香上の願い、信乃の願い
「う、あぁ……?」
ここは、どこだ? ……そうだ、俺、マスターに入口まで連れて来てもらったのに気を失って……と、ぼんやり思い出してると、目の前には心配そうに俺を見つめる香上の顔があった。
「うおぉぉぉっ!!?」
慌てて飛び起きると香上はびっくりした様子で話しかけてきた。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「あ、え、えーっと……」
落ち着け俺。まずは周りの状況確認だ……ここは会場の通路に置いてあったベンチで、香上は変身を解いて座っている。対する俺は変身が解けておらず、頭には耳隠しのためなのかキャップをかぶされ、胴体は尻尾を固定するためか、服の上から包帯でぐるぐる巻きにされている。そしてあの胴体に空いた穴はすでに塞がってる。つまり結界は解除されている。
で、さっきまで俺が寝てたのは……香上の……ひざまくら?
「…………」
これは……あれだ、ファンにばれたら一瞬で虐殺されるやつだ。
「あ、あのー、人狼さんでしたよね……」
香上は緊張しているのか、おどおどと話しかけてきた。
しょうがないか、香上は人間体で俺は魔物体。裸で腹ペコの猛獣の前に立ってるのと同じような物だ。
「あ、ちょっと待って、エンコード、人狼」
俺は香上を制すと、ベンチから立ち上がり変身を解除した。尻尾がなくなったことで、包帯が緩み、足元に落ちる。
「……はい、どうぞ」
「あ、はい……あの、助けに来てくれてくれてありがとうございました」
香上がペコリと頭を下げる。……ん? なんでそんなことになってんの?
ーーー
……先ほどから、人狼さんが微妙な顔をしている。なんか変なことを言ってしまっただろうか。
「……なぁ、俺が助けに来たって、誰が言った?」
「え、マスターさんが……」
そう答えた瞬間、彼は頭を抱えて「あの野郎……」とつぶやいた。
「……どうかしたんですか?」
「いや……なんでもない」
彼は首を振ると頭をかきながら言った。
「別に助けにきた、ってわけじゃなかったから……」
え? ということはもしかして彼も私を……? 私が思わず身構えると彼は焦ったように手を振った。
「いやいや、襲うんだったらエンコードせずに襲ってるから!」
……確かに。私はまたベンチに座り直した。
「じゃあ、なんでこんな所にいるんですか」
「うーん……」
彼は頬をかきながら考え出した。考えないと答えられないのか。
「強いて言うなら、見学かなぁ……。気づかれたら戦うつもりだったけど」
「でも私とは戦おうとしてませんよね、今」
「そりゃ、相手が話し合える相手だったらまず話した方がいいだろ。無駄に戦うよりさぁ」
様子をみてる限り、嘘をついてるようには見えなかった。すると突然彼は立ち上がった。
「どこに行くんですか?」
「ちょっと飲み物買ってくる。なんか欲しいのある?」
言われてみると、少し喉が渇いてきているのに気づいた。
「あ……じゃあお茶で」
ーーー
お茶を2本買って戻ってくると、香上は頭を抱えてぶるぶると震えていた。
「香上さん?」
声をかけるが、香上は答えなかった。それどころか、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
狂ったように謝罪の言葉を口にしていた。
「香上さん、香上さん!」
「は、はいっ!?」
大声で呼びかけると、香上はまるで授業中に眠って、先生に叩き起こされた生徒のように顔をあげた。
「お茶買ってきましたよ」
「あ……すいません」
香上は俺からペットボトルを受け取るとすぐに飲み始めた。まるで自分を落ち着かせようとするかのように。
「どうしたんですか。あんなぶるぶる震えて」
俺もペットボトルのフタを開けながらベンチに座った。
「……すいません、明石さんが死ぬ所を思い出しちゃって……」
……明石さん、って誰だ?
「あ、明石さんっていうのは私のマネージャーで……死送御者です」
そうか、あの骸骨は香上の関係者だったのか。
「明石さん、砕ける時に、何か叫んでたんです。私にむかって手を伸ばしながら」
おそらく香上の脳裏には、その時の様子が浮かんでいるのだろう。すると香上は真剣な目をしてこっちを見て言った。
「あの、人狼さん……私のこと、食べてくれませんか」
言われた瞬間、何を言われたのかわからなかった。どこをどう繋げたらそういう話になる? まばたきが増えてるのが自分でもわかった。
「明石さんは、私がワガママで、事務所の言うことなんて全く聞いてなかったのに、必死に支えてくれたんです。それなのに、私は、あの人を……!」
香上は涙を堪えながらペットボトルをまるで握り潰すかのように強い力でギュッと掴みながら言った。
「でも、あんな願いなら怒って当然だろ」
「……聞いたんですか」
「マスターのやつからな」
俺は残っていたお茶を飲み干した。
「いつの話だよ。未来の職業は決まってるとか。封建制度かってーの」
「それでも、恩人なのは変わらないです……」
香上はそう言ってうつむいた。んー、結構面倒くさい展開だなぁ……。恩人をやむなく殺してしまった女の子を元気づける、なんて場面どんな恋愛ゲーでもないぞ。……俺がやったことないだけであるのかもしれないけど。
うーん、これは効果あるかなぁ……? 試しに言ってみるか。
「それじゃあさ……俺の願い叶えるのに協力してくれよ」
「……?」
香上がポカンとこっちを見た。
「そんなこと言うってことは、香上さんには願いはないんだろ? だったらここで食べちゃうより、一緒に戦ってくれた方がいい」
「それは……そうかもしれないですけど……」
「それに……たぶん聞いたら協力したくなるような願いだと思う」
ちょっと笑みを浮かべながら言ってみる。すると香上は予想通り食いついてきた。
「じゃあ、言ってみてくださいよ。人狼さんの願いは何なんですか」
「このゲームに参加して死んでいった107人全員生き返させる」
「えっ」
香上が驚いたように声を上げた。
「こっちやあの白装束軍団の勝手な都合で107人の人生狂わせてたまるか、って思ってさ。だったら最初からこのゲームがなかったも同然な願いを叶えさせようと思ったんだけど……どう? これなら明石さんとやらへの恩返しもできるけど」
呆気に取られたのか、香上は何も言わなかった。……顔や目の色を見ると「言えなかった」の方かもしれないが。でも、この様子ならなんとかなった……かな。
すると香上のバッグから着信音がした。
「あ、メール……。見てもいいですか?」
香上が音に気づいて俺に確認してきた。
「別にいいけど?」
「すいません。えーっと…………あっ」
メールを見るなり、香上の顔が紙のように白くなった。
「ん? どした?」
「打ち上げがあったのすっかり忘れてました……」
手元の時計を見るともう10時を過ぎていた。ライブが終わったのが7時半ぐらいで、その後の機材の片付けとか結界の発動時期とか考えると、打ち上げ開始時刻は場所にもよるが8時半ぐらいか。となると、約2時間の遅刻か……。
「ううっ……少しだけでも出る、って約束してたのに……」
香上が頭を抱えた。
「……香上さんは今、何歳なんです?」
「18ですけど……」
ああ、それなら大丈夫だ。
「え、でも18歳までの人は確か11時までに家に帰らなくちゃいけないんじゃ……」
「いや、あれ『以下』じゃなくて『未満』だから。香上さん、なんか年齢示すやつ持ってる?」
「あ、それならここに」
そう言って香上はバッグの中から保険証を取り出した。保険証の記述を見る限り、嘘はついてないようだ。
「よし。じゃあ、とりあえず外出るか」
「は、はい」
香上は不思議そうな顔をしつつも、ベンチから立って俺の後をついてきてくれた。
ーーー
外に出ると辺りは真っ暗になっていて月がよく見えた。結界が消えてからまだ時間があまり経ってないからか、周りに私達以外の人の姿はなかった。
そんな中、人狼さんはカチャカチャ、とベルトを緩めていた。……何やってるんだろう、と思った次の瞬間、
「デ・コード、人狼」
そうつぶやいたのが聞こえた。すると彼は変な声を出し始めながらその姿を変えていった。
「ぐぅぅぅ……うっ、あっ」
私が愕然としてる間に、彼は魔物の姿になっていた。
まさか、今から私を食べるつもりなのだろうか? そう私が警戒してる中、彼が言ったのは、
「ほい、乗れよ。連れてってやるから」
という予想をはるかに超えた申し出だった。
「え、いいんですか……?」
「いいのいいの。どうせ帰る方向と同じだろうし。で、お店の場所は?」
「あ、はい!えっと、えーっと……」
私は慌ててお店の場所が書いてあったメールを探した。
「あ、あった。ここです」
「えーっと? あー、ここだと徒歩と電車で軽く30分はかかるな」
「だ、大丈夫ですか?」
「余裕だろ。人背負って動いたことないけど、これくらいの距離なら10分以内にはつける」
そう断言すると、彼は私が乗りやすいようにかがんだ。私はお言葉に甘えて、その背中におんぶしてもらった。
「じゃあ行くぞ。忘れ物とかないな?」
「は、はい! ないです!」
「しっかり掴まってろよ? 飛ばしていくからな!」
彼はそう言うと地面を蹴り、星が綺麗に輝く夜空に向かって跳躍した。
次回、能力説明の回です。
信乃の変身姿が一眼巨人戦とそれ以降で違う理由を書く予定です。




