疑問、推測、そしてため息
「おはよー、小鳥遊ー」
「あぁ、安藤……。おはよー」
翌朝、フロントで新聞を読んでいると安藤がやって来た。
「珍しいな。お前が新聞読んでるなんて。いつもはスマホで見てんのに」
「……たまには新聞読んで悪いか?」
「いや? さっきも言ったけど、珍しいなー、ってだけ。それよりもうすぐ朝食だけど、行かねーの?」
「食欲皆無ー」
「あっそ。でも食わなかったからって後で低血圧おこして倒れんじゃねぇぞー?」
「あいあい」
俺が目を覚ました時、あのデブの姿はどこにもなく、満潮の時間だったのか足先が海に浸かっていた。
少しずつ朝日が上がっていく中、俺はこっそりと旅館に戻り、寝静まる大部屋にある荷物から洗面道具を持ち出し風呂に入ってきた。足が海水でベトベトしていたのが気になったし、もし他のやつが起きた時「小鳥遊がまたいない」という風に騒いでも風呂に行ってれば「超早起きをして、朝風呂に浸かっていた」というふうに捏造することができるからだ。……その心配は杞憂だったけど。おかげで今すっごく眠い。
「それにしても……」
と、自分の腕を見る。風呂場でも確認したが、あれだけ豪快に岩にぶつけられまくったにもかかわらず、体には傷1つなかった。もちろん骨折もしてない。してたら今ここで平然と座ってられないと思う。
突然怪物と化した男に、いくら叩き飛ばされても傷1つ負ってない俺の体……。なんか変なことが起こっている。それだけはわかってる。そしてたぶん……
「ラビッドファング、ってのが何か関係してるんだろうな…」
俺が昨日、消え失せた洞窟で読んだ本には「This is Rabidfang 〜」という記述があった。後ろの単語まで覚えてないが、あの文の形だとおそらく「Rabidfang」というのは固有名詞である。また、白装束の男は「プレイヤーとしては妥当」、夜に出くわしたあのデブは「お前『ラビッドファング』の参加者だな?」と俺にむかって言っていたところを見ると、「Rabidfang」=「ラビッドファング」は1種のゲームである可能性が高い。で、その内容は……
「怪物の力を手に入れた者同士が戦いあう、ってところだろうな……」
この頑丈すぎる体もあの白装束から何らかの怪物の力を与えられたことの副産物だろう。
「と、いうことは俺も変身できるのか?」
ちょっとゾッとした。だってあの男、変身する時苦しそうだったよ? 呻き声めっちゃあげてたよ? でも何の苦痛も無くあれだけのパワー得れるって、何か都合良すぎだもんなぁ……。我慢すべきだよなぁ……
「ってそもそも俺、何に変身できんの?」
おそらく、このゲームで勝敗を左右するのは自分が手に入れた怪物の力。現に怪物に変身したアイツに俺は一方的にボコボコにされた。そりゃ当然だ、素手の人間VS怪物だよ? どんなRPGでも瞬殺の目に合うよ? 勇者じゃないんだぞ俺は。主人公補正とかもねぇし。
ならば目には目を、歯には歯を、怪物には怪物を、だ。俺も怪物になって戦えばいい。変身するときには「デ・コード○○」と叫べばいいのも実戦で見たのでわかってる。
でも肝心の怪物名がわからない。つまりせっかくもらった力も全然使えない、ということだ。これって非常にまずい。
今回俺は負けたが、今のところペナルティらしいペナルティは起こってない。しかしこれ以降負け続けても何も起こらない、という保障はどこにもない。もしかしたら「3連敗したら罰ゲーム♪」みたいな感じかもしれない。あんな強い能力をくれるのだ、もしあったら相当キツい物になるに違いない……!
それだけは何としても避けたい。いやマジで。
「こうなったらあの白装束見つけだして聞き出すしかねぇか……」
しかし白装束が今どこにいるのかわかる物は何もない。俺は思わずため息をついた。