海と洞窟と白装束
「はい、みんなー、ホテルに入ったら、荷物を部屋に置いて水着に着替えてから、浜辺に来てねー。ホテルの人がバーベキューや鉄板を準備してくれてますからー」
「母さん、水着じゃ危ないんじゃない? 油はねとか」
「大丈夫よ、ホテルの人がちゃんと焼いてくれるそうだから」
「……ならいいけど」
高垣親子の連絡及び話し合いが終わった頃、バスは正面玄関に乗り付けていた。
ーーー
「……夏だなぁ……」
照りつける日光に肌に感じる潮風が気持ちいい。荷物を部屋に放り込み、水着に着替えた俺は早速浜辺におりていた。バーベキューの準備はまだ出来ていないらしく、さっき職員の方々が網やら炭やらチャッカマンやらを持ってうろうろしていた。
「……せっかくだから少し泳ぐか」
どうせ他のみんなもビーチスポーツとかやるだろうから、きっとウェットティッシュも準備されてるだろう。去年は無かった手洗い場でもいいけどね?
俺は海に入った。泳ぐ、といっても軽く流すだけだ。海は塩辛いし波があるし視界も悪い……沖縄とかリゾート地は例外だけど。
とにかく泳ぐには適していない。本気で泳ぐならプールの方が泳ぎやすい。それが俺の持論だ。
「ま、たまにはこうしたのも良いけどなー」
プールのようにガムシャラに泳がず、のんびりと波に任されながら泳ぐのもオツな物である。……調子にのったら死ぬけどね。
そんなこんなで磯の辺りまで泳いでいると、男が1人で歩いているのを見つけた。夏の海らしからぬ厚着で、なんていうか……ゲームでよく見る魔導師みたいな白装束の格好をしている。その男は岩壁にぽっかりとあいた穴に入っていった。
「…………」
俺は海から上がり、男の後を追った。なんというか、気になんじゃん。あんな変な人見たらさ。
入ってみると穴は意外と深く、洞窟といってもおかしくないレベルだった。しかも所々にかがり火が焚かれている。
「うわぁ、RPGで見るダンジョンみてぇ」
もうお酒も飲める年だけど、こういう所はいくつになっても興奮する。なんか冒険してるみたいで面白いじゃん?
しばらく歩いていると途中で明らかに火ではない人工的な明かりがついている小部屋のような物を見つけた。おそらくさっきの男がいるのだろう。俺はこっそり中に入ってみた。
部屋の中には大量の本と変な図形が書かれた紙、そしてさっき見た男の姿もあった。男はこちらに全く気づいてないようだ。
あの男はここで何をやっているのだろうか。とりあえず1番近くにあった本を手にとって読んでみる……が読めない。たぶん英語なんだろうが、授業で見たことのない単語がずらずらと並んでいる。
「えーと、ディスイズラビッドファング……?」
うん、さっぱりわかんね。俺は本を元の位置に戻した。すると変な図形を見ていた男が口を開いた。
「そこにいるのは誰かね?」
やば、気づかれた。慌てて戻ろうとしたが……足が動かない。それどころか腕も動かないし、声も出ない。
(まさか金縛り……!?)
俺は焦った。男が振り返ってこちらを見る。
「ふむ……20代男性、中肉中背か。プレイヤーとしては妥当だな」
なんというか、まずい。本能がとにかくこれ以上ここにいたら危険だと感じている。しかし必死に動こうとしても体は全く応えてくれない。その間にも男はつぶやきながら近づいてくる。
「これで96人目か。君は……そうだな、ヴェアヴォルフとか面白そうだな」
そうして男が俺の体に触れた瞬間、体全体が突然痛み出した。
「がっ……!?」
その瞬間金縛りが解けたが、全身を襲う妙な痛みのせいで俺はその場で倒れこんでしまった。そんな俺を見下ろし、笑みを浮かべながら男は言った。
「元の身体に戻りたければ、同じ境遇の物を107人殺し、その身を我が物にせよ」
さっきから何を言ってるんだこいつは……。そう思いながら俺の意識は遠のいていった。