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FourFriend  作者: 冬鳥
8/8

FourFriend オモイビト

”オモイビト”



月が語る。



オモイビトが待っている。



僕はこれから友達がそれぞれに想い抱く”オモイビト”を拾いあげるのだ。

友達の後ろにはいまはもううっすらとではあるが、頑なさと揺るぎない気持ちがたしかにそこに存在し、果てしない想いが混在しているのだ。


僕の胸が熱くなる。



友人を想う気持ちを讃えるかのように月音が僕の背中を押していく。


オモイビトはいまもいるんだよ。君達のすぐ後ろに。僕の友達を僕の親友を想い続けている。



あちらの世界から…いや、彼らがいる世界が真実の場所で僕らがいる世界がまやかしの場所。


ここにいる僕の友達は魂が身体から離れていくときから、どれだけ後悔と謝罪の言葉を頭に描いてきたのだろう。

人に想われるという絶対なる幸福感の反面へと周り込んだときに人は知るのかもしれない。愛の真実を。


僕はいまその想いと愛情の言葉を拾いあげる。

僕の四人の親友の、後ろにいる生きとし人の思いは、

そうか…


きっと…そうだね…。

きっとそれは最後の愛なのかもしれない。


月音が僕に悲しく問い掛ける。



僕にとって…は…お父さんとナナコさんなのかな…。


いま僕の後ろにも誰か”オモイビト”がいるのだろうか。

振り返るが何も見えない。

とにかくありがとう。


ここにいるオモイビトさん。


僕の友人を思い続けてくれてありがとう。



僕ら五人の亡霊と”オモイビト”の間にある壁はもう二度とお互いに乗り越えることはできない。

だけど…


そもそもあなたたちをオモイビトさん達って呼んでいいのかな…。


大丈夫。大丈夫なんだ。そんな不安げに愛する人を見つめなくてもいいんだよ。僕の親友達はただ悔しくて悲しくて寂しいだけなんだ。

恨みなんかない。


僕は亡霊となった。そして出会った同じく亡霊の四人を愛して尊敬している。


オモイビトさん達も同じなんだよね。


感謝の言葉も伝えられないままに別れてしまった。

だって。


それは突然にやってきたんだから。


カオスは通り掛かった深夜の公園で男達に絡まれていたカップルを発見し、助けようと乗り込みギターケースを振り回していたときに大きな刃が胸に向けられた。


シンゲンは過労からの睡魔に襲われ10トントラックを高速道路の固く立ちはだかる黒い外壁に向かわせた。

タカはリストラのショックによりマンションの階段を無意識に上がりはじめた。


チーコは車に轢かれ、そのまま走り出すテールランプを薄れゆく記憶のなか見つめた。




すべてが突然だった。


闇に突き落とされた悔しさと悲しみはときに怒りに変わった。


ただ、僕ら亡霊は恨みでこの世を漂っているわけではないんだ。


うらめしや〜


なんて言葉はあまりにナンセンスなのだ。


違うよ。


生まれ変るためには。


この世から離れるためには。


いまオモイビトが僕に教えてくれる。


秋の月が奏でる月音が僕に教えてくれる。



「き、聞いてください。みなさんの後ろにはオモイビトさんがいます」


僕の言葉はいつもよりも吃りを減らし窓をすり抜けて外地へと流れていった。


死人が集まるこの部屋から、生きとし人が見上げる真実の月夜の空へと、僕の吃りはアクセントを作りだしながら流れていく。



「オモイビトだと?なに言ってんだよ。俺は恨んでるぜ。憎しみは消えやしない。やり残したことはたくさんあったんだ。カオスを世界一にさせる夢もあった。俺たちがここをさ迷うのはな、恨みがあるからだ。怒りがあるからだ」


カオスの持つグラスが震えて酒がこぼれ落ちていく。いまにも割れそうなほどにカオスは握力を強めた。



「カオス…き、きっと…感謝の言葉を待ってる…人がいるから…僕らは…」



「なに?感謝だと?」



「カオス。まって。ちょっとそれどういう意味よ…会いたい人?感謝の言葉?それって……な、何が言いたいの?」


チーコは赤い救急車のミニカーを強く握りしめている。

チーコの後ろにいるオモイビトはミニカーを見て笑顔を作りあげていた。

僕には見える。

チーコが僕を友達だと言ってくれたときから優しくオモイビトが微笑んでいるのが僕には見えていたのかもしれない。包まれる柔らかい色がチーコの手元に有りつづけていたのだから。


「ね、ねぇ。もしかして…わ、わたしの…私の後ろにいるの?ねぇ!私に会いたいって言ってるの?わたしに?教えて!」


チーコは忘れた涙をいま流し始めていた。その涙は頬を伝い落ちてミニカーに触れた。


「う…うん。い、いるよ。チーコのね、み、右肩の上。い、いま笑顔で…ミニカーを見てる。あ……いまなんか話してる…ちょっと言葉は聞こえてこなくて…わ、わかんないけど…」


声は聞こえない。

僕はオモイビトの口の動きから言葉を探った。


「マ・……マ…」


少年を肩車する男性が何度もその言葉を口する。何度も何度も。



「ぅぅぅ…………。いるのね。ここに。ここにいるのね?カッくん…私を…私を恨んでる……?」


チーコは右肩の上を撫でつける。そこにちょうど小さな頭があるように。



「カッくん。いるのね?うぅ…ごめんね…ごめんね。私…ごめんね。私があの時目を離さなかったらこんなことに……ほんとに…ほんとにごめんなさい…」


「正確にはち、違うよ…チーコ。きっとチーコの旦那様だと思う。お子さんを肩車してチーコを呼んでる。二人ともすごく…笑顔で」


「え…パパ?ここに…パパがいるの?私のここに?あなたが…」


「うん。ずっといると思う。きっと想ってる。チーコのことをいまも」



智恵子。ありがとな。


ありがとな。



その言葉は声となり部屋のなかに響き渡った。太く優しい声だった。


「あなた…ご、ごめんなさい…。私は…あなたを一人ぼっちにさせちゃったね…」




チーコは悪くない。

でも…愛を抱いたまま死を選んだから…

罪を背負うんだ。


オモイビトさん。これでもう二度と会うことはできないかもしれない。


でもそれが死というもの。

絵本のページはもうめくれない。


きっとあなたはチーコに…もう一度妻に会いたいと何度も願ったことだろう。


でもきっとそれはできないんだ。亡霊は求める愛に会いに行くことはできないのか。


ページをめくることは許されない。

それが死…。


「な…なぁ。おれの後ろにもいるのかよ?」


カオスの後ろ。


「いるよ。きっとバンドの仲間達。それとあの日助けた若い男の人と女の人もいる。ずっとあなたを想っている」


「……」



カオスは無言のまま鼻をすすった。


そして言った。



「お前らが助かって良かった」


チーコに続きカオスの身体も少しだけ薄くなった。



「私達にはそれが見えない。ヒロシだけが見える。きっとそれは…」



タカはサングラスを外した。タカの後ろには女性の顔。きっと奥様だろう。


タカの後ろにいる女性はタカのバーコード頭を手の平で優しく撫で付けている。

「い、いま奥様が、タカのか、髪に触れてます」


タカはサングラスを外した。



月が奏でる月音はメロディーを変えていく。それは湖面での波紋が広がっていくように。その頭上には青く輝く満月が照らす。


そうか。わかった…わかったよ。



お別れだ。


親友を行かせる。

この先へ。


「なあヒロシや。わしの後ろには何が見える?」


シンゲンの後ろ。


「ね、猫ちゃんが…いますたくさんの猫ちゃんが」


「あいつら!」


シンゲンは天井にかかる電球を見つめた。



そして一同が無言のままグラスを口につける。


四人は理解したようだ。

いまから最後の旅にでることを。

そのあとは果てしない”無”が続くことのだろう。


タカが僕を見つめる。


「すみません。あなたの後ろには誰も見えません」



「すまん俺も見えない」


「わしも見えん」



「ごめんね…わたしも……あ、ちょっと待って!聞こえる?この音。これってまさか」


チーコも月音を感じた。それはなにを意味するのか。


チーコは和室へと駆け込んでいく。

僕の死体がある場所へ。



「キャーッ!」


チーコの悲鳴が響き渡った。

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