レアスライム編4
俺は返事をしない。
デイジーは休戦を口に出しながらも隙は見せない。
まあデイジーは火力がなさそうだし、速さを活かして隙をついて、そんでもし俺の防御力を突き破ってきても、ウオーターヒールでガンガンHP回復するだけだからな。最後は大量MPとMP自動回復で力押し。余裕だ。
「まずは自己紹介からや。あたしはクレマチスっちゅうねん。あんさんはなんて名前なん?」
初対面で偽名で自己紹介か。ゲスなのが俺と気があいそうだぞ、こいつ。
俺は鼻で笑う。
「嘘つきに名乗る名前などないぞ、デイジー。それともビオラか?アネモネか?ジャスミンか?よほど花が好きなようだ」
デイジーが口をパクパクさせる。ククク俺って嫌なヤツ。ああ楽しい。
「ま、まいったなあ。そないにいじめんといてんか。ほなら腹を割って話すで。ご存じのとおり、あたしは闇ギルド現マスターの娘にして次期マスター候補のデイジーや」
おおうこいつ闇ギルドのマスターの娘だってか?勇者すげえな。ヤクザのトップの跡取り息子が仲間になるみたいなもんじゃねえの。それとかマフィアのとかのな。人脈がすげえことになるぞ。
あと俺、こいつ殺すとか言ってましたがやめておいた方がいいですかねぇ。さすがにヤクザは怖いっスよ。
内心ビビりつつもなんとか平静を装いつつ言う。
「人狼をどうするつもりだ」
デイジーはぽかんとする。
「なんや、あたし目当てやないんか。なんや人狼か。なあんやそうやったんか。そうかそうかあの子の説明したらええねんな。おっけおっけあの子は実はな、っていやいやこれ内緒やねん絶対に人に言うたらあかんねん。でも言わなあかんねやろな。死にたないからな。でもやっぱあかんか。ああやっばいなあどないしよ、言おうかな、言わんとこかな」
「ストーンバレット」
「ぐおっ」
おっ、不意をついたのに見事なよけっぷりだったぞ。
「や、やめてえな。死ぬかと思ったで。わかった正直に言うって。だから殺さんとって。実はあの子は家出中の人狼の姫さんなんや。自由に憧れて世界を旅しとったんや。ほんで姫さん探して連れ戻してくれって人狼の一族から闇ギルドに依頼があったんやな。狼人間にならんかったら人狼なんてなかなかばれへんけど、ばれてもうたら捕まって売られかねんで。でもまともなところに頼める仕事やあらへん。それで闇ギルドに話が来て、あたしが見つけて保護してたんやな」
「本当か」
「本当やって。嘘ついてどないすんねん。こうなったら正直に話して親しみ感じてもらおうって作戦や。情がわいたらよう殺さんやろ。賭けなんや。あかんこのギリギリな感じがゾクゾクする。癖になりそうやヒヒヒ」
こいつ何かと俺に似てるよなぁ。
「そうそう、これまた家出中のスライムの王子さんと一緒に旅しとったらしくて、それがレアスライムらしいんや。あんさんがさっき一緒に突撃してきたやろ。あれやな。レアスライムってすごいなあ。あんなん捕まえて売ったら大金持ちやで。あたしやったら男をはべらしてウハウハ生活しまっせゲへへ」
やっぱりこいつ俺に似てる。分類ゲスだ。
「でな、そのレアスライムに手ぇ出さへんなら大人しく連れ戻される言うてな、あの子。ウハウハ生活は残念やけど、闇ギルドとしては人狼を敵に回すわけにはいかん。戦争とかになったらただ事やない。だから、レアスライムには手だしができへんちゅうわけや」
ジョセフィンは王子だったんか。すげえな。
あと、ジョセフィンがこのデイジーに気づかれたって言ってたけど、なんで攻撃されなかったのかが不思議だったんだ。デイジーは人狼の王女との約束を守ってたんだな。そういう事か。
デイジーがため息をついて、言う。
「実は家出する気持ちはよく分かるねん。籠の鳥もけっこうツライもんやで。これって人狼もスライムも人間も同じなんやろな。あーあ、自由ってええもんなんやろなぁ」
なんだ、こいつ?
ああ、そういう事か。
おちゃらけてるみたいだが、こいつも色々あるってか。
そりゃ、そうだよな。
生きていりゃそりゃあな、色々あって当たり前だよな。
俺は言う。
「それは自分の立場に対する愚痴か?」
「ふふふ。何言うてんの。あたしは責任が大きい程燃えるタチなんや。闇ギルドの現マスターの娘にして次期マスター候補。この役割バッチ来いやで。一回コッキリの人生やからな、ぶっとく生きたるでぇ。ガッハッハ」
あーあ、何で俺はこの子を殺そうとか考えてたんだろうな。自分の利益ばかり追いかけて人を踏み台にして。情けない限りだ。
こんなんじゃ笹山良子を救える訳がねえだろ。
「それにな、あたしの父ちゃんがいうとった。苦しみは絶対に無くならん。でも苦しくは無くなる、ってな。奥が深い言葉やけど、人は苦しみを乗り越えてかなあかんし、乗り越える度に強くなれるっちゅうことやとあたしは理解しとる」
にかっと笑ってデイジーが言う。
「どうや。ここまで腹開いて話したんや、殺す気失せたやろ」
ああ失せた。
見事だデイジー。
これは反省せんとな。異世界の人間ってんで、この子の事をなんかゲームのイベントキャラぐらいに見てしまっていました。デイジーは人間だ。話してやっと分かった。自分が情けない。ごめん許して。
という訳で方針変更だ。
俺は言う。
「デイジー、お前は俺に殺されたくないんだな?」
デイジーがビクッと体を震わせる。
「当たり前やろ。なんやの結局殺されるんかいな。せっかく正直に話したのにひどいで。でも、あたしもただじゃ殺されへんで。なんか今日は力がみなぎっとっておかしいくらいやねん。感覚もやたらビンビンきとる。一矢報いるくらいはすんでえ」
強くなったのは、勇者が転生した影響で突然盗賊とかから勇者の斥候にクラスアップしたせいなんだろうな。
「早合点をするな。殺しはしない。その代わり、お前に使命を与える」
「なに、使命?おっけおっけ、何でもするで。エロい事か?」
え?いいの?じゃあそれで、って違う。
「エロい事ではない。勇者についてだ」
「勇者?何やそれ」
「お前はやがて勇者を名乗る少女と出会うだろう。精霊がお前をそのように導く。お前はその子に本名を名乗り心を開くのだ。そして悩みを聞いてやり、またお前の悩みを話せ。いいか?」
「よく分からんけど、つまりはその子と友達になったらいいんかいな」
よく言ってくれたな、デイジー。やっぱりいい子じゃないか。
「そういう事だ、頼むぞ」
「なんやあんさん、いい笑顔するやないの。惚れてまいそうやわ。なあ、頼む。名前を教えてえな」
「ん?いいだろう。俺の名前は……」
まあ名乗ってもいいかな。俺もこの子の明るく前向きな性格に惚れてもうたんや。顔も可愛いしな。
いやちょっとまて。これ本名を名乗ったらかなりの確率で勇者に嘘がバレるよな。勇者には加藤ハジメって嘘をついてしまってるんだ。不信感を与えるぞ。どうしよう俺。
いやどうするかは決まってるよな。この子は裏切れない。正直に名乗るだけだ。そうだよな俺。さあ言うんだ俺。
「加藤ハジメです。すいません」
あ、あかん、俺はダメなヤツや。
また嘘ついてしもうた。