お届け物と連絡と猫剣士
「おはよーございまーす」
翌朝、俺が食堂に下りてくると、そこは異様な雰囲気に包まれていた。
「……どうした?」
そこでは安藤を始めとした多くの男どもが「ずーん」と沈んでいた。その様子を女子が気色悪そうに遠くから見ている。
「あれ? お前知らないのか?」
振り返ると新庄先輩がいた。
「あ、新庄先輩、おはようございます。……知らないって何をですか?」
「香上のことだよ。調べればすぐに出てくると思うぞ」
俺はポケットからスマホを取り出して、検索サイトを立ち上げた。するとトップニュースに「香上春香、休業へ」というのがあった。そうか、香上休業するのか……。って、ええっ!?
「休業、って昨日ライブやってましたよね!?」
「どうやらあれが仕事収めだったらしい。今日の早朝に突然発表されて、見にいけなかったファン共はああやって沈んでるわけだ」
なるほど、最後になるかもしれない晴れ姿を見れなかった、っていうのはファンにとって痛恨の極みなんだろうな……。
ニュースを見ると、香上はFAXで、自分のデビューした時の目標だった「大きな会場でのライブ」を達成した今こそ、自分を見直すいい機会になるのではないか、と思った、とコメントしている。同時に、この休業は無期限ではあるものの、引退とイコールではないことも書かれていた。
ーーー
それから十数時間後、俺は自由スペースに転がっているクッションに頭をうずめていた。辺りには適当に破かれたダンボールの残骸が転がっている。
話は約30分前に遡る。会場から送った香上グッズが寮に届き、その引き渡しを行うために俺は、自由スペースに荷物を運んでいた。
自由スペースに入るとすでに男どもは集合して……と、思った瞬間荷物が手元から消えていた。
消えた荷物は男どもの中でビリビリに破られ、中身は縦横無尽に飛び交っていた。
「おい! 小鳥遊、さっさと他のも持ってこい!」
「は、はい!」
怒声が飛ぶ。俺は慌てて残りの荷物を置いてある玄関に走って引き返した。
欠品及び横取りが出ることなく、無事引き渡しは終わった。合計15往復。運んだ23個の段ボールは1つを除いて、再利用不可の残骸へと変わった。
男どもがホクホク顔で香上グッズ片手に自由スペースから去った後、俺は無言でまだ開けられてない最後の荷物を手元に引き寄せた。この荷物は俺が会場から送った物ではない。だからあの嵐に巻き込まれずに済んだのだった。
書いてあるのは寮の住所と俺の名前だけ。その書かれている文字の形に俺は見覚えがあった。
「今度はなんだ……? 結界玉まだ1缶も使い切ってねぇぞ……」
開けると中から直方体の物体が出てきた。白いボディにベージュで幾何学模様のような物が刻まれている。そして先の方には丸い形のボタンがある。
ボタンを押してみると、物体から変な音声が流れた。
「認証完了、ユーザー、人狼」
その瞬間、物体が真ん中からパカッと割れ、中から黒いゲーム機のような物がスライドしながら出てきた。
俺は箱の中に説明書とかが残ってないかひっくり返してみたが、何も入ってなかった。
「……とりあえず部屋に戻るか」
部屋に戻って、黒いゲーム機みたいなやつを適当にいじってると、スイッチに当たったのか、画面が白くなった。
起動した画面に現れたのは「USER DETA」と「SKILL」と「COMMUNICATE」の3つ。ボタンがない所を見るとタッチパネル式なのだろう。俺はひとまず昨日から気になっていた「SKILL」の欄を押してみた。すると画面が変わり、文字が現れた。
能力とは魔物が持ってる長所や特徴に便宜上の名前をつけた物です。複数かつ特定の因子を獲得する、またはある条件を達成して戦うことで能力は増えていきます。
……どうやら説明しながら進めてくれるようだ。「因子」というのはたぶん相手を食うと獲得できるのだろう。
またタッチすると、文字が消え、代わりに4つの項目が出てきた。
「深夜強襲」
「返り討ち」
「人獣調伏」
「BACK」
2つほどは何なのか予想がついた。でもとりあえず最初から見てみる。
「深夜強襲」
野生で培った経験を用いて、気配無く相手の背後に回り込む。不意打ち上等!
……最後の一言いるかぁ? まぁ、いいけど。そうか、あの背後に一瞬で回り込める動きって能力のおかげだったのか。野生の中で生活したことないけど。
「返り討ち」
相手が先に結界を発動した時、自分の身体能力が上がる。売られたケンカは容赦無く。
……これは予想通りの能力。これがある、ということはおそらく、俺から結界を発動して勝った時にも何かしらの能力がつくのだろう。しかし、最後が問題だった。
「人獣調伏」
最初に人獣を食べたことで、知能が復活し、見た目が人間の姿に近づく。身体能力は変わらないから安心してね。話せるって素晴らしい。
人間の姿に近づく、ってまさか、あんな不格好な姿になったのってこの能力のせいか!? 最初はもっとオオカミぽかったのか、もしかして!! あんのサイクロプス、なんてことしてんだ!!
……でも冷静に考えると、知能がなくなるってのはやだな……。だって「知能が復活」ってそういう意味だろ? 「話せるって素晴らしい」とか書いてるってことはたぶん狼の姿だと喋れなかったんだろうし……。うーん……。
モヤモヤした気持ちになったまま「BACK」を押すと、最初の画面に戻った。やはり「BACK」は能力ではなかったか。
次に押したのは「USER DETA」。押すと俺の名前、性別、魔獣名、所有因子の一覧などが現れた。魔獣名を押すと、何か文字が出てきた。
ーーー
ヴェアヴォルフ。ギリシャ・ローマ神話で、ある王が神の怒りをかって狼にその身を堕とされる、というエピソードはあるが、半人半獣の形は、11世紀頃には成立していたとされる「北欧神話」に登場する、狼の毛皮をかぶり、まるで狼が狩りをするかのごとく、自らの鋭い歯や爪を使って戦う「ウールヴヘジン」と呼ばれる戦士達が初めてとされる。
中世ヨーロッパの頃には「狼のような耳がついた髪飾りと狼の毛皮を身につけて、満月の夜に叫びながら、野原を駆け回らなければならない」という刑があったといわれ、それから「狼男は満月を見ると変身する」という設定が生まれたといわれている。
ーーー
無駄に詳しい人狼の説明だった。でも知っても何の意味もないよな、コレ……。
「COMMUNICATE」はその名の通り、他のプレイヤーに連絡する機能だった。しかし連絡するには「本名」と「魔物名」を両方を入力しなければならなかった。試しに「香上春香」「誘惑声鳥」と入力してみたが、結果は「ERROR」だった。ま、予想はついてたが。そうじゃなかったらマスターが香上のことを聞かれた時「そんな名前でアイドルやってる子」なんていうわけがない。と、いうことで放置決定。
「……因子は3つ? あぁ、元々人狼の因子を持ってるのか。へぇ、サイクロプスって『一眼巨人』って書くのか……」
それからだらだらと「USER DETA」をいじってると突然メッセージが表示された。
トリウミ アヤメから連絡が入っています。出ますか?
YES/NO
……トリウミって誰だ? とりあえずYESの方を押してみる。すると画面が変わった。
「こ、こんばんは」
画面に映ったのは香上の顔だった。意外な人の登場に俺は驚いた。
「あれ、香上さん? でも、さっき『トリウミ』って……」
「あ、香上春香ってのは芸名で、本名は鳥海彩芽っていうんです。あやめのあやは色彩の彩で、めは新芽の芽です」
詳しい説明ありがとうございます。
「へー、ウィキにはそんなの載ってなかったけど」
「一度も明かしてませんからね。信乃さんは今、何をしてたんですか?」
「いや『USER DETA』をいじってたんだけど……って、なんで俺の名前知ってんの? 『COMMUNICATE』って魔物名だけじゃ使えないじゃん」
「あっ……」
俺に指摘されて香上……もとい鳥海の目が泳ぎ始めた。
「あ、あのー、それは、そのー……」
おーい、どんどん声が小さくなってるぞー。言うならさっさと言えー。
「実は……信乃さんが気絶してる時に荷物を漁って……免許証を見たんです……それで……」
なるほど、それで名前を知ったのか……。でもなんで見る必要が?
「あの、どうしても、年下にしか見えなくて……。本当に私より年上なのかって……生年月日がわかるようなのがないかな、って……」
たぶん俺が鳥海より年上だ、ってことはマスターがチクったんだろうな………………どんだけ疑ってたんだこの人。
「で、何か用があってかけてきたんじゃないの?」
「そ、そうです! 昨日の話のことで!」
ああ「願いないなら協力してくれないか?」って言ったやつね。そんなことあったね。打ち上げ大遅刻のくだりですっかり吹っ飛んだけど。
「あの、帰ってから色々考えたんですけど……私なんかでよかったら……仲間に……」
「いいけど?」
来る者拒まず、無問題だ。
「え、えらくあっさりですね……」
「だって、香……鳥海さんに「協力してくれないか」って言ったのはこっちからなんだし」
「そ、そうですね……」
鳥海はなんか物足りなさそうな顔をしながらうなずいた。あれ、もっとオーバーにやった方が良かったのか? まぁ、いいや。
「じゃあ、これからよろしくな、鳥海さん」
「あ、あの」
鳥海が申し訳なさそうに口を開いた。
「これから仲間になるんだったら、呼び方変えませんか?」
え? 別に「鳥海さん」でもいいと思うが。
「だって、私、もう『信乃さん』って呼んじゃってますし……」
そういえばそうですね。あまりにもしっくりきてたから違和感なかったよ。つまり自分と同じような、普通ではない、他人行儀ではない呼び方をして欲しいってことか。
「ん〜、じゃあ『鳥海』って呼び捨てでいいか?」
「あ、はい、よろこんで!」
そう答えた鳥海の顔は本当に嬉しそうだった。
ーーー
草木も眠る丑三つ時。場所は東京・銀座のスナックの1つ。周りに人の姿はなく、他のお店は臨時休業になっていた。
「あらあら、今日はいっぱい来てくれるわねぇ。そんなにあたしに食べられたいのかしら」
そう色っぽい声で言ったのは妖艶な魅力溢れるお姉さん……ではなく目をギョロリとむき出しにした白い鬼の顔をもち、禍々しい色で彩られた丸々とした体を8本の足で支える怪物ーーー牛鬼だった。
店中には粘着質の糸がまるで巣のように張り巡らされている。その中心にいる牛鬼の目の前には、刀を腰に指したショートカットの少女が立っていた。
「……何言っているのかわかりませんね」
少女がそう言うと、牛鬼は笑い出した。
「はっ、私はもう3人食べているのよ? あなたみたいな小娘なんかすぐに食べてあげるわ」
「……ふーん、その程度なんだ」
「何ですって?」
少女の一言に牛鬼は怪訝な顔をした。
「デ・コード、妖精猫」
少女の髪が抜け落ち、代わりに顔全体から白く、短い毛が生えてくる。そして、まんまるとした目が大きくなると同時に瞳孔が三日月型に変わり、白い部分が狭まっていく。そして大きく割れた口元の両側には3本ずつ長いヒゲが生え、スカートの中から白く細い尻尾が顔を出した。
「これでもくらいなさい!」
牛鬼が口から大量の糸を放つ。それを少女ーーー妖精猫は天井ギリギリまで大きく跳躍し避けた。そして刀を鞘に入れたまま頭上に構える。
「……上段抜刀」
何かつぶやいた妖精猫は牛鬼の上を飛び越え、そのまま着地した。それから少し遅れて、空中を舞っていた鞘が落ちて軽い音を響かせた。
「……はっ、カッコ良く決めたつもり? 残念だけど、鞘に入れっぱなしじゃ斬れる物も斬れないわよ?」
そう牛鬼が笑い出した瞬間、牛鬼の体に「ピシッ」と裂け目が入り、そこから大量の血が噴き出した。
「い、ぎゃあぁぁぁぁっ!!?」
突然の痛みに、牛鬼が悲鳴をあげる。
「……あなたが3人なら、こっちは15……いや、16人になるのか」
妖精猫が澄まし顔で言うと、牛鬼はその言葉の意味に気づいたのか、顔を真っ赤に染めながら叫んだ。
「ふ、ふざけんじゃないわよ! あんたなんかに私が食われるはずがない!!」
怒りの感情を力に変えて、牛鬼が血を撒き散らしながら妖精猫を喰おうと口を大きく開けて飛びかかる。しかし次の瞬間、牛鬼の体は突然炎に包まれた。
「あ、熱いあついアツイィィィーーー!!」
炎に焼かれ、妖精猫の一歩手前で墜落した牛鬼が断末魔の叫びをあげる。その様子を見て、妖精猫は忌々しげに入口の方に視線を移して言った。
「入る前に『邪魔するな』って言ったはずだけど?」
「別にいいじゃないですか、お嬢」
入口のドアが開く。するとそこから全身が炎に包まれた岩の鎧を纏った男が入ってきた。
「俺だって、来たからには何かしないとつまらないんですよ」
妖精猫はため息をつくと、床に転がしていた鞘を拾って刀を戻した。
「まぁ、いいか。今ので完全にトドメを刺せたみたいだし……」
ひっくり返った牛鬼は白目をむき、もうピクリとも動こうとしなかった。その体には未だに炎がくすぶっている。
「それよりどうする? あれ」
そう言って、妖精猫は奥にある繭のような物体を指差した。繭は拘束を解こうとしているのか、ジタバタと動いている。
「うーん……たぶん牛鬼に捕まったプレイヤーですよねぇ。このまま問答無用で燃やしちゃうのは簡単ですけど」
「んー、でも何にもわからないまま燃やしちゃうのもなんかねー………どうせだし、ちょっと話しかけてみる?」
「お嬢がいいなら別に俺は構わないですよ?」
「でもこの糸、防音ばっちりみたいだから少し削らなきゃいけないんだけど」
妖精猫がそう言うと、男は親指をたててうなずいた。
「あぁ、任せてください。もしこれが罠とかで、助けた瞬間に襲いかかってきたら、後ろから燃やし尽くしますから」
「うん、頼んだ」
妖精猫は満足そうに微笑むと、再び刀に手を掛けた。
能力説明は御山良歩さんの「バグズ・ノート」、伏瀬さんの「転成したらスライムだった件」を参考に書いてみました。両作品とも面白い作品なので、オススメです。(お気に入り登録してないけど←オイ)
全然来る気がしませんが、感想・意見お待ちしてますよー。
牛鬼は「3人食っている」という言葉通りそこそこ強い魔物でしたが、複数相手(しかも格上)に真っ向勝負では当然のようにボコボコにされます。そんな格上プレイヤー、妖精猫&溶岩男(便宜上の名称です。正式名称は次回以降に)が信乃&鳥海ペアにどう関わってくるのか、次章をお楽しみに。です。




