第5話 朝ごはんを作ろうか。
「や、ヤバいヤバいヤバい!!」
「・・・・・?」
日差しが眩しく思う中、ハジメはララリアの悲鳴を聞いて目を覚ました。
「ララちゃん?」
薄っすらと開いた瞳を尻目へ移動させて、ハジメは声の方へと視線を移し、
「え?」
一瞬頭の中が白くすると、
「あ!は、ハジメさん!おはようございま・・・・、うわぁぁぁ!!」
「ちょ、ちょ、ちょ、な、何!?」
目の前で燃え盛っていた炎に、ツインテールに髪型を変えていたララリアが怯えているのを見て、ハジメはすぐに消しにかかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一先ず事なきを得て、燃え盛っていた魔法機がハジメの魔法によって一旦鎮火された後、ベットの上で額を抑えながらそこに座っているハジメの前で、ララリアは正座をさせられて、静かに俯いていた。
近代まれに見ぬ、懐かしい説教スタイルである。
「で?」
頭痛で重い頭をゆっくりと持ち上げて、長く伸びた金色の前髪から空色の双眸を覗かせ、ララリアに事の次第の説明を一言で求めると、ララリアは怯えたようにビクリと肩を竦ませた。
ただ、今回の件についてはハジメも無視するわけに行かない。
「ララちゃん。大丈夫。私怒ったりしないから。ちょっとなんでこんな事になったのか少し気になっただけなの」
「い、いや。そのえっと・・・・、は、ハジメさん?」
「弁解の余地は与えるから精々言い訳してみてよ」
「怒る気しかないっ!?」
既にララリアの顔面は蒼白を通り越して真っ青だった。
ハジメの背後から見える黒い靄を感じ取って、条件反射で自らの身を案じて両手を顔の前に掲げてしまうほどには恐縮していた。
ただ、ハジメにはそんな反応で今回の件について許す気はないらしく、ひたすら黙り続けるハジメが逆に怖かったので、すげなく降参して膝の前に握りこぶしをおくと、恐る恐る先程の事件に至った経緯を説明しだした。
「料理を作ろうとしてて・・・・」
「ああ、朝ごはん?」
「はい・・・・、・・・・!」
そこまで説明して、ララリアが何かを思いついたように顔を上げる。
するとハジメの方を堂々と向いて、言い訳がましくペラペラと語りだした。
「それで魔法道具を使用したらこれが予想以上に燃え上がりまして!まさか私もあんな惨事になってしまうなんて思わなかったものですから!」
そんなわけ無いでしょ・・・・・・。
世間体に疎いハジメにも容易に分かってしまう詭弁を語っていた。
だが、そんなララリアにハジメは一つ頷いた。
「そっか、じゃあ仕方ないね」
「!・・・そ、そうなんです!これが仕方なくって、もうどうしようもないったら・・・・」
「じゃあちょっとそれ作った企業調べて来るね」
「・・・・あ、あの」
ふと、ララリアが悪意のある何かを感じ取った。
「危ないから潰してくる」
「ハジメさんごめんなさいすべて私のせいです止めてくださいお願いします!」
ハジメがどのような存在かを知っているため、ララリアはハジメが本当にそんなことをやるとは思っていないが、やろうと思えば出来てしまいそうなので、軽く悪寒が走るのを感じてハジメに必死で弁解した。
ハジメは「冗談だよ」と一言伝えると、安心したようにほっと息をついたララリアにもう一度問いかける。
「で?本当は?」
「はい、・・・・その、火力が足りないなと思いまして・・・・」
「うん」
「魔法で・・・、こう、ポンって付けたら」
「引火しちゃったと・・・・・」
まぁ、それであの程度で済んだのなら良かったかな・・・・。
ハジメの知識では、ララリアの行った行動をしてしまうと甚大な事件に発展してしまう恐れもあった。
ララリアの使用していた魔法道具は、一般的に持ち運びコンロと呼ばれる魔法道具で、遠出などをする時に使われている発火道具だ。
その機器に収められた発火燃料は火炎石と呼ばれる魔法石の一種であり、その名の通りある一定の魔力量に反応して発火するものなのだが、これが瞬間的に企画料より大きな魔力に触れてしまうと大爆発を起こすことがあるのだ。
最近はその対策も行われているのか、今回ララリアの魔法に触れてしまってもそこまで発展しなかったことは、幸いと言って差し支えないだろう。
ハジメはことの末路を理解すると、呆れたように額に手を当てて、少しだけ叱ってやろうとした。もちろん運の良いことに今回は無事に終息したため、軽く叱るだけにするつもりだったのだが。
その後に続くララリアの言葉に、硬直することになった。
「その・・・・・・、爆発しだして」
「ーーーーー」
硬直したハジメから、ピシリという音が聞こえた気がしたが、ララリアは焦って口早に説明しだす。
「その、爆発したので発火燃料の火炎石を燃やし尽くせばいいと思って!更に高出力の魔法で燃やし尽くしたんです!」
「・・・・・ララちゃん」
「ひぃっ!」
不穏な空気が重さをまして、肩にのしかかる重圧のような威圧感に全身に悪寒が走り、先程よりも大きく肩をはねさせた。
すると更に動揺しだして、目に若干の涙を浮かべて、今度はセクセクと五指や手を使って、なぜだか頭から2本伸びる紅色の髪の毛もワタワタと動かしながら説明しだす。
「そそそ、そしたら!また発火石が大きく反応しだして!えっと、このままだと危ないと思ったので・・・・・」
「うん。言ってみて」
ハジメは驚くほどにきれいな笑顔を浮かべていた。例えるならば、死人に向けるような優しく美しい笑顔だろうか。
ゾゾゾと、彼女の中に死の直感ににも近い何かが通り抜けていき、今度はララリアが体を硬直させて小刻みに体を震わせながら、うるうると瞳を潤ませながら、震える声で解答を言い渡す。
「窓を、開けて・・・・・」
「うん」
更に体が震えだす。
「他の魔法を、使って・・・・」
「うん」
タラタラたらと、浮かんでいた涙が恐怖にこぼれだす。
「気づかれないようにハジメさんに音量遮断の魔法機を付けてから・・・、それを外に飛ばして、なんとかだれもいない天空で大爆発を・・・・して・・・くれて」
「ララちゃん」
「やっその!」
ついには逃げ出したい衝動と逃げ出さなければという本能にかられて、無意識にギギギと鈍い音を立てながら顔がそっぽを向く。だが、そこで気づいた。
「あっ」
ハジメが見ていたのは最終的に炎が宿内で発生していたところのみであり、余計なことまで口走ってしまったことを悟った。
それでもなんとか話を反らせればと、ハジメの方に再び顔を戻して、初めの話題に主旨を戻す。
「気づいたら残った魔法石の残骸が発火してたので・・・・」
「ララちゃん」
「は、・・・・はい」
しかしそんなことで話しを紛らわせることなどやはりできるはずもなく、ララリアはハジメの変わらぬ形相に物語の死神を重ねる。
「15分、しっかりお話聞けるよね?」
「・・・・・・はいっ」
鎌を首筋に当てられている気がしたララリアは、最終的にはその全身を蒼白に染め上げて死神を受け入れた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はい、お説教終了」
「や、やっと終わりました・・・・・・」
相変わらず震えているララリアの膝が、その物凄さを語っている。
だがハジメから終了の言葉をもらったことで、少しホッと息をついた。
今回の件について15分だとハジメにとっては少し物足りないくらいなのだが、その分質を高めて叱ってやったのでハジメも疲れたとばかりにベットに体重をかける。
「ハジメさん!怖かったですー!」
「うおっと・・・」
怒ったの私なのに、それでも私に抱きついてくるのか・・・・・。ちょっと凄いかも。
腰元に縋るように抱きついてきた少女にそんな感想をハジメは抱いた。
猫のようにハジメのお腹に頬をスリスリと気持ちよさ気に付けてくるので、叱るだけ叱ったためアメを与えても構わないだろうと、ハジメは彼女の紅色の髪の毛を撫でる。上の方で二つにまとめてあるため、昨日とも少しさわり心地が違う。
「ララちゃんって、普段からその髪型なの?」
「え?そうですねぇ・・・・・、特に決まってませんよ?その日の気分次第です。あっ、ハジメさんとお揃いにします!」
「私は髪のことあんまり考えないから、一緒にしないほうが良いよ?」
「じゃあ私がハジメさんの髪の毛のお手入れします!」
「いいよ。そんなのしなくて・・・」
髪の毛のお手入れとか、正直性に合わないんだよなぁ・・・・。
そんなことを考えていても、実はハジメの髪質はかなりいいものだ。
母譲りで明かりに照らせば輝くほどの艶やかな髪、サラサラと纏まらない繊細な毛先。万人の女性がハジメが髪の手入れを念入りにしていないという事実を知っているならば、一体なんと叫ぶことだろうか。
ただ、ハジメからはそんなことを気にする性分などとうの昔に消えており、ハジメは一つ思いつくとある提案をララリアに持ちかける。
「ねぇ、ララちゃん。今日の朝ごはんできてる?」
「あっ・・・・、ごめんなさい」
「じゃあ、今日は一緒に作ろっか」
「はい?」
途端に、呆然とハジメの腹の位置から顔をあげるララリア。
「ちょっと色々教えなくちゃかもしれないし、また今日みたいなことが起きてもあれだか・・・・」
「作ります!ハジメさんとお料理します!」
だが、すぐに満面の笑みをその顔に浮かべて、子供のごとく目を輝かせながら活気に了解の返事をした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それから数分後
ララリアとハジメは宿の厨房に立っていた。
こ、ここは・・・・・。
見渡せば隅々まで清潔にされて、光さえ幻視してしまいそうなきれいな厨房。明らかに二人で使うには広すぎる面積。さらには包丁や鍋の種類だけ見てもここがどれだけいい宿かという事が分かる。
まな板に使用されている木など、本当に料理に使用されるべきなのかわからないほどの材質を感じる。
なんでこんなところに立ってるの私!?
当然のことに、ハジメにはこんな状況になることなど予想の範疇であるはずもなかった。
ハジメは事の張本人にゆっくりと目を向ける。
「おばさん!ありがとうございます!」
「いいのよ、ララリアちゃんの頼みだもの。可愛い子には優しくしなくちゃね?ふふふ」
意気揚々とどうやらここの料理長らしき茶髪のストレートヘアーの、見た目若そうな女と会話をしていた。
そして周りには白いコックの正装に身を包んだ、複数人の男女。やんややんやと少し騒がしく、ララリアを中心に群がっている。
今のララリアにはどうやら幻覚魔法がかかっているらしく、本当に角など魔族らしきものは隠していたようだ。ただし容姿やスタイルは全く変えてはいないが。
ハジメはララリアの人付き合いの良さに少し感心しつつ、
ララちゃん私より人付き合いがうまい!?
軽く驚愕していたハジメの前で、彼女たちの会話は続く。
「それに、好きな男のために作ってあげるんでしょ?」
ちらりとコック長の視線がハジメに向いた。
おい・・・・・。
「違いますよ!大好きな人です!」
「「「「きゃーーー!!」」」」
「「「おぉ・・・」」」
そして顔を少し赤く染めて、声を張り上げる女子たちと、堂々としたその物言いに感心する男子達。
「いいわねぇ、思い出すわ。私も若い頃はよく好きな人にお料理を作ってあげたものだもの」
記憶に思いふけるように頬を片手で優しく触れた彼女の貫禄は、明らかに20代のそれではない。見た目に似合わず意外と歳を重ねているのかもしれない。
そして周りの男女もそれぞれに反応を示す。
「それにしても、ララリアちゃん可愛いわぁ!こんな娘に好かれるなんて、相手の人は絶対幸せだわ!」
「てか、こんな可愛い娘と釣り合い取れてんのかね?」
「何いってるの!?さっきから居るあそこの方よね!?」
そう言って黒髪おさげの一人の少女が人差し指をハジメに向けると、他の面々もハジメへと瞳をそれぞれ動かした。
スラリと伸びる長い足。きれいに映える後ろで一つにまとめられたきらびやかな金色の髪。きめ細かく、繊細で美しい白い肌に映るのは、静かにこちらを見据える誰でも射止めてしまいそうな空色の双眸。
「あの方に射止められない人などいないわ!」
「「「「た、確かに・・・・」」」」
勘違いしたまま納得されちゃったよ・・・・・・。
興奮気味に語るおさげの少女に同調する面々に、ハジメは呆れたような悲しいような視線を送る。
ここまで来て既にハジメの女性としての尊厳というものは中々に傷つけられているが、まさかここで追撃が終わることなどなかった。
「おい、あいつ・・・・」
「ええ、やべっすね・・・・」
「おう・・・・」
グループの中の男子たちがハジメに訝しげな目を向け始めたかと思えば。
「「「このイケメンがっ!!」」」
嫉妬の一言を小声で浴びせる。だが半ば人間ではないハジメにそれは聞こえていた。
私女なのにっ!!
ララリアが仲良くしている中、まさか好意を寄せている相手が女だとは叫ぶことが出来ず、心のなかで激しく抗議する。
しかし、まだ追撃は終わらない。
「「「だが少し華奢なその姿・・・・そして少し感じさせるその顔立ち、男の娘のくせにっ!!」」」
もうどうしようもないなぁこれ・・・・・・。
若干涙目であった。
「・・・・・・」
ハジメが厨房でそんな反応をしている中、ララリアがそちらを向いてそわそわと落ち着きがなさそうにしているのにコック長は気づいた。
「じゃあ、そろそろ私たちは行くわよ」
「え?もう?コック長もう少しだけ・・・・」
「ララリアちゃんはまだご飯食べてないんでしょう?私達が行かないと作れないじゃない」
「そう言えばそうでしたね・・・・」
おさげの女子はコック長の言葉に納得したようにすると、ララリアの方を一度向く。
視線の先に映るララリアは、いつの間にやらハジメの方を向いていて、おさげ女子に見られていることなど全く気づいていない。
その可愛らしいララリアの姿は、まるで母親を求める子供のようだとおさげの彼女はふと思った。
「行きましょうみんな」
コック長の声がかかり、さり気なくその場を去ろうと外へと男女達は動き出した。
足音を聞いて彼女らが去っていくのを悟ったララリアがそちらを振り返ると、コック長がララリアにお別れの挨拶をした。
「じゃあね、ララリアちゃん頑張って」
「はい!おばさん!」
元気よく答えたララリアに、彼女は振り向きざまに優しい笑みを浮かべながら、
「元気でね」
「おばさんも!」
それだけ二人が交わすと、調理室にララリアとハジメの二人を残して、彼女たちは厨房から出ていった。
・・・・元気で?
少し不可解なものをハジメは感じた。
「ハジメさん、朝ごはんはなにをつくりましょうか!」
が、ララリアの笑顔を見たら、特に気にすることもなくなってしまった。
ララリアに言われて、ハジメは顎に指を立てながらメニューを思案する。少し立ってからララリアを見下して、
「ララちゃんは何か食べたい物ない?」
「ハジメさんに好きなものを食べてもらいたいです!」
「え、えっと・・・・、そう?」
一切の優しさでそんなことを言われてしまっては、ハジメも困ってしまう。
今のララリアのにある行動の根端は、恐らくハジメに喜んでもらう事だ。もちろんそれは脅迫めいたハジメに尽くすことへの使命感からくるものではなく、ともすればそれは、楽しく二人で食事を取りたいという様な、可愛らしい願望とも言わないささやかな願いであった。
朝ごはんだしなぁ・・・・。
またハジメは考えると、知識の中で最も無難なところを選択する。
「パンとサラダと、スープなら食べやすいからそれでいいかな?」
「も、もちろんです」
「・・・・・・・お肉もちょっと入れよっか」
「はい!もちろんです!」
わかりやすいなぁ・・・・・・。
あからさまな程に嬉しそうな表情を見せられて、ハジメはクスリと軽く笑った。
ちょっと長めなので、一旦っここできらせていただきます。