九話
「なかなか解けないな」
「そうじゃの」
俺たちがここに封印された日から、数日経過している。
「見た限りかなり作り込まれた魔法陣だったからなぁ」
この封印の効果自体は、器の魔力を使い対象を封じるという単純なものだ。しかし、その分魔法陣の強度を高めることに特化しており、ちょっとやそっとじゃ解除できないようになっている。
器の魔力が尽きると封印が解かれてしまうため、器の魔力が封印する相手を大きく上回っていないと成立せず、それだけ力に差があるならそのまま倒してしまった方が早いという、冗談で作られたような術式だ。
「神も万能ではないからの。仕方なかろう」
この数日でエルフェルタは魔力で自らを型取り俺の中から出てくるという裏技みたいなスキルを得ていた。この能力で表に出ても魔力や身体能力は大幅に下がってしまうが、正直なところ目に見える形で話し相手がいるというのはありがたい。
「妾は父と母が死した時から神とやらにあまり期待せんことにしたのじゃ」
「そうだったな」
エルフェルタが人間を嫌う理由は両親を殺されたからだった。エルフェルタがまだ幼い頃に両親を冒険者に殺され、自分にも剣を向けられた所を命からがら逃げ出し、復讐のために力を付け、同じような待遇の者達で軍を作り、人間へ矛を向けたのだ。
その両親の死によって神を信用しなくなったのだと言う。
「その冒険者に関しては捜索を手助けする。そいつらを殺すかどうかはその時に考えればいい。ただし、無関係の者には手を出さない。それでいいんだよな」
「業腹じゃがの。お主を嵌めた輩はどうするんじゃ」
「結局まだ決めてないんだ。そもそもあの時だって一発殴ってやる程度のもんだったからな」
「まったく、小さい男じゃ」
「まぁ、あの脅し文句でそこそこビビって過ごしてるだろうし、それでよしとするさ。殺されたわけでもないし」
「ほとんど変わらんじゃろうに。神に連絡できるような状態でなけりゃ下手したら一生この封印の中にいることになってたんじのからの」
「それはそうなんだけどな」
既に何度か話した内容を確認しながら封印が解けるのを待つ。
「そういや、目的を果たしたらどうするかは決めたのか?」
「そうじゃのー、ハッキリとは決めておらんのじゃが、やはりしばらくはお主に付いて行こうかの」
「いいのか? 俺はハーレムを作りに行くんだぞ?」
「現状の目的を果たしたらやりたい事もないしの。まぁ、お主のハーレムができるあたりまで付き合ってやる。その頃には新しい目的も見付かろうよ」
「そうか」
「むしろお主はそれで良いのか? こう見えて妾は魔王じゃからの、ハーレムを作るのには邪魔になりそうじゃが」
「それはいいさ。急ぐものでもない。気楽にやるつもりだからな。なんなら魔族で可愛い子を紹介してくれよ」
「それはなんか嫌じゃのー。ほれ、お主の元の世界でいうところのパワハラとやらになりそうじゃろ」
エルフェルタが体内に封印された事で、こちらの事情がある程度わかってしまったので、それならいっそと召喚されるまでの経緯なんかを話している。
「エルは魔王だからな。そうなるか」
エルというのはエルフェルタの呼び名だ。エルフェルタではどうも長いのでエルと呼ぶことにしている。
「そもそも、魔王が勇者に配下を紹介するというのはちと違わんか」
「ハハハ、確かにそうだな」
他愛もない話をしていると、頭上に小さな亀裂が入った。
「お、やっと解けるのか」
「やれやれ時間がかかったの。これだから神ってやつは」
「それ封印が解けてからは言わない方がいいからな」
「わかっておるわ」
話している最中も亀裂は広がり、闇に光が入り込んでくる。
「さて、久々の外だ」
「妾は魔力体じゃなく本物の体で動くの自体が久々じゃの」
「解けてすぐは魔力が万全じゃないだろうし気を付けた方がいいな」
「封印中は殆ど魔力が回復せんかったからの」
亀裂がどんどん広がり、俺の足元までたどり着くと同時にパリンッと音を立てて闇が砕ける。
光に眩んだ目が慣れると、見覚えのある場所に立っていた。
「おぉ、魔王城だ。数日なのに懐かしい感じがするな」
『そうじゃのー。どこか久しく感じるの』
「ん?」
『なんじゃ?』
「お前なんで——」
『いや、遅くなってすまんかったのう』
「神様」
『解封の精霊がなかなか見つからんでのう』
「それはいいんですが……」
そんなことより聞きたいことがある。
「なぜエルフェルタがまだ私の中に居るんですか?」
そう、エルがまだ俺の中に封印されたままなのだ。
『定着してしまっておるからのう。封印が解けても離れんのじゃ』
「定着?」
『そうじゃ、長いことお主の中に入っとったからのう。定着してしまったんじゃ』
『どいう事じゃ、妾が此奴に封じられてからまだ数日しか経っておらんじゃろ。定着する程では……』
『いやいや、お主らがそこに封じられてからだいたい500年程経っておるぞ』
「……え?」
『なんじゃと?』
『お主らが封印されておったあの魔法陣は器の魔力を使って維持されておった。それで中の時間が器の時間で流れておったのじゃろう。そこの人の子は殆ど不老不死じゃから、何十年という時間が一日に感じられたんじゃろ』
「なるほど、寿命が短い者にとっての一秒が人間の一日になるというのと逆の状態……って不老不死!?」
『その身体を作った時にそうしておいたからのう。精霊から説明されておらんのか』
「丈夫に作ったとしか……」
『まったく、彼奴はそういうところで大雑把じゃのう』
チャーセ……神様にすら大雑把だと思われてるのか。大丈夫かあいつ……。
しかし、このままって訳にもいかないだろう。
「どうにかならないですかね」
『そうじゃのー、封印を解いても出てこないんじゃどうしようもないのう』
神様もだいぶ適当じゃないか?
(だから言うたじゃろ、神も万能じゃないんじゃ。やはり期待などできん)
心で呟くエルに全力で同意したい。
(エル、どうする?)
(仕方なかろう。外に出たい時は魔力体を使えば良いしの。むしろお主の方がマズイのではないか?)
(なんでだ)
(お主、妾がここに居続けてもハーレムを作れるのか?)
(あ……)
(じゃろう?)
(……まぁ、仕方ないな)
万能じゃないとはいえ、神様は神様だ。その神様が出来ないってんだから俺らがどうにか出来るもんでもないだろう。
「わかりました。封印の解除ありがとうございます」
『よいよい、こちらもちと時間をかけすぎてしもうたからのう。今回のはオマケの代わりとはせんでおこう。何か欲しい能力があればまた連絡してこい』
「ありがとうございます」
神様との通信を終え、辺りを見回す。
まずは、今後の事について考えなくてはいけない。
「エル」
『なんじゃ?』
「多分……というか確実に、俺らの目的の人達死んじゃってるよな」
『そうじゃなー、人間の寿命じゃ500年は生きておれんからのー』
「封印が解かれてすぐに目的を無くしちまったな」
『お主のハーレムも望み薄じゃしの』
「とりあえず今の世界がどうなってるのか見に行くか」
『あの後、妾の軍がどうなったのかも気になるしの』
「そういや、魔族は長命なんだろ?」
『種にもよるが、長くても人間の寿命の五倍程度じゃから、あの頃の奴らが生きておってもかなりの歳じゃの』
「そうか。まぁ、なんにしても近くの街に行くか」
兎にも角にも動かなくては何も進まない。
玉座の間を後にしようと入口へと進むと、扉に封印が施されているのに気付いた。500年経っても以前と変わらないのはこの封印のおかげか。
念の為、一帯を探索魔法で調査してみると、扉の向こうに人が二人立っているのがわかる。
『お主、こんな広範囲で精密な探索魔法が使えたのか。妾が敵うはずもない』
「そういえば結局エルの鑑定では俺のステータスは見られなかったんだったな。確認してみるか?」
『確かに少し気になるの』
「よし、それじゃ」
——〈鑑定〉
——————
体力:75421
魔力:999999↑
筋力:52820
防御:61075
状態:通常
封印:魔王[エルフェルタ]
スキル:[精霊の加護][神々との交信][精神強化]
称号:[異世界渡航][魔王を秘めし者]
——————
以前と比べてステータスが上がっている。ただ封印されてただけなんだからむしろ下がっててもいい気がするんだが。魔王が封印されている影響だろうか。
あと、封印の欄と称号が一つ増えてるな。
「見えるか?」
『見えておる。やはりというかなんというか、化け物じゃな』
「自分でも流石におかしいと思うよ」
『まぁ、あの適当な神が作った身体らしいからの』
「魔力以外はね」
『魔力についてはコメントする気も起きんわ』
「とりあえず動こうか。扉の向こうにいるのは見張りかな」
『まぁそうじゃろうな』
「という事は近くに街や村はありそうだな」
『ここは魔族国だったはずなんじゃがなぁ』
「そういやそうか。もう少し探索範囲を広げてみるか?」
『そうじゃの。確認しておいた方が良いかも知れん』
勇者パーティーに居た頃に使っていた探索範囲をさらに広げ、元々魔族国だった範囲全てを対象にする。
「流石にここまで広げると精密さに欠けるな」
『この感じじゃとあまりハッキリしないが、ここはもう魔族の国では無くなってしまったようじゃの』
「そうだな」
探索に引っかかるのは数名の人間だけだ。
「このまま出たら流石にまずいよな。封印が解けて出てくるのは魔王って事になってるはずだし」
『まぁ、間違ってはおらんの。妾も一緒に出て来ておるし』
何かいい魔法はないかな。相手を眠らせたり、認識されないようにしたり……。
〈睡眠〉
対象を眠らせる。
認識されない魔法はないか。
『これが話しておった魔法知識か。便利なもんじゃの』
「まぁな。エルの黒い炎には反応しなかったから完璧じゃないみたいだけど」
『あれは固有スキルに近いからの』
「さて、いくぞ」
——〈睡眠〉
扉の前に立っていた二人がドサッと音を立てて座り込む。
探索魔法で動きがないのを確認し、そっと扉に触れ一時的に封印を消し、その隙に扉を潜る。
出た後は元どおりに封印を張り直し、少し離れたところで〈気付け〉の魔法で見張りを起こしておく。
『彼奴ら見張りのくせに魔法対策も何もしとらんかったの』
「500年も前の封印なんて惰性で守ってるだけなんじゃないか?」
『それはそれで腹が立つもんじゃな』
「結局、俺らの事がどう伝わってるかもわからんからな」
探索魔法の範囲を狭め、一番近くにいた人の所へ歩いていく。
しばらくすると、三人組の冒険者らしき若者が談笑しながら歩いているのを見つけた。
「やっぱり冒険者だったな」
『冒険者と聞くと両親の仇を思い出すわ』
「あぁ、そいつらの墓でも探してみるか?」
『どうせそこら辺で野垂れ死んで墓などありゃせんじゃろ』
「冒険者だもんな」
適当な話しをしながらも、三人組を鑑定しステータスを確認する。
見たところ、先頭を歩いているのが斥候、その後ろが戦士、一番後ろは魔法使いらしい。
「斥候の男だけやけにステータスが低いな」
『新人の育成かなんかなんじゃろ。我が魔王城が初心者用コースになっておるとは……』
「それだけ魔物の管理がしっかりしてたって事だろ。育成に来てるってことは近くに街がありそうだな」
『新人を連れて遠出などせんじゃろうしなぁ』
「よし、話しかけてみよう」
『その前にステータスに〈偽装〉をかけておいた方が良かろう。鑑定を使える奴がおらんとも限らん』
「そんな便利な魔法があるのか。よし」
魔王ですら鑑定出来なかったものをただの冒険者に鑑定できるとも思わないけど、念には念をって言葉があるくらいだからな。
——〈偽装〉
三人組の冒険者達を足して割ったくらいのステータスに偽装し、もちろん、スキルや称号なども見えなくする。
「それじゃ、行きますか」




