ワンサイド・ゲーム
「ミンチになりな!」
そう言って男は自分の巨大化した拳を大きく振りかぶり、信乃にむかって勢いよく落とした。そしてその拳によって信乃の体はぐちゃぐちゃに潰される……はずだった。
「……ん?」
男が困惑の表情を見せる。男の拳は地面に到達せず、潰されるはずの信乃に止められていた。
「ぐぐグ……グアァァァ!」
信乃が大声をあげて拳をはじき返す。体勢を崩された男は尻もちをつき、押し返された拳をさすりながらもおもしろそうに笑っていた。
「へへっ……そうだよ、そうだよなぁ! そうじゃなきゃ面白くねぇ!」
男の視線の先にある信乃の体はすでに人間の形を崩しはじめていた。耳は少しずつ丸みをおびた形から三角形になりつつ頭の上へ、鼻は黒ずんでいきながら口を巻き込んで前へのびると同時に身体中の肌が灰色がかった毛に覆われていく。そして最後に破れた服の隙間から長い尾が生え、両腕だった物を地面につけ四つん這いになった。その姿は……
「なるほど、お前の能力は『人狼』か! おもしれぇ!」
そう男が言った次の瞬間、彼の視界から信乃の姿が消えた。
「え……?」
それとほぼ同時に男の身体が宙に浮き、凄まじいスピードで横に吹っ飛んでいき、そのまま海へ落ちた。
「な、何が起きたんだ今……」
男は巨体を揺らしながら慌てて海から上がった。そして信乃がさっきまで自分がいた所にいるのに気づいた瞬間、全てを理解した。信乃が目に見えないほどの速さで近づき、自分を海に叩き落としたのだと。
「てめぇ!」
男は怒りに任せて腕を振り回しながら信乃に向かって走り出した。そして殴りかかろうとした時にはすでに信乃の姿はなく、代わりに後ろにあった岩が砕け散った。
「ちくしょう! ひらひらとよけんじゃねぇ!」
その後も男は何度殴りかかったが、のらりくらりと全部よけられ、最後は無理矢理拳を叩きつけたが、これもくるり、と宙返りされてよけられてしまった。
「はぁ、はぁ……」
男が息も絶え絶えになっているのにもかかわらず、信乃は顔色も変えず平然としていた。
「なんで、なんで当たんねぇんだよ!!」
男が苛ついたように叫ぶ。そしてなおも追いかけようとするが、疲れ出したのか、戦い始めに比べて確実に動きが鈍くなり、重ねて自分がさっき破壊した岩に足元をとられバランスを崩した。
その瞬間、信乃が一気に近づき、人間の爪とは違う、鋭く尖った爪で男のまるまると膨らんだ体を引き裂いた。
「い……いっでぇぇぇ!!?」
傷口から血が勢いよく噴き出す。男はあまりの痛みに膝をついた。その様子を見ながら信乃は爪についた血を美味しそうに舐めとった。
ーーー
「ふふふ、初戦にしてはなかなか見応えがあったね」
その頃、僕は崖の上から人狼と一眼巨人の試合を観戦していた。
「しかし、人狼の子は当たりだったね。意識無いままあれだけ戦えるんだから。渡し甲斐があるってもんだよ。それに比べて……」
人狼から一眼巨人へと視線を移す。一眼巨人は一方的にやられて傷だらけ血だらけの状態で、すでに虫の息になっていた。
「せっかく108体の中でもトップクラスの攻撃力持ってるんだから、相手が飛び出してきた所を待って迎撃すればよかったのに。最初次々と攻撃が決まったからって、調子に乗って深追いするからスタミナ切れ起こして、相手に攻め入る隙を与えちゃうんだよ? それくらい気づかないかね?」
ぶしゃ、という音がした。見ると一眼巨人が人狼に胸の辺りを抉られ、血を撒き散らしながら膝から崩れ落ちていた。
「ゲームセット、だね。さて、こっちに火が飛んでこないうちにさっさと退散するとしますか」
ーーー
信じられなかった。最初は俺があいつを一方的に痛めつけていたはずだった。しかし今じゃどうだ。俺の体は傷だらけで、あいつは何のダメージも負ってない。なんでこうなった、どこで間違えた! さっきまで俺が勝っていたはずなのに!
そんなことを考えていると、人狼がこちらに向けて走り出していた。慌ててガードをしようとしたが間に合わず、胸を深々と切り裂かれた。
止まりかけていた血が再び噴き出す。なのになぜか痛みは感じなかった。体中傷つけられたせいで神経が麻痺してしまったのか、痛みに対する耐性がついたのかわからないが、足に力が入らなくなった俺はその場で倒れこんだ。
「が……はぁっ、はぁっ……」
体がもうピクリとも動かない。息をするのもつらい……。俺はうつ伏せのまま喘ぐことしか出来なかった。
すると人狼が俺の側に近づいてきて、周りをうろちょろし始めた。何をする気だと思った次の瞬間、ぶちっ、と変な音がしたと同時に右腕に激痛が走った。
「い、いぎゃぁぁぁあ!!?」
見ると、人狼が俺の右腕に噛み付いて、肉を引きちぎり食べていた。まさか、嘘だろ……オイ! やめろ、やめてくれ!
残った力を振り絞って右腕を振り回し、人狼を追い払おうとした。
「……ウルサイ」
すると鬱陶そうに呟いて右腕から離れた。ホッとしたのもつかの間、人狼が顔の方にやってきた。その行動の意味は明確だった。
「あ……あぁっ……!! や、やめろ、やめてくれぇ……!」
すると人狼は両手で俺の顔を挟み、ニッコリと笑みを浮かべて言った。
「アンシンシロ……スグニラクニシテヤルカラ……」
そして口をはずれんばかりに大きく開いた。
がりっ、ごりっ、ぐちゅ……