狂った計算
「鳥海さん達、大章魚倒したって」
そう田代が言ったのは4階から屋上に上がる階段の踊り場だった。3階も4階も気絶した真人間ばっかで、適当にロープで柱にぐるぐる巻きにするだけで終わっていた。
「あれ? 大章魚、上に控えてなかったんですね」
「きっと外にでも買い出しに出てたんじゃないの? 詳しいことは知らないけど」
そう言って田代は心配そうに手元のデバイスを見つめた。
「それにしても、遠藤から全然連絡無いわね……。何してんだか……」
「あ、そういえば遠藤さんは裏口を通って先行してるんですよね」
「うん。本当だったらあたしも先行組に入ってたんだけどね」
軽ーく睨まれる。はいはい、私が悪うございますー。
「あいつの強さなら単独で簡単に瘴気蛟を片付けられると思ったんだけど……。連絡遅いな」
「……まさか瘴気蛟も結合能力持ちだったとか」
バランスブレイカーであり番狂わせを余裕で起こせる結合能力を自由に発動させられたらいくらあの高火力でもひとたまりもないだろう。
「いや、そういう情報は入ってないから大丈夫だとは思うんだけどね……」
田代はそう答えたが、表情はどこか冴えてなかった。
ーーー
「全く、大章魚も人喰神熊もあっさりやられやがって……」
瘴気蛟は頬杖をつきながら、監視カメラから送られてくる映像を不機嫌そうに見ていた。
そんな中、1人の大男が部屋に入ってきた。その口元は赤い液体で濡れていた。
「あ、先生。おかえりなさいませ。どうでしたか?」
「ん? めっちゃ熱かったけど、肉がいい感じにしまっててうまかった」
そう笑って言う大男を瘴気蛟は椅子から立って出迎えた。そんな瘴気蛟を見た大男は首を傾げながら言った。
「で、どげんしたと? そげな不機嫌そーな顔ばして」
「あ、いや……実は下の2人が立て続けに食われたんですよ」
それを聞いた大男は残念そうな顔をした後、ふと思いついたように聞いた。
「ふーん、そーか……。なぁ、例ん報酬、前払いしてもろうてよか?」
「え? いいですけど……今意識のあるやつなんかいませんよ? 誘惑声鳥のせいで」
「いやぁ、よかよか」
そう言うと大男は笑顔を浮かべながら瘴気蛟に近づいた。
「ぐっ!?」
その瞬間、瘴気蛟は苦悶の表情を浮かべてその場に倒れこんだ。その腹には出刃包丁が深々と突き刺さっていた。
「だって、目ん前にこぎゃん活きよかやついるからな」
「ふ、ふざけんなよこのゲイがぁぁぁ!! デ・コード瘴気蛟ぃ!!」
肌が群青色に染まっていくと同時に手足の境目が消え、一つの肉塊になる。するとなくなった腕の代わりか、背中から巨大な翼が生えた。
毛という毛が全て抜けた顔は人間から爬虫類のそれへと変貌し、横に大きく割れた口から先が2つに分かれた舌が顔を出した。
「はぁっ、はぁっ……」
鱗が生えてきた結果、血で濡れた包丁は押し出され床に落ち、傷は塞がれた。傷が癒えた瞬間に瘴気蛟は飛び上がり、大男から距離をとった。
「貴様、もしかしてこの俺を食うつもりなのか?」
「当然。というか、そーいう契約やったやろ?」
「ふざけんな! 今下で目ぇ回してるザコを好きなだけ襲っていいっていう契約に決まってんだろうが!お前が両刀使いだって話を聞いたから今回の話を持ちかけたんだ、負けたくないからって自分の命を差し出すなんてするかバカが!」
「両刀使い? ああ、そーいうこつか」
大男は納得したように頷くと、哀れんだ目で瘴気蛟を見た。
「確かにうちは男も女も食う。ばってんそいはプレイヤーに対してだけん話や。下の話とちゃう」
「な、何!?」
瘴気蛟が瞼がなくなった目をひん剥いて大男を見る。大男は飄々とした様子で続ける。
「いったい誰からそげなこと聞いたんだ? 笑っちなおすわ」
「ぐ、クソぉぉぉっ! あの情報屋め!!」
青くなった肌を真っ赤にさせながら瘴気蛟は叫んだ。
「あの野郎! 金だけとっといて変な情報渡しやがって! さっさと食っとけばよかった!」
「情報屋? そげなこつしとるプレイヤーもいるんだな。物好きなこった。ま、うちには関係ない」
大男は肩を回しながら再び瘴気蛟に近づく。いくら距離をとったとはいえ、ここはかつて警備員室として使われていた部屋。天井は瘴気蛟が飛べるほど、珍しく高いが部屋自体は狭い。すぐに瘴気蛟の下にたどり着いた。
「うちは強欲や。狙ったもんは全部もらわんと気の済まんのや。すまんがお前さんにはここで消えてもらう」
「ふっ、ふざけるなこれを食らってからほざけ!」
瘴気蛟の体中から白い煙を発しながら液体が滲み出してくる。「腐敗戦慄」と名付けられているこの液体は人体にかかれば一瞬にしてかかった部分を消失させる。そしてその威力はすでに彼をスカウトしに福岡を訪れた時に見せていた。
だからこそ瘴気蛟はいきなり能力を発動させたのだろう。この液体を見せれば、あっさり降参して傘下にくだるだろうと期待して。
しかし大男は動じずにニヤニヤと笑みを浮かべたまま瘴気蛟の下にいた。まるで瘴気蛟の無知をあざ笑うかのように。




