第一章 赤の国 プロローグ
熱風が頬をかすめる。空は大地を這う炎を映すように真っ赤に燃え上がり、夕刻に差し掛かっているにもかかわらずあたりの様子をよく見渡すことができる。それ故に自分の置かれている絶望的な状況を理解してしまい、女は嘲笑うような笑みを浮かべながら視線をあちらこちらに移す。
―――他の子たちは逃げ切れたかしら。
凹凸も岩もない場所、赤茶けた土の上にかつては緑が茂っていたであろうことを感じさせる焦げ、踏みつぶされた草花たちが萎れている。
そこにいる重油のような黒い色をした炎の明りを反射しててらてらと光る怪物の群れ、そのうち一体のモノがしびれを切らしたのか声帯を引きちぎらんとするばかりの悲鳴を上げながら女に飛びかかる。飛びかかってくるモノは子供がデザインしたような怪物、人間から角、牙、爪を無理矢理書き加えたような醜悪な様相の怪物。
女は微笑むと、自らの国の軍隊の証である赤い腕章を付けた右手を相手に向けて突き出した。
彼女の手から眩い閃光が迸ると、大地を這う蛇のような炎が襲いかかってきた怪物の直線方向にいた怪物たちを巻き添えにして飲み込んでいく。炎にまかれた怪物たちは悲鳴を上げながら砂になるように大地へと溶けて行った。その非生物的な散りざまにまた嫌悪感が湧いて女は舌打ちをする。
「一応痛みを感じることは出来るのね、ほら、燃やされたくなかったら逃げなさい。」
人間のような形はしているが、この怪物がヒトよりケモノに近いことを、女は理解していた。届くはずもない警告、怪物は聞いていないような様子で一歩一歩女に迫ってくる、あるいは聞こえていたとしても彼らには恐怖心などないのであろう。仲間が燃やされたことなどまるで自分たちには関係ないとでもいうように。瞳に純然たる破壊の意思をこめて迫ってくる。
女が再び右手を構えたとき、怪物たちは操り人形の糸でも切れたかのように地面に伏すと女のいる方向とは逆の方向を向いた。一瞬本当に警告が効いたのかと思った彼女は、怪物たちが顔を向けた先にいるモノを見て表情をこわばらせる。
そこにいたのは犬の散歩のように怪物に鎖をつけて歩く少女だった、鎖をつけられた怪物は今自分の周りを取り囲んでいる怪物とは明らかに違うものだ。ナメクジのようにぬらぬらとした体に人の顔を無理矢理貼り付けたもの。なによりそれは他の怪物よりも一回りも二回りも大きい。
それを引き連れている少女は対照的に酷く小さく、美しかった、透き通るような白い肌にまっすぐに伸びた青みがかった銀髪、真っ黒なドレスに身を包み、上流階級の家の出のようないでたちをしていた、ただひとつ、小動物の頭蓋骨のようなアクセサリーを体の各所にちりばめていることを除いては。
「貴女がこの子たちと戦っていたのね、すごいわ。」
少女が声を発しただけで、女は地面に膝をついていた。死にかけの魚のように口をパクパクと動かして目の前の少女を眺めるしかなかった。少女は背中まで届く青みが勝った銀髪を楽しげに揺らしながら一歩一歩女に近づいていく。動こうとしているが、女は一歩も動くことも、這って逃げることもできないまま少女を見続けた。
「そんなに怖がらないで、貴方は殺さないから。」
少女は邪気のない笑みを女に向けて、女の前にしゃがみ込んだ。
―――なんで私は動けないの、この距離なら…
今の二人の距離ならば先ほどの閃光をもう一度放てば少女を燃やし尽くすことも可能だろう、女は歯を食いしばりながら少女を睨み付ける。必死に動かそうとしても体は意思に反して全く動く気配を見せない、まるで固定されてしまったかのように手は地面に突き立って女の体を支え続けるつっかえ棒のようになってしまっている。
「私、弱い人は嫌いだけど、強い人は好きだもの。」
少女は女の両肩に手を添えて、体重を預けるようにして互いの距離を狭めていく。女は全身から魂が抜けていくような感覚を覚えながら少女の満月のような金色の瞳と目を合わせた。
―――うう…ああっ!!
既に声を出すことの出来ない女の茶色の瞳は、蝕まれていくように金色に染まっていく、しかし女は少女から目を離すことは出来なかった。
女は永遠にも似た時間を少女と目を合わせていたように思えた、こわばっていた体から力が抜けて女は地面に仰向けに倒れる、少女は立ち上がると周りにいた怪物たちに目線を向けた。
怪物たちの目に当たる部分が少女と目があった途端に金色に発光したかと思うと、女の両腕を引いて、女が進軍のために来た道と逆の方向へと歩みを進める、女は既に抵抗する気力もないのか、瞳に一番前を歩く少女のみを映して怪物に従って歩く。
すでに女には何も見えていない、ただ、少女だけを見つめていた。自らの手を引いている怪物も、少女が連れているナメクジのような怪物も―――少女たちの後ろに今しがた追いついたと見える怪物、それぞれに手に持った赤い腕章を当てはめた死体。その首や腕、足を怪物に弄繰り回され、遊ばれているかつての部下たちの姿も、女の目には映っていなかった。
読んでいただきありがとうございました、東尋です。
小説家になろう!を使ったのは初めてなので不手際などありましたら申し訳ないです。
「道具屋リョーギ」のシリーズはクトゥルフ神話の要素を取り入れていますが、世界観や出てくる人間などはクトゥルフ神話にそぐわないものがあります。自分としてはクトゥルフ神話の中の面白そうな設定などを引用して書かせていただいているだけなので特別な違和感はないですが、もしこういったことに違和感、不快感を感じる方がいらっしゃった場合はこの場で謝罪を行いたいと思います。
まだプロローグを書いただけで右も左もわかっていない状況ですが、ご指導、ご鞭撻のほどお願いします。
最後に最近起こった怖い話でも、これを書いてる最中(深夜)にインターホンがなり、外に出たところ何もいませんでした。外に封筒のようなものが落ちていたので素足のまま外に出てそれを拾おうとしたところ、生きたセミを踏んづけてしまいました。
封筒は家族からの手紙でしたが、正直その日は読む気になれませんでした。