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ヨハン・エインズワース

 ヨハン・エインズワースは有名な魔術師の生まれ……の横にある小さな分家で産まれた子供である。

 所謂魔術師一家であり、父も母も兄も妹も、全員が才能を開花させ魔法を巧みに操り人の役に立っている。

 ヨハンが産まれた時は『この子は神童だ』と謳われていた。それはヨハンの内包する魔力量が、尋常じゃない量であったからだ。魔法が全てを決めている世界であれば、魔力量が多い事を喜ぶのは当然。

 だが、ヨハンの評価は僅か三日で一変する。

 幼子は魔力を放出する術を知らない。その為、家族が魔力を抽出し、魔道具に与える事で魔力を枯渇させる。枯渇寸前にまで追い込めば、魔力が回復するときは上限が上がる。魔術師の家系は当然のように、ヨハンから魔力を抜き出そうとした。

 もうお分かりだろう。

 初めての魔術抽出が行われたのは、生後三日目の事。

 結論から言えば、ヨハンの身体から魔力が奪われる事は無かった。

 どんな魔道具を用いても、誰が魔力の代替を試そうとも、一切魔力が出せなかったのである。

 こんな事は始めてだと父が調べた結果、嘗て同じように魔力が一切引き出せない子供が居たらしい。

 その子供は自分でも魔法を発現する事が出来ず、五年を待たずに魔力が身体を食い破って内側から破裂した。

 どう魔法を教えようと、周囲がどんな魔法を使おうと、どんな魔道具を渡そうと、魔力が放出されること無く溜まっていった結果である。

 遅くて五年。それがヨハンの寿命だった。

 遅くて、だ。

 というのも、嘗ての子供は平民の生まれで、魔力は平民の持つ標準程度しか無かったらしい。それが僅か五年で破裂したのだから、元から魔力量の多いヨハンは果たして何日持つのかという話。

 何時死ぬかも分からないヨハンを養うこと早五年。

 予想に反してヨハンは死ななかった。それどころか魔力量の底が見えず、増加の一途を辿っている。

 勿論、一欠片も魔力は外に出なかったが。

「なんかもう大丈夫なんじゃない?」

 楽観視が過ぎる言葉であったが、なんとなくヨハンもそんな気がしていた。

 とはいえ、魔術師一家として魔力に貢献できない無駄飯食いだけは御免だと、ヨハンは外に仕事を求める。

 五歳になれば家の手伝いなど当たり前。

 少しでも小銭稼ぎになればと思って父と共に訪れたのが冒険者ギルドである。

 冒険譚には憧れた。同時に自分には縁が無いものと知っていた。

 冒険者ならなんだって仕事になる。雑草を刈るのでも、薬草を採取するのも、簡単な依頼は沢山ある。

 そう考えての事だったが、ここでも魔法を使えないと言うのは大きな差となって現れる。

 当たり前のことだが、依頼は基本的に身体強化の魔法を使うことが前提。スラムの三歳児でも使えるのだから当たり前だ。

 雑用依頼の基準となる量が違う。ヨハンが三日分だと思った仕事は、常人には一日も掛からなかった。

 その事実が辛く、早くも心が折れそうになる。

 それでも、時間をかけても問題ないと思われる、誰もが面倒臭くて手を出さない依頼をこなしていった。

 魔力で補えないのなら肉体で補えば良いと身体を鍛えたが、それでも魔力を使った子供にも及ばない。そもそも、そんなことはどの冒険者もやっていることだ。やっていて、さらに魔法を使うのだ。

 それでも、それでもと一日一日を過ごしていた。

 人並み以上に身体は鍛えられ、やがてヨハンは死ぬこと無く十五歳(成人)を迎えた。

 ……が、やっぱりこの世界は身体強化ありき。

 ヨハンは雑魚中の雑魚として『成人男性はおろか、女子供にも負ける』と、悪い意味で有名になっていた。

 相変わらず魔力量だけは上限知らずに成長し続けている。勿論取り出せないので宝の持ち腐れ。

 付いたあだ名は数知れず。

 その中の一つとして、以下の物がある。

「よう、蓄電池。元気か?」

「お、蓄電池は今日も雑草刈りか?」

 魔力内包量が高いのは多くの人が知っていた。そして魔法を使えない事も広く知れ渡っていた。

 蓄電池。

 この世界にも一応電気と言うものが存在する。かつて魔法の変わりになるかと噂されたが、魔法の方が圧倒的便利であるため、普及する前に廃れていった。

 その時の開発の一つとして、電池というものがある。詳しくは知らないが、なんでもエネルギーを事前に溜め込んでおき、使うときにエネルギーを放出するもので、電池さえ交換すれば機械が動くというものらしい。

 ……そんなもん魔力で動かせばいいだろ。という声で機械はあっという間に姿を消した。正確には魔力で運用可能な方式に変化したのだが、それは魔道具と言うべきで、電気で動く『機械』は姿を消したと言って良い。

 残ったのは使い道の無い電池だけ。

 使う用途のないエネルギーを溜め込んだ蓄電池。

 使う用途のない魔力を溜め込んだヨハン・エインズワース。

 なんとも皮肉が効いているではないか。

 ヨハンは思う。

「(俺は弱い)」

 魔力は腕力に変換できず、魔法も扱えず、人に魔力を譲渡する魔力タンクの仕事すら出来ない。

 もしも機械と電池が広く普及していれば、この電池と言う評価は別の意味になったのだろうか。

「(俺は弱い。俺と関わった誰もが知っている)」

 魔力だけの木偶の坊。

 だが、勘違いしないで欲しい。ヨハンは別に腐っているわけではない。

 弱いのを弱いと自覚し、唯一出来るであろう仕事に従事しているのだ。

 蓄電池という呼び名はヨハンにとって蔑称でもなんでも無い。ただのあだ名である。

「俺は思うわけよ」

 独り言である。

「俺が弱いなら、俺を守る人が強ければいいじゃないと」

 堂々のヒモ宣言であった。

 そんなこんなで今日の依頼を受けに冒険者ギルドへ向かう最中の事だった。

 角を曲がった時、小さな少女とぶつかった。

 今時そんなベタな……と思うかもしれないが、これがヨハンの転機であったのは間違いない。

 少女は踏みとどまることが出来ず、尻持ちをつく。

「大丈夫?」

 酷くくすんだ赤髪の少女だ。肌も青白く、華奢。今すぐ連れ帰ってご飯をモリモリ食べさせたいと感じてしまうような、僅か十二歳程の少女。

 扱かしてしまったのは悪かったなと思いつつ、手を差し伸べる。

「えぇ、大丈夫です」

 少女はヨハンを一目見ると、一度大きく目を開いてから口にした。

 ……こんな小さな女の子にも悪評が広がっているのかと考えると頭痛がする。

 少女は立ち上がろうと差し出された手を取る。

 まさにその瞬間。

 ヨハンは今まで感じた事の無い感覚に襲われた。

 それはまるで、身体の中から命を奪っていくかのような感覚であり、恐ろしさから思わず手を放してしまった。

 少女の方も同時に手を放し、自らの手をグッパッと動かしている。

「「今のは……?」」

 呟いたのは二人同時の事であった。

 そして再びお互いが目を合わせたのも同時だった。

「えっと……」

 確認するかのようにヨハンは再び手を差し伸べる。

 少女も恐る恐るその手を取り、再び先ほどの感覚が襲ってきた。

 まるで何かが抜けていくような感覚。自分の大事な物が失われていく感覚。だが、血が抜けるのとは少し違う。違うが、似ている。

「これは……えぇ? すごっ……。貴方は一体?」

「はぇ?」

 ヨハンは一体なんのことだか分からないが、少女はそれがなんなのか分かるようだ。

「ヨハン・エインズワース。一部で話題の蓄電池です」

 ならばまずは教えてもらおうと、自己紹介をして少女を立たせる。

「デルフィ・シエンシーです」

 デルフィと名乗った少女の髪色は、なんだか先ほどよりも色付いて見えた。




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