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 第六章 咲



 剣持咲は母校の東亰大学で助教になっていた。

 自身の研究よりも学生の講義に備える時間の方が多い。そう苦笑しながら、それでも楽しそうに万全の講義をしようと努力していた。

 三十歳を越えても独り身の咲を、彼女の祖父らは心配していた。彼女自身そのことは知ってはいたが、だからといってどうなることでもないと達観していた。恋心というものがわからない以上、自身が正しく努力できるとは思わなかったのだ。

 男友達はいる。女友達もいる。それでも個人的なつき合いはどちらともなかった。

 その唯一の例外が桐原めぐるだった。

 桐原めぐるは咲にとって、憧れの存在だった。誰との間にも一線を引き、孤独を愛した。

 だからといって孤立していたわけではなかった。優秀な彼女の周りには誰かしら人が集まっていた。だがその顔触れは一定しなかった。去る者は追わず、来る者は拒まず。愛も恋も友情も、なにもない。それが彼女のスタンスだった。

 そしてそのスタンスは周囲からもはっきりと認識できた。そういう見えない壁があった。

 咲自身、孤独は嫌いではなかった。中学生の頃から、恋愛話に華を咲かす女友達をまったく理解できない自分がおかしいのではないかと思っていた。もしかして同性愛者なのかもしれないとも思ったが、そういうわけでもないらしい。

 だから友人たちの中にいながら、精神的に孤立を深めていた。ただ孤独が嫌ではなかったから、苦しいとも思わなかった。他人の中でひっそりと思索に耽る。

 そして思春期特有の、ある種の感情の発露がごっそりと抜け落ちていることに気づいた。

 どうして恋愛に夢中になれるのか、どうして親に反抗するのか、その愚痴を他人に吐き出すのか。そうした思考を謎に思いながら、観察するためにその和の中に上手く溶け込んでいた。

 桐原めぐると出会ったのは高校に進学してからのことだ。一年生のクラスが同じだったのだ。

 頭がよく、運動もでき、面倒見もよい。先生たちの受けは当然よかったし、学級委員も任されていた。上級生からも目をかけられるほど目立ち、綺麗な顔立ちなのに、その話し方や物腰からとにかく格好いい女の子に見えた。

 授業の合間には静かに本を読んでいた。ブックカバーに表紙は隠れていたが、一瞥したその中身はすごく難解だった。図解や数式、ときに別の国の言葉で書かれた本を読んでいた。学校では全く習わない言語だった。そうした本を平然と読んでいた。だから最初は気になったのだと思っていた。同じ本好きとしての親近感かもしれない。それでも強い興味は湧かなかった。

 咲がめぐるを強く意識したのは、級友の誰かがめぐるに向かって怒鳴り、そして去っていくのを見たときだった。めぐるはかすかに肩を落としただけで表情も変えず、その級友を追うこともなかった。

 咲が、めぐるの周囲に壁があることを認識した瞬間だった。

 めぐるは集団の中にいながら孤立している。咲自身と同じだと思った。違いは周囲に溶け込むか、そうでないか。壁を気づかせないか、気づかせるかだ。

 自分にはできないことだと咲は強い衝撃を受けた。

 咲は自分が理解できないから他人を理解し、それを自分に当てはめようとしていた。だから集団を、他人を拒絶したり切り離したりすることはできなかった。

 だがめぐるはいとも容易く他人との糸を放り出した。もちろん放したかったわけではないだろう。ただそれに拘る必要も感じていないようだった。自分が他人とは違う、異質なものだと理解しているような潔さだった。

 咲とめぐるの違いは孤独を愛せるかどうかだった。

 咲は孤独を嫌うことはなかったが、愛せはしなかった。恋は理解できなくても、多少の愛は感じ取れた。だから自分は独りでは生きていけないと咲は自覚していた。しかしめぐるは違うように見えた。おそらく独りで生きていけるのだ。自身のために生きて自身のために死ぬ。そういうものだと覚悟しているように咲は感じた。

 だから咲は桐原めぐるの親友になりたいと思った。

 その生き方に魅せられていた。普通の人間とは異質な思考や感情に触れれば、普通のものを理解し易くなるのではないかと当時は無意識に感じていたのかもしれない。

 それが高校一年生の初夏のことだった。当初、めぐるは自分に対して苦手意識を持っているようだった。悪い印象を与えた覚えがなかったから咲は戸惑った。来る者は拒まない性格だと思っていたから、その違和感はいっそう強く感じた。それでも次第にめぐるは咲を友人として受け入れてくれるようになった。

 ほどなくして咲はめぐるを自宅に招待した。高校一年生の盛夏のことだ。彼女は憮然とした表情で黄金色に広がる田圃とそこで働く小作農の姿を眺めていた。

 結局、二人の関係は大学どころか就職してからも続いた。馬が合ったということだろう。

 望み通り、めぐるの親友になれたと咲は思っている。めぐるの方もおそらくそう思ってくれているだろうことは感じていた。

 二人で旅行に行くことも多かったし、自由な時間の大半は二人で過ごした。時折、黒崎というめぐるの先輩が――もちろん咲の先輩でもあるが――そこに加わったくらいだ。

 そして二人とも異性とつき合うことなく、妙齢にまで達した。二人のあまりの仲のよさに同性愛を疑われた。しかし咲は相変わらず恋愛感情を理解できなかったし、めぐるもなぜか恋愛することを忌避しているようだった。

 咲は母校の講師の一員になっていたし、二浪していためぐるも情報工学の世界で割りと有名な学生だったらしい。男女の比率から二人とも多くの異性から求愛されたが、それに応じることはなかった。

 咲は仕事に追われ、めぐるはいつの間にか、学生のまま世界有数の企業を興していた。恋愛への興味以前に時間がなかった。空いた時間はめぐるに会いに行くことに咲は費やしていた。

 彼女の家は本社のすぐ近くにある一軒家だった。首都から遠く、不死山が一望できた。空気も澄んで、森林の香りがした。その敷地は大きく、いくつもの山々を所有しているとめぐるは言った。好き勝手に開発されたくないと広大な土地を買い占めたらしい。

 めぐるらしいと咲は思った。農家だった自分の実家の土地も大きかったが、山岳地方ということもありめぐるの所有地は規模が違った。

 めぐるの家はとにかく落ち着いた雰囲気だった。冷徹に思われることの多いめぐるには似つかわしくないほど、家の中は温もりがあふれていた。

 だから週末に暇ができると咲はめぐるに会いに行った。首都東亰との間に一日朝と晩、一往復ずつする専用ジェット機があったので中途半端な街中よりも時間的にははるかに近かった。

 めぐるが出張でいないときもあったが、咲は渡されている合鍵を使った。めぐるの家で温泉に浸かってくつろぎ、仕事の疲れを癒し、週が明けると都会の喧騒の中へ戻っていった。

 そうしてしばらく過ごしていると、めぐるが唐突に製薬会社をつくると言い出した。極めて研究色の強い会社にしたいと語った。製薬会社という皮を被った医療研究所だと。

 他の誰もが反対したらしい。本業だけでも十分だったし、成長の余地も無限に広がっていた。

 しかし咲にとって、彼女の言葉は唐突でもなければ、不思議なことでもなかった。

 めぐるが本当は医者になりたかったことを、咲は高校のころから知っていた。授業の合間に読んでいた本の多くが医療系のものだということも知っていた。その知識が、今や素人とは到底言えない水準にあるとも黒崎に聞いていた。

 だから咲は何も聞かずに応援した。おそらくその会社こそが、彼女の本当にやりたかったことに違いないのだから。

 孤独を愛し、孤立も厭わないめぐるが唯一こだわった医者への道はなぜか閉ざされてしまったが――それも咲には納得できないことだが――彼女は違う道を見つけたのだ。世間は本業を誉めそやす。しかしそれは彼女の本意でない。本業はただの資金源なのだ。研究所の未来にこそ、彼女が追い求めてきたものがあるに違いない。咲はそう確信していた。

 本業はますます拡大し、研究所の赤字も余裕で飲み込むまでになった。新聞や報道番組で取り上げられない日はほとんどなかった。国の経済を大きく左右するほどの規模だった。

 しかしめぐるの性格と同じく、彼女の会社は株式を発行せず孤立という名の独立を守った。

 大学の先輩だった黒崎を咲が紹介されたのは、そんな穏やかな日々が一生続くものだと思っていた、めぐるの家に遊びに行ったある日のことだった。

 知らない仲じゃないから紹介しておこうと思って、とめぐるが言った。彼女の研究所の所長を黒崎が務めているらしい。彼が臨床医として僻地を飛び回っているという話をめぐるから聞いていたから咲は不思議に思った。

 もしかしてめぐると黒崎は結婚でもするつもりでは、と咲は訝った。それはひどく奇妙な考えで、咲の頭の中で不協和音が反響するように不快さをともなって居座った。

 それは親友を奪われるということに対する反感でもなければ、もちろん同性愛めいた嫉妬心でもなく、純粋に理解ができないことだった。

 めぐるは確かに恋愛を拒絶していた。それは当然、恋愛の先にあるだろう結婚も含んでいたし、子供づくりに関してもだった。好き嫌いの問題ではなく、彼女の思考の中では俎上になることさえない問題だった。

 咲が恋愛感情を理解できないのとは違い、めぐるは男女の仲に対して一定の理解を示していた。そして咲にも解るように分析して話を合わせてくれていた。その上でなお、彼女は恋愛を人生から冷静に排斥していた。だから彼女が結婚するということに咲は慄くしかなかった。

 ただそれがまったくの勘違いだったと咲が気づいたのはずいぶん後になってからだった。

 咲が遊びに行くと二、三回に一度は黒崎がいた。しかし一向にめぐるから黒崎との結婚話は出なかった。一年くらいそういう状況が続くと咲の頭に自然と思い当たるものがあった。実家でよく見たものに似ていた。そして急に腑に落ちた。自分と黒崎のお見合いだったのかと。

 大きな農家の娘として育った咲には祖父が口約束しただけとはいえ許婚がいたし、両親が小作農に嫁や婿を紹介する様子も見てきた。咲にとってお見合いは別に珍しいものではなかった。

 むしろ自由恋愛よりも理解し易かった。子供と相互扶助を目的に、よりよい結婚生活を送るために面接し合う。仲人への信用から、相手に対してもある程度の信頼が置けし、不義理もできない。恋をする暇はないかもしれないが、先入観なしに夫婦愛や家族愛を積み上げていくことができる。

 その夜、仲人役をしていためぐるに咲は尋ねた。

「めぐるさんは、わたしに黒崎さんと結婚して欲しいのですか?」

 それは純粋な疑問だった。いまだ恋愛を理解できない自分にどうしてなのかと。

 めぐるはいたって普通に答えた。

「できれば、ね。わたしのお勧め物件よ?」

「でも黒崎さんに迷惑がかかりませんか?」

 普通の恋愛感を解さない自分では大変だろうと咲は思った。世間的にいう甘い生活など難しい。真似事くらいはできるかもしれないが、本心からではない恋愛では相手に失礼だろう。

「向こうは気にしなくていいわよ。私が言うべきじゃないかもしれないけど、彼、昔からあなたのことが気になっていたみたいだからね」

「それなら、なおのこと気の毒なんですけど」

 昔からというなら、それこそ恋がしたいということも含むだろう。それでは失礼を通り越して侮辱しているようなものだ。

「大丈夫よ。彼も大概、頭がおかしいから。わたしやあなたと同じくらいに」

「わたしはともかく、めぐるさんが、そんな……」

「本当に咲も黒崎さんも、わたしのことをどう見てるのやら」

 めぐるが深々と息を吐いて、呆れたように呟いた。

「正直に言うとね」めぐるは咲に告げた。「わたしの都合もあるわ。彼には研究所でわたしのために働いて欲しいの。一生、裏切ることなく、ね。だから絶対に裏切らない咲を側に置きたいわけ。もちろん咲に薦める以上、いい夫候補であることは間違いないわ。多少優柔不断だけど、愛妻家になるだろうし、家庭も顧みると思う。刺激は少ないかもしれないけど」

「そういうことですか」

「うん。そういうこと。でも咲にその気がないなら――」

「わかりました。お受けいたします」

 めぐるの言葉を遮り、咲はそう断言した。

「い、いいの? 悪い話だとは思ってないけど、そこまで即決しなくても」

 珍しく狼狽するめぐるの姿に咲は少しおかしく思った。

「めぐるさんの都合も、あるんですよね?」

「え、ええ」

 頷くめぐるに咲は優しく微笑んだ。

「でしたら、わたしの都合も考えてくださってるんですよね?」

「ああー、まあ、そういうこともないわけじゃないけど」

 気まずそうに頭をかくめぐるがやはりおかしくて、咲はくすくすと笑ってしまった。本心を隠そうとして偽悪的な態度を彼女はとることがある。でも咲にはそれがすぐに見抜けた。そうした本心が垣間見えた瞬間や、そして見抜かれたと気づいた瞬間のめぐるがなんともいえず可愛らしいと咲は感じるのだ。

「わたしに実験の場を用意してくださってありがとうございます」咲は深く一礼した。「たしかにお見合いでもしなければ、一生恋愛をすることもありませんし、結婚して子供を得ることもないでしょうから。それに、めぐるさんが吟味した方なら申し分ないと思います」

「そう言ってくれるとは思ってたけど、本当にいいの?」

「はい」

 そうして咲は黒崎と結婚した。結婚やその前後の人間関係の変化、夫となった黒崎の態度、他人と一緒に永く連れ添うことを意識した日常生活、夜の営み。

 そのひとつひとつを咲はつぶさに観察した。たしかに黒崎は世間的にはとてもよい夫だった。咲自身もそれは認めていた。ただめぐるが言ったように刺激は少なかった。彼はきわめて理性的で、安定していた。だから彼にときめくような、恋するような何かが起こることはなかったし、咲がそうした感情を理解することもなかった。

 そして三年間の結婚生活の末、咲は一人の女の子を産んだ。



 黒崎は上がってくる研究結果に目を通しながら、早く診療所に行きたいと思っていた。

 桐原めぐるという大学の後輩であり、仕事の上司であり、また自分の患者である女性のことなんて今はどうでもよかった。彼女に直接なにかできるわけではないのだから。

 彼は研究所のまとめ役、部長間の調整役に過ぎないのだ。大きな研究成果が出て、いざ彼女を治療するとなれば話も別だが、そうでなければあまり楽しい患者ではない。

 そして研究成果はなかった。

 だから限界集落に往診したり、研究所の一画にある診療所で一臨床医として患者と触れ合っていたかった。今の状況は甚だ不本意だった。

 経営のプロは別にいたし、雑事をこなす秘書もつけてもらえた。医療以外のことに頭を悩ませることも少なかった。それでも重要な書類がたくさん回ってくる。組織にいる以上仕方のないことだが、そこに充実感はなかった。

 黒崎が彼女に感謝していることは研究所の近隣に無医村が沢山あることと、妻となった咲との結婚を後押ししてくれたことだろうか。娘が産まれて安定した生活が望まれるのはわかる。だが、かつて辺境医療に従事していた頃のどたばたした生活を懐かしく思うのも本当だった。

 相変わらず中身のない研究結果に嘆息すると、黒崎は机の上にわずかに残っていた書類の始末を始めた。研究内容の事後承認や最新機器の導入の上申など、はっきりいえば、研究所の所長に過ぎない黒崎を通さず、社長であるめぐるに直接申し出た方が早いものばかりだ。

 しかしめぐるが医療従事者でない以上、黒崎という事情を知っているクッションをひとつ置く必要があることも理解していた。たとえめぐるの知識が専門家に引けをとらなくても、医療や薬学などの資格を持っていない以上、周りの人間が納得しない。現場を知らない素人に言ってもわからないだろう、と。臨床医に過ぎない黒崎に対してさえ隔意があるのだから。

 研究所の研究者たちにとって、彼女は出資者に過ぎないのだ。

 黒崎は最後の書類に署名と印鑑を押して、秘書を呼び出そうとした。

 その矢先、所長室の扉が外から三度ノックされた。間のいいことに秘書の方から来てくれたようだ。黒崎はどうぞ、と言って秘書に入室の許可を出した。

「至急、部長会議を開きたいと連絡が入りました」

 部屋の中に入って来るなり、秘書はそう告げた。

「いきなりだね。社長からかい?」突然のことに驚き、黒崎が問う。

「いいえ、遺伝子学、細胞学、感染症学の三研究部長の連名だそうです」と秘書が答える。

「遺伝子と細胞はわかるけど、感染症の部長まで? 内容は?」

「聞いておりません」

 黒崎は突飛な展開に腕を組んで黙り込んだ。定例の会議ならまだしも、緊急の部長会議なんて研究所の設立以来、初めてのことだった。

 優秀な秘書は署名済みの書類を確認、回収して、再び黒崎の前に直立した。黒崎はそのまま秘書を待たせ、ひとまず部長たちに概要を聞くことにした。

 そして簡単なヒアリングが終わって内線を切ると、黒崎は秘書に尋ねた。

「桐原社長のスケジュールは?」

 秘書は間髪入れず答えた。

「まもなく出張先の大坂から帰ってきます」

 黒崎は深く息を吐いた。ついに来たか、と腹をくくった。午後からの診療は諦めるしかない。

「部長会議の準備をいたしますか?」

 秘書の言葉に黒崎は首を振った。そして苦笑いを浮かべて秘書に申し付けた。

「社長が帰り次第、御前会議を開くよ」

 初めて見た秘書の驚いた表情に、黒崎は少しだけすっきりした。


 秘書が出て行くと黒崎はめぐるが使う私用の携帯に電話をかけた。

「めぐるさん、いま大丈夫かな?」

 妻である咲がめぐると呼ぶので、黒崎も桐原ではなくめぐると呼ぶようになっていた。

「ええ、大丈夫よ。どうかしたの?」

「緊急の部長会議が要請されたんだよ。それで概要を聞いてみると、どうもきみもいた方がいいとぼくは思ってね。御前会議を開くつもりなんだ」

「なにそれ? 御前会議なんてまた大仰な。嫌よ、そんな会議」

「でもそれで通じるんだから仕方がない。諦めるんだね」

「出ないとは言ってないけど、文書に名前を残さないでよ。それでどんな成果が出たの?」

 めぐるは黒崎をせっついた。平静な声をしているが内心は気を揉んでいることだろう。

「きみの細胞から、きみ以外の細胞が現れたらしい」

「ウイルスとか細菌に感染してるんじゃなくて?」

「どうやら違うらしい。僕もまだ詳しい内容は聞いていないから推測でしか言えないけど」

「それでもいいわ」とめぐるは急かすように言った。

「初めに言っておくけど、その細胞は、きみの細胞で間違いないらしい」

「さっきの話と違うわよ」

「ただ、その細胞は非常に不安定なもので、きみの遺伝情報を失ったらしい」

「遺伝情報って媒体のDNAごと? それとも情報のゲノムだけ?」

「DNAごと。で、しばらくするときみの遺伝情報が復活して、元のきみの細胞に戻る」

 一呼吸か二呼吸するくらいの間、気まずい沈黙が落ちた。とてつもなく嫌な間が空いた。

「発現の条件は?」

「細胞として異常な死に方をしそうな時に、たまにそういう現象が観測できるらしい」

「異常な死に方ってどんな?」

「高電流に触れるとか超高温とか超低温とか、とにかく生物としては経験しにくい状態だね」

「そう……」

「とにかく御前会議を開くから、詳細はそのときに部長たちから直接訊いてくれないかな」

「わかったわ。もうすぐ巨大積乱雲に突入しそうだから電話を切るけど、まだなにかある?」

「きみにとっては念願叶ってようやくって話だろうけど、大丈夫かい?」

 どんな願いでもいざ眼の前に表れると尻込みしてしまうのは人間の常だ。とくに長年の思いや大きな夢が対象だと恐怖さえ感じることがある。めぐるがそんな軟弱な精神をしているとは黒崎も思わなかったが、これからは主治医としても付き合わなければならない。患者の精神状態を把握するのも当然の成り行きだった。知らなくても生きて来られた話なのだ。知らずに死んでいくのも悪くない。現実を知ることが幸せに通じる保証はどこにもないのだから。

「心配してくれるのはわかるけど、アリスを知るためだけに生きてきたのよ、わたしは」

 しかしめぐるは強い語調でそう答えた。それは虚勢ではなく、ごく自然に出た声だった。




















 第七章 人間の定義



 この御前会議もすでに何度目になるだろう。

 めぐるはまったく気に入らなかったが、その名前ももう定着してしまっていた。

「この細胞が元来、人間の細胞なのか、それともまったく違う細胞なのか。そこが問題です」

 いまでは珍しくなった眼鏡をかけた感染症学部長の報告が佳境を迎えていた。

「我々ははじめ、人間のDNAを喪失した状態を細胞の中間状態、そしてDNAを失った元の細胞を中間細胞と名づけました。なぜなら発見当時、この細胞は人間の遺伝情報をDNAごと失ったにもかかわらず細胞らしき形を保ち、その後再びDNAを得てヒトの細胞に戻ったからです。しかも元の人間とまったく同じ遺伝情報を取り戻して。簡単いえばDNAとは、遺伝情報つまりゲノムの入れ物です。DNAを失った物質を細胞と言ってよいのかは甚だ疑問ですが、ヒト細胞から全く同じ人間のヒト細胞への状態遷移の中間にたしかに存在するのです」

「中間細胞の定義はよくわかりました。それであなたの言う問題とはなんでしょう?」

「問題は、この中間細胞が中間状態からありとあらゆる細胞に変異するということです」

「ありとあらゆる細胞に、ですか。いわゆる万能細胞との違いはなんなのです?」

 めぐるは皆の認識を整理するため、基本的な質問を投げかける。

 感染症学部長は興奮を押さえて冷静に説明をしようと努めたようだが、その口調は速かった。

「万能細胞はもとの細胞がはっきりとしています。人間由来なら人間の万能細胞になります。万能とはいいますが、細胞分裂前の未分化状態になるだけです。万能というより、多性能の細胞に過ぎません。しかし中間細胞は違います。人間のDNAを失ったはずの細胞が人間以外のDNAと接触すると、なぜかそれを模倣し、ヒト以外の細胞に変異するのです。しかも遺伝子操作をせずとも勝手に。ですから伝染病を専門とする私が説明しているわけです」

「なるほど、ウイルスみたいに感染すると。それで?」

「中間細胞を中間状態でマウスの細胞に触れさせると、中間細胞はマウスのDNAを複製して取り込み、マウスの細胞になります。ヒト細胞だった痕跡は残しません。そして中間細胞は、中間細胞として観察できなくなります。どこに消えたのか、DNAの構成要素である遺伝子レベルですら判断できなくなります。完全にマウスの細胞になるのです。中間細胞なんて生易しいものではありません。擬態細胞とでもいえばいいのでしょうか。ヒト細胞どころか中間細胞ですら、この細胞の真の姿ではないのかもしれません」

 感染症学の部長は大きく息を吐くと眼鏡の位置を直し、手元の水を口に含んだ。

「そこで初めの問題です。この細胞は人間の細胞なのかどうか、という。我々はずっと人間の細胞だと思って研究してきました。黒崎所長からもそう聞かされています」

「わたしも人間の遺伝子だということは知っています」

 めぐるがそう言うと感染症学の部長も首肯する。

「おそらくそうなのでしょう。我々も人間の細胞だと考えていました。遺伝子検査でも初見では間違いなく人間でしたから。最初の部長会議で、なんの変哲もない普通の人間の細胞を研究させられていたと知って我々がどれほど落胆したことか。しかし、今ではその前提さえも疑わなければなりません。問題となっているこの細胞が、人間の細胞に擬態していないとどうして言えましょうか? この細胞の保有者を知らない我々にはもう判断ができません。すでに中間細胞という名前も使っていません。いえ、使えません。我々は細胞自体を擬態細胞、そして中間状態を遺伝子消失状態、口頭では消失状態という名で統一することにしました」

「なるほど、あなた方の苦悩はわかりました。擬態細胞が人間の細胞を模倣している可能性すらある。それもわかりました。では、その……擬態細胞は具体的になにができるのですか?」

 めぐるの疑問に、今度は遺伝子学の部長が立ち上がった。以前、めぐるに一回目の報告をした男、小暮の上司にあたる。めぐるの研究所でも数少ない女性の部長だ。

 めぐるに対して対抗心を持つ同性の研究者や経営者は多い。優秀な女性が男性社会で出世を邪魔されることも、男性に敵対心を抱いた女性が空回りをして自滅するケースもよくある話で、そんな女性たちからすれば、研究者としても経営者としても成功しているめぐるは嫉妬されるに十分な対象だった。

 しかし彼女は違った。彼女は、本当に遺伝子にしか興味のない女性だった。研究を始めれば寝食を忘れ、前の職場では仕事以外で話をした覚えがないという。職場の人間の顔すら思い出せないくらい、人間関係も遺伝子を通じてのみだったらしい。そんな彼女が答えた。

「擬態細胞はあらゆる細胞に変化できます。他の動物の細胞だろうとウイルスだろうと細菌だろうと。憶測の域を出ませんが、遺伝子を持っていれば、おそらくなんにでも擬態します」

「本当の意味での万能性を持つということですか……」

「あまり想像したくはありませんが、その通りだと思われます。もちろん悪用するつもりもありませんし、消失状態の擬態細胞を意図的に作成することも困難です。しかしこれが量産できれば、あらゆる細胞の培養が今よりはるかに容易になります。消失状態にある擬態細胞をあらかじめ大量に用意しておき、そこに培養したい細胞の正常なものを混ぜればよいだけですから。あとは擬態細胞が勝手にその遺伝子をコピーし、変質していきます。もちろんその性質は遺伝子レベルで同等です」

「時間と手間が現状より圧倒的に減るわけですね。人間の細胞に擬態するというものがものだけに、社会が受け入れるのか拒絶するのかはわかりませんが、膨大な利益が出るでしょうね」

 企業家としてそう告げると、めぐるは自身の特徴を念頭に質問を繰り出した。

「ところで、傷口や損傷した脳や神経に直接塗るということは可能なのですか?」

 遺伝子学の部長にかわり、再び感染症学の部長が答えた。

「不可能ではありません。我々もマウスで実験を行っているのですが、どうにも結果が極端なのです」

「両極端というと?」めぐるが聞き返す。

「表層的な傷の治癒というのが判断に苦しむ要因です。傷口の細菌が増えて化膿し続ける場合や感染症を引き起こす場合もある一方で、すっかり完治する場合もあります。逆に脳や神経の再生はおそろしいほど上手くいきます。重大な欠損ほど再生医療が進歩するなんて皮肉なものです。もちろん害のある細菌に感染したまま、外傷だけが治癒されてしまうというのでは、医療行為として問題があります。しかし全体としては擬態した細胞は、生存可能性の高い方を選択するようです。怪我の場合ですが、傷口の細菌が死滅し、動物の怪我が治るという結果の方が多く報告されています」

「怪我の再生は擬態の結果と理解できますが、細菌を殺すのはどうやって?」

「抗体や免疫を作り出す細胞へ意図的に擬態するようです。憶測の域を出ないですし、擬態細胞を種と考えてよいかもわかりませんが、種の保存を第一としているようにみえます」

「そういう仕組みですか……」

 めぐるは完璧に平静を装って頷いたが、内心はひどく動揺していた。長年の謎が一つ解けた瞬間だったのだ。病気にもならなければ、怪我もすぐ治る。幼い頃から自傷行為という実験を行い続けた。本を呼んで知識を蓄えた。結果を聞けば、それがまるで無駄だったことがわかる。自分の奇妙な体質の一部が解明された。それでも嬉しさよりも、戸惑いの方が強かった。

 もしかしたらあの人魚病のウイルスでさえ、擬態細胞の作り出した免疫によって駆逐されていたのかもしれない。もしその抗体を母に分け与えることができていたなら母は助かったのだろうか? もっといえば擬態細胞が母にもありさえすれば。そう考えると、擬態細胞はどこからやってきたのか、遺伝ではないのか、めぐるは混乱した頭で会議を続けた。

 そしてこれまでの理想的な環境での実験から、より一般的な環境での仮定を問いかけた。

「では自然界の生態系の中、つまり食物連鎖において、より生命力の強い個体へ細胞が移れるなら傷口の細菌を増加させる可能性もあるということですか?」

「それは消化液との兼ね合いもありますので断定はできませんが……否定もできません。ただしその場合は、擬態細胞が宿主の思考や感覚を共有して捕食者を認識する必要があります。さすがに単なる細胞がそこまで複雑な本能以上のものを有するとは考え難いです……が、それを否定できないほど異常な細胞でもあります、この擬態細胞というのは」

「寄生虫はたしか……細胞学でしたね。細胞学の部長はどのように考えていますか?」

 痩せぎすの男が頭を掻きむしりながら立ち上がった。

「擬態細胞はたしかに寄生虫のような生き方をしていると考えられます。種の保存というのも言い得て妙でしょう。そもそも寄生という生態はごく一般的なものです。単細胞生物から脊椎動物まで多岐に渡って、宿主・寄生体相互関係というのは存在しています。原核生物ではありますが、ヒトでさえミトコンドリアに寄生されています。ただし、このように互いに益があって共生している場合でも、寄生体が宿主に擬態するということはありません。そもそも互いの役割が違うのですから、同一の存在になっては寄生の意味がありません。ではなぜ擬態細胞が擬態をするのか……。おそらくですが、理想の宿主を探し当てたのでしょう」

「理想の宿主ですか?」とめぐるは怪訝な表情をしながら返した。

「そうです。たとえばヒトがヒトとしての遺伝子を維持するのは、現状ではそれがひとつの完成形であるからです。高確率で種を残せる点においても、科学という絶対的な力を有する点においても、天敵らしきものを駆逐したヒトには進化する必要がありません。残っている課題は不老不死くらいでしょうが、それは種として克服してはなりません。いざという時、種が進化するために必要な柔軟性を失ってしまいます。ですが擬態細胞は進化の余地より宿主の人間との同化を選択しました。よほど理想的な環境を手に入れているはずです。子々孫々まで確実に遺伝し続け、擬態細胞の種が完全に生き長らえると確信しているわけです。実際に怪我や病は完全に克服できてしまいます。もしくは本当に不老不死の宿主を探し当てたのか」

「さすがにそれは冗談ではすまされないですよ」

 自身のことだけに不快さを隠さずめぐるは注意した。細胞学の部長は一瞬恐縮した素振りをみせたものの、一息つくとさらに深刻そうな顔をした。

「ですが、自らの形を捨ててまで宿主に同化して生き延びる。これは極めて恐ろしい話です」

「……擬態細胞の、種としての定義がなくなってしまうということですか?」

「それも、あります。擬態細胞とは一体なにかということですね? 細胞とは生物の基本単位です。その細胞を作り出すはずのDNAごと他の細胞に擬態していながら、擬態細胞としての本能は持ち続けています。総体として擬態細胞という種が生き延びればよいと。しかしですね、そうなってくると遺伝情報がDNAからタンパク質へと順に伝達されるという概念、セントラルドグマが崩壊します。生物の根本的な情報媒体だと我々が考えていたDNAよりも、より根源的な情報媒体が存在することになります。原子より小さい素粒子を発見したように」

「それも、と言うことはそれだけではないのよね?」

「はい。セントラルドグマの崩壊は新発見、パラダイムシフトで片付けられる程度の問題です。恐ろしいわけではありません。真に恐ろしいのは、擬態細胞を移植された生物は果して元の生物と同一の存在なのか、ということです。生物は新陳代謝を繰り返し、細胞は日々新しくなります。そのたびに擬態細胞が増殖していけば、いずれすべての細胞が擬態細胞に置き換わることになります。脳組織ですら擬態細胞で作られたのなら、その本能や思考は一体誰のものなのでしょうか?」

「人間の振りをしたまったく別の、でもまったく同じ生物が存在するということ?」

「その通りです。こうなってきますと擬態細胞がその生物自体に擬態しているという問題は、生物学的な問題よりもむしろ倫理的、哲学的な問題になってしまいます。クローン人間の比ではありません。なぜなら科学によらず誕生し、しかも我々には擬態人間を見抜く術がないのですから」

「擬態細胞自体は新陳代謝しないのですか?」

「はい。擬態細胞は宿主にとって適正な細胞の数を維持しようとします。細胞分裂もなければ、アポトーシスつまり細胞の自然死もありません。ただ増えて、消えるだけです。情報工学のデータで例えるとわかりやすいのですが、擬態細胞はコピーとデリートを繰り返すのです」

「なるほど、そういうことですか……」

 めぐるは何度か頷いてみせた。鏑木がよくそうしていたように。

 同じ言葉を繰り返す。何度も首を振る。一種の自己暗示のようなもので、上手く使えば不安の解消につながる。鏑木が意識的に行っていたかはわからないが、無理にでも自身を納得させたいときにはちょうどよかった。

 報告内容と議論が尽きたところでその日の御前会議は終わった。



「さすがに哲学の研究者を雇うような事態なるとは思わなかったわ」

 御前会議のあと、黒崎をともなって社長室へ戻るとめぐるは背筋を伸ばしながら言った。

「自分が何者なのかって疑問は人間にとって根源的なものよね。しかも答えなんてないから、思考訓練以外で考えるなんて時間の無駄だけど……わたしは誰っていうのも哲学なのかしら」

「俗に記憶喪失の人が言う台詞だね。ここはどこ、わたしは誰って」

 黒崎が努めて明るい声でそう言うと、めぐるは苦笑しながら肩をすくめた。

「わたしの場合は、わたしは誰、わたしは人間? っていうわけね」

「自分が人間かどうかを疑う人間はなかなか見かけないねえ」

「まるで小説や映画に出てくる吸血鬼よ」

「吸血鬼?」

「そう、吸血鬼。吸血鬼に噛まれた人間って、吸血鬼になるでしょう? それでなぜかすぐにお腹が減って、喉が渇くのよ。でもなにを摂取しても餓えはなくならない。そして血に対する欲求が芽生えるわけ。そのときになって初めて自分の存在を疑うのよ。血は飲みたい、でも自分は人間のはずだって。でもそうやって自分に言い聞かせるってことは、自分が本当は人間じゃないって無意識に自覚しているはずでしょう? 本当に人間ならそんなこと普通、意識しないもの。自分は人間のはずなのに血が欲しくて仕方がない。意識は人間でも身体は吸血鬼だから本能に抗えない。そして血をすすって美味しいと感じたときに自分が本当に人間をやめてしまったこと気づいて嘆くのよ。それで馬鹿みたいに葛藤するの。わたしは人間なんだ、吸血鬼じゃないって。人間を食料として見て殺して、生き血を嬉々として飲んだ後でもね」

 めぐるは大げさに両腕を開いて声を張り上げる。

「でも吸血鬼の設定はなかなか緻密よね。処女の生き血が好物なのよ。知ってる?」

「らしいね」と言って、黒崎は簡単に相槌を打つ。

「処女の生き血って科学的に考えたらすごい条件よ。だって生き血なら母乳でも同じじゃない? 血液が乳腺を通って乳になるんだもの。処女って限定がなければ吸血鬼なんて化け物じゃなくて赤ちゃんよ。大の大人が母乳をせがむなんて、滑稽すぎて想像したくもないわ」

 そこまで一息にしゃべって、めぐるはソファに跳び込んだ。しばらく顔を埋めたまま黙り込んだ。黒崎が向かいのソファにいつものように座った気配がした。彼もずっと黙り続けた。

「この年になって、わたしは誰って」

 めぐるは力のない声で自嘲した。革張りのソファのせいでくぐもった音が響く。まるで思春期の子供か暇に飽かせた古代の哲学者だとめぐるは思った。

「この年って言っても、きみは昔と変わらず若いままだよ」

「そういう言葉は咲に言ってあげなさい――って、ああ、この若々しさも擬態細胞のせいか」

 めぐるの身体がますますソファに沈みこむ。形容しがたい脱力感がめぐるを襲う。

 黒崎はソファの間にあるテーブルの上に報告書を投げた。紙束が落ちて乱雑な音が鳴る。

「それで……アリスはハリガネムシっていう結論でいいのかな?」

「もっと性質が悪いわよ。寄生どころか、軒を貸して母屋を取られたってことなんだから」

「でも擬態細胞は完全に人間の細胞に擬態しているわけだし、逆にハリガネムシが実はヒトだったって考えれば大したことないよ」

 めぐるは飛び起きて、黒崎と対峙した。

「侵食されたわけじゃないって?」

「でもきみにデメリットはあったかい?」

 言いよどむめぐるに黒崎は追い討ちをする。

「医者になれなかったくらいだろう? それにしたってアリスを研究するための手段であって、いまでは別の方法で解決してる。アリスが擬態細胞の意思もしくは本能らしきものだってこともわかった。病気にもならない、怪我もすぐ治る。医学嫌いの体質は珠に瑕かもしれないけど、まあ、いまはもう用のない場所だからね。病院に行かなければアリスも文句を言わない」

「でも擬態人間っていうのは、さすがに胸に刺さったわよ!」

 めぐるは珍しく声を荒げた。そして不安をぶちまけた。

「わたしが自分の異常を認識したのは中学生の時だけど、もしかしたら人魚病が流行したときにはもうアリスの原型はあったのかもしれない。わたしはなんともなかった。でも母は人魚病で死んだ! 記憶も二、三歳の頃からあるわ。でもその頃からずっと生き方や考え方の基本は変わってない。わたしの細胞がすべて擬態細胞だっていうなら、わたしの意識はいつからわたしじゃないものに模倣されるようになったっていうの!? それともわたしは初めから擬態した人間として成長してきたってことっ!? もう自分で自分が信じられないわよ!」

 テーブルの上の報告書の束をめぐるは怒りに任せて、勢いよくなぎ払った。

 黒崎はその紙束が飛んでいくのを黙って目で追ったが、取りに行こうとはしなかった。

「アリスに意識の一部を干渉されるのはまだ我慢できた。あの時、身体の制御が奪われたことも許せる。でも、わたしの意識の方がアリスの一部だったなんて……どう考えればいいのよ」

 めぐるは母の死を受け入れた小学校の卒業式の日以来、初めて涙を流した。

 こんな理不尽なことが世の中にあるだろうか。

 記憶喪失者が記憶を回復するとき、それまで代理を努めてくれた人格が消えるのだとしたら、その代理人格はこんな気分になるのだろうか。もしくは解離性同一障害が解消されて主人格以外が消えていく時に、別の人格たちが感じる感覚かもしれない。

 消えいく彼らはいったいどんな気持ちで、生来の人格を見ているのだろう。

 自分はただ失われていく。その代わりに誰かが幸せを掴む。

 いつかアリスの意識が自分に取って代わるかもしれない。そんな恐怖を覚えると同時に、めぐるは奪われていく者として、奪っていく者に対する強烈な悔しさと妬ましさを覚えた。

 他人に無関心だっためぐるにとって、他人に対する嫉妬はなかった。競争に興味もなかった。自分の目標に向かって、自分なりの努力をすればいいだけの話だった。だから自分の中の存在を無視できるほど彼女は達観できてはいなかった。めぐるの感情のなさは、所詮、他人より自分への関心が強かったからに過ぎない。本当の意味で自分に取って代わることのできるアリスという存在は、生まれて初めてめぐるの心を大きく抉った。

「こんなに自分に自信が持てないなんて……」

 めぐるは肩を落として呟いた。

 母が人魚病で亡くなった年齢をめぐるはもう超えていた。母はどうして死ぬ間際に笑うことができたのだろうか。自分には到底アリスの誕生を喜べない。でも母は、娘である自分が生き残ることにほっとしたようだった。その弱々しい笑顔をめぐるは忘れることができなかった。子供ができる、自分を受け継ぐ者がいるというのは、それほどの大きなことなのだろうか。自分は笑えそうになかった。罵倒しかできそうになかった。

 めぐるは両目を乱暴に擦った。化粧が崩れるのも構わず、涙を拭った。

「やっぱり知らない方がよかったかい?」

 黒崎がようやく口を開いた。彼は友人とも主治医ともつかない雰囲気を醸し出していた。

「知りたくなかったわけじゃないわ」と言って、めぐるは首を振った。

「すっと知りたかった。だから医者を目指したし研究所も作った。でもそれは克服するためなの。自分の中に、他の誰にもわからない謎がある。それを自分の手で解明できる。好奇心が刺激されたのは確かよ。でも好奇心っていうのは、不満があることの裏返しよ? 不満じゃなければ、関心なんて向けないもの。だから解決の糸口を探し出せるというのが――無意識だったけど――それが前提の話だったわ。最終的には、わたしの中にあるアリスという異物をどうにかしたかった。どう言い繕っても、それが本心。それなのにいまじゃ、わたしの方が異物だったなんて……どうしようもないじゃない」

 黒崎はめぐるがなぎ払って床に落ちた書類を拾い上げ、再度ソファに座ると足を組んだ。

「きみが桐原めぐるという特異体質を持つ人間なのか、それともアリスという生き物が桐原めぐるという人間を模倣しているのか、それはぼくにはわからない。それでもぼくの知る限り、きみの精神は一貫してきみのままだよ。まったく変わらない。きみは自分が誰なのか悩むだろうけど、自分なんてものは他人の数だけある。自己とは他者の他者だって、きみもよく言っていただろう? きみが人間かどうか、ぼくには区別がつかない。きっと誰にも区別できない」

 一度だけ頭を振って、黒崎は話し続ける。

「一生、病気に罹らない人間だっているかもしれない。怪我が早く治ることだって、怪我をしなければわからない。たとえ怪我をして早く治ったとしても、包帯かなにかで隠していればやっぱりわからない。これまで三十年以上、気にしてこなかったんだろう? 想定外の現実を突きつけられただけで落胆して、いまさら歩みを止めるのかい? きみがもしそんな人間だったのなら、ぼくはまったくの人違いをしていたことになる。それこそきみは誰だい?」

 黒崎の挑発めいた言葉にめぐるは怒りを覚えた。勝手な言い草だと思った。自分が人間であることを否定された気持ちが誰に理解できるというのか! 他人が気づかない? だから自分も気にするな? 人間が人間であることは、人間にとって無意識の大前提だ。どんな人間でもみな同じ人間なのだ。それを疑う人間はいない。それは人種や国籍が違っても普遍の認識だ。

 だから人権問題なんて出てくる。人間は基本的に平等だというのだ。たしかにそれは正しいことだ。でもそれが人間以外に適応されることはない。動物愛護なんて口にはするけど、誰も自分を犠牲にしてまで人間以外の生物の権利を護ろうとはしない。動物愛護団体のハンガーストラキなんて聞いたこともない。人権のためなら武器をとるような過激なことまでするのに。

 お前は人間に似ているけど実は蝙蝠なんだ。そう言われて、はい、そうですか、なんて心の底からすぐに納得できる人間がいるならぜひとも連れて来るがいい。

「だったら! あなたなら受け止められるっていうの!?」とめぐるはつい叫んでしまった。

「ぼくには無理だよ」黒崎は間を置かず首を振った。「でもきみは違うだろう?」

 めぐるは爪が掌に食い込むほど強く、拳を握りこんだ。皮膚がぷつりと弾ける感触がする。温かな血が掌を濡らす。これほど頭に血が昇ったのは母が亡くなった後、父に向かって伯母が母のことを侮辱したとき以来だった。葬儀後、一度も涙を流さなかっためぐるを見た伯母が、仕事にかまけた母が娘に愛情をかけなかったせいだと父を罵ったときだ。

 母の死から仕事に逃げた父を侮蔑する一方で、自分を顧みずに娘の心配を死ぬ寸前までしていた母をめぐるは強く敬愛していた。死んだ人間に対する美化かもしれない。自分が思春期を迎えていれば衝突していたかもしれない。それでもあのときの伯母への怒りは正当なものだと思ったし、いま黒崎に抱いている怒りもまた当然のものだと感じた。

「わたしならって、どういう意味よ?」

 めぐるの声はとても重苦しく、凄みがきいていた。だが黒崎の声は軽薄だった。

「そのままの意味だよ。きみは桐原めぐるなんだろう?」

 その直後、掌の傷が癒えた。その感触がめぐるにはわかった。慣れ親しんだ感覚だった。その事実が、めぐるの中で渦巻いていた怒りの炎に水をかけた。実験と称して自傷していたときにはなかった衝撃がめぐるの心を襲った。同じ結果だったからこその強烈な衝撃だった。

 やっぱり自分は人間じゃないんだ、とめぐるは不意に悟った。開くことも困難なほど強く握り締めた拳を見つめた。血が滴り落ちる。

 遺伝子異常かもしれないと単純に考えていた自分の思慮が足りなかったのだろうか。それとも足らなかったのは想像力だろうか。遺伝子はまったく正常だったのだ。ただそれがヒトのものではなかった、それだけだ。それだけのことだ。めぐるは自身にそう言い聞かせた。

 自身の身の上に起きた途方もない理不尽さと、大人としてそれをしっかり受け止めなければならない責任との間でめぐるは葛藤した。だが自分は大人なのだ。大人とは子供の延長ではなく、断絶した存在だ。都合よく忘れること、一貫性を持たないこと、棚にあげること。それらを許さず、己に同情しない人間が大人だ。それがめぐるのなりたかった大人だった。

 たとえ人間でなくても、大人であることさえ体現し続けられればいい。大人になることが、自身の謎を解明すること以外の、もうひとつの目標だったはずだ。医者になりたいと考える前、母を亡くして仕事に逃げ込んだ父を見限ってからずっと目指してきたはずだ。

「そう、ね。わたしは桐原めぐる。わたしが桐原めぐる。人間かどうかなんて関係ないわ」

「そうだね、きみが桐原めぐるだ。人間かどうかなんて関係ない。だったらこれからどうするかは……わかるだろう?」

「当然。わたしがわたしなら、この体の解明に全力を注ぐわ。決まり切ったことでしょ?」

 めぐるがそう宣言すると黒崎は相好をくずした。

「それでこそぼくの知る桐原めぐるだ」



 咲という子は不思議な女性だとめぐるは改めて思った。

 めぐるの秘密を咲に打ち明けたいと黒崎が言ってきたのがそもそもの発端だった。隠し通す自信もないし、いずれはばれる。妻の勘は鋭いから、と困ったように。

 しかし、それに対してめぐるは首を振った。咲には自分で告げるべきだと思ったのだ。

 不安がないわけではなかった。人間でないことを受け入れるのは容易いことではない。

 ただ、そんなめぐるの心配もまったくの杞憂に過ぎなかった。

「これまでのめぐるさんとどこか違うんですか?」

 咲はそう言って小首をかしげた。乳飲み子のいる女性にはとても思えない、それでいて嫌味のない可愛らしい仕草だった。

「高校からの付き合いですが、わたしがめぐるさんに惹かれたのは体ではありませんよ?」

「それはそうかもしれないけどねえ」

 めぐるは咲の思いの強さに苦笑した。なるほど、彼女にとって興味があるのは人間の感情だ。極論をいえば人間としての思考があれば何でもよいのだ。たとえ人間もどきであろうとも。

「でも、ようやくわかりました」と言って咲が手を叩いた。

「なんのこと?」とめぐるが尋ねる。

「昔から不思議だったんです。他人とは一線を引いて、生き急いでいるような生き方が」

「生き急いでる?」

「はい。結婚も興味がないわけではなく、してはいけないと思っているようでしたし。普通の感情を持っているのに、普通の人間とは違う態度を取っていました。使命感とまでは言いませんけど、確固たる目的を抱いて、自分を縛りつけている。それ以外には脇目も振らず、他人に興味をもつ時間も惜しんでいるという感じです。他人を見下すわけではないですけど、他人とは違うと冷静に線引きしていましたね。そういう、渇望しながら諦めているようで、それでいて貪欲な生き方を高校生の頃からしていましたよ?」

「そんなに露骨だった?」

「いいえ。いま思えばってところです。わたしも違和感くらいしかありませんでした」

 めぐるはそっと胸を撫で下ろした。それは咲以外の人間にはわからないということだ。

 突然、隣の部屋から赤ん坊の泣き声がした。聞けばそろそろ授乳の時間らしい。

「ねえ、咲。子供は可愛い?」

 恋愛感情はわからなくても、母子の愛情はまた別だろうとめぐるは思った。少しだけ悩んだようだが小さくうなずいた咲を見て、めぐるも笑顔でうなずき返した。

「起きたみたいですし、一度くらい抱っこしてみます?」

「やめておくわ。どういう影響が出るかわからないし」

「いまさらだと思いますけどね」

 苦笑しながら咲は子供の泣く部屋へ向かっていった。

 彼女がまったく変わらず接してくれることがめぐるには嬉しかった。

 そして母親になった咲ならば、笑って死を受け入れられる理由を知っているような気がした。








 第八章 クローン人間に人権はあるのか?



 研究は遅々として進まなかった。擬態細胞を計画的に作ることはそれほど難しく、商業化にはまだまだ時間がかかりそうだという報告がめぐるの手元に届いていた。

 めぐるにとって幸いだったのは、研究員が誰一人、擬態細胞の持ち主を詮索しなかったことだろう。細胞自体に謎が多すぎて、そちらに興味が集中しているからだとは黒崎の言葉だ。

 研究員たちには細胞保有者の症状を開示した。もちろん、めぐるが異常だと自覚しているものだけだ。普通に生活していて起こり得そうなものは除いた。眼を酷使すれば頭痛もするし、肩も凝る。月経で貧血を起こす女性だって大勢いる。

 めぐるの本業もますます大きくなっていた。ソフトだけでなく、ハードにも力を注ぐようになった。情報インフラの要として、めぐるの会社の機械が世界中で使用されている。

 それは一種の保険だった。いつ自分の異常が世間にばれるかわからない。排斥されないためには自衛手段を持つしかなかった。クローン人間を作ることそれ自体より、クローン人間に人権を与えるかどうかで世間は揉めるのだ。擬態人間の人権なんか誰も顧みないだろう。

 だから彼女の会社の製品には、彼女しか知らないウイルスが仕組まれていた。会社への信用問題という意味では社会への著しい背信行為だが、それより人権を護る方が大事なことは自明だろう。ヒトではないからといって、全ての権利を剥奪されるわけにはいかないのだ。

 使わないで済むのならそれが最高だが、そうはいかないだろうともめぐるは思っていた。

 そんな折、黒崎がとくに約束もなく社長室に訪れた。体調を崩したらしい咲の検査に付き添っていたはずの彼がここにいることにめぐるは首をひねった。

「今日は咲の付き添いで有給でしたよね?」

 黒崎はしばらく黙っていたが、突然、床に両膝をつきそして頭を下げた。

「一生のお願いが、あります」

「藪から棒に、いったいどうしたんですか?」

 彼らしくない言動にめぐるは訝った。しかし考えるまでもないことだった。

「咲になにがあったの?」

「……余命一年だと、診断されました」

 顔を上げた黒崎は万力で押し潰したような声で言った。瞬間、めぐるは気を失いかけた。

「余命一年ってどういうこと!? そんなに難しい病気に罹ってたの?」

「そのようです」黒崎は膝の上で両手を握り締め、視線を床に落とした。「感染したウイルスがアポトーシスを促し、それを体が補うために細胞分裂が異様なほど速く繰り返される、そんな病気です。一年後には体細胞が疲弊しきって、細胞分裂のスピードが限界を迎えるそうです」

「昔から老けないとは思っていたけど、そういうことだったの……」

 咲もめぐるに劣らず、若く見られた。もう三十代も半ば過ぎだというのに、二人して二十歳近くに見られた。めぐるには擬態細胞があった。咲にはなにもなかった。そのはずだった。

「感染経路は?」

「不明です。体液感染すらしないほどウイルスの感染力は弱いみたいで」

「遺伝子異常ではないのね?」

「はい。遺伝子に異常はありませんでした。もちろん擬態細胞の結果から、遺伝子が生命の最小情報体とは言い切れませんが、妻の血中にウイルスがあるのは確認されています」

「未知であるとはいえ、感染症であることに間違いないわけね」

「そうです」

 めぐるは椅子に深くもたれかかり、天井を一瞥した。自然とため息が漏れる。身体が重く感じた。胃の辺りにその重みが集中し、周囲の筋肉が収縮してさらにそれを締め付けるような、妙な倦怠感を覚えた。母の死を自覚したときの喪失感とは違う、焦燥感に似たものだった。

「黒崎さん、どうして咲の病気は治せないの? 今の医学で治せないのは、トリソミーのような遺伝子異常と癌のような細胞の突然変異、心筋梗塞や脳卒中のような完全に予防できないメカニズムの体の異常、要するにほとんどが自分の体との戦いよ。ウイルスや菌による外的要因で死ぬのは、子供や老人のように完治するまで体力がもたない人間だけ。耐性菌だろうとなんだろうと、原因さえ特定できれば治療薬を作るのは難しくないわ。その分、劇薬指定の治療薬も多いけど。人魚病だってウイルスが跡形もなく消えさえしなければ、治療薬もワクチンも作れたと思う。ねえ、どうして咲のウイルスでは無理なの?」

「さきほども言ったとおり、ウイルスの感染力が非常に弱いんです。弱すぎるんです。妻から採血した時点でウイルスが死に始めます。人魚病のウイルスのように消えるわけではありませんが、治療方法を探すことが可能なほど原型を留めてはくれません。その上、体内で免疫を獲得しようにもアポトーシスを促す方が早く、ウイルスを抗原として認識する間もありません。たとえウイルスに有効な抗体が体内にあっても、その情報が伝わる前に伝達物質であるサイトカインも死んで免疫系が正常に働かないんです。現代医学ではもう、手の施しようが……」

「そう……それで、一生のお願いって?」

 めぐるはうすうす解っていながら、黒崎を見据えて、問いただした。咲が死ぬまで休職したい。そんな軽い話ではないはずだ。

 黒崎はめぐるのきつい視線から逃げることなく見詰め返し、歯を食いしばりながら言った。

「めぐるさんの体で、咲を救ってください。お願いします」

「……黒崎さん。あなた、自分がなにを言っているのか、ちゃんと理解していますか?」

「わかっています。妻の代わりにあなたの人生を犠牲にしようとしている」

「そうね。擬態細胞では病気の研究自体はできないわ。いま判明している擬態細胞の長所はコピー機能よ。大量のクローニングと肉体の欠損を補填する以外に用途が浮かばない。病気の研究をするなら、擬態細胞で作られているわたし自身が必要になる。病気に罹らない、もしくは病気になっても自覚症状すらなく完治しているだろう、わたしの体がね」

 めぐるは皮肉まじりに言った。人間でないことを吹っ切ったつもりでも、所詮つもりでしかない。だからこそ思うのだ、他人はそれ以上に人間でないことにこだわるだろうと。

「たしかにわたしの体ならそのウイルスを抗原として受け入れることができるかもしれない。免疫だって獲得できるかもしれない。そこから治療薬も作れるかもしれない。でもね、それと同時に、わたしは擬態細胞の保有者として表に出ることになる。たとえ今は大丈夫でも、いずれ必ず社外に漏れる。人の口に戸は立てられないわ。そのリスクをわたしに負えって言うの?」

「それも、わかっています」

「そこまで咲のことを愛しているわけ?」

「もちろん。私は、妻を心の底から愛しています」黒崎は戸惑うことなく言い切った。「たとえ妻が、私を愛している振りをしているだけだとしても」

 めぐるはなにも言えなかった。なにも言わないでいることしかできなかった。もしなにか少しでも口にしたら、感情が面に出るのを押さえられないと思った。

 黒崎は諦観したように、かすかな苦笑を浮かべた。それは長年の友人としての表情だった。

「咲さんと知り合って十五年以上、結婚してからでももう三年以上経ってるんだ。彼女がぼくに好意以上の感情を持っていないことくらい、なんとなくは感じているよ。彼女の一番はきみだ。結婚する前は、彼女は同性愛者なんじゃないかって心配したこともあった。実際はそうじゃなくて、まったく別次元の話だったみたいだけどね」

「それでも、わたしを犠牲にしてまで咲を救いたいわけ?」

「申し訳ない」

 めぐるは頭を下げる黒崎から逃げるように彼に背を向けた。

 椅子ごと身体を回転させれば、一面の窓から壮大な眺望が眼に入る。めぐるの混沌とした思考とは裏腹に、春霞はすっかり消え失せ、空は冬のように高く、どこまでも快晴だった。雄々しくそびえる不死山までくっきり見える。

 その名の由来は、はるか昔、あの山の火口に不死の薬が捨てられた故事に因んでいるという。山頂の万年雪は、その時の光景を覚えているのだろうか。きっと誰もが一度は羨む、不死という望外の奇跡をうち捨ててしまえるほどの失意と決意をした人がいたことを。

 もちろん不死の薬は創作された物語に過ぎないだろうが、めぐるはそう思った。

「即答できる問題じゃないわ。少しだけ時間が欲しい」

「ありがとう。でも、時間に余裕がないことだけは、忘れないで欲しい」

 めぐるはなにも答えなかった。背後で黒崎が退出する音だけを聞いていた。



 咲は自宅で療養していた。

 現代医学ではどうしようもないという消極的な理由もあったが、病気の研究をするなら、めぐるの研究所の方が都合がよかった。研究施設のレベルの高さは世界でも有数だったからだ。

 めぐるはいくつかの仕事を後回しにして、咲の見舞いに来ていた。それは黒崎の訪問から日を跨いですぐの、翌日の午後のことだった。会社にもめぐるの家にも近いからこそ可能だった。

 しかしめぐるはまだ迷っていた。一夜も経ったというのに、黒崎の願いを叶えるかどうかを。

 咲は普段と変わらず、育児と家事に追われていた。育児休暇中だったのが幸いだろう。

「体調、よくないんだって?」

 めぐるが当たり障りなく迂遠に問うと、咲はお茶を入れながら微笑ましそうに言った。

「そんなに気を使っていただかなくても。余命一年だってことくらい知っています」

「黒崎さんがそんなこと言ったの?」

 あの彼がそこまですぐに割り切れるとは思ってもみなかったのでめぐるは内心驚いた。

 そんなめぐるの手元に湯飲みを置き、めぐるの前に座ると、咲は微笑ましげに言った。

「彼、顔に出ますから。それに、あれほど深刻な顔をされていたら誰だってわかりますよ」

 黒崎も長く医者をやっている。それなりに感情を押し殺したり、表情を隠すことはできるはずだ。おそらく咲だから見抜けたのだろう。そして、医師としての仮面が剥がれると途端に脆くなるのが黒崎だ。どこか純朴な、大学生の頃と変わらない素の彼が、咲に隠し事なんてできやしないだろう。

 めぐるは黒崎を気の毒に思った。自分の口から、愛する妻に残酷な宣告をしなければならなくなったのだから。そして咲をむごい妻だと思った。死の宣告を夫にさせたのだから。

「それにしたって落ち着いて見えるけど、どういう心境?」

 めぐるにはそれが理解できなかった。彼女が不思議な考え方をしていることは承知の上だが、それでも自分の死に対して感情的にならない理由がわからなかった。

 彼女は手を添えただけの湯飲みの中を覗きこむように、視線だけを落とした。

「わたしにはなんの才能もありません。めぐるさんのように大きな会社を興すことも、紫式部のように源氏物語を書くことも」

「それで?」

「知っていますか? 紫式部が源氏物語を書いたのは自分の子供を亡して実家に戻った後、宮中に出仕してからのことなんです」

「知ってるわ。だから子供に対する情が文章のいたるところに書かれてる」

「めぐるさんは、子供をつくるつもりはないのでしょう?」

「そのつもりではあるわ」

 めぐるは肯定した。自分のような者が子孫を残せば禍根が生じる。

「たぶん、そういうことなんだと思います」

「そういうこと?」

「はい。夫に恋愛感情を抱くことは結局ありませんでした。いまだにそれを理解できません。人として壊れているのかもしれません。それでも権力や財力を目的としない結婚をして、家族ができて、子供にも恵まれました。名を残すことも物を残すこともできない平凡な人間でも、子供を残すことはできるんです」

 咲は視線を上げ、めぐるを見詰めた。その瞳は興奮をたたえていた。

「すごいことだと思いませんか? 千年、二千年とわたしの子孫が続くかもしれない。自分にしかできない、自分だからこそできることです。源氏物語は紫式部にしか書けない傑作でした。めぐるさんは歴史に残る発明家で企業家です。わたしは、わたしの血を人知れず残すことができます。成長を見届けることはできませんが、わたしが生きた証を残すことができます。わたしの娘はわたしにしか産めません。それだけで十分だと思うんです」

 満足そうに死を受け入れている咲の表情に、めぐるは自身の母が死に際に浮かべた微笑を思い出さずにはいられなかった。だから咲が、めぐるの母親の話をし始めたのには驚愕した。

「以前に、めぐるさん、生前のお母様から日本の人魚の話を聞きそびれて、そのまま調べてないっておしゃっていましたよね?」

「まあね。なんとなく、そういう心残りがあった方が、母を近くに感じられると思ったの」

「未練、みたいなものでしょうね。それで、それならわたしが調べようと思いまして、少しだけ調べてみたんです。日本の人魚伝説を」

「そうなの? どんな話だった?」

「西洋の人魚姫の話なんかとは違って、人魚自体は出てこないんですよ。ただ、人魚の肉をそうとは知らずに食べてしまった娘が不幸にも不老長寿になってしまい、寂しい人生を送る伝説です。伝承もそれほど多く残っていません。関わった人々に残されてしまう世を儚んで彼女は尼になり、日本中を孤独に旅するというものです。なにしろ老けないのですから、ひと所に長くいられません。迫害されることもあったでしょう。人魚姫に憧れている幼い女の子に話すような内容ではないですよね。人間の汚い部分を話さなければならないのですから」

「たしかに、それは子供に話せないわ」

 めぐるは苦笑するしかなかった。三十年近く心に刺さっていた針が簡単に抜けてしまった。それと同時に咲が自分を、その人魚の肉を食べた娘と同じように見ていることがわかった。

「だから思ったんです。めぐるさんに夫がわたしの治療を頼んだと聞いたときに、この話をしようと。めぐるさんの身体がどうなのか、わたしにはどうでもいいことです。めぐるさんが、めぐるさんであれば……。でも、世間は放ってはおかないと思うんです」

「そう、ね」

「わたしなら大丈夫ですから。めぐるさんはできるだけ静かに暮らしてください。めぐるさんのことを誰も知らなくなっても、たとえわたしが死んだあとでも、娘や孫がお側にいます」

 どうしてそこまで尽そうとしてくれるのだろうか。めぐるはほとんど泣きそうになって唇をぎゅっと結んだ。励ましにきたつもりが、いつの間にか励まされていた。目頭が熱くなった。

 めぐるにはもう、自分で決定する機会が残されていなかった。咲がすでに決意していた。母の時と同じだ。自分は流されるがままになにかを失い、後悔するのだ。彼女に甘えて、このまま彼女を見捨てて、果たして自分は平気だろうか?

 言いたいことは言ったのだろう。緑茶を飲みながら、咲は窓の外の桜吹雪を眺めている。

 めぐるは彼女のその横顔をじっと見詰めた。

「きれいですね」と咲がつぶやいた。

「そうね。桜ももう、終わりかしら」

 ここへ来る途中の小川にも、たくさんの花びらが散って桜色の花筏が浮かんでいた。

 しかし咲は、懐かしそうな顔で首を振り、めぐるの言葉を訂正した。

「学生の頃にめぐるさんが教えてくれたんですよ? 植物は花が散ってからが始まりだって。花粉を飛ばし、果実を育み、種子を残す。ついでに釘も刺されましたね。人為的に品種改良された染井吉野は、子孫を作れずクローンで株を増やしているから一代限りだって。だから美しく、一斉に咲いて一斉に散ると。ここにあるのは山桜ですから、これからが本番です」

「そういえば、そんなこともあったわね」

 彼女と知り合って二十年以上経つ。人生の半分以上を彼女と過ごしてきた。ただ一人の親友であり、ただ一人の気の置けない人間だった。そんな彼女があと一年でいなくなると思うだけで、めぐるはつらく、寂しく、胸が張り裂けそうだった。

 でもそんな惜別の思いは、一週間も経たない間に一変した。悪いことは重なるものだ。



「妻と同じウイルスが、娘にも潜伏感染しているのがわかったよ」

 黒崎は憔悴し切った顔で、悲愴感を隠すこともできず、そう言った。

「感染力が弱くても、母子感染はできたのね……」

 感染力のないウイルスなんて生命として存在する意味がない。初めから疑ってしかるべきだったのだ。咲が死ぬと知って、思っていたよりずっと喪心していたことにめぐるは気づいた。

「それで咲はなんて言ってるの?」

「なにも、なにも言わないんだ。ぼくにはもう、どうしたらいいのか」

 両手で顔を覆い涙ぐむ黒崎に、めぐるはかける言葉を見つけられず黙り続けるしかなかった。

 その間、めぐるは先日の見舞いの日のことを思い出していた。

 娘がいるから大丈夫。咲はそう言っていた。いまの状況は、彼女にとってそれを根底から覆すものだろう。娘のウイルスがいつ活性化するかわからない。それまでに孫はできるのだろうか。生きた証が途切れるかもしれない。

 不安だろう。苦しいだろう。あの咲がそんな感情に囚われるなんて想像もできない。でも間違いなく、そうした重い感情を胸の奥底に抱いている。誰にも気づかせることなく、密かに。

 そう考えると、居ても立ってもいられなくなった。めぐるは黒崎を残して社長室を出た。

 秘書が何か言っていたが、あとにして、とすべて断った。

 めぐるはその足で咲のいる黒崎家に向かった。そしてひとつの決心をした。

 咲がいなければ自分はもっと孤独な人生を送っていただろう。母が死んだ十歳の時に父と決別した。十四歳の時に身体の異常を知って、他人と距離を取った。他人に興味を抱く暇もなかった。好奇心に駆られたといえば聞こえはいいが、自分のことで一杯一杯だった。だから孤独も苦にならなかった。やるべきことがあったからだ。

 咲に出会わなくても、たぶん同じような人生を歩んできただろう。受験に失敗し、黒崎に出会い、鏑木の書店で働き、情報工学を学んで、起業する。歴史の年表のように並べたら同じだ。

 でもそれは、とても味気ないものだったに違いない。咲がいたから気を休めることができた。咲がいたから楽しいと思える時間が過ごせた。大学生の頃には一緒に旅行にも行った。いろんな話をした。いろんな価値観を共有し、一緒になって世間の常識に頭を悩ませた。

 姉や妹のようであり、ときに母や子でもあった。互いが互いを必要としていたようにめぐるは感じていた。あるいは自身の半身のように欠かせない存在だと。

 うららかな野山の小道をめぐるは急いだ。

 木々も土も陽も、すっかり春の香りがしていた。桜の花びらがひらひらと舞い散る。

 山桜は花が咲くと同時に新芽が出る。儚く散りゆく一瞬の美しさを染井吉野が誇るなら、山桜は脈々とつながる生命の力強さを体現していた。

 季節は終わることなく、永遠にめぐり続けなければならない。

 咲は娘をあやしながらめぐるを出迎えた。その表情はいつもと変わらず朗らかだった。

 めぐるにはそれがいっそ痛ましく思えた。だからはっきりと伝えた。

「泣きたいならちゃんと泣きなさい。泣いたって問題は解決しないけどすっきりはするわ」

 すると咲は、微笑んだまま大きな涙を一滴こぼした。彼女らしい楚々とした泣き方だった。彼女も必死にこらえていたのだ。でも、それでは足らない。めぐるはさらに追い詰めた。

「そんな風に泣かないの。ここにはわたししかいないわ。もっと自分を出しなさい。理不尽だと思ってるんでしょ? どうして自分だけがって思ってるんでしょ? 死にたくて死ぬわけじゃないんでしょう? そういう気持ち、全部、認めるのよ。そんなこと、全然我侭じゃないんだから。誰だって思うの。わたしだって、こんな体だってわかって、そう思ったんだから」

 咲に言いながら、めぐるは自分の声が次第にしゃがれてきたことに気づいた。のどが詰まったように言葉が上手く出てこない。鼻の奥にわずかな痛みを感じた。知らず涙がこぼれていた。

「悔しくないの? 腹が、立たないの? つらくないの? わたしは、わたしはっ――」

 もう何も言えなかった。めぐるはただ咲を見つめた。のどを鳴らしながら、目を閉じてなおあふれる涙に両頬を濡らしている咲と一緒に泣いていた。大の大人が二人して涙をこぼした。

 他には誰もいない玄関先。周りに人気はなく、山桜の花びらだけが風に舞い上がっていた。

 咲の胸に抱かれている娘が母親の頬に手を伸ばそうとしている。乳飲み子でも、母の悲しみはしっかりとわかるのだ。

「娘だって、あなたを心配してる。ねえ、咲はどうしたいの? わたしにどうして欲しいの? 言ってごらんなさい」

 咲は声も出さずに泣きながら、ただ首を横に振る。

「言いたいことがあるなら、口で言いなさい」とめぐるは咲を優しく叱りつけた。「言葉にできないのは本心じゃないからよ? だから涙が出るの。だから泣けてくるの。だから声が出ないの。言いたいことを我慢したらだめ。わたしが許すから。自分でもわかってるんでしょう? 本当はどうしたいの? わたしに助けて欲しいんでしょう? どうしてそれを言わないの?」

 咲はか細くつぶやいた。

「ごめん、なさい」

 めぐるは首を振って、問い直した。

「そうじゃないでしょう、言いたいことは」

「ごめんなさい」

 咲はもう一度、謝罪の言葉を口にした。

 めぐるは目を瞑った。やっぱり無理かと思った。酷なことを言わせようとしているのはわかっていたそれでも咲の口から聞きたかった。咲の願いを叶えたかったのだ。けっして咲を苦しめたかったわけではない。でも、これ以上はもう、自分の我侭だろう。

 仕方がないとめぐるが口を開きかけたとき、咲が娘を抱えなおした。

「わかってるんです。知ってるんです! わたしがっ、わたしがお願いしたら、めぐるさんは助けてくれるって。たとえそれがどれほど大変なことでも、どれほど無茶なことでも、必ず。わたしだって同じです。めぐるさんのためなら死んでもかまわないって思っていました。だから嫌だったんです。すがりたくなかったんです。でも……だめなんです」

 咲は自分の濡れた頬を優しく叩く娘を見た。

「どうしてもだめなんです。自分なら納得できました。自分だけなら、我慢できました。めぐるさんに迷惑を掛けるくらいなら、娘がわたしの生きた証として残るならって。でも……」

「そう……そうよね」

「本当に恥知らずで、恩知らずな人間です。娘のために――いいえ、違います。わたしのために、めぐるさんのこれからの人生を犠牲にして欲しいだなんて……」

 そして咲はまた泣き出した。箍が外れたのだろう。めぐるは彼女の背をそっと撫でて慰めた。

「そんなに気にしなくてもいいわよ。もともとそのつもりでここに来たんだもの。咲が幸せの内に死ねるなら、わたしもまだ我慢できた。でもあと一年、咲が自分を騙して、我慢し続けながら死を迎えるなんて、想像しただけでも無理。わたしにはそんな咲を見送る自信がない。咲を助けるのはわたしの我侭だわ。咲が死んだあとの人生なんて考えられないもの」

「めぐるさん……ごめんなさい」

「せめて、ありがとうって言ってよ」

 めぐるがそう言うと、咲は泣き顔のままぎこちなく微笑んで言った。

「ありがとう、ございます」

「どういたしまして」

 めぐるも微笑み返した。

「これでちょうどよかったのよ。考えてみれば学生の頃に、旅行先で咲に命を救われているもの。その恩をあなたとあなたの娘に返すと思えば、ね」

「そんなっ! あれはただ輸血しただけで」と咲が驚いたように言う。

「でも、咲がいなかったら死んでたかもしれないわよ?」

「それは、否定できませんけど……」

 それでもおそらく死ぬことはなかっただろう。めぐるは密かにそう考えていた。

 いま思えば、咲と初めて出会った高校生の頃、咲が近くにいると頻繁に立ち眩みがした。だから最初は彼女が苦手だった。性格ではなく体質的に合わない。妙な考え方だが、それは多分、アリスが引き起こしていたのだ。大学受験の時とは逆の意味で、同じ意思が働いたのだ。

 アリスは自分が調べられるのを嫌った。自分が消されると思ったのだ。だからめぐるが医学に携わるのを拒んだ。それと同時に咲の血に興味があったのだろう。一風変わったウイルスを宿した彼女の血を取り込みたいと思ったのだ。だから輸血が必要となるような状況を作り出した。あの怪我だけアリスが治癒しないなんてありえない。

 咲を助けようと決意して思い出したことがある。そもそも、めぐると咲の血液は型が違うはずだった。混ぜれば凝固する。それなのに、あの時だけ咲と同じ血液型になって、輸血が成功した。理由はわからないが、それこそアリスが咲の血を欲していた証拠だと思った。

 これは試金石かもしれない。

 アリスが医学に近づくか、遠ざかるか。そこからアリスの意図がわかるだろう。

 すべてを従える神になるのか、俗世を捨てる仙人になるのか。

 これまでめぐるは病気に罹った覚えがなかった。だがそれは果たして事実だろうか。

 ウイルスや細菌は体内にある。でも発症しない。そういうキャリアだった可能性は高い。

 あらゆるウイルスや細菌を体内に取り込み、データ化すると同時に抗体抗原反応を起こし、免疫系にあらゆる矛と盾を蓄積する。病気にならないのではない。むしろ病気を抱え込むのだ。

 普通の人間には無理でも、擬態細胞を持つめぐるならできることだ。

「ねえ、咲」

「なんですか?」

 泣きつかれたのか、咲の声には力がない。

「きっと大丈夫。すぐに治るわ」

 慰めでもなんでもなく、めぐるはそう確信していた。

 咲の血液をめぐるの体はすでに受け入れている。獲得免疫だって存在するに違いない。

 大々的に治療薬の研究する必要がなければ、めぐるの身もしばらくは安全だ。

 咲にそう告げると、咲は自分のことのように喜び、そしてまた涙した。

 恋愛感情がわからないと、咲はめぐるに言っていた。その周囲にある感情も靄がかかったように薄く、暗い。自分は人としておかしいのではないか。彼女はそう自認していた。だからそうした感情を知るため、そして他人を間近で観察するため、和を乱さぬよう生きてきた。優しいわけではない。怒りであれ、なんであれ、感情をぶつけるほど他人に興味が湧かないのだと。

「めぐるさんと一緒ですね」

 寂しそうな目でうれしそうにそう言う咲の顔を、めぐるはよく覚えている。

 でも、それは違うとめぐるは思った。

 めぐるは自分以外に目がいかなかっただけだ。他人に興味を抱く余裕がなかった。

 でも、咲は違う。人の輪に入り、他人を利用することも、他人に利用されることもあった。そこに感情さえあればよかった。確かに他人には興味がなかったかもしれない。感情の発露とその背景を知ることが目的だったのかもしれない。でもそのために他人に尽すことを、彼女は厭わなかった。

 彼女に相談していた人は多かった。彼女に救われた友人も多いだろう。彼女は自分なんて優しくないと言う。利用するための仮面に過ぎないと言う。でも、救われた側は優しいと思うはずだ。咲はそれを幸福なすれ違いと言ったが、それでいいではないか。

 自分のために涙を流す咲をめぐるは優しいと思う。これがたとえ偽りの優しさでも、めぐるはそう思うのだ。もし本心からの涙ならば、こんなに嬉しいことはない。

 自分には擬態細胞がある。道半ばだが目星はついた。アリスの後ろ姿を捉えた。

 めぐるは初めて、心の底から他人のために優しくなれたような気がした。










 終章 箱舟



 咲が息を引き取った。

 苦しむことなく、眠るように逝ったらしい。

 めぐるは無菌室の中にいた。咲と最後に会ったのはいつ頃だったろうかと思い出しながら。

 まだ雪が降る前だった。山の高いところでは徐々に紅葉が広がっていたが、冬支度をする動物はいなかった。

 季節の移り変わりを眺めながら、彼女となにをおしゃべりしただろう。他愛もない話をしていたように思う。なんとなく、そういう話をしていた方がいいと二人とも思ったのだ。普段と変わらず、ちょっと時間をつぶすために寄ったカフェでお茶を飲みながら話すような世間話だ。

 ひさしぶりに学生の頃のような気分を味わったと、二人して笑って別れた。

 それが咲を見た最後だった。

 心の中にぽっかりと穴が開いたような気がした。本当に肺に穴でも開いたように呼吸が浅く、軽く感じた。母を失った時とは違う喪失感をめぐるは身体中で感じていた。

 二人とも覚悟はしていた。だからことさら世間話しかしなかった。別れの挨拶も簡単に済ませた。咲の死期を意識しないように。

 涙を流すことはなかった。でも寂しいものは寂しいし、つらいことはつらい。

 厚い雪雲から粉雪が舞い落ち、不死山は霞んで見えなかった。この分だと火葬場の煙もはっきりとは見えないだろう。煙突から立ち昇る白い煙は、いまも変わらず天へと伸びる。たとえ公害だといわれようが、お構い無しに。

「母も百歳を越えていました。大往生です」

「そうは言うけど、残される身としてはやっぱりつらいのよ。あなたもわたしを置いていくでしょうしね」

 咲の娘にめぐるはそう言う。仕方がないことなのだ。人はいつか死ぬ。めぐるが例外なのだ。

「わたしが死んでも大丈夫ですよ。子も孫もいますから」

「あんなにちっちゃかった赤ちゃんが、もうお祖母ちゃんかあ。わたしも歳を取るわけだ」

「めぐる小母さんはいつまでも若いままですよ」

 めぐるの外見は若い頃からずっと変わらない。咲の想像通り、人魚の肉を食べた娘と同じだ。

「でも誰も敬ってくれないのよ?」

「二十歳そこそこにしか見えませんから、仕方がないですよ。百歳以上だって信じるのは、本当に難しいんですから。小さい頃から知ってるわたしですらそうなんですよ?」

「それにしたって、この研究所はわたしのためにあるんだから、もう少しねえ」

 咲の治療が上手くいってしばらくすると、めぐるの秘密がばれた。

 来るべき時が来たとめぐるは思った。不老長寿、不老不死の秘密を世界が放置するわけがない。たとえ大企業の社長だろうと関係なかった。人権なんてどこにもなかった。経済力なんて武力の前では紙の盾でしかなかった。だから世界中の国家元首をめぐるは脅迫した。

「うちの製品を使っている機械って、わたしが好き勝手できるのよ?」

 発電施設だろうと、ミサイル基地だろうと、人工衛星だろうと、月面基地だろうと。

 暴発させれば世界が終わる。めぐるは世界中の人間を人質に取った。

「本当はわたしもそんなことしたくないの。だからわたしの研究所を提供するわ。世界共同でわたしを研究しなさい。優秀な研究者なら平等に入社させるし、研究成果も隠さない。わたしもできるだけ協力する。国際機関からの査察も受け入れる。これで十分、というよりこれ以上はなにも出せないわ。もう空っぽよ。わたしとわたしから得られる成果を独占したい人間以外なら妥協できるでしょう? わたしはただ、人権をよこせって言ってるだけなんだから」

 いま、めぐるが無菌室にいるのは実験中だからだ。月の内部から発見された菌を植えつけられていた。もう経過観察の段階だが室外に出るのは禁じられている。

「外出できたら、咲の葬儀に出たのになあ」とめぐるは愚痴をこぼした。

「母の教え子も多かったですし仕事の関係者も多かったので、けっこうな規模でしたよ?」

「それこそ二十歳そこそこにしか見えないんだし、参列者にまぎれてればいいでしょう?」

「すぐにばれますって。小母さんが母と仲がよかったことは有名なんですから。母の葬儀なのに、小母さんは来てないのかって訊かれたくらいですよ」

「ここじゃ敬われないし、外に出ればすぐにばれる。理不尽よね」

 めぐるは無菌室の中からガラス越しに咲の娘に話していた。留置場での面会みたいに。

「それにしても、穂波も咲に劣らず老けないわね」

「そんなことないですよ。もうすぐ曾孫だって生まれます」

「そうなの? おめでとう。初曾孫ね」

「ありがとうございます。ただ、小母さんに会うと、自分がまだ娘だった頃の感覚に戻るのはたしかです。昔から変わらない小母さんと会うと、なんの不安もなく未来を見ていた頃の気持ちになるんです。もう曾お祖母ちゃんなんて呼ばれる歳なのに、言葉遣いまで若い子みたいになるんですから、本当に不思議ですよね」

「たしかにわたしだって言葉遣いは昔のままだもの。わたしこそ、穂波が年寄り言葉を使い出したら卒倒しそうだわ。なんだかんだいって、あなたはわたしにとっても娘みたいなものだもの。わたしより老け込んだら、こっちが敬わないといけない気分になるわ」

「だからわたしも、他の人と会うときとは違うんだと思います」

 咲の娘である穂波はこの研究所に勤めていた。父親とも母親とも違う、研究医の道を歩んでいた。めぐるが昔なりたくて、そして挫折した道だ。

 咲が言い聞かせていたらしい。自分だけの命だと思わないように、と。

 本当に律儀な娘だったとめぐるは思う。歳をとってもずっと生娘のように純粋で、儚げで、でも芯は強くて。

 一番初めに黒崎が死んだ。その後、鏑木が亡くなったと噂に聞いた。そしてついに咲にも迎えが来た。めぐる一人が残される。母が死に、父も随分前に死んだ。夫も子供もいない。

 ただ咲の娘や孫がいた。それでもいつか、めぐるだけが残される。母が死んで咲に出会うまで続いた、独りの頃に戻るのだ。出家したくなる気持ちが少しだけわかった。

「それで穂波は、結局、擬似細胞はなんだったと思う?」とめぐるは訊いた。

「研究者としてではなく、私見でもかまいませんか?」

「もちろん。身勝手な意見の方がうれしいわ。研究者は証拠を偏重するからつまらないのよ」

 丁寧な言葉遣いは母親の咲と変わらない。そんなところに咲の面影を感じながら、めぐるは頷いた。

「昔、人魚病っていう奇病がありましたよね?」

「ええ」

 懐かしい病名を聞いたとめぐるは少しだけ驚いた。

「死亡者数以外の証拠がなにもないものですから、古い歴史上の病のように感じるんですけど、似ていると思いませんか?」

「似てる?」めぐるは聞き返した。「症状は全然違うわよ?」

 世界中で猛威を振るった人魚病は、毒性の強いインフルエンザのような症状を引き起こし、感染速度が速く、人から体力をどんどん奪って衰弱死させた。ウイルスの形も似ていた。インフルエンザとの違いは、その病名の通り、手足の水掻きが異常に発達する点だけだった。

「もちろん小母さんに人魚病のような症状は出ていません。でも証拠が一切なくなるところなんかは同じだと思うんです。水掻きに異常をきたすほどの病だというのに遺伝子上に異常はなく、ウイルスも消えてしまいました。擬態したと考えれば辻褄が合います」

「だったらどうしてわたしは平気だったのかしら。検査結果も陰性だったのよ?」

「それこそ人魚病のウイルスが理想的な宿主を探し当てたということだと思います」

「それがわたしってこと?」

 穂波は頷いた。

「でも、擬態細胞の理想的な宿主って不老不死じゃなかった?」

 めぐるは昔、御前会議で言われた言葉を記憶の底から引っ張り出した。

「不老不死が先ではなく、理想的な宿主を擬態細胞が不老不死にしたのでしょう」

「もしそうなら、わたしのどこが気に入ったのか、一度聞いてみたいものね」

「アリスと会話できたらよかったんですけどね」

 苦笑する穂波に、めぐるは顔をしかめてみせた。

「頭が休まらないわよ。アリスって名づけたせいで、幼い女の子にしか思えないもの」

「賑やかでいいじゃないですか。娘が嫁にいくと、家が急に静かになって寂しいんですよ」

「娘がいればそうなんでしょうけど。あなたは大人しかったし、わたしには無理だわ」

 もう半世紀以上も前のことをめぐるが思い出していると、穂波が真面目な顔で言った。

「正直な話、ヒトに感染するウイルスや細菌はこの世界から消えかけています。人間が作り出した治療薬やワクチンのせいでもありますが、自然環境も激変しています。人間以外が住むには、この世界はつらいのかもしれません。人魚病は、そうした絶滅しそうな生き物たちの最後の賭けだったんじゃないかとわたしは思うんです」

「人間を殺して世界の調和を取り戻すってこと? 賭けというより反乱じゃない?」

「そうではありません。自分たちの全て受け入れてくれて、全てを受け継いでくれる存在を探し出すことです。この世界でただ死を待つのではなく、一縷の望みを探したんです。実際、めぐる小母さんには様々なウイルスや細菌、生物のDNAが取り込まれています。擬態細胞が種としての情報をデータ化して蓄積しています。たとえ現実世界で絶滅したとしても、いつか復活することができる。そういう望みを宿主に託すことにしたんです。小母さんの体は、この世の生態情報の塊なんです。そして絶滅していく生物たちの希望だと思うんです」

 かつて鏑木に、知識はそこに存在するだけで価値がある、と言われた。知識より知恵が大事だなんて無意味だと。知恵は天才しか持ち得ない。その知恵を簡素化、体系化して他人に伝えられるようにしたのが知識だと。知識がなければ社会や文化は生まれないと。

 自分にそんな価値があるのだろうかとめぐるは思った。ただ体にほかの生物のDNAを取り込んでいくだけの存在だ。

「ねえ、わたしっていつまで生きるんだと思う?」

 穂波にめぐるは尋ねた。

「死ぬまで、ですね。それがいつ訪れるのかはわかりません」

 穂波は正直に答えた。言葉を濁す研究者ばかりだが、彼女だけははっきりと答えてくれた。

「死ぬまで生きる、か。たぶん苦痛なのよね」

「死にたくても、死ねませんから」

「まあね。ほんと、寿命があるって素晴らしいことだと思うわ。だから生きることに意味が見出せるし、頑張れる。わたしだって自分の体の秘密を解明しようと思って、若い頃は躍起になったもの。とにかく時間がないって焦ってた。反面、やるべきこと、やりたいことが眼の前にいつもあった。でもいまはなにもできない、させてももらえない。実験の拘束期間が長すぎるせいね。でも、ほかの生き物たちが望んでるなら、まあ、しょうがないか。わたしもお肉や野菜、食べてるし。ちゃんと共生しないとね」

 それに対して、穂波はなにも言わなかった。かつては実験する側にいたせいだろう。

 不思議なもので咲と穂波は、言葉遣いは似ているものの性格は全然違う。咲と違って恋愛を始め、感情をしっかり理解できるからだろうか。親とは違い、結婚も社内恋愛の末だった。

 咲は自分の娘が恋愛に一喜一憂している姿を見て、頭がおかしくなったと思ったくらいだ。

 恋愛で頭がおかしくなるなんて普通のことだと、めぐるは咲に諭した記憶がある。彼女に納得してもらうには古文から引用するのが早い。普遍の感情だと認識できるからだ。

 呪い殺したりするより、頭がおかしくなる方がよほど健全でしょう? めぐるがそう言うと咲は、たしかにそうですね、と真顔で言った。そして本気で安堵していた。

「ねえ、最後に咲はなにか言ってた?」

「小母さんに謝っていましたよ」

「ずっと気にしてたのね、あの娘」

「そのせいで、小母さんがいまみたいな状況になったと思っていたみたいです」

「遅かれ早かれ、こうなってたわよ。それに、わたしがしたいからしたって言ったのに」

 本当にしょうがない娘だとめぐるは思った。百歳を越えてなお、かわいい娘だった。

「でも、わたしが感染していたせいなんですよね?」

「それも多少の後押しになっただけよ。結局、わたしが咲に死んで欲しくなかったの」

「それでも……ごめんなさい」

 穂波がめぐるに初めて謝った。研究者だった時には一度も口にしなかった言葉だ。

 この娘もこの娘なりに責任を感じていたのかとめぐるは後悔した。

 子供の頃は気づかない。大人になって研究所に入社した後では口が裂けても言えない。

 もし研究者が謝罪を言葉にしたら、めぐるは幻滅するだろう。謝罪の気持ちすら抱かないなら、侮蔑するだろう。そう思うのは実験される側の権利だ。自分が頼んだわけじゃないのだ。

 彼女は半世紀近くもの長い年月、後ろめたさを引きずり、気持ちを押し殺していたのだ。とてもつらいことだったに違いない。こういうところは咲によく似ていた。

「咲にも言ったけど、本当にわたしの我侭だったのよ。あなたが死ぬことに咲は耐えられなかった。そんな咲を見ることが、わたしには耐え難いことだった。結果としてあなたが助かった。運がよかったと思うくらいでちょうどいいわ。それに、それでも謝る咲に根負けして、わたしもつい許しちゃったもの。あの娘があんなに頑固だとは思わなかったわ」

「でもそのせいで、こんな窮屈な生活を強いられるようになったんですよ?」

「ねえ、穂波。間違えちゃだめよ。許すってことは、全部許すってことなの。ここまでは許すけど、ここからは許さない。そんな風に条件をつけるのは、まったく許してないのと同じ。良いも悪いもすべてを受け入れて、そしてすべて水に流す。それが許すってことだと思うの」

「それでも――」

 穂波の言葉をめぐるは遮った。

「だったら、あなたも許すわ。なにを許すのか、わたしにもよくわからないけど。それであなたの気が済むなら、いくらでも許してあげる」

 めぐるは穂波に優しく言い聞かせた。そして昔のことを思い出した。

「わたしね、謝罪されるのがあんなに苦痛だなんて知らなかった。言葉でなくても態度で伝わってくるの、申し訳ないって。最後はこっちの方が申し訳ないって気持ちになるのよ。謝罪するってそういうことなんだって、咲が教えてくれたわ。もしわたしに子供がいたら、謝罪は相手が辟易するくらいしなさいって教えてたかもしれない。それくらいしつこかったんだから」

「ふふ、母らしいです」

 二人して苦笑した。故人を思って誰かと一緒に懐かしむことができるのはいいことだろう。

 咲が死に、いずれ穂波も死ぬ。その子も、そのつぎの子も。

 いつかめぐるのことを、本当の意味で知る人はいなくなるかもしれない。咲の子孫だって、いつまでもめぐると共にいるわけではないのだ。いつかどこかで縁が切れてしまう。

 めぐるは自分の死について考えた。

 死ぬことはないであろう自分が死ぬ時、それはおそらく自分の役目を終える時だろう。

 ウイルスや細菌の住める環境が再び戻ってくる、間違いなく人間が滅びた後の話だ。

 自分の体から様々な細胞が再生し、生物が甦り、世界は調和を失って混沌に陥る。

 たとえ淘汰が繰り返されようとも、生態系として適正な生存競争が始まるのだ。

 そして擬態細胞という名の箱舟は捨て去られる。

 自分の生にも、自分の死にも大きな価値がある。

 誰にも真似できない、めぐるにしか持ち得ない価値がそこにあった。

 だが箱舟としての役目を果した後に訪れる死とは、いったいどんなものだろう。

 泡のように消えて無くなってしまうのだろうか。

 たしかなことは、誰もいない世界で、誰にも知られずに逝くことだけ。

 めぐるはそれを寂しいと思う。

 いまだにアリスの言葉をめぐるは聞いたことがなかった。

 でも、死ぬ前ぐらいは話をしたい。独りでないと感じたい。

 それくらいの望みは叶えて欲しいとめぐるは思った。


<現実との絶対的な差異>

 東京と東亰

 富士山と不死山(竹取物語の解釈)

 紫式部が亡くしたのは子供ではなく夫


<講評(抜粋)>

・序盤が重い、話の方向性が分からず興味が持てない。(アリスが出てくるまでは特に)

・哲学的思考がストーリー進行を妨げて、途中でだれる。

・主人公の人物像は好評・不評どちらもあり。

・文章の採点は上・下どちらもあり

・アリスが研究所を阻害しなかった理由がわからず、整合性が取りきれていないと言う方もあり。

・ストーリに起伏(人物の成長やカタルシス)が足りず、やや単調。

・テーマを象徴する台詞や描写、キーワードがない。

・テーマに対して、読者に考えさせる余地を与えるような情報がなく、もう一度読む気にならない。

・なぜか医療SFにされたり。

・評価者の好みや、それに付随する観点で評される部分もあるようです。

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