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FourFriend  作者: 冬鳥
4/8

FourFriend 檻のキリン

「え?しゃ…写真ですか?」



僕はカオスが言った写真という単語がなかなか物体として浮かべることができなくなっていた。



「ああ。写真だ」


カオスの完成された二つの瞳が僕をひたと見つめている。


「写真…」


写真?

誰の?


僕の?それとも…


「お、お父さんの?ですか?」


「は!お父さんだと?」


カオスは眉を寄せながら僕が発した言葉をすぐに輪唱のごとく繰り返してきた。ものすごく早い反射神経だと思った。


でも、どうして僕はいま父親を思い浮かべてしまったのだろう。


「お父さん…」


「まっぴ。違う、お前はいまヒロシって名前か。ヒロシ。いったい何言ってんだ。お前のお父さんの話しなどまったくしてなかっただろ」


「う…うん」


おかしい。

僕の頭のなかにいま何かが急激なスピードで混入してきている。


夢と現実が絡まり乱れていく。


どれが真実でどれがまやかしなのか。


記憶が改ざんされていく。


「ご、ごめんなさい…お父さんじゃなくて…」



絞り出すようにか細い声を出したときだった。


敷居の上にいるシンゲンが手に持つ軍配を高々と頭上に掲げた。


「風林火山!」


それは今までに聞いたことのないような人が出しうる限界なる大声だった。襖と壁がぶるぶると振動し、連なるフィギュアの尻が浮き、僕の耳の奥の奥までキーンっという音が響き渡っていった。


「あ、あれ?お、お父さん?なんでだ?」



僕はシンゲンの喝を境目にして一瞬のうちにして真実だけを捉えていた。


シンゲン。いや竹田さんはいまは完全なる武田さんだ。


「カ、カオス。ごめんなさい。写真は、ぼ、僕の?ですか彼女のですか?」



果たして僕の写真をカオスが見てなんになるというのだろうか。

僕の外見はといえばテレビで活躍するお笑い芸人のなかで一番のブサイク芸人として蔑まれ罵られ笑われる人そっくりなのだ。


テレビではいつも「ほんまお前はブサイクでハゲてるなぁ」と周りから言われている彼。


彼がお返しでニタニタと笑えば「気色わる!怖!」。

まるでテレビ業界に現われた新種の妖怪のように扱われる。


でも彼は良いよ。


それを売りに芸人としての社会的地位を築き上げているのだから。それに比べて僕はどうなるというのだろう?街を歩けば、かなりの確率でブサイク芸人に外見がよく似ていると指をさされ笑われる。無邪気な子供にも笑われる。


「ギャハハ。あいつ顔もハゲ具合もおんなじだ」



しかも。しかもだ。

お笑い芸人の彼は背が高い。だからたまにちょっとだけ画面に映る彼が様になったりもする。

僕は彼よりも背が20cmは低く猫背で存在感も皆無。


ああ。そうなんです。僕に取り柄なんてものは何ひとつないんです。


僕はこの先も世間の嘲笑の的になり続ける?。


強いてあげる趣味はといえばアイドルのフィギュア集めとパソコン。


そんな僕の写真をいったい誰が見たがるというのだろうか。


じゃあいまカオスは…彼女の写真が見たいってこと?


彼女は…

綺麗な女性。とても。


彼女がいう、僕のことを好きだと言ってくれた言葉。しばらくは嘘だと思った。人に笑われ続けた僕の28年間によって彼女の言葉は信じられないでいた。


でも…


「私はあなたが好きよ。すごく好きなの。ごめんね、ヒロ君。怒るかもしれないけど、かわいいの…ヒロ君はすごくかわいいの。ごめん。怒った?男の人に可愛いだなんて言ったらダメかな。でも私はあなたが好き。信じて。お願い」



「ううん。お、怒らない。えと…な、なんか嬉しくて…す…すごく嬉しくて」



いま僕の頭のなかでは彼女をそっと抱きしめたときの肩の細さ、腕の柔らかさが思い浮かんでいた。

追憶なんて言わせない。

彼女は僕の…


僕は愛してる。

これからもずっと。永遠に。



しかしさっきはどうしてお父さんが想い浮かんだのだろう。日々薄らいでいく20年前のお父さんの映像が浮かんだ。

タカとシンゲン、カオスにチーコ。ここにいる誰にも父親のことを話したことはないし、20年前から一度も会っていない。

ずっと疎遠のままのお父さん。


お母さんを裏切ったお父さん。シクシクと聞こえるお母さんの泣き声。

お父さんの怒鳴り声。

幼い僕は部屋の隅で震えていた。

憎いよ。お父さんのこと。

でも…いまは…


…憎かった…


になるのだろうか?

僕のなかにあり続けた、人を憎むという負の心は、過去へいざなう彩りを変化させているのは確かなことだ。


だっていま思う。


また…。お父さんと会える日が来るのだろうか?って


もし会えたならそのときは、お互いに笑顔で「やぁ」って言い合えるのだろうか?って。


僕の心のなかに潜む闇と、それを包み込もうとする希望や哀れみが、いま夜空を奏でる月音によって行くべき場所、達するべき場所を導いていく。


そんな気がする。


僕が進むべき道の先。そこへ導かれていくように感じる。


お父さん…ずっと会っていないお父さん。僕のポケットの中身は…いったい何を指し示す?


秋の夜に奏でる旅立ちの音。きっとここにいる四人の親友達も感じているのではないだろうか。


きっと…きっと…。


感じているんだ…



「何いってんだ。彼女の写真に決まってるだろ」


カオスは小指を立てながらそう言った。


僕のあらゆる想像を瞬時に打ち消すカオスの小指。

それは天を真っすぐに差している。


「か、彼女の?」



僕はカオスに見とれる。とても綺麗な顔立ちだ。そして彼のシャープな瞳の動きを僕は素早く追っていく。見とれる。彼のすべてに。

男が男に抱く憧れは透明なるせせらぎの音に似ている。

僕は魚となり彼を追う。


「か…彼女のは…えっと…」

この部屋のタンスに写真が閉まってある。僕はゆっくりと向かっていく。


横目で床にある例のあれを見ながら。


べつに見たいものじゃない。



”ただ現実を直視する”


だけのこと。

いまそれはタカとチーコの間から見える。


僕に訴えかけるもの。


それはただの。無。


考えちゃいけないんだ。



じゃあカオス。


彼女が関係あるとでも言うの?


そんなわけは…


そんなわけは…ないんだ。


”僕は僕を信じたいんだ”



「これなんだけど…」



抽斗から取り出した一枚の写真をカオスに渡す。



それは動物園で撮った写真だった。キリン園の柵の前で僕と彼女が肩を寄せ合って写っている。


僕と彼女の笑顔の後ろにはキリンの澄まし顔がはるか頭上にある。そのまた上には晴れ渡る初夏の青い空。

僅かに見える白い雲は夏らしく厚みがある。


この写真を見てまず目が向かう先は一頭の澄まし顔をするキリンだろう。


ほらカオスもそこを見ている。


淡黄色の体に褐色のまだら模様。僕らの背景を彩る神聖なる哺乳類。


いま僕はカオスの手に渡したその写真を逆から見ている。

そこには天地がひっくり返った世界が広がっていた。


キリンの澄まし顔が太陽だとしたら、その上で逆さまに写る僕と彼女はアダムとイブなのか。


現在、そしてあやふやに弱く脆い未来までをも凌駕する。逆さまの世界にいる二人は永遠の愛を誓う世界にいる。


二人の笑顔に偽りはない。一点の曇りすらないんだ。

嘘のない世界。写真のなかだけの小さな小さな現実。

ここに嘘はない。


澄まし顔のまま咀嚼を繰り返す太陽なるキリンがそれを保証する。


キリンは言う。

君達はアダムとイブだ。


そして僕は太陽さ。


君達はお似合いの男女だ。ほら、見て。僕の澄まし顔は一点の曇りもないよ。


誰も君達から君達が育む愛を奪うことはできない。


君達の行く末を僕は澄まし顔のまま上から見守るよ。

保証する。


さあ、他の太陽にも会ってきなよ。

皆が偽りなく君達を出迎える。偽りがあるのはサバンナの広大な土地にいる私達の仲間のほうさ。


まずは隣りにいるライオンに会いに行くがいい。

きっと君達から感じる視線や二人が奏でるシルエットを横目にアスファルトの上で無防備なままにごろんと続けることだろう。


聞いてほしい。


「私達がこの平和で堕落した狭き世界のなかで、何が楽しみかといえば偽りのないアダムとイヴを見守ることなのさ」


逆さまの太陽はそう言った。


彼女は僕を愛し僕は彼女を愛している。




「これがヒロシの彼女か?」


「あ…え?…う…うん」



カオスの無感情なおかつ無菌なる聞き方は、僕をまたも創造や想像も瞬時に掻き消したいまこの場所に戻させる。


僕は思う。


カオスの声はオオカミのようだ。と。


オオカミ。


カオスという名前はカオスがいるバンドの名前。


カオス。

君はボーカル&リードギターで。


君の歌声には震える慟哭が入り乱れる。そして歌い手の感情と才能を拾いあげた聞き人達は涙を流す。魂が揺さぶられる。


カオスは生きる本当の意味を教える。個々の魂に訴えるのは儚い夢への執着と愛へ抱く優しさ、過去の後悔と未来への希望。


人は涙を流す。

カオス。

君の歌声は人を救い導き励ます。

まるでシベリアの草原を駆け抜けるオオカミのように自由を訴える。地球の広さを語る。いまを生きる素晴らしさと奇跡をカオスはメロディーに乗せていく。


カオス。

君は日本、いや世界一の唄い人だ。



「だから。これが彼女なのか?って聞いてんだよヒロシ。何か言えよ」


いまカオスが僕に呟く声は冷たさと温かみが同化している。


「は、はい。か…彼女です」



写真はキリンの顔も入っているのでアングルは遠目だが、彼女の外見がどんな風なのかはわかる。


カオスは


「ほぅー、これが彼女ねぇ」

と唸るように呟いたあとにタカに渡した。タカの隣りに来たチーコとシンゲンちゃんもそれを見ていく。



「やっぱりな…」


カオスはしかめっつらのまま写真を見つめ続ける三人から顔を逸らした。



「世間一般的にいって綺麗な女だな。俺のまわりには…まあたくさんいた女達だ。ライブが終わったあとに抱き着いてくる女の子に俺は…まあいい。正直なところヒロシには有り得ない。タカはどう思う?」


タカは老眼なのだろう。サングラスが黒ぶち眼鏡に変わっていた。


「断定したくはないですが…ヒロシとこの女性が付き合うっていうのは確率的には少ないですね。まあカオスが言いたいこと、私が思うこと、おそらくチーコやシンゲンも考えていることはまったく同じであるでしょう。その答えはずばり、”当事者”が彼女ってことは有り得ます。ですかね」


タカの言葉にシンゲンとチーコも頷きあった。



「風林火山!」



いまだけは耳障りに感じるシンゲンの大声。


「ヒロシー。どうしてこんなべっぴん姫と付き合っちゃった?これはまるで諏訪姫じゃ」


「…そ…それは…運命的な出会いが…あ、あの」


チーコは頬に手を当てて僕に近づいて来る。



「そっか。一つヒロシに質問してもいいかしら。その素敵な彼女とはどんな出会いだったのかしら?すごく魅力的で全身が感じちゃう出会いなわけ?」


優しくまったりとした口調で聞いてきた。詰問されると怖じけづく僕のことを知っているチーコ。


「え…えとアパートの前で…彼女…えと、名前はナナコさんて言います。ナナコさんの車が故障してて、で…僕がたまたま…」


素敵な出会いだった。

運命的な出会いだっだ。

もしナナコさんの車が故障しなかったら、もし故障をしたとしても僕のアパートの前じゃなかったら。


まさしく…うん。奇跡…



僕とナナコさん。




「沢田浩史さん…」


ナナコさんの甘い声。


僕も持ちうる全力な甘い声を出す。



ナナコさん…



ナナコさん…



ナ…ナ…コ…さん




「なぁ。金は?いくらあんだ?」


「え?」


カオスの次なるクエスチョンはまたもびっくりさせる言葉だった。


お金?


僕の貯金のことなのだろうか?


それとも他になにか意味があるのかな



「貯金だよ貯金。いくらあるんだ?」



「ちょ、貯金ですか…。え…と…2000万くらい…かな。あ、もうちょっとあるかも。定期でいろいろ分けてるから。正確に…えと…」


「な、な、なに!に、二千万だと!」



四人は一斉に大声を出した。

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