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FourFriend  作者: 冬鳥
7/8

FourFriend 生なる月

空から落ちる優しくも寂しい音色が僕の耳元まで届いてくる。

僕はそれをそっと拾い上げ、瞳を閉じその旋律に全神経を傾ける。


秋の夜の上空を旋回する風の音に、月の奏でる音が入り混じっていく。この世に生きていたときには聞いたことなんてなかった不思議な音だ。どんな鳥が囀る音よりもきっと淡く、どんな楽器が奏でる音よりもきっと繊細なのだろう。僕の耳元に聞こえる音はすぐにでも掻き消えてしまいそうに脆く弱く繊細だが、懸命に何かを訴えるように朧げのまま奏で続けていた。

僕は体と魂が分離したときから聴き続けたこの優しく続く音色の奥に眠る意図をいつしか理解していたのかもしれない。

いまは言い切れる。そう。この音は月からのメッセージだ。


僕はテーブルを囲む親友四人のそれぞれの顔を見渡してから立ち上がる。

一巡する親友の存在の認識。

そして僕の顔はいつものように綻んでいくのだ。


死を持って得た友人は掛け替えのない存在だ。


だが。いまの僕には感傷に浸っているときすら惜しく感じていた。

親友が抱く悲しみを解放させるために窓際へと足を運ばねば。

僕は立ち上がった。


そして窓にもたれ掛かり座るシンゲンの後ろまで来ると僕は彼の背中を軽く押した。


「なんじゃ?」


「ちょ、ちょ、ちょっとすみません。カ、カーテンを開けていいですか?」


「構わんよ」


シンゲンは尻を浮かし胡坐を一からやり直すように座り直していった。


僕はカーテンを勢いよく開けた。


輝く月が眼前に現れる。

満月に近い丸く大きな月だった。



「相変わらず真っ暗な夜だ。なにもない闇だ」


チーコの隣りにいるカオスが夜空を見上げながら呟いた。



「え?カ、カオス…だってつ、あんなにつ、つ、月が…月が」



僕は振り返って「輝いているよ」と言おうとしたが、カオスは僕からは想像すらできない答えが返ってきたような顔をしていた。まさしく鳩が豆鉄砲を食ったように。


僕は続く言葉を見失った。


「はぁ?な、なんだよ。馬鹿らしい。俺達に月が見えるわけないだろ。生前じゃあるまいし。馬鹿言え。…っ…て…お、おい…もしかして…お前…ヒロシ」


真っ暗?


これほどまでの月光が、地上を淡く黄色く照らしているというのに。


カオスは真っ暗な夜だと言った。


「チ、チーコ…さん。そ、外は暗いですか?」



僕はチーコが外をよく見えるように身体の位置を変えた。


「もちろん暗いわ。私達にとっての夜は影を無くすもの。そして消えた月は何よりも神聖なもの。生と死の狭間にすらその姿は現さない。死は月を無くす。暗黒のなかさ迷うのが私達。え?ちょっと待って。もしかしてヒロシは…」



「シ、シンゲンは…どうですか?」



すぐ目と鼻の先で、胡座をかくシンゲンは顔だけをこちらに向けた。


「月光があればわしらは姿を現せない。当たり前なことだぞ。風林火山にも月という文字はない。よって信玄公は死する意味、死後の世界をも知っていた。違うか?」


タカがヨイショとテーブルに手を付いて立ち上がる。


「さっきから月がどーとかどうしたんですか?ヒロシ。月はもっと見ておくべきでしたね。私も後悔してます。あのとき。いえ私が自殺するときなんですがね、11階立てマンション屋上の柵を跨いでステップから足を離したとき、一瞬ですが夜空に浮かぶ月の輝きを見ました。私はそれがとても美しく感じたのを覚えています。死んで見えなくなるとは。ショックでした」



「ち、違うんです。み、みなさん…あります。つ、月はあそこに」


見上げる黄色く輝く月は涙を見せているように見えた。いまも悲しくも柔らかい音色を出しながら光の膨張と縮小を繰り返している。



月音が僕に語りかける。


これはこの世にさ迷う魂が聞く鎮魂曲なんかではない。



ふとカオスが独り言のように言った。


「お前…見えるんだな…月が」



「カ、カオス…うん。見えるよ」



「チーコ!タカ!シンゲン!いまの聞いたか!こいつは…ヒロシは…月が」




「希望じゃ!」



シンゲンが叫んだ。


朝、目覚めてカーテンを開けると眩しいほどの朝日が部屋のなかへと入り込んでくる。

目を擦りながら誰かに言う。おはよう。と。同じくおはようて言葉が返ってくる。朝食のパンを食べてコーヒーを口にする。そして日々会話に満ちあふれるテーブルの上に置かれた凛とした分厚い本を発見する。

そのページをめくってみる。描かかれているのは鮮やかに彩られる風景をバックに自分自身と愛する相手が手を繋いでいる絵だった。


絵本をめくっていく。同じように自分の幸せそうな場面の絵画が続いていく。だが次第に飽きてくる。思いはじめていた。どのページの絵も何の変哲もないシーンであり添えられる言葉も単調だと。当たり前のように愛がそこにあって安息がここにある。次第にめくることすら億劫になってくる。部屋を見渡してほかの絵本があるのか探しだす始末だ。

なんの価値も見出だせなくなった目の前に置かれた分厚い絵本。


愛の存在が当たり前になり、当たり前の毎日が続く。当たり前の会話。当たり前の温もり。

当たり前…当たり前…et…et……



ページをめくる。


彩られる風景も自分自身も惰性のままにめくっていく。そして何ページ目だろうか、突然描かれる内容が変わったのだ。風景の水は涸れて草木の緑は養分を見失い描かれる自分の笑顔も消えていた。


そこから…ページはめくれなくなる。

唐突に絵本は消滅してしまうのだ。

もう、どれだけ次のページに想いを馳せようと、いままでの当たり前の気持ちを後悔しようと、時間は戻らない。絵本は跡形もなく消えた。微塵の愛の欠片を探し出す。もうそこには無いというのに。


いつしか人は死ぬ。




僕は親友を得た。それも四人もだ。


助けたいのだ。

この四人を。


オモイビト。


僕はカオスの背後にいる何かをもう一度探しはじめた。

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