最終決戦
「信乃さん、信乃さん」
どこから聞こえてきた声に気づいて目を開けると、目の前には沸騰したように泡をふいている大きな血だまりがあった。
「信乃さん、返事をしてください! 信乃さん!」
いつの間にか俺は寝転んでいたらしい。痛む体を起き上がらせ、周りを見渡すとテーブルの上のアレが目を覚ましていた。
「……鳥海?」
「……お久しぶりです」
鳥海はパン粉製の衣を身にまといながら曖昧に笑った。俺は混乱する頭を押さえながら今までに起きていたことを思い出そうとした。
えっと、俺は確か樹里さんにこの食堂に連れ込まれて、プレイヤーを使った料理を食わされて、それで……。
「鳥海が料理になって出てきて、それでブチ切れたんだ……」
「はい。ものすごい闘いでしたよ」
俺のつぶやきに鳥海は目を閉じながら頷いた。
「信乃さんの顔が本当の狼みたくなって、体中から電撃飛ばしていて。その流れ雷で私は叩き起こされたんですけど。対する無命闇王は次々に配下を出して応戦して、って」
「無命闇王……はっ、樹里さんは」
俺が慌てて周りを見回て樹里さんの姿を探していると鳥海は極めて冷静に答えた。
「樹里さん、って仰ったんですかあの人。それなら信乃さんから出てきた例の黒い物質に飲み込まれましたよ」
「え、でもそれだったらこの食堂はなんで」
もし樹里さんを食べ切っていれば、樹里さんによって作られたこの食堂は消滅しているはずなのである。
まだ存在しているとなれば、何処かにまだ潜んでいることを示している。
そういうわけで警戒して周りをキョロキョロと見回していると鳥海はキョトンとした顔でいった。
「それなら、私が残ってるからですよ」
「は?」
「だから、私のことを食べればこの食堂から出られる、ってことですよ。この食堂はお持ち帰り不可なんです」
言っている意味のほとんどが理解出来ず立ち尽くしていると、鳥海はジトッとした目で俺を見てきた。
「いいですか。この食堂は【歓喜晩餐】っていう能力で作られた場所なんです。ここでは使用者が手に入れた因子をプレイヤーに再変換して」
「手に入れた因子? ……ということはお前は、樹里さんに殺されたのか?」
フツフツと怒りがこみ上げてくる。すると鳥海は唯一動ける首を横にブンブン振った。
「いえ、名前は分からないですけど少なくとも殺したのは男のプレイヤーでした。その男のプレイヤーが無命闇王に食べられたんです」
一気に頭に登りかけた血が戻っていく。……さっきから見当違いのことばっか考えてるな。
「で、話を戻しますけど、【歓喜晩餐】によって生み出されたプレイヤーは無命闇王の一部であるんです。つまり……」
「お前を食べなきゃ樹里さん……無命闇王は復活してしまう、ってわけか」
「そうなりますね」
あまりにもあっさり頷く鳥海に、俺は思わず天を仰いだ。
「……お前さ、それってすごく痛い思いをする、って分かってるのか?」
「私ならもうとっくのとうに味わってますよ。それに現に今も油で揚げられたせいで体中激痛が走ってるんですよ」
「そうは見えないが」
「こんなのでギャーギャー騒いでたら芸能界はやってられません。……でももうそろそろ限界なので、さっさと楽にさせてください」
演技なのか、本心なのかわからない涙目で俺を見つめてくる鳥海。
どんなに考えても、俺が選べる選択肢は最初から一つしか残されてなかった。
ーーー
冥土館の扉がゆっくりと内側から開かれる。そこには暴食悪蛇ではなく、大垣さんの姿があった。
「お、主催者倒したか」
「ええ。色んな意味で辛い戦いだったですけど」
口の中に残った後味を楽しんでいた自分に嫌悪感を抱きながら頷く。すると大垣さんは満足そうな表情を浮かべた後、キリッと表情を引き締めて言った。
「……あの事件起こしたの、あの蛇だったみたい」
これまた言っている意味が分からず、無言でいると大垣さんは俺の答えを待つことなく続けた。
「あの蛇、灼熱魔神と妖精猫の因子を持っていて。それに何度も見せていた炎も自分自身の固有能力じゃなかった」
俺達が組んでいた二人の能力は炎関連、さらに因子による新しい能力は直接食べた時だけしか発動しない。これらのことを考えると、ある一つの結論が導き出された。
「……無事、仇がとれた、ってことですか」
「そうね」
大垣さんはしみじみとした面持ちで頷く。そしてそのまま俺の方を向いた。
「……これで残ってるプレイヤーはあなたと私だけになったのかしら?」
「そういうことになりますね、デバイスからはうんともすんとも通知が来てないですけど」
俺はそう答えて結界石を地面に落とす。これでこの戦いに決着が着くまでこの館から出ることは許されなくなった。
「……そういえば、さっきした約束覚えてます?」
「ああ、どっちが勝ってもあなたの願いを私は願う、ってことでしょ? さっき車の中でしたばっかりなんだから分かってるわよ。どうせ元々叶えたい願いなんてなかったし」
「そうですか」
分かっているなら安心だ。
俺は体勢を低く構えて、いつでも走れるようにする。
互いに無言になり、辺りを静寂が包み込む。
そうして次に言葉を発したのはほぼ同時だった。
「デ・コード、人狼!」
「デ・コード、迷宮内牛!」




