百話
翌日、俺とエルとミイナの三人で魔術学校へとやって来た。
ローランの話では、校内に教員が待機するための教員室があるから、正確な場所を校門前にいる警備職員に聞いてそちらに向かってくれってことだったな。
その言葉通り、門のそばには一人の男性が槍を持って立っている。彼が警備職員なのだろう。
「すみません、今日から臨時教師として働くことになったユウマとエルで、こっちは今日から学生として通うミイナです。教員室の場所を教えていただきたいのですが」
「臨時教師のユウマさんとエルさん、それと学生のミイナさんですね……ちょっと待ってください」
警備の男性はそう言うと、足元に置いてある革製らしき手持ち袋から、手のひらサイズの金属板を取り出した。
「えーと、あ、ありましたありました。連絡来てますね。お三方とも冒険者登録をされているとのことですので、本人確認のために冒険者証の提示をお願いします」
俺達は言われた通りに各自の冒険者証を取り出し、魔力を通して本人証明をした状態で提示する。
「はい、確認しました。明日以降は学校で発行される認証板で出入りできるようになるので、それを持って来てください。教員室は正面の入り口から入ってすぐ左に曲がった先にあります」
「ありがとうございます」
警備の男性に聞いた通りに学校へと入ってすぐで左に曲がると、左右と最奥に一つづつ扉があった。どれも扉の上に部屋の名が書かれた木板がはめ込まれており、教員室と書かれているのは左の扉だ。
「一番奥は書物保管室ってなってるぞ。学生が使える図書室みたいなもんか?」
「どうじゃろうな。右が記録媒体保管室となっておるし、その類に近い部屋ではあるじゃろうが、出入り自由とは限らんぞ」
「入れるなら入ってみたい」
「まぁ、その辺も聞いてみればいいか」
考えるだけ無駄だと、俺は教員室の扉に向かいノックする。
「冒険者のユウマです。臨時教師の依頼のために来ました」
「ああ、入ってください」
声をかけてすぐに返事があたので、それに従って部屋の中へと入り、エルとミイナも俺に続く。
「ユウマです。こっちは同じく臨時教師のエル、もう一人は生徒として通うミイナです」
「エルじゃ。よろしくの」
「ミイナ、よろしく」
入ってみるとそこは大人が十人程は楽に作業できるかという広さの部屋で、机と椅子が十人分置いてあり、五人の男女がいた。入ってすぐ目の前はそれらの作業用の机とは違った趣のソファーとテーブルがあり、五人のうちの一人はそちらに座っている。
「思ってたより若い人が来たね。ああ、こっちに来て座ってくれ」
ソファーに座っていたのは見た目は三十代くらいの男性で、声からして戸を叩いた時に返事をくれたのもこの人だろう。
俺達は勧められるまま彼の対面へと腰を下ろす。
「今回は依頼を受けてくれてありがとう。僕はここで教師のまとめ役を任されているウェルクスだ。まぁ、まとめ役と言っても、専門が生活魔術だから授業量が少なくて暇だろうって理由だけど」
「今日はここで説明を受けるようにと聞いているのですが」
「ああ、話し方は普段どおりで構わないよ。あまり丁寧にしすぎると、こちらを舐めてかかってくる生徒も居るからね。下手に出過ぎない方がいい」
「なるほど。じゃあ、普段どおりで。それで、説明をしてもらえるってことでいいんだろうか?」
「そうだね。まずは臨時教師の二人から説明しようか——」
俺とエルの魔術学校での役目は依頼内容通り臨時の教師だが、今現在不足しているのは魔術論理を教える魔術学の教師と、実際に使って教える実技の教師なんだそうだ。
俺達にはその二つの授業をそれぞれ受け持ってほしいらしい。
「なら、魔術学はエルかな」
「そうじゃな、妾が受け持とう」
「俺は実技ってことになるけど、どうすればいいんだ? 流石に魔物のいるところに連れてってって訳にはいかないと思うけど」
「今までは、校舎の裏にある実技用の訓練場で実際に魔術を使わせてみて、直す部分があればその場で教えるという感じでやってたね。座学の教室では使えない大きな魔術学ぶための授業ってことになるかな。基本的に教師の裁量に任されてるけど、あまりに酷いとクビになるから気をつけてね」
座学だけじゃ身につかないものってのもあるからな。
外で使う前に、教えられる者が居るここで試させておこうって感じの授業か。
「ミイナさんの方は生徒として入るってことだから、特に伝えなくちゃいけないことというのはないね。他の生徒と問題を起こさないように気をつければ大丈夫。今は新しく入って来た子が多いから、変に目立つこともないと思うよ」
「わかった。気をつける」
「校内の施設はこの記録板を確認してくれれば大体わかるから」
そういって、三枚の金属板が俺達の前に差し出される。
「わからないことがあったらその都度他の先生に確認して。僕も授業の時以外はここに居るから。何か質問はある?」
「いや、大丈夫だ」
「問題ない」
「大丈夫」
「じゃあ、登録しちゃおうか」
今度は、先程の記録板よりも小さな金属板をウェルクスから手渡され、冒険者登録をした時と同様に魔力の登録を促された。
冒険者証に似ているこの板は、効果としても似たようなもので、冒険者証にある銀行のような機能などを無くして単純な本人確認証としての機能だけを残してあるんだそうだ。
名前はそのまま学園証というらしい。
「今後は、それで学校への出入りができるようになるから無くさないようにね」
各自学園証の登録を済ませ、それらを受け取った後は、俺とエルはそのまま初出勤、ミイナは初登校ということになった。
「帰りは門のところで集合ってことでいいか?」
「良いぞ」
「わかった」
教員室を出た俺達は、この後の行先がそれぞれ違うため、その場で解散して学校が終わったら一緒に帰ることにした。
ミイナは一学年のクラス、エルは最初の授業をする三学年のクラス、俺は主な仕事場となる訓練場へと向かうことになる。
「じゃあ、また学校が終わったらな」
俺は、二人と別れてから目的地である訓練場へと歩を進める。
訓練場へ向かう最中、ウェルクスから渡された記録板を確認したところ、それには彼の言っていた施設についての説明の他に学校自体の説明についても記録されていた。
「学年は全三学年か。各学年毎に約三十人の生徒がいると……施設の利用が無料なのはわかるけど、学食も基本無料なのはすごいな」
教員室に入る前に気になっていた図書室も全生徒が自由に使用できるらしい。
もちろん教師の利用も無料だ。
「お、この魔術実験室って凄そうだな。時間があったら行ってみるか。っと、ここだな」
記録媒体の内容に意識を向けていた俺だったが、そんな事をしているうちに目的地である訓練場へと到着していた。
訓練場は、壁で囲まれた校庭といった感じの場所だ。壁際にはいくつかの建物があり、各部屋の入り口に『教員待機室』『用具室』『模擬戦用武器保管室』などと書かれている。
前世であれば教師の待機室や準備室なんかに分類される場所なのだろうが、模擬戦用武器という文字が前世との明らかな違いだ。
「魔術の学校で武器を使うこともあるんだな」
そんな事を言いながら、俺はそれらの建物の中を順番に確認して行き、最後に教員待機室と書かれた部屋へと入った。
「おお、思ったよりちゃんとしてるな。最悪の場合は一日中ここで待機ってこともあるんだろうし、これはありがたい」
待機室には、教員が使うためであろう机と椅子が各三対づつと、壁際には休憩用のソファー、部屋の角に暖房用であろう暖炉が設置されている。そろそろ肌寒い時期になってきているから、暖房設備はありがたい。
そして、入り口のすぐ横には『授業予定』と書かれた紙が貼り付けられた板が掛けられていた。
「これは、掲示板みたいななものか? 数日間の授業予定表ね」
貼られた紙に書かれている予定には、その日のいつに何学年の授業があるのか、予定している授業内容はどんなかといった簡単な予定が書かれていた。
何日分か書かれているが、書かれている日付は五日後までしかない。
「これ以降は俺が考えることになるのかな」
多分、これは前任者が決めていた予定なのだろう。
どのクラスがいつ授業を受けるのかは他の先生との話し合いで決まるとしても、授業内容は教師の裁量に任されていると言っていた。とすれば、授業内容の予定は受け持っていた教師が決めていたはずだ。
予定では、今日の一番初めの授業はミイナが入った一学年となっている。
最初の授業に知った顔があるのは、下手に緊張しなくていいかも知れない。
などと考えていたところに鐘の音が響いた。これは、デーヴァンで時を教えてくれる第三小鐘の中で、朝の九時に鳴る一鐘だ。
記録板の情報によれば、学校はこの一鐘が鳴ると共に始まり、各学年に配属している教師の簡単な報告事項を終えた後に授業へと移るということだった。
つまり、もう暫くしたら俺の初授業が始まるということでもある。
「さて、準備するか」
と言っても、準備という準備は殆どない。
初授業であるうえに、今日の予定が『魔術を使って見せる』となっていたからだ。
簡単な準備を済ませて訓練場で待つこと数分、初授業の相手となる一学年の子達がやってきた。
訓練場へと入ってきた生徒達は最初に俺の顔を見て驚いたような反応を見せ、そのまま俺の前に整列する。
多分、教師が変わったことに驚いたけど、いつもの授業と同じ形で並んでおこうって感じだろう。
一列六人から七人で作られた五本の列。相手はまだ十代の子供とはいえ、これだけの人数が目の前に並んでいく光景は壮観だ。
(お、ミイナもいるな。まだあまり馴染めてないみたいだけど、暫く通ってれば慣れてくるだろ)
五列のうち、一番左の最後尾にミイナは並んでいた。
まだ他の生徒と話したりすることはないようだが、まだ彼女は今朝になって急に紹介されただけのはずだ、今日この後色々な授業を受けたり、休み時間に話したりしていくうちに馴染んでいくだろう。
「よし、これで全員か? 今日から暫くの間臨時教師として授業を受け持つユウマだ。自己紹介なんかは後々していくとして、今日は予定されていた実際に魔術の使用するところを見せていく」
全員が揃い、整列を終えた時点で俺は声を張ってそう伝えた。
全員が立ったまま並んでいるせいで後ろの方は見えなくなってしまっているが、ちゃんと声量を上げて話せば声は流石に届くだろう。
「それで、ただ見せるだけというのではあまり授業として意味がないし、それだけだと時間が余るから、その後は各自に得意な魔術を使って見せてもらうつもりだ」
これは予定にはなかったが、せっかくなので生徒の実力を見せてもらおうと思い、授業として付け足した。
というか、俺からしたら、前任者はよく魔術の実演だけで一時間もある授業時間を潰せたなと感心してしまうくらいだ。生徒の魔術の確認でも足さないと時間を持て余すのが目に見えている。
「それじゃあ、各自俺の後ろの壁際に二列で並んで座ってくれ。前の人は後ろの人に見えるように間を開けてな」
そういうと、生徒達は指示通りに壁際に寄って地面に座る。
彼ら彼女らの表情は期待と不安で半々といったところだろうか。
「まず見せるのは攻撃に使える魔術だ。そうだな……せっかくだから派手目な火属性の魔術にしようか」
生徒の準備が終えたのを確認した俺は、皆が見やすい位置に大地操作で的となる土人形を作る。
——〈ヤシオの名の元に俺の魔力で炎を飛ばせ〉
——〈火弾〉
自分の名前が入った呪文を唱えるというのはかなり恥ずかしいが、生徒達は俺に魔法構築を任せてるって話だからな、お手本として使うのなら俺もそうするのが最善なはずだ。
自分で構築できるはずの魔法を、わざわざ魔法言語を使って無意識に構築している自分に構築を頼んでるっていうんだから無駄以外の何物でもないが。
何にしても、魔術は問題なく発動し、俺の作った的へと飛んでいき、被弾してポンッと爆ぜた。
「こんな感じだな。今回は安全のために威力をかなり抑えたけど、ちゃんと魔力を込めて使えば殺傷力の高い遠距離武器になる」
火属性系は特に魔術使用後に起こる延焼っていう自然現象が凶悪だしな。
「次は防御に使える魔術だ」
——〈ヤシオの名の元に俺の魔力で周囲に土壁を作れ〉
——〈土の牢獄〉
これは俺がよく使うドーム状の土の壁を作り出す魔法だ。
防壁の魔法よりも見た目でわかりやすいだろうと思ってこれを使ってみせたが、周囲を囲まれるせいで生徒達から見えなくなってしまった。
俺は心の中で反省しながら、土の牢獄を壊して大地操作で地面に均す。
「と、これは土で壁を作る魔術だな。使い方によって強度も範囲も変わるから、自分の魔力量と相談して他の魔術と使い分けるといいぞ。地面が露出してるところだと魔力の消費量が減ったりするからな、場面場面での使い分けるのもいい」
魔術や魔法を使う上で、使用する場所というのは結構な意味を持つ。
その場にあるものを利用して魔術や魔法を使用する場合と、その場にないものを生み出すことで使用する場合とでは消費する魔力に差が出るのだ。
俺は魔力量が多いから気にしたことはないが、普通に使う場合はその辺りも考慮して使用する方が効果的だろう。
「最後は補助系、つまり付与の魔術だな。これは見た目だと少しわかりづらいかも知れないけど……まぁ、もし分からなかったら後から質問してくれ」
——〈ヤシオの名の元に俺の魔力で力を与えよ〉
——〈攻撃増加〉
自分に向けて補助魔法の攻撃増加を発動した俺は、的とは別に近くに作り出した土人形を拳で破壊してみせる。
「正直、この魔術をつわなくてもこのくらいの人形なら壊せるんだけど、一応、攻撃力を上げてある。実際に経験してみたければ、付与の魔術が使える人か俺に言ってくれれば付与するから」
一通りの魔術を見せたところで生徒達に視線を向けると、皆一様に心を躍らせたような顔をしていた。魔術の使用が楽しみなんだろう。
今までの実技の授業では、あまり実践的なものは使わせてもらえなかったのだろうか。座学の教室では使えない魔術を教える授業だと言ってたはずなんだけどな。
「ここまでで質問はあるか?」
生徒達の反応に疑問を持ちながら、実演を終えたことで質問の有無を問いかけると、一人手を挙げる者がいた。
「お、ミイナか。なんだ?」
挙手していたのは二列目の端に座っていたミイナだった。
他の生徒と違って俺との面識があることから、質問を投げることへの抵抗がなかったのだろう。
「魔術を使うのにコツってある?」
俺に指されたミイナは、特に躊躇うこともなく質問を口にする。
「コツか……魔術を使う上で重要なのはイメージだ。使いたい魔術の元となる魔法について構築を頼む相手にどれだけ上手く説明できるか、それが発動する魔術の精度を左右することになる。だから、発動したい魔法の事をしっかりとイメージして、それをどうすれば上手く相手に伝えられるかを意識するといい」
これは、以前エルに教えてもらった魔術に関する知識を元にしている。
正直、俺自身は魔法が普通に使えるから魔術は殆ど使わないし、仮に使ってみせるとしても、俺を対象にして魔術を発動するなら、それは自分が自分に発動する魔法について説明するってことだ。どんなイメージを伝えればいいかなんて考える必要すらない。
「イメージ……わかった」
だがこれは、魔術の本場である魔族の、それも魔王であるエルから聞いた話を元にしたアドバイスなのだから間違ってはいないだろう。
「他に質問はないか? なければ次は皆んなに魔術を使ってみせてもらうが」
生徒達を見回しながら聞いてみるが、他の生徒が手が挙げることはなかった。
「じゃあ、攻撃、防御、補助、の三つで、自分がどの魔術を使うのかで別れてくれ。使おうとしてる魔術がどの部類に入るのか判断できない場合は、聞いてくれたらこちらで分けるからな」
質問がないことを確認した俺は、本格的に授業を始めるべく生徒達に指示を出した。
ついに百話目になりました。
ここまで読んでいただいている方、最初から付き合ってくださっている方も、一気に読んでいただいた方も、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
もし良かったら、評価や感想などいただけるとありがたいです。
プロローグを入れると前回が百話目だったことに九十九話の投稿後に気付いたけど……その点はスルーしてやってください!




