プロローグ4
彼方から飛んで来た光球が瞬く間にここまで来た。
俺の5メートルくらい前で光球は弾け飛び、そこには人が一人立っていた。
白いローブを身に纏った女の子。胸くらいまである髪を後ろにくくっている。
俺は間髪入れず「この女に鑑定を使用」と念じる。
勇者の卵 LV 1/15
名前 笹山良子
リミット 505日
HP 49/49(45+4)
MP 11/11(10+1)
攻撃力 27(25+2)
防御力 27(25+2)
素早さ 23(21+2)
魔法力 22(20+2)
抵抗力 23(21+2)
装備
女神のローブ
女神の指輪
スキル
「選ばれし者」「復活」「死亡時ワープ」「女神言語」「人言語」「無詠唱」「光属性魔法LV1」「精霊の加護」
特殊スキル
「聖剣一時使用×1」「邪眼×1」
やっぱり、勇者だ。
カバ太郎が、全身を使って勇者に吠える。そういや口偏に犬で吠えるって書くんだな。いや、今はどうでもいいか。
「ワンワンワンワン!」
「もういいよ。ありがとな、番犬」
「ワン?」
安心した。勇者は弱い。これなら瞬殺可能なんじゃないか。いきなり殺るか?どうせ殺しても生き返るんだよな。なら罪悪感はないだろう。
しかし、色々気になるスキルや装備がある。もう少し様子を見ようか。
リミットが505なのも気になるな。魔王追跡が勇者の特殊スキルにないから、それを使ったペナルティーだろうか。
確認の為自分のステータスを開く。
うん、こっちもリミットが505に減っている。魔王追跡のペナルティーで間違いないだろう。リミットがマイナス50パーセントってか。予想通りすごいペナルティーだ。
魔神はすぐに逃げろとか言っていたが、今のとこ余裕があるよな。やっぱり悪魔とかのそれ系は疑ってかかるべきなのか。
さあ勇者を殺すにせよ逃げるにせよ、鑑定で十分に調べてからにしようぜ。
目線を合わさないようにしながら、俺は言う。
「よう、勇者。話でもしないか」
「は、はい。分かりました」
「まずは、自己紹介からだな。俺の名前は、加藤ハジメだ」
念のため、俺は嘘の名前を言う。
「私は、笹山良子です」
俺は心の中で「邪眼に鑑定を使用する」と念じる。
『邪眼:視線を合わした相手に、バッドステータス(スキル使用不可、特殊スキル使用不可)を、10秒間与える。ペナルティーとして、1回使用に付きリミットが30日減少する』
邪眼、結構やべえかもしれんな。要はスキルなしで10秒間逃げ切る実力差があるかどうかか。
ここで、勇者が頭を下げた。なんだ?
「あの、謝ります。ごめんなさい」
「何を?」
「交差点で私があなたに声を掛けたんです。それで、加藤さんはトラックの存在に気づくのが遅れた。逃げ遅れたのは私のせいです」
そうか、この子が声をかけたのか。
「悪いのはトラックだろ。それに、どうせ生き返るらしいし気にすんな。それより俺になんの用だったんだ」
「あの、道を教えてもらおうと思って」
会話をしながらも、俺は鑑定をひとつずつ行っていく。
『聖剣一時使用:エクスカリバーを20秒間使用可能にする。ペナルティーとして、1秒使用に付きリミットが2日減少する。合計1回のみ使用可能』
更に、エクスカリバーを鑑定をする。
『エクスカリバー:女神の起こす奇跡を具現化した剣。全ステータス上昇(特大)』
エクスカリバーの全ステータス上昇(特大)はなんかチートくせえな。
それから、邪眼とエクスカリバーのコンボが、やっぱり最悪かもしれん。邪眼でランダムワープが使えなくなって、そこにエクスカリバーでズバッとやられたりな。
ここで勇者を殺す選択肢は捨てよう。ちょっとリスクが高すぎる。
ランダムワープ、もうやっといた方がいいか?でも、勇者の態度は今のところ紳士的だ。まだ行けるだろ。
「笹山さんは、どこに行くつもりだったの?」
「駅です」
「そっか。生き返ったら、場所教えてあげるよ」
「ありがとうございます。ところで、加藤さんの願い事って、何ですか」
「聞いてどうするの?」
「まあ、別に何もしないんですけれど」
「ふうん。俺は、世界平和にしようかな、って思ってる」
この子、多分高校生位だろう。んで、けっこう真面目そうだ。
こんな子に、金をお願いして女作ってウハウハ生活するんですゲへへなんて、さすがによう言わんよ。いや、ゲへへとまでは言わんがな。
勇者がクスリと笑う。
「魔王が世界平和、ですか」
「おかしいかな?」
「いえ、笑ってすいません。なんかうらやましくて」
「うらやましいって?」
『勇者の卵:勇者の初期クラス。まだまだ弱いが、素質は十分。一気に達人級の強者まで駆け上がれ』
「私は、復讐を願おうと思っています」
「復讐?」
「はい。私、家出少女なんです。学校でいじめられています。あと、父親は私に関心がないし、お母さんはもう死んじゃったし」
なんか話の展開がおかしくなったぞ。なんだ?
「だから、私が勝ったら、人を自由に殺す力を貰おうと思っています。その力で、あいつらに復讐をするんです」
そう言って、勇者はしくしくと泣き出した。
『選ばれし者:勇者の卵の、固有スキル。取得経験値増加、レベルアップ時に全ステータス成長率に上昇補正』
「殺したい相手はたくさんいます。加藤さんには、そういう相手はいますか?」
「そ、そりゃな。いないって言ったら嘘になるけど。でも殺しはまずいぞ。警察に捕まるしな。死刑にもなるぞ」
「だから、捕まらないように殺せる力を願います」
いかんな、鑑定作業は中断だ。それどころじゃない。
俺もいじめにあった経験がある。逆にいじめをした経験もある。巻き込まれるのが怖くていじめを見て見ぬ振りした事もある。
社会人になった今、その経験からして分かるんだが、いじめなんて結局誰も幸せにならんのだよ。やった方もやられた方も。
やられたらひたすら辛いし、やったらやったで後でなんであんな酷い事をしたんだって後悔する。暗い気持ちになる。
見て見ぬ振りも、同じだ。見殺しなんて、やってるのとほとんど同罪だからな。
復讐で殺すなんてたぶんもっと酷い目にあうぞ。後でどれだけ後悔しても死んだ人間は戻らないんだ。
やがて自分が幸せを手に入れても、罪悪感で自分を素直に祝福できなくなるんだ。
だから、やめとけ。
やめとけったら、やめとけ。
俺は魔王で勇者の敵って役回りかもしれん。
しかし魔王である前にこの子の人生の先輩だ。この子に何か言わんとあかんだろ。
だってさ、仕事を教えてくれた先輩に俺がお礼を言ったら、その先輩が言ったもんだ。
「次はお前が、お前の後輩に一生懸命仕事を教えてやってくれ。それが俺に対する恩返しだ。て言うか、俺の先輩がそう言ってたんだけどな。つまり順番にさ、後輩をな、助けていこうや」
だからオレはこの子になんか言ってやらんと。この子の助けになる事を、何か。じゃないと先輩に恩を仇で返すことになっちまう。先輩の先輩に対しても、だ。
しかし、何を言ったもんかな。だって俺、大した人生経験積んでないし。こんな事ならもっと真面目に生きてりゃ良かった。
勇者が泣きじゃくりながら言う。
「いっそ、人類を全員殺してしまってもいいかなとかも、つい考えてしまいます。地球ごと無くしてしまうとかでもいいです。私も含めて全員消えてなくなります。そう考えたら、スッキリします」
それはアカン。や、やめてっ。
て言うか、なんか君の方が魔王の役に向いてるんじゃないですか。俺マジでそう思う。ああ何やってんだ、魔神と女神は。適材適所をやれよ。ミスキャストだよ。
ま、まあいい。俺は俺にできることをするだけだ。
「……なあ、笹山さん。差し出がましいかもしれんがな、俺の話を聞いて欲しい」
「えっ?」
「大した事は言えないけどさ。ほら、顔を上げて」
勇者が顔を上げた。
頬には涙の跡。目は充血している。
かわいそうにな。ずっと辛かったんだろう。
仕方ねえ、俺が面倒見てやるよ。全然頼りないけどさ。
ほっとけねえよ。
そして勇者が、こう言ったんだ。
「邪眼」
やっべもろ食らっちまった。ぐはっ。
アホちゃうか俺。なんで視線を合わすかな。
これで、スキル使用不可、特殊スキル使用不可10秒だろ。
ちきしょう、俺が死んだら人類滅亡すっぞ。なんとかして俺が世界を救わないと。
「聖剣一時使用」
アカンもうやめてっ。
勇者の右手の周りに光が生まれ、瞬時に剣の形に収束した。光を撒きながら輝く聖剣。これがエクスカリバーか。こんな時になんだけど、綺麗じゃねえかチキショウ。
俺はファイヤーボールと念じる。しかし、火球は出ない。次はランダムワープ。ぐわっ。やっぱし無理。邪眼の効果はバッチリだ。ヤバイよヤバイよ。
俺は自分のステータスを開く。これはいけるか?いけた!
魔王 LV 1/5
名前 柴山大吾(加藤ハジメ?)
配下 1/15
状態 スキル使用不可 あと7秒、特殊スキル使用不可 あと7秒
……
なんか、名前のとこが加藤ハジメ?とかなってるぞ。ステータスこんな時にふざけてんのか。て言うか、そもそもステータス見ても何も解決しねえよ。
勇者がエクスカリバーを構える。威圧感が膨れ上がる。アワワワワワこりゃ一気に格上だ。
「ごめんなさい」
謝るくらいならやっちゃアカンて言いたいけどそんな余裕ねえ。アカン、あと5秒。誰か助けてくれ。誰か!
「ワンワンワンワン!」
突然の声に俺と勇者が驚いて顔を向ける。そうだ、この番犬がいたんだ。すっかり存在を忘れていた。
番犬が勇者に向かって走り出した。いいぞ、行け。
番犬の顔の前にピンポン玉位の火球が現れた。ファイヤーボールだ。
「ワン!」
火球は勇者の顔めがけて飛んだ。勇者が慌てて手で顔を隠す。
火球は勇者の手に着弾し、小さく爆発して霧散する。聖剣エクスカリバーで底上げされたステータスの効果だろう、勇者にダメージはないようだ。
勇者の目前で止まった番犬がやたらに叫ぶ。
「ワンワンワンワン!」
「な、なに?」
番犬の勢いに勇者がうろたえる。
どんないい武器を持っても、所詮はただの高校生だったか。
よし、0秒。
「ランダムワープ
「ワンワ
「あっ
次の瞬間、俺は別の場所にいた。
森の中だ。薄暗い。見上げると巨木の枝葉が陽光を遮っている。地面は湿気ている。
しんとした空気に、葉が風にこすれる音やチチチと鳥が鳴く声が響く。
「助かった」
やがて俺は腰が抜けてその場にへたりこむ。体がガタガタと震えた。
なあ、まってくれよ。
笹山良子の言ってたいじめとか復讐とか、あれは俺に邪眼をかける隙を作らせるためのブラフだったのか。
なあ、そうなのか?
もしブラフなら俺は完全に人間不信になるぞ。あれは人としてさすがに信じてしまうだろ。信じないといかんだろ。
なあ笹山良子。君は俺を操ったのか?
どうなんだよ?
君を信じたらイカンのか?
俺は、助けてやりたいって思ったんだぞ。
なあ、どうなんだよ。
たがとにかく、助かった。ギリギリだったが助かった。世界が助かった。番犬がいなかったらえらいことになっていたて言うか番犬だ!犬はどうなったっ!俺のアホ。早くあの犬のこと気付けよ。殺られてねえだろうな!
俺は叫ぶ。
「番犬のステータスオープン」
カーバンクル LV 5/10
魔王の配下
名前 カバ太郎(番犬?)
HP 32/32
MP 2/6
……
生きてた。無傷だ。良かった。名前がカバ太郎(番犬?)になっていた。
そして、笹山良子は悪い子じゃなかった。
そうだろ!そうだよな!だって、番犬を殺してないんだ!
勇者にとっちゃ番犬に千載一遇のチャンスを潰されたんだ。で、後にはペナルティーだけが残ったんだぞ。
悪いやつなら腹いせにエクスカリバーでズバッと殺してるだろ。
なあ、あの子を信じていいよな。
信じるぞ。俺は信じるからな。
「口寄せ」
ワンワ……ワン?」
突如目の前に番犬が現れた。俺を見て首を傾げる。
俺は番犬を抱きしめた。
「ありがとう、助かった」
「ワン!」
「お前のおかげだ、番犬!」
「ワン?」
いや待てよ。ちょっと実験してみるか。
「ありがとうな、トンヌラ。お前のお陰だよ、トンヌラ。感謝するよ、トンヌラ。トンヌラトンヌラ」
「ワン?」
で、ステータスオープンっと。
カーバンクル LV 5/10
魔王の配下
名前 カバ太郎(番犬?トンヌラ?)
……
「わははは」
き、キター。(トンヌラ?)だってよ。疑問形だよ。なんだ俺に聞いてるのか?アホちゃいますか。わははは。
はあはあ、ああ笑った。いやあステータスいい仕事するな。なんか一気にテンションが上がっちまったよ。
さてと……。
「大事な話がある。なあ、ゴン太」
「ワン?」
「俺さ、魔王としてって言うか、1人の社会人としてやるべき事ができたみたいだ」
「ワン」
「俺は笹山良子から逃げ切る。そして人類を守る。そしてだな、セロテープ」
「ワン?」
「笹山良子もな、救ってやるんだ。あの子の人間不信をなんとかしてやりたいんだ。あの子をめちゃくちゃ笑顔にしてやる。どうだ?」
「ワン!ワン!」
「そして勝負に勝って、魔神に金をお願いして女作ってウハウハ生活するんですゲへへ」
「ク、クゥーン?」
「とまあ、今のは冗談だ。で、お前はあの子を救いたいか?ゴルバチョフはどう思う?」
「ワン?ワ……ワンワン!」
「そうか。賛成してくれるか。ありがとうな、プロテイン」
「ワ、ワン?」
「まあこんなもんか。番犬のステータスオープン」
カーバンクル LV 5/10
魔王の配下
名前 番犬(カバ太郎?トンヌラ?ゴン太?セロテープ?ゴルバチョフ?プロテイン?)
……
ぐはっ。何かとえらいことになってきとるぞ。
プロローグはこれで終わりです。
次回からレアスライム編スタートの予定です。
文中で、いじめを傍観するのも同罪であると言う表現があります。
「見て見ぬ振りも、同じだ。見殺しなんて、やってるのとほとんど同罪だからな」
こちら私の見識不足でありました。申し訳御座ません。
最近のいじめは、裸の写真をとるなど、もはや凶悪な人権侵害にまで至っているとのことです。もはや刑事事件のレベルです。
そのような行為に立ち向かえ、さもないと同罪だとか言う大人がいたら、ただのクソのアホです。機関銃を持って乱射しまくっている奴に素手で殴りつけろ立ち向かえ、さあやれ、さあやれと言うようなものです。
心から謝罪申し上げます。
不勉強、誠に申し訳ございませんでした。