信用と見物人と阿鼻叫喚
「……聞こえるか」
「はい、大丈夫です」
黒いゲーム機から鳥海の声がする。
「あのー、今、私TAKA:Qのビルの上にいるんでけど、信乃さんどこにいるんですか? ここから全然見えないんですけど」
「あー、そりゃそうだ。だって今、建物の中に隠れてるもん。歌広場の看板が出てるとこ」
「あ、あそこですね。わかりました」
画面の中の鳥海は一度視線をはずして、うなづいた。
「鳥海ー、多頭多腕はどこうろついてるかわかるか」
「あ、はい、えーっと……多頭多腕は今、お寿司屋さんの前にいますね」
俺が今いる所からはやや遠いが、鳥海の方からしたら目と鼻の先だ。
「それじゃあ、私が先制攻撃しますんで、とどめは信乃さんお願いします」
「別にいいけど……本当に大丈夫なんだろうな。同士討ちとか嫌だぞ」
そう言うと鳥海の顔が少し赤くなった。
「だ、大丈夫ですよ! 何疑ってるんですか!」
「いや、この間の無差別攻撃が軽ーくトラウマになってるからさ……」
「うっ……」
痛い所を突かれたのか、鳥海の言葉が一瞬途切れる。
「で、でも今回は大丈夫です! ちゃんと手加減しますから!」
「手加減しすぎて効果なし、とかもやめてくれよー」
「……全然信用ないですね」
鳥海が傷ついたような顔をする。
「だって、こっちは阿鼻叫喚の詳しい能力なんて知らないし。本当にお前が言った通りのことが出来るのかもわからないし」
「……わかりました。じゃあ今から見せつけてやりますよ」
鳥海の目が反骨心で燃え出した。
「3つ数えたらいきますよ……3、2、1」
0! と鳥海が言った瞬間、俺は通信を切って階段を駆け下りた。
ーーー
信乃と鳥海が隠れて話しているころ、別の通りに2人の男女が立っていた。
「おもしろいことになりましたね。まさか多頭多腕を追っていたら、別のプレイヤーを2人も見つけるなんて」
「どうしますか、エンさん」
後ろにいた女が声をかけてくる。エン、と呼ばれた男は頭をかきながら言った。
「うーん、お嬢を待ってる暇もなさそうだし、あの多頭多腕がやられたら入りますか」
「……多頭多腕は諦めるんですか?」
女はエンの言ったことが意外だったのか、驚きながら言う。
「因子は食べた魔物の物しか手に入らないのに」
「あぁ、それも考えたんですけど、あの程度の能力しか持ってないなら、別に食わなくてもいいでしょう。それにヘカトンケイルって出番が少ないんで、接続出来る因子はない可能性が高いですし。どうせ食うんだったら、あれよりも犬耳君や半魚半鳥ちゃんの方が良さそうです」
エンがそう言うと、女は納得したようにうなづいた。
「なるほど、今飛び込んで3人を相手にしてしまうより、潰しあって1・2人になってくれた方がいい、ってことですね」
「そういうことです」
そう言ってエンはニヤリと笑った。
ーーー
外に出ると、多頭多腕が鳥海に気づき、石を投げつけていた。
「くそっ、ちょこまかと逃げやがって! 当たりやがれ!」
多頭多腕がイラつきながら叫ぶ。そんな中、石を避けながら鳥海が口を開いた。俺は思わず反射的に耳を塞ぎ目をつぶったが、何の音もしなかった。
不審に思い、恐る恐る目を開くと、鳥海は撃ち落とされることなく、口を開いて何かを叫んでいる。その下にいる多頭多腕は相手が動きを止めているのに、石を投げることなくその場で立ち尽くしていた。そして手のひらからは砕けた石がポロポロと落ちている。
「信乃さん! 早く!」
鳥海がその状況に見入っていた俺に向かって叫ぶ。その瞬間、多頭多腕は糸のきれた人形のように、その場に膝をついた。
「お、おう!」
慌てて駆け寄り、その勢いのまま多頭多腕の心臓目掛けて、体を爪で貫いた。肉のぬるっとした感覚がしたが、多頭多腕は何の反応も見せなかった。
「まさかこんなに上手くいくとはな……」
俺は腕を多頭多腕から引き抜いてつぶやいた。多頭多腕は何のうめき声もあげずにその場に倒れた。
ーーー
阿鼻叫喚。超音波をおこして、周りの物をぶち壊したり、相手の思考回路を崩壊させる誘惑声鳥固有能力である。その威力、効果範囲は誘惑声鳥自身の声量、及び意識によって変えることが出来る……らしい。
「らしい、じゃなくて変えたんですよ! いい加減見たんだから信用してください!」
給水タンクの後ろから鳥海の声がする。
俺が多頭多腕を食べている間、鳥海は物影に隠れて変身を解いていた。鳥海によると、変身すると下半身が魚の尾っぽになるため、パンツが破れて脱げてしまうのだそうだ。当然、変身を解除すればノーパンになるので、それを見られるのが恥ずかしいとか。……女心とは複雑な物ですね。
「それにしてもさー、本当に食べないでいいのかー?」
「だって、信乃さんが倒したんですから、信乃さんが食べるのが当然かとー」
その返事に、俺は何十本もあった腕の1つに噛みつきながらつぶやいた。
「……俺じゃなくて、お前が倒したようなもんだと思うんだけどな……」
あの時、多頭多腕は白目をむいてほとんど息をしてなかった。俺が体を貫くまでも無かったと思う。
でも、本人がくれると言うなら、ありがたくもらっておくか……ということで黙々と食べる。そうしている内に残りは腕1本となっていた。
「おーい、履き終わったかー? 食べちゃうぞー?」
「はーい、大丈夫でーす」
人間の姿に戻った鳥海が給水タンクの後ろから出てきた。俺はそれを見て、最後に残った手を噛み砕いた。
「すいません、少しの間眠っててください」
そして飲み込むと、俺は手を合わせて、今は影も形もない名も知らない男に祈った。
発動したプレイヤーが死んだことで結界が解除され、道に人々の姿が戻る。その様子を見ながら、俺は変身を解除した。鳥海が心配そうに言う。
「信乃さん、隠れずに変身解除なんて無用心過ぎませんか? 誰かに見られたら大騒ぎですよ?」
「大丈夫だろ、こんな屋上に人が来るわけないし」
そう、ここは鳥海がさっき隠れていたビルの屋上である。こんな所に人が来るわけが……
「そうですよ。彼女の言う通りです」
あった。声がした方を見ると、そこには1組の男女の姿があった。男は茶色で肩口までのばした髪に長袖でギンガムチェックのYシャツと青のジーンズ、女は黒のショートで、白と青のボーダーにショートパンツを着ている。見た目はそこら辺によくいるカップルのようだが……雰囲気が違った。
「し、信乃さん、なんかすごい威圧感を感じるんですけど……」
鳥海が青い顔をして俺の腕にしがみつく。ファンなら嬉しすぎて憤死するのだろうが、今の状況でそんなことは考えられなかった。
頬を汗が伝う。俺はさっき多頭多腕の言っていた言葉を思い出してた。
「……そういや『挟み撃ち』とか言ってたな……こういうことだったのか……」
男が不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「僕の名前は灼熱魔神。君たちの命、いただくよ」




