お願いとつけ麺と遭遇
東京・吉祥寺。住みたい町ランキングNo.1の座を死守し続けている新興都市。そしてその中心部に位置するはJR吉祥寺駅。その駅前にあるアイスクリーム屋の前で俺はのんびり携帯をいじっていた。
「すいません、遅れましたー」
声がした方を見ると、パタパタと鳥海が走ってきていた。水色のワンピースに白いハット。涼しげな夏コーデである。……マスクとかサングラスとかしなくていいのか芸能人。
「大丈夫。そんなに待ってないし」
そう言うと、鳥海は安心したように胸を撫で下ろした。
「本当ですか? じゃあ早速行きましょうか」
ーーー
話は数日前、鳥海が俺に連絡してきた時まで遡る。
「そういや、芸能活動休止するんだって? うちの男子が沈んでたんだけど」
「あ、はい。もし仕事を残したままやられちゃったら、事務所や仕事先のスタッフさんに迷惑かけちゃいますから。だから事務所の方に休業したい、って言ったんです」
「相当反対されたろ」
「そうですねー。『このせっかくのチャンスを逃す気か』って社長さんからもきつーく言われて……。結局押し切りましたけど」
その時のことを思い出したのか、鳥海は小さく笑い出した。うん、ファンではないけどこの笑顔は地味に可愛いと思う。
「今考えると、明石さんにはそれでばれたのかもしれませんね」
笑みをとめた鳥海が遠い目をする。確かに、突然歌はうまくなるわ、休業したいと言い出すわ、では怪しまれても仕方がない。暗くなった雰囲気を消すために、俺は世間話を始めた。
「で、鳥海は今何してんの?」
「今、最後の収録を終えたところです。明日から休みですね」
昨日の今日でお疲れ様です、だ。
「あ、それで、信乃さんにお願いがあるんですけど……」
「ん?」
ーーー
そして話は今に戻る。俺と鳥海は横断歩道を渡り、商店街に入った。
「ずーっと前から行きたかったお店があるんですよ。仕事が忙しかったからのびのびになってたんですけど」
そういう鳥海の顔は生き生きとしていた。あの時自分のしたことに震えて謝り続けていた人と同一人物には見えない。
メンチカツで有名なお店の横を通りかかる。
「相変わらず並んでますね〜」
と、言いつつも鳥海はその行列に並ぼうとしない。
「あれ、行きたいお店ってここじゃないのか?」
今回、俺が鳥海と吉祥寺を散策してるのは、鳥海がどうしても(死ぬ前に)食べておきたいお店があって、そこに行くのについてきて欲しい、と頼まれたからだ。簡単に言うとこのボディガードだ。
正直言って面倒くさかったのだが、昼飯をおごってくれると言うので乗ることにした。年長者の矜恃? ナニソレオイシイノ?
「ここのメンチカツは、吉祥寺でのロケのとき、よく差し入れでもらうので。それに昼食には少なすぎますし。あ、ここです」
そう言うと鳥海は肉屋のすぐ横を曲がり、指差した。差された先を見ると……めっちゃ有名なつけ麺屋じゃん。
「この間、番組で見て美味しそうだと思ったんですよ〜」
鳥海がそそくさと店の前にある券売機に向かう。……芸能人って意外にミーハーなのか?
ーーー
「ごちそうさまでしたー」
つけ麺を1滴も残さず完食し、店を出る。
「おいしかったですねー」
鳥海が幸せそうな顔で言う。
「そうだな、ちょっと味濃かったけど……」
「それだったら『こってり』じゃなくて『あっさり』の方選べばよかったじゃないですか?」
それはそうだけど、お前が「こってりの方がオススメです」っていうから……。ま、おごってもらった側だ。文句は言えない。
「そういえば、信乃さんはこの後なんか用事ありますか?」
「いや、特にないけど……」
と言った瞬間、なぜか背中がぞくっとした。思わず立ち止まった俺に鳥海が不審がって話しかけてきた。
「信乃さん、どうかしましたか?」
「……何か変な感じがする」
「え?」
すると鳥海がオロオロし始めた。
「まさか今のつけ麺のせいで体が……?」
「そうじゃない! 近くに何かいる!」
と言った瞬間、路地から男が飛び出してきて、こちらを見て言った。
「ちくしょう、挟み撃ちか! こうなったら……!」
男がポケットから白い玉を出した。予感的中だ。鳥海が驚いたように言う。
「え、まさか、プレイヤーが近づいてるのがわかるんですか!?」
「いや、なんとなくでしかないけど……っていうか鳥海はわからねぇのかよ!」
「わかってたら、明石さんがプレイヤーだって見抜いてますから!」
そんな軽いプチパニックが起きている間に男が玉を叩きつけた。その瞬間、周囲の人々の姿が消え失せた。
「デ・コード! 多頭多腕!」
男の上半身が突如として膨らみ、羽織っていた黒いシャツが破れ落ちた。そうして露わになった上半身には大量の手が蠢いていた。
「うわっ……」
なんというか……めっちゃグロテスク。今食べたばっかのつけ麺が逆流してきそうだ。
「あの……信乃さん」
鳥海も同じことを思ったのだろう。青い顔をして話しかけてきた。
「変身してくるんで、少し時間稼いでくれますか?」
「いいけど……ここで変身しないのか?」
「いや、出来ることは出来るんですけど……後々面倒くさいことになるんで……」
面倒くさい? 誘惑声鳥、どんな姿してんだ。
「わかった。でも1人で潰せそうだったら待たずにとどめ刺すからな」
「はい! それじゃ、よろしくお願いします!」
そう言って、鳥海はどこかへと走り去った。さて、俺も変身しますか。
「デ・コード、人狼!」
なんとも言えない違和感が体中を襲う中、灰色と黒の毛が全身に生え、耳が三角形の形になって頭部に移動する。最後に腰の辺りから尻尾が生えてくれば変身完了である。
その頃、目の前の「多頭多腕」と名乗った男は頭をシェイクしていた。すると男の頭が2つ、4つ、8つと増えていく。さらに蠢いていた手が少しずつ伸びて、腕になっていた。
「……バイオハザードのボスキャラかってぇの」
そのグロテスクな外見に俺は嫌悪感を抱いた。
「「「「「「さぁ、人狼とか言ったな。おとなしく俺に食われろ!」」」」」」
変身が終わったのだろう、口々に男の何十個もある頭が叫ぶ。うわぁ、うるせぇ。
「「「「「「くらえ、岩石連射!」」」」」」
体中に蠢いている1つ1つの手に石が握られる。そして男は次々にそれを投げつけてきた。それをひらりと避けると、飛んでいった石は近くにあるお店のガラスの壁や看板を粉々に破壊した。
「うわっ、アブねぇな」
何とかして近づこうとするが、石が止む気配は無い。よく見ると投げた次の瞬間、空になったはずの手にはすでに石が握られていた。おそらく、それが岩石連射の能力!
避けながら攻め込むチャンスを伺っていると路地から鳥海の声がした。
「信乃さん! こっちです!」
石の合間を縫って、路地に入る。そこには半人半魚で、腕が翼に変貌している鳥海の姿があった。これが誘惑声鳥か。
「……大丈夫でしたか?」
「なんとかな。すまん、一発も攻撃入れられなかった」
「そんなのどうでもいいですよ。……それより相手は」
「全方位攻撃可能で、連続攻撃してくる。視界も全方向対応だ」
「わかりました、それじゃあ……」
「「「「「「そこか!」」」」」」
鳥海が何かを言おうとした瞬間、男の声と同時に大量の石が飛んできた。どうやら追いつかれたようだ。
「うわっ、これはすごいですね……」
鳥海が必死にかがみながら言う。今は狙いがアバウトなせいで避けれてるが、近づかれたらおそらく蜂の巣にされる。
「一旦引いて、体勢を整えよう! あとで連絡するから!」
「わかりました!」
そう言葉を交わすと、俺と鳥海は別々の方向へと飛び(跳び)去った。




