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FourFriend  作者: 冬鳥
3/8

FourFriend 真実のニックネーム

カオスは少しだけ首を傾げながら僕を見ている。


僕は瞬時に酩酊世界へと移動。


―さあ撃て!いいかカオス。しっかりここだ!ここを狙え―


俺は微笑みながら心臓がある場所を指差した。ここだ。きっといま俺の胸を駆け登る龍もカオスを睨みつけていることだろう



―お前に殺られるのなら本望だ―


俺はゆっくりと瞳を閉じた。



さあて現実世界。


現実の僕も自分の胸に指差す。


「え?ぼ、僕のあ、あだ名…ですか?」



僕は少しだけ眉にシワを寄せながら四人の息遣いと体温を計り知ろうとしていた。


いま眉にシワを寄せてしかめっつらをするの失礼になるのだろうか。よくわからない。


いまどんな表情を作れば僕の胸中をみんなが察してくれるのか。

よくわからないのだ。



―誰でもいい。俺を撃てよ。さあやれよ―



現実の僕と妄想世界は掛け離れている。そんなことはわかっている。


タカが突然「ぷっ!」とお酒を吹き出しそうになって咳込んだ。


僕はやはり違う動作をしちゃったのかな…

人を笑わす仕種だったのか…



僕の隣り。


数十センチ横にチーコが座り左手をテーブルの上に乗せている。テーブルを挟んで僕の真正面にはタカ。


タカの視線はどこにあるのかわからない。顔は正面のまま僕を見ているようだ。何せいまのタカはドラマ”危ない刑事”の舘ひろしが愛用してたっぽいサングラスをかけているのだ。似合っていると思うが視線の先を知りたい。


「タ…タカ。サングラス、す、すごく似合ってる」



前にそう言ったらとても喜んでくれた。



シンゲンといえば窓際に座っていた。窓を背もたれにするわけでもなく、まるで軍法会議をする大将のように胡座をかいて背筋をピンと伸ばし顎を多少上向きにしていた。

膝には何かがあった。

よく見ると軍配のように見えた。黒色で素材はプラスチックだろうか。中央には”風林火山”と白いマジックで達筆に書いてあった。


タカ愛用のサングラス。

シンゲン愛用の軍配。


もうすぐチーコはミニカーを、カオスはギターピックをポケットから取り出すのだろう。

そして僕もいまポケットにある大切な…何か。



ここにいる僕と僕の仲間達はそれぞれに自らの心を宿す物を常備しているのだ。それは個々が先に進むためのフル装備でもある。


いまの五人の手にあるものは秋の色とは裏腹な無色透明の真っさらな宝物だ。


グラスになみなみと注がれる無色の日本酒は五人の顔をそのままに映し出す。


眼前にある僕のグラスを通してカオスのきりりとした顔が水滴と一緒に淡い色と共に何かと混ざり合おうとする。


テーブルの上にはツマミと呼べるものは何一つない。

あるのはグラスと、そしてそれぞれが一歩進むために、四次元ポケットから出てくる魔法の道具のような希望を手にしている。それはサングラスに軍配にミニカーにギターピックだった。


カオスは長い指で高い鼻をコチョコチョと擦りながら僕に再度聞いてきた。



「だってよ、俺はまっぴって呼んでるのに、みんな呼びかたが微妙に違わないか?まっぴはこの世に一人しかいないんだ。だろ?ならおかしいぜ。だってよ、俺達は友達だ。親友だよな?じゃあ何故それぞれに違う名前で呼ぶ?みんながお前から距離を置いてるのか?違うだろ?」



カオスの鋭い視線がテーブルの周りを一巡していった。


「う、うん!と、友達だよ!」



僕はいま嬉しくてたまらない。友達と言われたのだ。

親友と言われたのだ。


この偉大なる愛しき親友達と出会ってから二週間が経つ。知り合ってまだたったの二週間なのに。僕はずっと前から知り合っていたような気がする。



「だよな?まっぴ。ツレだ、俺もお前もタカもシンゲンもチーコもな。みんながみんなの幸せを心から願ってる」


タカは腕を組んだままどこかを見ていて、シンゲンは膝上にある軍配に目を落とした。



「ふふ。幸せかぁ」


チーコがボソッと呟いた。

チーコは寂しげな表情のままスカートのポケットから何かを取り出してテーブルの上にカタと置いた。


それは真っ赤な消防車のミニカーだった。

ハシゴ部分の塗装が落ちた小さなおもちゃ。

凛々しい顔つきを僕に向けている。火災現場に向かうヒーロー。街を走っていたら大人になってもカッコイイな。勇者な車だ。と見とれちゃう。


―うーかんかんかん。うーかんかんかん。ママ!ママ!この消防車ねハシゴが延びるんだよ。うーかんかんかん。うーかんかんかん―



僕はこのミニカーの本当の所有者を知っている。




「あ…ああ、すまないチーコ。幸せとかは、ま、まあそれはいいんだよ。とりあえずいまはまっぴのことだ。タカはさっきなんて呼んでたっけ?」


カオスはグラスに口を付けて酒で喉を潤してから隣りにいるタカに視線を移した。


タカは真っ黒なサングラスをかけたまま腕組みを続けていた。


「あだ名はちゃっぴでは?いやぁどう見てもあなたはちゃっぴですよ。私にはちゃっぴ以外には考えられないほどに溢れているんです」


溢れている?なにが?


タカはようやく腕組みを外すとズレたバーコードを手ぐしで直しながら僕に顔を向ける。もちろんサングラスはかけたままだった。


カオスは、なに?ちゃっぴか…。と何度も呟くように反芻していたが


「いや、タカ違うぜ。ちゃっぴじゃない。考えてみろよ。そもそもちゃっぴなんてどこかの着ぐるみキャラみたいなあだ名を喜ぶ奴はいないだろ?ちゃっぴはバカにしてる感じだ。タカにはすまないがありえない。シンゲンは?どうなんだ?」


タカは窓際に座るシンゲンにも聞いた。


「わしは…ちょっぴだ」


そのままシンゲンは軍配を握り天井へと突き出した。

「ちょっぴ?どこかの小魚みたいなあだ名を付けるわけないだろ。チーコは?」


「彼はちょぴたよ」



チーコはそう言ってから鼻の下に人差し指を当てて笑いだす。

ミニカーはテーブルの端に置かれていた。いまにも転げ落ちそうな場所にある消防車は目に見えない力を待ち続けるように見えた。

誰か超能力でぜんまいを付けてあげて。



「君は多くの名前を持つ謎な男性ってところね。すごくミステリアスね、そういうのって男性には必要なことじゃないかしら。神秘的で不可解な男は女を虜にしちゃう。全てを知っちゃうと女は飽きちゃうもの。謎がある男性に求めるスリリングは女を感じさせちゃうの。じわりじわりと、え?ちょっと待ってよ、どこまで?え?このままじゃ溢れちゃう、K点越えちゃうわ。みたいに体が濡れていくのは最高なことなのよ。スリリングを提供されたら濡れかたが違うの。女には否現実的なゲームが必要。ビックリさせてドキドキさせて。耳元で愛を囁いてくれて…そして…」


チーコは最後にまた笑った。



僕は聞き逃さない。

また何かが溢れたのだ。



「え…ボ…ボクは…」



僕がテーブルに目を落としたときにタカが咳ばらいを一つする。そしてサングラスを外して内ポケットから眼鏡を取り出した。

つかの間のとてもつぶらな瞳が表れては再び覆い隠されていった。


「コホン。カオス。ここからは私が。時間もあまりないですしね。ちゃっぴ。まずは謝ります。すみませんでした。いやぁどこかで皆さんが勘違い、または思い込みによってあなたのあだ名を間違えてしまっているようだ。私が皆を代表して謝りましょう。私たちは親友です。真実の仲間です。なのにあなたの、そしてあなたの親愛なるあだ名を間違えている。おそらく三人が間違えていることになりますよね。正解は一人だけ。ちなみに命も一つだけ。ではこうしましょう。すべてを新規にしましょう。あなたのあだ名に関してはファミコンのリセットボタンを押しましょう。あなたは、ほんとはなんて呼ばれたいのですか?ちゃっぴ。あなたの望むままに私達は従います。何度も言いますが私達は真実の友人ですから」


タカが満足げに話し終わるとすかさず


「風林火山」


低い声だった。


それは竹田さんことシンゲンが発言をするときの文句だ。


学生が手を挙げて形を作り「ハイ!質問です!」と言うのと一緒なのか。


いや、チェスをしてチェックメイト!と自信満々に言う感じのほうが似ているかもしれない。



「タカもカオスも何言ってんだ?あだ名はちょっぴだよなぁ。わしはよーく覚えてる。恥ずかしがり屋で人付き合いが苦手な正真正銘な”チェッリボーイ”。だからちょっぴ。な?いつも溢れそうだよな?」


え?また?また何かが溢れるの?



シンゲンはチェリーボーイの部分だけ妙な発音の上手さで言ってのけた。

風林火山と同じような低音ボイスでエッジを効かせた。



”チェッッリボーイ”



「あ…あの、シ…シンゲン。ち、違います。この前みんなが決めてくれたあだ名はちょっぴでもちゃっぴでもまっぴでもちょぴたでも…なくて…あの…ジュ…ジュリーです。ぼ、ぼくの名前が沢田ヒロシだから…あの…それに、僕はチェ、チェリーボーイじゃ…じゃ…ありません。ほんの数ヶ月前ですけど…もちろん皆さんと知り合う前ですが…チェ、チェリボーイじゃなくなりました。だから…僕は自分があの…チェリーだとは…い…いってません」



「なに?」



カオスが鋭い目線のままに鋭いままに反応を僕にむけた。


「チェリボーイがバナナボーイに…なっちまったか」


シンゲンは無表情のままにそう言った。



「ちょっとちょぴた。て、違うのね。とりあえずあなたをなんて呼べばいいのかしら?」


僕の隣りに座るチーコがスカートの裾を指で触れながら口を開いた。優しく撫でられる赤いミニカー。



「ジュ…ジュ…あ、いや、いえ…ヒ、ヒロシでお願いします。僕はヒロシです」



「わかったわヒロシ。いまここにいるみんなが聞きたいことを私が質問しちゃってもいいかしら?」



「ど、どうぞ」



「ねぇ。あなた、彼女いるの?それとも…うーん。それともこんな聞き方はおかしいかもしれないけど…みんなはわかってくれるわよね。”彼女がいたの?”」



時計の針の音が部屋をこだましていく。

それにリズムを付けるかのように水道からこぼれ落ちる雫の音。


そして外では奏でる秋の虫と…秋の…



月の音。




そう。月音が聞こえる。



秋の満月の音。



この部屋の中まで聞こえてくる。

これは決して擬音でも錯覚でもない。


夜に月音が聞こえるのは、とても深い意味があるのだ。




「はい…か…彼女が…いました。いえ…います…。すみません…明確に言えません」



僕がそう言った矢先に四人が一斉に立ち上がった。シンゲンは軍配を右手に、タカはサングラスを、カオスは銀色のギターピックを、チーコは消防車のミニカーを。


そして襖を開け放った。


四人は隣り部屋で それを再び見るのであった。


僕はそんななかただ呆然と月音を聞いている。


そんなわけはないよ…


僕の心のなかで願いというか祈りみたいな気持ちが空中に投げだされていく。

空気は。気流は。僕に何を返すのだろう?


違う…。


現実は変えられない。

ただ僕はいま信じることしかできないのだ。


いったい何を?


それは僕自身を。


彼女がいまもこの世界にいることを。



「だよな?そう思わないか?」



カオスがチーコに聞いた。



「うーん。断定するには早いけど有り得るかも。でもかなりビックリ。ちょぴた…じゃなくてヒロシに彼女がいたなんて」


チーコは寝そべるその物があるすぐ隣りに座り、優しく触ろうとしたがタカがチーコの肩に触れて首を横に振った。チーコは寂しげにその手を止めて引いた。



「ここで遊ぶ?」


チーコは大切な物に話しかけてからミニカーを畳の上に置いて指で押した。


数センチ進み停止したミニカーはその地に固まった。本当の主を探すかのように静寂を携えた。



タカはサングラスをバーコード頭のうえに乗せた。


「まだ決まったわけじゃないです。それに彼女ですよ、彼女。先程ちゃっぴ…いや、ヒロシは彼女と言ったんです。彼女ならばもちろん好き同士だったわけです。よね?」


「は、はい」



「なぁまっぴ…違う…ヒロシだ。おいヒロシ。写真あるのかよ?」



「え?誰の?」

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