プロローグ3
とりあえず、カーバンクルに話しかけてみるぞ。
「おい、カーバンクル。俺の言葉は分かるか」
カーバンクルは動かない。見たところ、言葉が伝わっていないようだ。
さあ、スキルの統べる者で、この魔物を配下にするか。統べる者の実験だ。
統べる者のやり方は確か、相手に自らの力量を認めさせ、刻印を刻むんだったな。
多分こいつはさっきのファイヤーボールでもう俺の力量は認めているだろう。ステータスを見ても、こちらの方がはるかに格上だし。
なら次は、刻印か。刻印って、どうやるんだ。鑑定してみるかな。いや、もったいないか。
少しの間考えていると、相手の体に手を押し付けると良いと直感で分かった。
なんだこういう仕様か。自分のスキルは直感でわかるようになっているんだろうな。わざわざ鑑定を使わなくて良かったよ。今までの鑑定がもったいなかった気がするが、これから気を付けていこう。
俺はカーバンクルに近付こうとする。するとカーバンクルが慌てて巣から這い出て逃げようとした。
俺はひと跳びして、あっけなくカーバンクルを捕まえる。
自分でもあまりの動きの良さに驚いた。体が軽い。
右手でカーバンクルの背中を抑え付ける。すると、俺の右手から黒い霧みたいなのが出てくる。
同時に、体から力が抜けていく感覚がする。これが刻印なのか。どっと疲れる。
黒い霧が止んだので手を離す。そこには五芒星が黒く刻まれていた。
カーバンクルはぼんやりと俺を見ている。もう逃げる様子はないな。
俺は直感に従い「この犬のステータスオープン」と言う。
カーバンクル LV 5/10
魔王の配下
……
おお、魔王の配下となっている。なるほど、配下のステータスは鑑定無しでも見放題なのだな。
次は自分のステータスを見てみる。
魔王 LV 1/5
名前 柴山大吾
配下 1/15
リミット 1010日
HP 200/200(100+100)
MP 246/500
攻撃力 140(90+50)
防御力 140(90+50)
素早さ 140(90+50)
魔法力 140(90+50)
抵抗力 140(90+50)
装備
魔神のローブ
魔神の指輪
スキル
「統べる者」「魔神言語」「人言語」「魔物言語」「全属性魔法使用可(光属性を除く)」「MP自動回復(大)」「MP使用量緩和(大)」「無詠唱」「火属性魔法LV1」「水属性魔法LV1」「土属性魔法LV1」「風属性魔法LV1」「闇属性魔法LV1」「逃げ足」
特殊スキル
「鑑定(大)×92」「ランダムワープ×1」「口寄せ×3」
MPがどっと減っている。さっきの力が抜けてく感じがこれか。
そしておお、カーバンクルの逃げ足のスキルが手に入ったぞ。
カーバンクルの火性魔法LV1は、おれの火性魔法LV1には影響なしか。レベルが2に上がったりはしないか。
統べる者、すごいな。すごいけど、逃げ足のスキルはいらんかも。配下に出来る数も限りがあるみたいだし、どうせならもっと良いスキルを持った配下が欲しいよな。
うむ。この犬はハズレだったかな。
「ワン」
ステータスに夢中になっていると、カーバンクルが鳴き声を上げた。
俺を見上げて、しっぽを振っている。
鳴き声もまんま犬だな。見た目も、毛が長めの中型犬だ。コリーとか言うのに似てる。うん、可愛い。
ペットとして考えるなら、これも良いかもしれん。
「ほれ、こっちに来い」
俺がひざを落として両手を広げると、カーバンクルがじゃれついてきた。よしよし。愛い奴め。
しばらくカーバンクルを堪能した。
さて、これからどうするかな。魔法のチェックでもするかな。
どうやって使うのか考えてみると、頭の中に使い方が浮かんでくる。
『水属性魔法LV1:ウォーターヒール使用可能。対象者のHPを回復する。回復量は術者の能力に拠る』
『土属性魔法LV1:ストーンバレット使用可能。石塊を生み出し、飛ばす。威力は術者の能力に拠る』
『風属性魔法LV1:ウインドドライブ使用可能。素早さを上昇させる。効果及び効果時間は術者の能力に拠る』
『闇属性魔法LV1:影縫い使用可能。対象の動きを鈍らせる。又は止める。効果及び効果時間は術者の能力に拠る』
よし次は実験だ。
「カバ太郎、離れていてくれ」
「ワン?」
突然命名されたので、自分の名前がカバ太郎と分かっていないようだな。
「お前の名前は、カバ太郎。いいな」
「ワン?ワンワン!」
「魔法の実験をするから、離れていてくれ」
「ワン!」
言いたい事が伝わったのか、カバ太郎が離れてくれた。
じゃあ、無詠唱もセットで実験といきますか。
俺は声には出さず心の中で「ストーンバレット」と念じる。するとボーリング玉位の石塊が目の前に浮かんだ。
よし、ストーンバレットと無詠唱の両方共に成功。
そして「行け」と念じると、石塊は空気を切り裂いてヒュッと音を鳴らし飛ぶ。
石塊は鈍い音を立て地面に刺さり土をえぐり跳ね、霧のように霧散した。
うーん。ファイヤーボールもアレだったけど、これもすげえわ。人に当たったら間違いなく死ぬな。内臓が破裂すっぞ。
よし次。次は何を実験しようかな。よし影縫いをいっとくか。これは説明の感じかなり使えそうな魔法だからな。
「カバ太郎、実験に付き合ってくれ」
「ワン?」
「行くぞ」
俺は「影縫い」と念じる。無詠唱だ。するとカバ太郎の頭上に1メートルくらいの黒い槍みたいなのが現れた。それがヒュンっとカバ太郎の影に突き刺さる。
「ワン?」
「どうだ、カバ太郎。効いているか」
「……ワンワンワンワンワン!」
その場から動けなくなったカバ太郎が手足をバタバタさせて吠えている。必死だ。目をひん剥いて首を振り回し暴れている。
困っている様子が面白い。ヨダレが垂れとるぞ。あなたアホとちゃいますか。わははは。マジ受けるんですけど。笑いが止まらんぞ。あかんマジでツボ。
「ワンワンワンワンワンワン!」
いや、面白がっていたらいかんな。呼吸を落ち着けよう。はい深呼吸。スーハースーハー。
「すまんな、カバ太郎。影縫いの実験をしたんだ」
「ワ、ワン?」
「その内動けるようになる」
「クゥン」
「……たぶん」
「ワンワンワンワンワン!」
「ごっごめん、冗談だ。落ち着け、落ち着け」
て言うか今、カバ太郎と会話が成り立ってたんじゃないか。これは統べる者の効果なのか。
実際のところ影縫いの効果時間はどんなものなんだろう。たしか、術者の能力に拠るんだったよな。
多分魔王のステータスは結構高い。カバ太郎と比較してもエグイ差があるし、レベル1でしかないファイヤーボールとストーンバレットがあの威力なんだからな。だから影縫いもなかなか解除されない気がする。
俺は、諦めたのか大人しくなったカバ太郎の横に寝転ぶ。俺も効果が切れるまでゆっくり休むとするか。
俺は空を見ながらぼんやり考える。
あの暗闇の中の声、あれはたぶん魔神と言う存在なのだろうな。俺の装備が魔神のローブと魔神の指輪だから、きっとそうだろう。
それで、魔神が女神がどうとか言っていた事から、勇者側は女神がついてるんだろう。
俺も、魔神よりも女神の方が良かった。
魔神が、勝った方に代償なしで願いを叶えるとか言ってたけど、それって通常は代償が必要なんですよってことだろ。
そういう上げてから落とすのって悪魔とかそれ系のやつが良くやるパターンだよな。
そういやこんな話を聞いたことがある。
池で溺死した息子を生き返らせてくれと、母親が悪魔に頼んだ。
そしたら夜中に外から「ピシャッ……ピシャッ……ズル……ズル……」って音がする。
息子が池から生き返って、異形となって母親に会いに来たんだ。
母親は恐怖でドアが開けられない。それどころか、家に鍵を掛けて息子に池に帰ってくれと祈るんだ。
悪魔のあざけり声が聞こえてくるようだ。
悪魔系はやる事がとにかくたちが悪いんだよな。だから魔神の言う事は馬鹿正直に受け止めないで、疑ってかかった方がいいかもしれん。
で、その魔神いわく、俺は飛んでくる勇者から逃げること。だったな。
魔神が言っていた魔王追跡って特殊スキルで勇者が飛んで来るんだろうな。
いきなりボス戦って、すごいスキルだな。普通のロープレゲームじゃまずありえんわ。
でも、それだけのスキルならペナルティーもすごいはずだ。
ランダムワープがある俺からしたら逆にありがたいシチュエーションのスキルなのかもしれんな。
んで、飛んできた勇者が、聖剣一時使用で強くなって攻撃を仕掛てくると言ったところだろ。うん、ランダムワープがなかったら積むパターンかもしれん。
あと、魔神が邪眼とか言ってたな。これがまた要注意クサイ。
邪眼って言ったら有名なのはメドゥーサの石化攻撃だ。目が合ったら石にされるって言うあれな。
邪眼が石化効果かどうかかは分からんにしても、変な状態変化を起こされたらランダムワープが使えなくなって一気に勝負が決まるかもしれん。
とにかく勇者と視線を合わせるのは避けて、邪眼を鑑定するのを最優先にしよう。
とか言って、視界に入っただけでバッドステータスが起きるのならどうしようもないが、流石にそこまで無理ゲーはないと信じたい。
ていうか、そんな無理ゲーなら、早めに勇者にやられてしまった方が、逃げ回らなくていい分楽でいいわな。
それでいざ魔神の言う通りランダムワープで逃げるとしてだ。これからの勇者との戦いを考えたら、できるだけ鑑定を使ったりして勇者の手の内を調べて、それから逃げたいんだよな。
あーあ、とかなんとか難しいこと考えてたら眠くなってきたわ。
「カバ太郎、俺は昼寝するから勇者が飛んで来たら起こしてくれ」
「ワン?」
「じゃあ、宜しくな」
「ワン!」
便利な番犬だ。配下にして良かった。
俺は目を閉じる。
まぶたの向こうに暖かい光を感じる。
そして、草の匂い。気持ちがいい。
カバ太郎が動き出した気配がする。影縫いが解除されたんだな。
体が脱力してくる。そして、意識を手放そうとした瞬間、
「ワンワンワンワンワン!」
「来たかっ」
俺は目を開け立ち上がる。頬を叩いて気合を入れる。
さあバッチ来い、勇者!