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黒いゆらぎ

 信乃が叫んでから数刻が経ったが、この場で変化した物はなかった。強欲罪魔は苛立ったように信乃に言い放った。

「「……偉そうなこと言っておいて、なんも起きないじゃなかか」」

「…………」

 信乃は手と膝を地面につけた体勢のまま、心の中で激しく後悔していた。昨日、現実逃避でさっさと寝るのではなく、ちゃんと発動条件を調べておくべきだった、と。

 建物へのダメージを無効化する結界玉があるため、周囲に対する被害は無い。建物内に元々入っている人には効果は無いが、それに対する記憶や怪我も完全に消去できる。周りに対する気遣いなどあってないような物であるのに。

 もしこの場に大穴など、身を隠せる物があったら信乃は即座にそこへと走っていただろう。

「「何もする気がなかなら、うちから行かせてもらう!」」

 何も言わない信乃に業を煮やした強欲罪魔は低い体勢になると、一瞬で信乃の懐に飛び込んだ。そしてがら空きになっていた胴体にアッパーを食らわせると信乃の体は高々と空に打ち上げられた。

「けほっ……!?」

 信乃の口から赤い液体が飛び出す。それを見ることなく強欲罪魔はさらに追撃をかけるべく、今度は縦に飛び上がった。

 そして信乃の体よりも高い位置に到達すると、いつの間にか銀色に変色していた拳を組み合わせ、信乃の背中に叩き込んだ。

 信乃の意識はここで完全に飛んだ。意識を失った信乃の体は猛スピードで地面に叩きつけられ、そのままアスファルトを吹き飛ばしてめり込んだ。



「「これがうちの結合能力の一つ『鉄拳制裁(アイアンブロー)』や。自分の拳を鋼鉄に変えて打撃力を上げる能力らしい」」

 約9階の高さからひらりと着地した強欲罪魔は地面にめり込んだ信乃に話しかけた。

「「全く……結合能力を持っているからといって、挑む相手ば間違えたちゃうことだな。いや、本当だったら弱い相手と戦うつもりやったのか、なら運の悪こうたな」」

 この時、信乃の体から黒いゆらぎのような物が現れ始め、だんだんとその規模を拡大していた。しかし勝利に酔いしれている強欲罪魔はこのことに気づいてなかった。

 そしてそのゆらぎが強欲罪魔の足元にまで広がった瞬間、全ては始まった。


ーーー


 田代達の最後の連絡からもう30分ほどが経過していた。鳥海が心配そうに天井を見上げる。

「田代さん達、遅いですね」

「簡単に倒せる相手だ、って言ってたけどね。意外と苦戦中なのかな」

「それにしては静か過ぎませんか?」

「う〜ん。まぁ、確かにそうだけど……」

 大垣が鉄斧を軽く振りながら外を見た瞬間、黒い物が猛スピードで下に落ちていった。

「ん? 今、なんか落ちてかなかった?」

 その瞬間、下から轟音が鳴り響いた。慌てて下を見るとそこには遠目で見てもわかるほど無惨な姿になった信乃が地面にめり込んでいた。

「し、信乃さん!?」

「「ほう、まだまだ仲間がおったか」」

 窓から顔を出した2人に声がかけられる。声がした上の方を見ると非常にゆっくりとしたスピードで一体の怪物が降りていた。

「……あんた、誰?」

 大垣が声をかける。すると二つのカラスのような頭はニンマリと笑っていった。

「「別に知らんでもよかやろ。どうせうちに食われる運命や」」

 そう言い残して怪物は鳥海達の前を通過していき、地面に降り立った。

「ど、どうしましょう!? このままだと信乃さんが!」

「い、いや、ちょっと待って」

 慌てる鳥海を大垣は止めた。鳥海は当然のことながらそれに噛み付く。

「な、なんでですか!!」

「よく見て、小鳥遊くんの体の周り」

 鳥海が再び下を見ると信乃の周りの地面が黒ずんでいっているのがわかった。怪物の方は気づいてないようだが。

「……何ですか、あの黒い……ゆらぎみたいなのは……」

「わからないから止めたのよ。……なんか嫌な胸騒ぎがしたから」

 そしてその嫌な予感は的中することとなる。

 黒いゆらぎが怪物の足元に到達した瞬間、ゆらぎが何本もの触手へと変わり、怪物へと襲いかかった。

 怪物は突然の出来事に、驚いた様子で触手を払った。しかし触手はその払おうとした腕にくっついた。

「「うぐわぁぁぁぁぁぁっ!!?」」

 怪物が悲鳴をあげる。するとくっついた部分からだんだんと怪物の体がより黒く塗りつぶされていった。

 元々黒だった怪物の体がグレーに見えてしまうほどに純度の高い、闇のような黒色は少しずつ、ジワジワとその範囲を広げていく。

 怪物は必死に黒くなった部分を叩いていたが、体の半分ぐらいまで染まった瞬間、電撃が走ったかのように震えるとガクンと動きを止めた。

 そして闇が全てを覆い尽くした時、怪物の体は溶けてなくなった。その様子を2人は呆然と見つめることしかできなかった。

「な、何が起きたんですか?」

「……わからなっ、危ない!」

 大垣は黒いゆらぎから何かが鳥海にむかって飛んできたのに気づき、即座に持っていた斧で受け止めた。すると斧は徐々に黒く変色し始めた。

 大垣はとっさに斧を投げ捨てた。すると斧は完全に黒くなると粉々に砕けた。

「……鳥海さん、すぐにここから逃げるよ」

「え?」

 大垣は立ち尽くす鳥海の手を取ると階段を駆け上がった。するとその後ろを追いかけるように黒い触手が現れ始めた。

「あ、あれ、小鳥遊くんが呼び出したんですよね!?」

「そんなの知らないです! そうだったらなんで私達に襲いかかってるんですか!?」

 大垣は鳥海の手を引きつつ、自分の能力を使って次々と斧を生み出してはその場に落としながら逃げるが、その斧も一瞬で取り込まれ、大した足止めにもならない。

「あーもう、一体どうなってるのよ!」

 大垣が叫ぶと屋上へと通じるドアが開き、そこから田代の体を担いだ遠藤が現れた。

「大垣! 鳥海! そっちは無事か!?」

「全然大丈夫じゃないです!」

「ぐっ……!」

 遠藤は振り向くと外にむかって火の玉を何発も撃った。その行動が意味するのは現時点で一つしかなかった。

「まさかそっちもですか!?」

「そのまさかだよ! くそっ……!」

 前も後ろも触れたら終わりの暗黒の触手。4人は味方であるはずの小鳥遊信乃によって追い詰められていた。

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