お願い
お互いがお互いの自己紹介をするため、とりあえずカフェに来ました。
ナンパではない。断じてない。
で、一通りお互いの情報を知って、先ほどの命が抜けるような感覚こそ魔力が身体から抜けるような感覚なのだと知った。
マジかよ、皆あんな感覚を毎日感じてるのかよ。信じられねぇ。初めて魔力使えなくて良かったと思ったね。
ついでに目の前のデルフィさん。幼く見えるけど、もう直ぐ成人なんだと。十二歳くらいとか思っちゃってごめんなさい。
超綺麗ですね美人さんですねわぁなんて素敵なお姉さんなんだろう。
で、まぁ俺が今まで一度も魔力を抜かれた事が無いと知ると、デルフィは再び驚愕の表情を見せた。
「本当ですか。いやでも、それならあの感覚も……いやいや」
魔力を抜かれた感覚は中々慣れないだろうが、これで前触れ無く内側から破裂する恐れはなくなった。
「内部から破裂って……なんですかそれ」
「調べた限りの前例が一件あってね。俺みたいに魔力を出せない子供が、五歳で破裂したらしいよ」
初めて聞いたときは「え、なにそれ怖い」と思ったものだ。
「えぇ……大丈夫なんですか!?」
なんとか生きて来られているので大丈夫。それにこれからはそんな心配をする必要も無い。
デルフィに抜いてもらえばいいのだ。
……デルフィに抜いてもらうって、なんかエロいな。
別にエロいことを考えていたわけではない。言い方が悪かった。デルフィに吸ってもらえばいい。これでいいか。
エロいこと考えてたわけじゃないんだからね! とか考えていたらなんか逆にエロい事を妄想してしまった。十五歳の性欲とは恐ろしい。
デルフィが「はやく出して下さい(魔力を)」とか「私に、ください(魔力を)」とか。いかん。実にけしからん。
そう言えば抜かれたとき(魔力を)、白い肌が若干上気していたような気が。駄目だ。妄想が捗る。
実際デルフィは可愛い。色は白く、身体は痩せ細っているが、個々のパーツは悪くない。もしも思うがままご飯を食べさせて肉付きを良くし、年相応に見えるよう成長すれば、間違いなく誰もが振り向く美人になるだろう。
残念ながら今の様子を見る限り、それは難しい。
デルフィの見た目は魔力欠乏症も一役買っているのだと思うのだ。
魔力が十分足りていれば、取った栄養は身体を成長させる方向へ向かう。だが、魔力が足りなければ栄養は魔力を生み出す方向へ向かう。
常に魔力が足りないというのは、常に栄養が足りないと同義。
俺みたいに魔力が出ないのは勿論、デルフィのように魔力が少なすぎるのも大変なのだと知った。
「穴の開いたバケツみたいだな」
「言い得て妙ですね」
水を汲んでも穴から落ち、残るのは底に溜まった穴に届かない程度の少量。
そもそも水の溜まり方が水を汲む方式ではなく、雨だれが一滴一滴溜まるのを待っているような感じだ。
ある点に達すればそれ以上は零れるだけだし、使える量も多くない。
あれ、もしかしてこっち系で論文でも書けるのでは?
栄養と身体成長と魔力欠乏の関係とか、魔力タンクによる身体育成についてとか。……いや、俺が思う程度のことは既に先人がやっているだろう。無駄無駄。
「それで、えっと、お願いがあるんですけど」
「お願い?」
何か頼むことがあるのだろうか。
いや、無い。
他の人ならともかく、何も出来ない俺に頼み事なんて、あるはずがない。俺に出来ないことでも他の人なら出来る。他の人に出来ないことは俺にも出来ない。俺に出来る事は他の人ならもっと簡単に出来る。
つまり俺に物を頼むメリットは無い。
「私とパーティを組んでください!」
パーティね。パーティ。なるほど、それなら……ってなるはずがないだろう。
「それなら他の人の方が」
俺は魔力が出せず役立たず。デルフィは魔力が少なく半人前。半人前以下を二人集めたところで一人前にはなれないのだ。
「ヨハンさんじゃないと駄目なんです!」
「えぇ……」
デルフィが机を叩くようにして立ち上がる。何でそこで叫ぶの? 意味分からないんですけど。
「私、魔力欠乏症なんです」
「それはさっき聞いた」
同じ話を繰り返す必要は無い。だが、それをあえて繰り返すのだから、理由があるのだろう。
「当然、他の人から魔力を譲ってもらえないか試した事があります。でも駄目でした。入れるそばから抜けていって、しかも他人の癖のある魔力は扱いにくくて、まともに扱えないんです」
え、魔力に癖とかあるの?
あぁ、でも確かに、同じ結果を出すにしてもAというプロセスを経るかBというプロセスを経るか、やりやすい方法は人それぞれだろう。それぞれの熟練者に、Cという全く異なる方法で今までと同じ結果を一発で出せと言われても難しい。
魔力の運用方法なんて俺には想像出来ないが、結果を生むプロセスの違いが『癖』だと言われれば納得である。
でもそれなら、俺も同じではないか。
「いえ、ヨハンさんは他の人とは明確に違う点があります。今まで魔力を出したり使ったりしたことがないということ事です」
「確かにそうだけど、癖が全く無いわけじゃないでしょ?」
いくらなんでも、そんな事あるはずが……
「全くありません」
「はい?」
……そんな事ありました。
「ヨハンさんの魔力は、真っ白で無垢な赤子のような癖の無い魔力なんです」
赤ん坊のような魔力? え? なに? 赤ん坊のような魔力で癖が無い? だから魔力をデルフィに入れても拒否反応が無いって事?
赤ん坊みたいな魔力を入れる……つまりお前がママになるんだよって話? あ、違う。そうだよね。
「今までこんな事はありませんでした」
それは俺もそうだ。今までどんなことがあろうとも、魔力が吸い出された事は無かった。
「ヨハンさんが居れば、私はまだまだ冒険者としてやっていける。ヨハンさんが居れば、きっと生活に困らないだけの依頼が受けられる」
デルフィが頭を下げる。
「お願いします。私に力を貸してください」
それは切実な願いだった。
簡単に言えば専門の魔力タンクになってくれということ。
魔力タンクとは、魔力を肩代わりする仕事だ。その人が使う分の魔力を譲渡する。自分一人の魔力では出来ないことも、他の人の魔力も使えば実行出来るという考え。本来なら誰でも務まる仕事だ。少なくとも俺以外は。
だが、デルフィにとっては事情が違う。
彼女は魔力欠乏症で、魔力を注いでもらっても、注いだそばから抜けてしまう。
魔力を渡しても長くは使えず、自分の魔力ほど簡単に扱えない。
だが、彼女は言う。
俺の魔力は自分の魔力と同じように使えるのだと。
あの短い時間で譲渡した魔力がどれだけ持つのかは分からない。だが、デルフィの様子を見れば、出会った直後に比べ、顔に覇気がある。一度だけ魔力が枯渇した人の顔を見た事があったが、それはもう酷い顔だった。今のデルフィの覇気のある顔は枯渇した人には出来ない顔だ。
俺が渡した――吸われたともいう――魔力はまだ枯渇していない。
渡した量が膨大だったのだろうか。膨大すぎて穴から抜けても関係が無いほどだったのだろうか。
今まで魔力が体を満たした事は無かったはずだ。通常なら他人の魔力を一杯まで入れれば気持ち悪くなる。あるいは入れすぎて器が耐え切れずに破裂する。だが、そんな様子は無い。デルフィの器は元々大きいのかもしれない。
……色々と考えているが、本当は考える必要など無いのだ。
デルフィ・シエンシーはヨハン・エインズワースを必要としてくれている。
誰の役にも立たず、魔法も使えず、魔力も出せない、誰からも必要とされなかった俺を。
「あのさ」
それも肉体方面ではなく、魔法方面で。
仮にも魔術師一家の分家に産まれた者として、魔力を使って誰かの役に立てる。
「俺もさ、デルフィが俺の魔力を抜いてくれるっていうなら、大歓迎なんだ。その、いきなり破裂して死ぬ恐怖から開放されるわけだし」
どれだけ待ちわびただろう。どれだけ待ち望んだだろう。
「むしろ、俺からお願いしたいくらいだ」
他の誰でもない、俺が頼られた。他に代わりなんてどこにも居ないと頼られた。
「頼む。お願いだ」
手を伸ばさない理由がどこにある。
「俺の魔力を、自由に使ってくれ」