デルフィ・シエンシー
先天性魔力欠乏症の少女、デルフィ・シエンシーは落ちこぼれ冒険者である。
この世界は全てが魔力によって決定する。魔力を用いて仕事をし、魔力を用いて運動し、魔力を用いて魔道具を動かす。
通常、この国の人間なら、どれだけ魔力が少なくても仕事をする分には問題ないだけの量を備えているはずだ。だが、彼女は仕事すら満足に出来なかった。
内包する魔力が極端に少なく、且つ回復も遅いというデルフィの病気(発症率はおよそ二億分の一)は、まるでこの世界から拒否されたかのよう。
とはいえ、デルフィは天才であった。
一目で相手の魔力量を看破し、相手の魔力の動きを把握し、どう動くかを予測する。
非常に少ない魔力を効率的に運用し、その少ない魔力からは考えにくい程強力な身体強化を行う。
まともに身体強化を行えば誰よりも強く、可憐であった。
魔力を扱うことに関して、デルフィは紛うことなき天才だった……のだが。
いかんせん魔力の絶対量が少なすぎて、精々数分しか魔力が持たない。
実戦でその程度の時間しか身体強化が持続しないのでは、全く意味が無い。そのうえ魔力が枯渇すると眩暈や耳鳴り、吐くほどの気持ち悪さに襲われ、まともに動くのも辛くなる。
故に、彼女はやはり、落ちこぼれなのだった。
爆発力はあるが継続力はない。一日で終わる仕事が終わらない。
かといって魔力タンクは高くて雇えない。しかも他人の魔力は扱いにくく、自分の魔力を操るようにはいかない。仮に魔力タンクを雇っても、平均以下に落ち着いてしまう。それでは雇った魔力タンクが一人で動いた方が得である。
結果的にデルフィに浴びせられるのは心無い言葉。
「ガリガリ」
「使えない」
「赤字娘」
相手に蔑んでいるつもりはないだろう、些細な言葉だ。だがそれも、魔力欠乏症を患っているデルフィには聞き流すことが出来ないもの。
小さな身体はコンプレックスだった。あと少しで成人になるというのに、それよりも余程幼く見られる。
少ない魔力はコンプレックスだった。魔力の器に空きはあるのに、まるで水滴が落ちるのを眺めているような、いつまで経っても底にしか溜まらない感覚には嫌気がさす。
だから、人とぶつかって、その人を見上げたとき、私は思わず圧倒され、嫉妬した。
その身体に詰まった魔力量に。
あぁ、なんと恵まれた人なのだろう、と。
今にも身体から溢れだしそうなほどの魔力量。常人なら持つことが不可能な程の魔力。身体の中で圧縮しているのだろうか、そうでなければ理解出来ないほど力強く、澄んでいる。そんな事をしなければならないほど、この人は魔力が豊富なのだ。
その豊富な魔力で、今までどんな事をしてきたのだろう。
人助けだろうか。弱きを助け、強きを挫いてきたのだろうか。
あるいはその圧倒的実力で横暴になり、人を蔑ろにしてきたのだろうか。
「大丈夫?」
まるで声にさえ魔力を含んでいるような、心地良い透明感のある声。
どちらにしても、住む世界が違う。魔力欠乏症のデルフィとは正反対。
――私なんかが関われるような人じゃない。
「えぇ、大丈夫です」
彼が手を差し延べてきた。あぁ、良かった。少なくとも横暴な人ではなさそうだ。
そう思って手を取ると、えも言われぬ感覚が身体の中を衝き抜けた
身体がカッと熱くなり、力が湧き出て、なんとも心地の良い感覚。身体全てを包まれたかのような感覚。
思わず手を放すと、彼も同じように驚いて手を引っ込めていた。
今のは? という戸惑いの声までも重なり、思わず顔を見合わせる。
そして今一度、彼の手を取った。
再び感じる暖かく、満たされるようで、気持ちの良い……
あぁ、これは魔力だ。膨大な魔力がデルフィに流れ込んでいる。だが、かつてこれほどの魔力を受け取った事があっただろうか。
記憶を呼び覚まし、前例を探す。少なくとも、他の冒険者からは無い。
さらに記憶を探っていると、とても小さく、ともすれば全然違うと言ってしまいそうなほど小さな感覚を、一度だけ経験した事があることに気が付いた。
それは、無垢な魔力。真っ白で何も知らない、純粋な力の塊。
妹が産まれ、私が初めて抱っこした日のそれと、量は圧倒的に違うが、近い物を感じる。
なんとも幸福感が募る体験で、その時は妹が産まれた事によるものだろうと思っていた。そうやって一度も使われていない魔力の事を思い出していると、目の前の存在を強く意識する。
そんなはずは無い。
三歳児にもなれば誰もが魔力で肉体を強化し、魔力を使うときの癖が生まれる。そうでなくとも最低一度は魔道具に魔力を込める。そうすれば魔道具の方向性に癖がつく。
一度も使われていない魔力など、有り得ない。
ならば考えられるのは、非常に考えにくい事だが、デルフィと全く同じ力の使い方、全く同じ癖を持っていると言う事。自分と同一の魔力で常に枯渇寸前な器に魔力が満たされれば、それはどれだけ幸せなことだろう。
「これは……えぇ? すごっ……」
考えて考えて考え抜いて、それでも否定したくなるような結論を出して、デルフィは混乱する。
「貴方は一体?」
――ヨハン・エインズワース。
冒険者の中では有名らしいが、デルフィは知らなかった。自分の事で精一杯だったから。
それは先ほど「有り得ない」と結論を出した方が正解の、『蓄電池』と呼ばれる、ある意味で常識外れな男性だった。