叱責とバレーとモミジ
「おい……おい、起きろ小鳥遊!」
「のわっ!?」
突然の怒声に飛び起きると、目の前に憤怒の形相の樹里さんが立っていた。
「こんな所でグースカ寝やがって……バーベキューどころじゃなくなってんだぞこっちは!」
「す、すいません……」
今どういう状況なのかわからないが、とにかくこっちに非があるのは確実だ。そうと決まれば変な言い訳をせずに謝っておくのが吉だ。
「え、えーと今何時ですか……?」
「今? もう2時半過ぎてるぞ」
ということは……海に入ってから2時間近くたってんのか……。あ、そんなことよりあの男は? 慌てて横を見ると、そこに洞窟はなくただ岩壁が広がっているだけだった。
「……あれ?」
少し歩いてみても、見渡す限り洞窟と見られる穴は見当たらない。首をかしげながら戻ってくると樹里さんが電話をかけていた。
「もしもし、新庄? 小鳥遊のやつ見つけたよ。うん、あいつ岩の上でのんきに寝てやがった。うん、うん、だから近くにいるやつ集めてバーベキューのところまで戻ってきて。ん? あぁ、高木班と斉藤班にはもう連絡したから大丈夫。うん、頼んだ。じゃ、何か起きたらまた連絡して」
……どうやら寮生総出の大捜索が行われてたみたいだ。うわぁ、戻りづれぇ……。
「さ、戻るよ。お前のせいで現在高垣荘のみんなは昼飯抜きなんだからな!」
戻りづらさのランクが1〜2段階アップした。
ーーー
「小鳥遊! そっちいったぞ!」
「はい!」
返ってきたボールをレシーブし、打ちやすい位置に上げる。そしてそのボールを比留間先輩が見逃すことなく……撃ち抜いた。ボールが誰にも触られず、ライン内に落ちたことを確認した審判役の悠さんが試合終了のホイッスルを吹いた。
「ゲームセット! 勝者、比留間・小鳥遊ペア!」
……あれからバーベキュー会場に戻ってきて、ほとんどの寮生たちから叱責及び恨み節をくらった後、バーベキュー大会が行われた。事情を聞いていたホテルの方が焼くのを待ってくれていたおかげで冷めた料理を食べることにならなかったのは俺にとって不幸中の幸いだった。もし冷めてたら俺への非難はさらに増えてただろう。職員さん、ほんとありがとう。
その後、腹ごなしとしてビーチバレーをみんなでやることになり、俺はバレーボールのサークルに所属している比留間先輩とペアになっていた。
「ナイスアタックでした、先輩!」
「あれぐらい決めないと帰ってからサークルの連中から叩かれるからな。次、誰の番だっけ?」
比留間先輩からの問いかけに悠さんが対戦表を書いた紙を見ながら答える。
「えーと、矢野・安藤ペアと新庄・森本ペアだね。4人ともいるー?」
「いますよー? 寮長さん、早く試合始めましょー」
安藤はじめ4人がコートの中に入っていく。
「じゃあ先輩、ちょっと俺は休んでますね」
「あぁ。さっきみたく変な所で寝るんじゃねぇぞ?」
「はいはい」
たぶんこれからずっと言われちゃうんだろうな……。俺はため息をつきながら渇いた喉を潤すために、クーラーボックスから飲み物をとった。
(それにしても、あの男いったい何だったんだ?)
キャップを開けながら、さっきの男を思い出す。消えた洞窟の奥でよくわからない本や図形を見ていて、季節感の全く無い白装束を着ていた男。
さらに気づかれた瞬間に動かなくなった俺の身体、そして触られた瞬間に体中に走った激痛。
「まさか本当に魔術師……?」
「おい、小鳥遊」
振り返ると樹里さんが立っていた。さっきは上着を着ていたのでわからなかったが、黒地に炎がかたどられたビキニを着ている。……なんというか樹里さんらしいチョイスである。
「横、座っていいか」
そう言うと、俺の返答を待たずに横に座ってきた。
「……何ですか?」
「この状況で聞くことと言えばあれしかないだろ」
……ですよねー。
「お前、なんであんな寝づらいとこで寝てたんだよ」
「いや、それは……」
なんて答えればいい。正直に「洞窟の中で気絶して、気がついたらあそこにいた」なんて言えない……。だって洞窟どこにもねぇもん! 絶対苦し紛れの言い訳だと思われる……。
そう考えているうちに樹里さんが突然俺の首元を触り出した。
「な、急にどうしたんですか!?」
「いや、変な痣だな、って」
「え?」
「ほら、ここら辺にあるじゃん」
そういって樹里さんは右肩の辺りを指した。見ると確かにモミジの葉のような形をした痕がついていた。
「あ、もしかしてその痣とあそこで寝てたのって……関係有る?」
いい意味の勘違いきたー!!! 渡りに船! ナイス解釈! 思わず俺は心の中でガッツポーズをした。
ただそんなふうに思ってると気づかれたら確実にぶん殴られるので、俺は出来るだけ申し訳なさそうに答えた。
「あ、はい……」
「ふーん……。言いにくいならいいや、こうして無事に戻ってきたんだし」
だけど、と前置きして樹里さんは立ち上がって言った。
「なんか変なことでも起きたら私達に言いなさい。何もできないかもしれないけど、話せる人がいる、ってのは意外と心の支えになるから」
「……はい。でも、そうならないように努力しますよ」
「その調子なら大丈夫だな。あぁ、あとさ」
満足そうに頷き、戻ろうとしていた樹里さんが思い出したように振り返って言う。
「お前、1年に1度ぐらいしか着ないから、っていうのはわかるけど去年のやつ使い回しはどうかと思うぞ」
……どうやら安藤の言っていたことは本当だったらしい……あとで謝っとこ。でも……
「いつの間についたんだろ、この痣……」