憂鬱な雪の日のある日
――雪が積もりそう。
雪があまり降ることがないこの地域に、珍しく雪が積もりそうなくらいの雪が降っていた。
生まれてこの方、生まれ故郷から出て違う県に住んだことのないこの男、七草静は慣れない雪道をぎこちない足取りで歩きながら、雪で壊れないようにノートパソコンを抱えてあまりの寒さに白い息を吐いている。
――雪の降る地方の人は大変だな。
しみじみと考えながら、普段の倍以上のゆっくりとした足取りで歩く静は、寒さで小刻みに体を震わした。
――これだから冬はあまり好まない。
再び、白い息を吐き出したと同時に電柱の側に置かれている段ボールがたまたま目に入り、好奇心が旺盛な静は見たいという誘惑には勝てず、いそいそとその目的の段ボールに近づいて行けば……、そこには二歳くらいの男の子がいた。
――何もこんな雪の日に捨てなくても……。可哀想にこんな小さな手が寒さで真っ赤に腫れ上がって。
そう考えながら静は、自分が巻いていたマフラーでその子供を包み込んだ。
その分、自分の体温が下がるような気がしたが、静は自分のパソコンを濡れないようにその子供に持たせて段ボールを持ち上げた。天気が良くなってから交番へ行こう……とのんきにそう考えつつ、再びゆっくりとした歩調で歩き出したのだった。
一時間かけて家に着き、冷蔵庫からあるだけの具材を使って、二歳児くらいの子供にも食べやすいように全ての具材をみじん切りして、ミネストローネを静は作った。子育てしたことがない彼には幼い子供であるあの子に何を食べさせて良いのかわからなかったから、とりあえずミネストローネを作ってみたらしい。
熱くないくらいの熱さになるまで冷ました後、木のスプーンでミネストローネを食べさせてあげれば、その子供はへにゃりと笑ってもう一度口を開いた。
ぎこちない動作で食べさせてあげながらも、真っ赤に腫れ上がっていた肌も元に戻ったところでお風呂に入れてあげ、静は今日仕事もせずに眠りについた。
次の日。雪は止み、一日で雪が溶けそうなくらいの晴天になった。
静はその子供を抱えて交番へと向かい、警察官に事情を説明した。
「わかりました。一旦、児童保護施設で保護しましょう。保護者が分かり次第、ご連絡します。もし、見つからなかった場合もしくは両親がお亡くなりになっている場合は貴方の養子にすると言う可能性も考えて見ては如何でしょうか?
彼の様子を見れば、だいぶ貴方に懐いているのもわかりますし……」
その警察官の言葉に静は考えておくと返事をし、寝惚けている子供を警察官に預け、自宅へと戻った。
が、その三日後。締切数ヵ月前の原稿の直しを直していた時、自宅へと電話が鳴り響く。あの子供の身元がわかったんだろうか? と一瞬だけ静は期待したが、どうせ編集者からだろうと思い直し、受話器を取れば三日前に聞いた警察官の声で驚いた。
「彼が食事を食べてくれないそうなんです。頑なに食べるのを拒んで……」
困ったような声で話す警察官の声。
――随分と面倒見の良い警察官だ。
静はそう感心しながら、あの時食べたミネストローネのことを思い出す。
「俺の前ではミネストローネを食べていましたが、あの子供はあれから本当に何も食べないんですか?」
「ええ、毎日帰宅帰りに様子を見に行くのですか……、話しかけても笑うだけで何も食べてくれないんです」
あの子供の状態にも驚いた静だったが、毎日帰宅帰りに様子を見に行っていたと言う警察官の言葉にも、随分と親切な警察官だととても驚いていた。
……それに……。
――一度、児童保護施設の先生と会った時、全くの無表情だった。
そんな子供が笑顔を見せていたということは、取りあえずはこの警察官には心を許しているのだろう。
そう考えた静は、
「……いつ勤務は終わりなんですか?」
警察官にそう聞けば、
「時期に終わりますが……、何故です?」
と、素直にも答えてくれる警察官に、静は内心で笑いながら……、
「一緒にあの子に逢いに行きましょう」
そう提案したのだった。