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FourFriend  作者: 冬鳥
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FourFriend 犯人探し

サングラスをかけようと上げるタカの左手薬指がキラリと眩しいほどに光った。僕の瞳のなかに入り込むその光は温もりを伴っている。

薬指にはまるシルバーの指輪の確かなる光は、反射を繰り返していき僕を不安定さのなか浮かび続ける地球の内包へと導いていった。

ずっと。そうずっとだ。守るべき人と誓い合ったあの日からずっと共に生きたタカとタカの薬指で光り続ける温もり。

嬉しいとき、悲しいとき。何度も何度も語りかけてきたそのリングには、いま儚い幸せが眠り続けている。

いま僕の心のなかにまばゆいばかりの賞賛を注いでいく。


キラリと光る左手を動かすタカからは人柄が実証される笑顔と優しい眼差しが浮かんだ。


僕はタカに見取れた。


だけどタカは何の迷いもなくサングラスによってつぶらな瞳を隠しあげていった。

そしてサングラスに映る僕自身を見て僕はぎょっとした。



「ヒロシの若さでその貯金は素晴らしいと思います。正直なところ私は、あなたの口から貯金額が『に、二百万で、で、です』といわれても最善なる驚愕の準備をしていました。いや、百万です。といわれても、私はこのサングラスをかけ直し『ぉぉ!ヒロシお金持ちぃぃ!』と、危ない刑事のタカがよくやっていた屈みながら拳銃を胸元で構えるポーズをしてユウジ!と相棒の名を叫び騒いでいたかもしれません。それがどうでしょう皆さん。ヒロシの貯金はなんと二千万円です。結果、私の反応はただただ唖然としてしまい言葉を失っただけでした」



タカは自分の感情を抑えるかのように深呼吸をした。表情はサングラスに隠されている。


「二千万ですか」


タカはおもむろにポケットに突っ込んでいた手を出すと上へと持っていきバーコード頭に乗せた。思案するように止められていたその右手はやがて手櫛となり、少ない髪を直し初めた。



「すげえなぁジュリー。二千万あればなんでもやれたんじゃないのか?二千万か…まあ、ベンツを買っても釣りがくるな。わしならそうだな…。大勢のバイトを雇い川中島合戦デモンストレーションをやりたいところだな。そうじゃ、現代においても武田家の強さを上杉の田舎侍達に見せつけるのじゃ。わしは思う。ありゃなヒロシ、武田家の完全なる勝ちいくさなんじゃ。そもそも上杉なんぞ信玄公の敵ではないんじゃ。謙信はずっと信玄公を恐れ慄いておった。それがほんと。それを面白おかしく真実に装飾をしていくのが歴史だと思え!」



「シンゲンちょっと待って」



軍配を振りながら顔を赤らめ話すシンゲンをチーコが止めた。


「ねぇヒロシ。私に教えてくれる?」


チーコが僕の耳元に顔を近付けた。


「え…な、なに?」



「いい?この吐息。感じてくれる?私はいま…そうね。ちょっと興奮してるの。そうね正直言うわ。あそこがちょっとだけ濡れてきてるの。誰かにそっと指先で触れてほしいくらいに。わかる?ヒロシ」



僕はぶるっとした。


チーコは僕の耳たぶに唇を当てた。柔らかい唇の感触によって僕はますますぶるっとした。


「いい?教えて。あなたが貯めたお金のこと。無くなってるのね?通帳も現金もすべていまここに無いのよね?」



僕は縦に小さく首を振った。



「くそ…」


カオスは畳の上に横たわる大きなそれを見ながら吐き捨てるように言った。



「とりあえず皆さんテーブルに戻りましょう。お酒もあることですから飲みながら話をまとめていきましょう」



五人はぞろぞろと和室からテーブルがある部屋に戻っていく。


僕の目にはラックに並ぶアイドルフィギュアが入り込んできた。



君達は見ていたんだね…

皆が言いたいことはわかるよ。

君達もそう思うかい?


平然と並ぶフィギュア達は僕をただただ見つめる。


涙は…

ないよ。


もう涙はないんだ。



僕はため息をついてからチーコの隣りに座った。




「コホン」



タカが咳ばらいを一つ。



「ヒロシのことはわかりました。皆さん。わかりましたね?」



「ああ」


カオスが返事をしてシンゲンは小さな声で「御意」といった。



チーコは、



チーコは僕を一点に見つめていた。



「かわいそう…ヒロシ…とてもかわいそうよ。せっかく…せっかく彼女ができたのに…」


チーコは口元を震わせている。だがやはり彼女の目からも涙は出ていなかった。



「でもね私は違うと思いたいのよ。ヒロシは彼女に裏切られてはいない。うん。違うわよ。皆もあのキリンの写真を見たでしょ?あそこには二人の最高の笑顔があったわ。夜のベッドに入れば二つの体が対になることがまるで宿命られているように、貪り、濡れ合い、求め合ったの。共にお互いの性器を掛け替えのない宝物のように慈しみ愛撫しあった。ね?ヒロシ。そうよね。私は違うと思うわ。決まりよ。違うわ」


チーコが話し終えるとすかさずカオスが首を横に振った。



「チーコの気持ちはわかる。だが、いまこの現状を見て犯人が彼女じゃないといえるか?俺の推理を言おうか?彼女が男を使ってやらかした。これだな。まあな、よくある話だ。金目的でヒロシに近付き金目的でヒロシを殺した。実行に移すならば簡単なことだ。仲間が数人いれば事済む、ヒロシは弱そうだしな。世の中にはそんな奴らはうじゃうじゃといるんだ。人の尊い命を何とも思わない奴がな」



そう。

わかるよカオス。そしてみなさん。


携帯電話も無くなっている。和室にあったパソコンも無い。(フィギュアは盗られていなかった)。そして玄関のカギは…開いたまま。


僕には確かめることができない。


例えば電話をどこかにかけるとかはできないのだ。


いまあるこの現状で恨みを変換或いは増大させていくしかない。


だけど…彼女に…恨み。恨みはあるのかな…

ナナコさんには感謝をしている。こんな僕を嘘でも好きだと言ってくれたのだから。



こんな僕を…


「好きよヒロ君。ずっと一緒にいようね」



好き…

好き…




「なぁチーコ。彼女が関係無いとしたらだ。大きな矛盾がある。それはわかってるだろ?二週間の間、彼女はここに来てない。ヒロシ。そうだよな?」


カオスに突き付けられた言葉が痛い。全身を弓矢で射られたほどの痛みだ。


そうなんだ。


彼女は…


ここに来ていない。



彼女が二週間ここに来ない理由。




僕は死んでいる。

それは二週間前からになる。


僕は殺さている。

背中から包丁を突き付けられている。

畳を何度もむしった跡がある。僕のすべての爪は剥がれ落ち、血があふれそしていまはどす黒いままに固まっていた。


僕は苦しみながら死んでいった。


そしていまの僕は腐りかけの単なる物体だ。汚物だ。

和室に俯せになる僕は液体を出しながら悪臭を放っている。無数なる小さな虫が僕の四方から潜り込み喰いはじめている。


僕は死んでいる。


玄関の鍵は開いたまま。

なのに…誰も…誰も来てくれない。


隣人も警察も来ない。


誰も僕を見てくれない。


誰も僕の名前を知らない。


腐っていく僕は肉片になることすら許されないのだ。

僕の眼は見開いたまま何かを訴え待っているというのに。



そしていま。また聞こえてくる。

僕の耳に確かに届くその繊細な音が僕を慰める。


月が月音旋律を奏でる。


二週間前の命が絶ったときから聞こえるこの音色は、きっと死者が聞く音なのだ。


この世を漂う魂が聞く鎮魂曲なのだ。



でも。何かしっくりこない。

違うのか。


だってこの音は僕の心を激しく揺さぶり続けているのだから。


僕は瞳を閉じる。

この揺さぶりは僕を試すためのものなのだろうか。

恨みを抱きこの世をさ迷い永遠に苦しみ続けることを宿命付ける揺さぶりをこの音色は押し付けてくるというのか。



「も…もう…もういいよ。あ、ありがとう。うん。きっと…そうだよ。僕は。と、とりあえずお、お酒の…飲もうよ」



「わかりました。皆さん。もう追求はしないことにしましょう。ヒロシが彼女に仕返しをしたいならば私達はもちろん手伝います。私達は仲間です。友達です。恨みましょう。祟りましょう」



「そ、そんな…。あ、あれ?」


いまタカの顔の横に何かがぼんやりと見えた気がした。すぐに消えてしまった何か。

何かとても。温かいもの…。



「恨みがある限り俺らはこの世に居続ける。そんなのは簡単には無くならねえ」


「あ、あれ…」


カオスの横にも何かが見える。



「私は…あの子を轢いた奴を許さない。ずっと…許さない…恨むことなら任せてちょうだい」


チーコの横にも…


「あ…」


そのとき僕は一人の少年と目が合った。

チーコに頬擦りをしているその少年は僕と目が合うとにっこりと微笑んだ。


「わしらは仲間じゃ。ずっと仲良くしような」


シンゲンの後ろには猫の小さな顔がたくさん見えた。



「ね、ねえみんな。あ…あの…」



「どうした?」


「も、もしかしたら…。こ…この世に留まる理由って…う、恨みとかじゃなくて…後悔とか…でも、祟りでもなくて…きっと…か…感謝の言葉を言いたい人がいるからじゃないのかな…もう一度だけ会いたい人が…人とか…猫ちゃんとか…いるんじゃないかな…」



「え?」



「会いたい人?」




チーコはそっと赤いミニカーに触れた。

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