変化
瞬く間に三年が経った。
俺とデルフィのパーティは相変わらず順調に依頼をこなしている。今となってはそれなりに難易度の高い依頼もこなすようになっていた。
まぁ、もっぱらこなすのはデルフィなのだが。
この三年で最も変わった事は、やはりデルフィに関することだろう。
まず、周囲の評価が激変した。あれだけ見下していた奴等が、「ついに才能を開花させた」とか言ってチヤホヤしだしたのである。デルフィに対する好感度は非常に高い。
その代わり、俺に対する好感度は非常に低い。
相変わらず蓄電池、金魚の糞、役立たずなどの声が聞こえ、それに対してデルフィが表面上は穏やかな声で否定する。だがその否定も「デルフィはあんな役立たずにも気を掛けている」とデルフィの好感度が上がり、逆に「デルフィにあんな事を言わせて。身の程を知れ」と俺の好感度は下がっていた。
どうしろと。
デルフィの周囲に対する好感度はだだ下がりなのだが、それを自覚している奴は居ない。集団は叩いても良い奴を見つけると、無意識の内に叩き始めるのだ。
まぁ、慣れた。そりゃ十年以上も言われ続けりゃ慣れるわ。デルフィを含めての陰口なら苛立ちもするが、俺の事だけなら心は動かない。
それにデルフィの評価が上がったのは、冒険者としての実力だけが理由ではない。
三年と数ヶ月。この間にデルフィはどんどん美しく、魅力的な女性になっていった。
俺が魔力を満たしたからだろうか、肌はハリを取り戻し、色は白さを保ちながらも艶やかに。栄養で不足した魔力を補うことが少なくなったため、三年前からは考えられないほど肉付きが良くなった。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。素晴らしく理想的で女性的なライン。
身長もきちんと年相応まで伸び、もうデルフィの事をガキだと侮る者は居ない。
その割りに顔は童顔である。大きくてくりくりとした金色の瞳はキラキラとした世界を映し、彼女の世界を鮮やかに彩ってくれることだろう。
くすんでいた赤髪はルビーもかくやというほど赤く紅く綺麗に色付いている。邪魔にならない長さ――ミディアムヘアーというのだろうか――で、動くたびにちらちらと覗く白いうなじと赤髪のコントラストが実に眩しい。
三年前は女性として見えなかった。同年代なのに、保護者のような感覚が強かった。
それがどうだ。成長した彼女は女性として非常に魅力的であり、もはや保護者のように接する事は難しい。ハッキリ言ってここまで劇的に成長するとは思わなかった。特に胸が。……俺の妄想力もまだまだだな。
勿論エロい妄想がさらに捗る様になったのは言うまでも無い。油断している時に急に近くに来られ、無防備な姿をさらされると動けなくなるときもある。男性諸君なら俺の気持ちが分かっていただけると思う。
そんなものだから、デルフィから以前のように頭撫で撫でや膝の中を催促されても困惑してしまうのだ。
膝の中でお互いの存在を近くで感じながら頭撫で撫でとかクンカクンカとか、理性が飛ぶ。したいけど出来ない。
依頼を終えると野郎どもに囲まれるデルフィを見てモヤモヤした。デルフィの顔に作り笑いが貼り付き、感情を殺そうとしているのを見てイライラした。太陽のように笑い掛けてくれるデルフィを見てドキドキした。
はっきり言おう。
俺はデルフィが好きだ。
いつから好きになったのかはハッキリしない。気が付いたら好きだった。人を好きになるときなんて、案外そんなものなのかもしれない。
だが、だからこそ。
三年間経った今でも、魔力を与える以外何も出来ない不甲斐なさが嫌だった。
「俺だったらもっとデルちゃんの役に立って、もっと幸せにしてあげるのに」
取り囲んでいる冒険者の一人が、横目に俺を見ながら言った。
もしかしたら、彼の言っている通りかもしれない。
俺はデルフィの役に立っていると言う実感が薄い。他の冒険者のように横に並べないから。ピンチに駆けつけることが出来ないから。デルフィを守れないから。他の人よりも圧倒的に弱いから。ピンチもチャンスも共に出来ないから。
もっと直接的に守れる力があればどれだけいいか。他の人を羨んだ数だけは誰にも負けないと思う。
デルフィの体質を考えれば、今のままでいいのだろう。
――俺が弱いなら、俺を守ってくれる人が強くなればいいじゃない。
……簡単に考えていた。
それがどれだけ苦しくて、申し訳なくて、逃げ出したくなるかなんて考えもせず。
強くなりたい。そう思っても、魔力を出せない体質が変わらない限りは不可能。
いくら肉体を鍛えても、魔力で強化した相手には敵わない。強化した肉体なら弾ける攻撃でも、生身では簡単に貫かれてしまう。
鍛えて、鍛えて、鍛えた分だけ絶望し、羨望した。
新たに出来る事は何も無い。いくら依頼をこなしても、自分が成長している気がしない。
「貴方は馬鹿ですか」
溜め息と共に吐き出された言葉は先ほどの男に向けられたものであったが、ネガティブ思考に陥った俺に向けられているような気もした。
いつもの活発な声ではない、底冷えするような声。
「貴方が私の役に立つ? 一番苦しい時に何もしなかった貴方が? あまつさえ赤字娘と嘲った張本人が? 真っ先に見限った貴方が、ヨハンよりも役に立つ? 幸せに出来る?」
空気が震える。まるで湯気のように、金色の魔力がデルフィから立ち上る。
「馬鹿にするな」
目に見えて、魔力が抜けている。戦闘をしている時の比ではない。
魔力は感情によって出力が若干変化する。常人であれば気にしない程度の変化だが、デルフィにとっては事情が違う。
いつものように魔力の器をバケツ、魔力を中に入った水に例えよう。感情で出力が増すのは、常人なら水を汲み取る物が多少大きくなる程度。全体の量から言えば大きな違いはない。対してデルフィは、開いていた穴がさらに大きくなり、水が勢いよく外へ漏れてしまう。その水を使うのではなく、ただ大量に垂れ流しているだけ。
滅多に見られない、頭から魔力を放出しているデルフィを見て、周囲は押し黙った。
「デルフィ。落ち着け」
とっさにデルフィの頭をポンと叩き、忠告。
「ヨハン……。でも」
「そんなことより、また、倒れるぞ」
そのまま頭を撫でる。まずは落ち着かせなければ、デルフィにとっても、俺にとっても負担になる。
結構な勢いで魔力が吸われるが、それでデルフィが冷静になれるのなら好きなだけ吸っていけ。
「ありがとうな」
多分デルフィは、俺のために怒ってくれたのだ。そう考えると愛おしさが溢れてくる。
久しぶりに撫でるデルフィの頭は、凄く柔らかく、温かかった。
「そうやっていつもいつも……。はぁ、ヨハンは気にしないんだね。少しは気にしてくれないと、私が馬鹿みたい」
漸く落ち着いたのか、「でもやっぱり、少しだけ」と言いながら周囲を見渡した。
「私は何も変わっていません。あの時のままです。だから、今の貴方達と組んだところで、赤字娘のままですよ」
チラリと俺に目をくれるデルフィ。身長の都合で若干上目遣いになっていて可愛いですはい。
「私はヨハンが居るから、ここに居られます。ヨハンが居なかったら、とっくに死んでいます。だから」
もう一度チラリ。なんなのさっきから。可愛い。
「私を幸せに出来るのは、ヨハンだけです」
ニコリと。……なんなのもう。
超格好良いんですけど。
その言葉を捨て台詞に二人してギルドの外へ出て、二歩、三歩。
「あー、デルフィさんや」
「なんだいヨハンさんや」
まるで老夫婦のようなやり取りに足を止めて、提案する。
「……結婚しよ」
「ふぁ!?」
「あ、いや、間違えた。今からデートしよう」
「どんな間違え方!?」
「いや、今のはほら、デルフィがあまりにも天使過ぎたから、『あー、もう、結婚しよ』みたいな。ね? 物語読んでると良くあるよね。尊すぎて色んな過程をすっ飛ばすやつ」
つまりあれだ。
「デルフィが可愛すぎるのが悪い」
「嬉しいけど理不尽」
だが、本心だ。何より、あんな言葉を言われてしまったのだ。もう色々と誤魔化すのは止めよう。
先ほどの言葉を反芻しているのか、デルフィの顔が見る見るうちに赤くなっていく。くっそ可愛い。
「好き。超好き」
「や、ちょ、まって、顔見ないで」
デルフィが手を顔の前に出して隠そうとしている。隠せていないし、元々白い肌は赤くなったら非常に分かりやすい。
うむ、可愛い。
「じゃ、デートしよう」
デルフィは暫く「ぁぅぁぅぁぅ」と周囲を見渡し、顔から湯気を出しながら、
「……はい」
と、返事をした。
「それはどっちのお返事?」
「で、デートで! デートのほうで!」
まぁ、後でもう一度しっかりと告白をしよう。さすがに今の「好き。超好き」だけで終わらせたくない。
さて、どんなデートをしようか。
俺はウキウキしながらデルフィの手を取り、見知った、いつもよりも綺麗な町へ繰り出した。