第4話 殺戮兵器は決意しました。
月明かりがその強さをましたようにハジメが感じたのは、恐らく間違いではないだろう。
淡く暗い色をした雲の中から堂々とした満月が覗いて、ベットに座るハジメの側で安心しきった様子で寝息を立てるララリアを美麗に照らしていた。
「すぅ・・・・・、すぅ・・・・・」
規則的に聞こえてくる小さな吐息は、まるで静かに零れ落ちる水滴のようにに耳に心地よく、ララリアの紅色の髪をまたゆっくりと撫でた。
小さいなぁ・・・・・。
彼女の顔に触れることで、ハジメは改めてそんな感想を抱いた。
まだ若くハリのあるきめ細かい肌と、小さく華奢で弱々しげなその体。本当に自分を救ったのか、少し疑ってしまうほどの体つきだ。
でも多分、助けられたんだよね・・・・・。
薄く微笑んで、顔に掛かっていた長い髪の毛を細い指でのけた。
同居を容認した。その事実にララリアはハジメのほうが驚いてしまうほどに、泣きじゃくって疲れ果てて眠ってしまうまで歓喜していた。
ありがとうございますと、ハジメが久しく聞いていなかった言葉を、少女は何度もハジメに伝えた。
大好きですと、聞いてるこちらが恥ずかしくなってしまうくらいに何度も何度も伝えられた。
残像のように心に残った言霊が、ハジメの心に優しく触れるとともに、やはり、彼女の中の疑念を強くしていた。
私は本当に、この娘になにをしたんだろ・・・・・。
一体自分が何を彼女に与えたのか、ハジメにはとても気がかりだった。
記憶にないだけであれば、忘れてしまったということもあるだろう。もしかしたら数日の付き合いだったという可能性も、ララリアから詳しい話を聞いていない為ありえる。
だが、不可解なことに、ハジメにはそのことに関しての記憶があるどころか、彼女との対面が全くの初対面なような気がしてならなかった。
忘れていたのではなく、そもそもハジメはララリアのことを知らなかったのだ。
誰かと勘違いしてるんじゃないかなぁ・・・・・。とか言える好かれ方でもない気がするし・・・・・。
そんなことを考えて、ハジメは暫くララリアの横で懊悩としていた。
記憶を消去される魔法をかけられた?
一瞬だけ、ハジメはそんなことを思うが、すぐにその考えは消えていく。
いや、それこそないか。私が負けるなんて、あんな戦争でもない限り絶対に有り得なかったし。
なぜなら、ハジメは絶対の存在であったからだ。
彼女を一言で言い表すならば、人類最強であり、もしくは殺戮兵器である。
何かを壊すために生まれた存在が、負けるなんてことは簡単にあって良いことではないし、あり得ることでもない。
ハジメを捕らえたいならば、あの戦争の時のように、少なくとも100万の兵は犠牲にせねばならないだろう。もっとも、あの戦争は決してハジメを捕らえるために行われた戦いではなく、単純にハジメを殺さんとした戦いであったが。
考えれば考えるうちに、ハジメの気持ちが徐々に重くなっていった。
自分はなんて世界にとって卑屈な存在で、気味の悪い奴なんだろうと。
生きたいとは願ったけれども、やはりあそこで消えるべき存在だったのではないかと。
彼女を照らす月の存在が、途方もなく兵器の存在を知らしめているようで、憎たらしかった。
「ハジメさん・・・・・?」
「ん?どうしたの?」
胸のあたりに自然と力を込めたハジメを見上げて、どうやら浅眠りで目が冷めてしまったらしいララリアが、ハジメの様子に何か嫌なものを感じて問いかけた。
しかし、ハジメは敢えてその心情に気づいていないように、疑問の問いかけに再び疑問で返した。
「・・・・・ハジメさん。寝ないんですか?」
そんな卑屈とも取れるであろう態度に対しても、ララリアはハジメを尊重して聞くべき話題から主旨を逸した。
「う〜ん。お酒があればすぐ寝れるけど、ずっと眠ってたから今は眠れないかなぁ」
「ありますよ。飲みますか?」
「・・・・小さい子は飲酒禁止だよ」
「ハジメさんのお酒ですから、飲んでませんよ」
「いいよ。後で貰うけど」
「そうですか」
そういうララリアの髪が僅かに風に吹かれて揺れて、ハジメは布団に乗り出して窓を閉めた。
そのままララリアとは顔を合わせずに、さり気なく、あまり重い話しにならないように軽い口調で聞く。
「ねぇ、ララちゃん。君に私は何をしたの?」
「・・・・何、ですか?」
「うん。私は君を・・・、助けたのかな?」
「助け・・・、ましたかね」
あ、あれ?
てっきりこんなに慕ってくるものだから、物語の主人公のようにさっそうと現れて敵を撃退したりと言うような、そんな輝かしい出会いを予想していたのだが、どうもララリアの反応を見るに違うようだとハジメは感じた。
そんな風に聞いてみると余計謎が深まって唸り始めたハジメに、ララリアは眠気混じりに薄っすらと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私はちゃんとハジメさんに助けられましたから」
ララリアの言葉を聞いて、一度振り返って軽くハジメは一旦納得したように首肯した。
すると、今度はララリアがハジメに疑問をぶつける番だった。
「ハジメさん、私からも質問いいですか?」
ハジメは言われて一度彼女の表情を確認してから了承する。
「いいよ」
「じゃあ、ハジメさんは、なんで私と一緒にいてくれる気になったんですか?」
それはこの状況で、誰かこの事を他に知っている人物がいたならば誰もが思うであろう、当然の疑問だった。
しかし、ハジメの答えは誰が思うよりも実に簡単だった。
「気が変わったからかな」
そして、不明瞭な答えだった。
単純なのに、濃い霧をかぶせたように本心を覆っているようにララリアには見えた。
おそらくは、他の質問ならばララリアはここで引き下がっただろう。だが、これはハジメの口から聞いておきたいという少女の思いが、どんな答えでもかまわないから聞かせてほしいと思ったから、ララリアは意地悪そうに頬を軽く笑みに歪めて問いかけた。
「なんで気が変わったんですかね」
「やっぱり家事とか色々やってくれる人がいたほうが楽かな・・・・。って思ったから」
「それだけですか?」
「これじゃ不満かな?」
「いいえ、・・・・でもちょっと投げやりかもですね」
「そう?」
見た限りだと一向にもう一度眠る気配のないララリアの様子を見て、彼女は子守唄代わりにでもなればと、少し語りだした。
「人なんてそんなものじゃない?どこかで物の価値を見定めて、無意識に損得勘定で動いてさ。手に入る者の価値が自分の中で高くなったら、フラフラそっちによっていくの」
「・・・・私は、魔族ですけどそんな感じですね」
「生き物なんてみんなそうかもね」
はじめの言葉を聞いて、軽く苦笑するララリア。
やはりハジメの奥の方にある心情は読み取れないが、それでも良いかと、今の話を聞いてたら思えてしまった。
必要とされているのだと、前向きに受け取っておこうと考えた。
「ハジメさん」
「ん?」
「お酒飲んだときはちゃんと酔ってくださいね?」
「・・・・そりゃまたなんで?」
ハジメが理解できず首を軽くかしげると、ララリアは重たくなってきた瞼をゆっくりと瞑る。
「酔っ払ったハジメさんを看病するのが、ちょっとした夢だったので」
「そう・・・・・。まぁ、周りに迷惑がかからないところでね」
その後暫くハジメ見守られながら、また規則的に寝息をララリアは立て始めた。
スヤスヤと気持ちよさそうに眠るララリアが、とても幸せそうに見えるのは、ハジメの気のせいではないだろう。
きっと、それは近くにハジメが居るからであって。それはここ数時間共に過ごしただけの彼女にも、嫌というほどそのことは分かる。
だが、彼女は愚かな殺人兵器。人であって人でなく、近寄るものには火の粉が飛び散り、時に重症を負わせることもあるだろう。
だが、それでもこの可笑しく優しい少女の傍にいようと、彼女は決意をその身に強く宿す。
自分のために大切な時間を使ってくれたこの少女が、笑ってくれるなら近くにいてやりたいと思ったから。
もし火の粉を散らすものが近づこうものなら、今度こそ迷わず殲滅してやろうと、
勇者という名の殺人兵器は、自分の中で、少女を守り抜く覚悟を密かに宿す。
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