか?」
「いけるみたいじゃな。味覚はあるようじゃし、飯を魔力に変換するのもさほど難しくない」
「よし。それなら適当に歩きながら目に付いたものを買い食いするか」
「その前にお主は着替えなくて良いのか」
エルに言われて装備の事を思い出す。
昨夜バロンさんに言われたばかりなのに完全に忘れていた。
俺は装備を脱いでマジックボックスに仕舞い、以前入れてあった服に着替えてから改めて買い食いに出かける。




