第2話 ハジメは彼女と暮らさない
「いや、その・・・・冷静になって考えてみよう」
「私は至って冷静ですよ!ハジメさんへのこの想いは嘘じゃあありませんし、一時期の熱による間違いなんかじゃありません!もちろん性的なニュアンスで!」
何言ってんのこの娘?
あの状況から呆然とすること約15分ほど、ハジメのリアクションは既に若干引くか顔を青ざめるか呆れ返るかのどれかに限定され始めていた。または、今回のようにすべて併せ持つ妙技なリアクションを取るかだ。
そしてその理由はハジメの眼の前にいる少女が未だに理解できない言動を取り続けているからということもあるが、どうにも会話が成立していないような感覚をハジメが感じていたからだった。
その例は挙げるまでもなく、ここで会話をまた始めれば誰もが理解することだろう。
ハジメは開いた窓から吹き抜けてくる風に服がなびかれて、いつの間にやら変えられていた洋装の寝間着に気づき、次にそのことについて問いかけた。
「ええっと、サフィアちゃんだっけ?」
「ララと呼んでください!そっちのほうが私は嬉しいです!」
「ララちゃん。私の服を着替えさせてくれたのは君・・だよね?」
「あっ、そうですよ。私が着替えさせて洗って今着ながら乾かしてます」
「そっか、なんかありがとね。色々やってもらってるみたいで・・・。さっきも助けられちゃったみたいだし」
元気よく挙手しながらララリアは自分がこなした初めての仕事を報告した。ハジメはどこか申し訳なさそうに、しかし笑みを浮かべながら自分をどうやら介抱してくれたらしい少女に礼の言葉を述べる。
そんな言葉を受けたララリアは、やはりどこか嬉しそうに目を輝かせて幼い顔の頬を抑えた。
「当然のことをしたまでですよ!」
「・・・・・・・・」
しかし、ララリアのの言葉に、ハジメは言葉を失った。
ーー私が助けられることが、当然なのだろうか?人を殺し続けた大罪人が、救われることが当然なのだろうか?
「・・・・どうかしましたか?」
「え!?ああ、いや!なんでもないよ!?」
「そうですか?」
慌てふためき両手を胸の前で振り出すハジメに、ララリアは心配そうに顔をしかめた。
ハジメは誤魔化すように愛想笑いを数秒してから、何か話題を変えたほうがいいかと言い淀むと、あることに気がつき口を開く。
「そういえば・・・、ねぇ、私の服はどこに干したの?」
「私が着て乾かしてます!」
「は?」
「人肌のぬくもりで温めたほうが早く乾くかと思いましてぇ」
「いや、わざわざ理由説明してくれって意味で言葉なくしたわけじゃないよ!?」
柔らかい声で放たれたおかしな発言に、またハジメは驚愕する。
このような会話が、先程から続いてしまって話がなかなか進まないのだ。
どうやって私をここに連れてきたのかと、素朴な疑問をハジメが問えば、
『私の抱擁な胸で大事に抱きかかえながら連れてきました!』
などと、趣旨から外れることもあり。今は何時辺りか分かるかと問うてみると、
『ハジメさんとのキルタイムです!』
と、ハジメには理解しかねる発言をしたりなど。とにかく会話が成立していないようにハジメは思っていた。
ズキズキと少し頭がいたんできたのを感じながら、ハジメは自らの常識を述べてみた
「それは止めてくれると助かる。できれば今すぐ脱いでほしい」
「なっ!?」
あ、またやったしまった・・・・。
状況に似合わぬ彼女の驚愕の表情を見て、ハジメは確信した。
「い、今脱いでって・・・・ハジメさん!」
「うん。私の服だけ返してほしい」
「ええ〜・・・・・。ちぃ!」
「何期待してたの!?」
ハジメの適応能力というものはすごいもので、この短期間で彼女に対する正しい反応の仕方が既に分かっているようだった。
一つ嘆息をついてから、彼女をもう一度ハジメは見上げる。
先程不満げに舌打ちをしたにもかかわらず、既にその表情は鳴りを潜め、浮かんでいるのはハジメへと向けられた満面の笑顔。果たしてそこに含まれた感情は、ハジメへ信頼なのか、ハジメと会えたことへの歓喜なのか。
どちらにせよ、ハジメにはそれを向けられる覚えなどなかった。
「ねぇ、ララちゃん」
「はいなんでもすか!」
だから、また元気よく、ハジメに答えたララリアの核心に触れることにした。
「君は一体、なんの種族なの?」
「ーーーー」
瞬間、ララリアの幼きそれでいて美しい顔が、少し悲しみに歪んだ気がした。
やはり触れてはいけない場所だったのかもしれないと、ハジメはチクリと胸のあたりが痛むのを感じた。
通常、人間は他の種族と関わることをしない。逆に、魔族などの他種族も人間に干渉しようとはしない。
その為、魔族であるララリアがハジメに今関わっていることは異常だった。
ララリアは一見すると人間の装いをしている。だが、その頭の端に小さく生える2本の角と、感じる禍々しい魔力は明確に人間とは違った。
だから、ハジメはもしかしたらララリアは族のはぐれであり、触れられたくなかった部分に触れてしまったのかもしれない。そんな風に憶測していた、のだがーー
「覚えてないんですか?」
「え?」
ララリアの口から聞こえた発言は、ハジメの予想していた言葉ではなかった。
「私、ハジメさんに言われたんです。自分の身の周りの世話をしてくれないかって」
「わ、私が?嘘でしょ!?」
生まれた動揺に、つい自分を指差しながらハジメは問いかけた。すると、ララリアは困ったように笑みを浮かべて「そうですか・・・」とだけ、彼女に返事をした。
見覚えが、まるで見当たらなかった。紅の髪の少女のことなど、全く覚えていなかった。だが、恐らく彼女が今悲しんであろう事は分かった。だから、見た夢のように、謝罪の言葉を口にした。
「・・・ごめんね」
「いえ、気にしないでください!」
そう振る舞いつつも彼女の眉は歪んでいて、目の下に強く力が篭っていることが、子供の見えを張ったことが、ハジメには手に取るように分かった。
脳裏をよぎる、幼い記憶。
「あっ・・・・」
言葉を告げようとしたところで、ハジメはそれを中止した。
冷静に考えてみれば、この最悪の状況と、今から彼女にとって最悪の行動を取るであろう自分が、そんな言葉をかけていいはずがなかったからだ。
「ハジメさ・・・」
「ごめん」
「え?」
空気が重くなるのをララリアは感じた。ハジメが何故か唇を噛んで、自分と目を合わさずにそんなことを言ってきたからだ。
困惑するララリアに、ハジメは告げた。
「私、帰るね?」
「えっーーー」
驚愕と悲痛な感情が、ララリアの中で混濁し、入れ混じり、終いには頭の思考を吹き飛ばす。
短期間の中だが、コロコロと表情を変えるララリアが一度も見せることのなかった無表情。
ハジメはその表情を見ることが出来ずに、ララリアの股から自分の足を抜くと、ベットから床へ降りた。
「一緒にいてくれるって・・・・」
「・・・・そうみたいだね」
「私に、お世話してくれって・・・」
「言ったみたい」
「・・・・・なんでもします」
「・・・・ごめんね?私にも都合があるから、君とは暮らせない」
「ーーー」
また、少女が黙った。否、ハジメが黙らせたのだ。
知ってる・・・・。
ハジメがひどい仕打ちを彼女にしてしまったのだ。
なんで、
ハジメは、
そんな約束してるのさ!
彼女と小指を交わしたのであろう、記憶に残らぬいつかの自分を激しく恨んだ。
「そうですよね・・・・」
「ーーー」
「ごめんなさい。急に変なこと言ってしまって、迷惑でしたね」
「・・いや、その」
「でもハジメさんが、生きててくれてよかったですよ」
「・・・・そっか、ありがと」
彼女に背を向けながら、密かにその目を大きく見開き、ハジメはできるだけ明るくそう言った。
数歩出口らしき扉へと進んで足を止めて、チラリと視線をララリアに向け、後悔した。
彼女の頬を、数滴の涙が流れていき、更に彼女は嗚咽が漏れないように口元を両手で覆っていたから。
「ーーー」
私はまた、酷いことをしてるんだな。
握る手に力が篭った。胸をズキンズキンと不思議な鎮痛が襲っている。
でも、同仕様もないんだよなぁ・・・・。
自然と床を見下ろす形になって、
「じゃあね」
長髪の金髪を揺らす彼女は、悲惨な空気をその場に残して、部屋を後にした。
変なとこで終わらせてすいません・・・。