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デルフィ1 始まりと膝の中

デルフィ視点

 十二歳の時、私は冒険者を始めた。

 我が家は貧乏で、どんな少ない金額でも家族の力になりたかったから。

 でも私は冒険者としての才能が無かった。

 他の人より小さい身体。魔力の少なさ。知識の無さ。様々な事が劣っている。

 唯一出来た事は効率のいい魔力運用だけだった。少ない魔力を補う工夫をしなければ、何も出来なかった。もっとも、少なすぎる魔力ではその程度の努力など意味が無かったが。

 十三歳の時、父が事故で亡くなり、母は病気で床に伏せた。お金が必要だった。なんとかしてお金を集めようと躍起になって、色々な冒険者に付き従った。少ない魔力で糸を紡ぐよりは冒険者の方がお金になった。

 ある冒険者は魔力タンクを私に試してくれたが、どうにも気持ち悪く、受け入れがたかった。それでも運用出来れば色々な事が出来るはずだと考えたが、魔力タンクの方がコイツは駄目だと匙を投げた。残った魔力で身体強化してみたが、普段の身体強化とは比較にならぬほど強度が低かった。

 他の人の魔力も試してみようかと思ったが、私自身が魔力タンクを雇えるほどのお金が無い。なので一緒に依頼を受けてくれる人にほんの僅かだけ魔力を貰い、実験してみた。

 ……結果は同じ。

 魔力タンクを雇った冒険者に付き添ったときにも同様の事をしたが、結果は変わらなかった。

 自分の魔力なら簡単に扱えるのに、どうして他の人の魔力は駄目なのだろうか。

 それはほんの僅かな差でも気が付くほど魔力の扱いが精緻だったからなのだが、そんなこと知る由も無い。

 十四歳の時、私に二つ名が付いた。赤字娘という、どう好意的に見ても悪い印象しか与えない二つ名。

 事実であるが不名誉な名が広まり、私と共に依頼を受けてくれる人は激減した。かといって自分一人で受けられる依頼は金額的に大した事が無い。

 私だけでは母の薬を買って、三人分の食費を賄えるだけの稼ぎは見込めない。

 この頃から妹も冒険者ではないが仕事を始めていた。魔力を用いて糸を編みこみ、強度を高めているのを見て、妹の方がよほど上手に魔力を扱えているなと思ったものだ。

 妹が私よりも稼いだお陰で、飢えはしないがぎりぎり生活が出来る程度になった。

 十四歳も終わりに近付いた時のこと。「今日はどの依頼が残っているだろう。そういえばあと数ヶ月で成人か」と考えていた時、曲がり角で人とぶつかった。たったそれだけの事が、私の人生を大きく変えることになる。

 ヨハン・エインズワースとの出会い。

 一目見た時、その身一杯に詰まった魔力に圧倒された。今にも溢れそうな力強い魔力。カラッカラで罅割れたコップのような私とは何もかも違う。

 住む世界が違う。第一印象はまるで天上人を目にしているようで。

 ヨハンは手を差し伸べてくれた。それに触れた時、なんとも言えぬ気持ちよさと幸福感が私の身体を満たした。

 魔力が身体に満ちた事なんて、初めての経験。人の魔力が勝手に入り込んだのも始めての経験。人の魔力が不快じゃないなど、初めての経験。その魔力が自由自在に扱えるのも初めての経験。

 私は全力でヨハンにパーティを組んでくれとお願いすると、彼は快く了承してくれた。

 天上人だと思ったヨハンは全くそんな事は無く、寧ろ性質が違うだけで私に非常に近い存在らしい。

 今まで魔力を使った事が無く、私が抜いたときが初めてだと聞いて、欠陥だらけの私でも誰かの役に立てるのかと舞い上がるほど嬉しくなった。





 ヨハンの魔力で出来る事を把握し、少しずつ依頼の難易度を上げ、ついに討伐依頼を受注した時。

「あっちに敵がいるなぁ」

 ヨハンが危機感が無さそうに呟き、私の手をとって魔力をくれる。私にはどこに敵がいるのかも分からないのに。

「え? どこですか?」

「あのへんに隠れてるよ」

 その言葉は事実で、言ったそばから魔物が飛び出してきて、むしろヨハンに驚いた。

 ギルドの修練場にある刃こぼれだらけの低品質な剣であっても、ヨハンから貰った魔力を籠めれば刃こぼれなど知らぬと、容易に斬り捨てることが出来るだろう。

 予想に違わず、依頼通りの低級な魔物を一太刀で討伐することが出来た。

「凄いですヨハンさん! どうして分かったんですか!?」

 驚きをもって振り返ると、ヨハンは遠くに避難していた。身体強化を出来ない彼にとって魔物の近くにいることは非常に怖いのだろう。低級とはいえ、それは身体強化が前提になっている魔物なのだ。

「敵意とか悪意にはある意味で敏感でね。ほら、いつも蓄電池って蔑まれてるから。あとほら、すぐ逃げ出せるように」

 ヨハンが言うには、街中に溢れている蔑みの目線が外だと全く無くなる。そんな中で敵意を持った視線があると、案外早く気付けるものらしい。

 一種の慣れで、私にも出来ると言うが、私は何度赤字娘と蔑まれても慣れる事はない。だからきっと、これはヨハンが凄いのだ。ヨハンは常日頃、周囲の評価には鈍感になっていいというが、実際に鈍感な事と、鈍感であろうとする事は全く違う。むしろヨハンは誰よりも敏感で、その上で鈍感を装っているのだと気が付いた。

 ヨハンの索敵は今まで一緒に依頼を受けたどの冒険者よりも的確だった。

 私も頑張っているのだが、私が敵を見つける前にヨハンから魔力が渡される。

 それでもどうしようも無い時はあるもので、いつだったか魔物に囲まれたことがあった。

「ひぃ! デルフィさんやデルフィさんや! どうかお助けぇ!」

 囲まれてしまえばヨハンは逃げ場が無い。それがどんなに弱い敵であっても、ヨハンにとっては死神のようで、一応武器は持っているが、明らかに腰が引けている。

「ヨハンさん、大丈夫です。私が守ります」

 ヨハンを傷つけさせはしない。私にも人の役に立てると教えてくれた彼を守るのだ。

「あらやだ超格好良い! 俺超格好悪い!」

 怖いだろうに、明るく振舞って鼓舞してくれる。ふざけて空気が重くならないようにしてくれる。

 助けますとも。ヨハンの魔力を纏っている時、まるで彼に守られているように感じる。温かく、力強く、純粋なヨハンの魔力は心地良い。

 いつも助けられているのだから、私が助けないでなんとする!

 私は奮起して、いつもよりも魔力を多く使って一瞬でも早く魔物を倒す。

 大丈夫。魔力を無駄に使っても、その程度でこの助けは揺らがない。

 そう時間を掛けずに戦闘が終われば、ヨハンが座り込みながら「ありがとう~!」と言い、頭を撫でてくれた。

 いつもよりも余分に使った魔力を補うように頭から魔力が注がれ、気持ち良さと共に顔が熱くなった。

「もうなにこの子可愛い」

 ヨハンはよくポツリと口にする。本人が意識しているかは定かではない。

「(可愛いだって。嬉しいな)」

 みすぼらしい、ガリガリ、骨のようだ、病的。私を見て表現されるのはいつもそんな言葉。

 ヨハンは違う。

 女として魅力が無い私を見て、ヨハンは褒めてくれる。

「(可愛い……か。もっと可愛くなりたいな。もっと綺麗になりたいな)」

 そうしたら、ヨハンはどんな反応をしてくれるだろう。

 子ども扱いの今の状況が変わるだろうか。頭を撫でてくれるだろうか。

 ふと、思い立った。子ども扱いの今なら。

「ヨハンさん」

 頭を撫でてくれたヨハンの手をとって、彼の胸に背中を預けるようにして、膝の中に腰を下ろす。

「……デルフィ、さん?」

 何してるの? というヨハンの戸惑った声。

「ギュッとしてください」

「はえ?」

「ご褒美、ください」

「なんなのこの子。的確にツボを押してくるわぁ。……そのくらいのご褒美いくらでもあげちゃう!」

 後ろから手を回されて、ギュー。

 頭だけじゃない。手だけじゃない。全身から魔力が注がれて温かい。

 ポカポカ。

 ドキドキ。

 ほわほわ。

 温かくて、ちょっとだけ緊張して、幸せ。

「何これ超癒されるわー」

 耳元で呟かれた言葉に、「私もです」と返事をした。





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