樹里の野望
樹里さんの腕から逃れた俺が変体を完了されると西日の赤い光がさしていた庭が突然真っ暗になった。
そして間髪入れずに夕焼けとは違う人工物によるオレンジ色の光が壁にくっつくように現れ、辺りを照らし始めた。
「なんだこれ……」
俺がいたはずの庭はいつの間にか、中世に造られた外国の城にあるような食堂に様変わりしていた。
戸惑いながら周りを見回していると右から白くて長い物が突っ込んできた。
俺のいる場所に向かって、ではなかったがその勢いに気圧されてつい一歩下がってしまうと背中に何かがぶつかった。
そのぶつかった物から金属の輪が2つ飛び出し、俺の体を取り囲むと、そのままぶつかった物に固定し座らせた。その瞬間、ぶつかった物が椅子だったことが分かった。
俺を乗せた椅子は一度大きく揺れるとそのまま前へスライドし、白くて長い物……テーブルの前で止まった。
すると反対側からゆっくりと樹里さんが椅子を片手に歩いてきた。
「やあ小鳥遊、その椅子の座り心地はどう?」
「最悪ですが、何か?」
「そう、それは残念」
すると先程こうもりに姿を変えていた執事達が後ろの方から現れ俺の目の前にフォークやナイフといった食器を並べ始めた。
「……何の真似ですか?」
意味が分からない現状に俺が問いかけると椅子に座った樹里さんはテーブルの下へナプキンを持っていきながら答えた。
「何、あんたとは少し長い付き合いだからね。せめて最期にいい思いをさせてあげようかな、って」
「最期って」
その言葉で、樹里さんが自分とは違う願いを抱いていることが分かった。
「……ちなみに、どういう願いなんですか?」
「……小鳥遊はそれを聞いてどうするの?」
「どうもしませんよ、単なる好奇心です」
「あっそ。まぁ、身動き取れないだろうし教えてあげるか。……私さ、実は昔ある会社の社長の娘だったんだよ」
「社長?」
「そう。多分小鳥遊も知ってると思うよ」
そう前置きした樹里さんから教えられた会社は有名な企業だった。
「うちのお父さんはね、もう20年ぐらい前になるかな、事故で亡くなっちゃったんだよ」
そうして樹里さんのお母さん……悠さんは夫が遺した家を建て替え、今の寮を造ったのだという。
「多分、私を1人にさせないためだったと思うけどね。でもそのせいで母さんは貴重な自分の時間を赤の他人の息子娘を費やすことになった。母さんは満足そうだけど、小鳥遊はどう思う?」
「どう思う、って……本人が満足ならそれで」
「私はそうは思わない」
最初からそう言おうと思っていたのか、樹里さんは俺の言葉を途中で遮った。
「もし寮を経営していなければ母さんは良い仕事や良い人を見つけてより良い生活を送れたんじゃないか、って。でももし悪い男に引っかかったら今の生活よりもっと悲惨なことになる。そんな時、私は思ったんだ。父さんを奪ったあの事故が起きてなければ、母さんは確実に幸せになれる」
そう樹里さんが断言したのを俺は頷くことは出来ず、我ながら厳しい表情をしたまま固まってしまった。すると樹里さんは残念そうに呟いた。
「……理解してくれるなら、苦しまずに逝かせてあげたのにな。ま、いいか。どうせ死ぬのは同じなんだから」
そして樹里さんは手元にあった鈴を掴み、鳴らした。
「いいわよ、持ってきて」




